機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#10〜






 二二〇三年七月七日――
 早いもので私がネルガルに出向して一年が過ぎました。
 それは即ち、私――ホシノ・ルリが十八歳になった事も意味しているわけです。
 昨年の同日は、バイド体の出現という一波乱がありましたが、今年はつつがなく終える事が出来ました。
 もっとも、極秘事項の塊で完成間近のガーディアンが最終調整のまっただ中という状況では、気楽に外部へ出る事も出来ない為、今年のパーティはネルガルの研究所内で、関係者だけの間で行われました。
 祝ってくれるのは非常に嬉しいのですが、横断幕やらポスターやらモールで装飾された会場に、担ぎ込まれるのは少し遠慮したいです。
 ほら、恥ずかしいじゃないですか……年齢的に。
 研究所に入れない三郎太さんやハーリー君、ミナトさんとユキナさん、そしてホウメイさんや元ナデシコクルーの皆さんからは、メールでお祝いの言葉を頂きました。
 メグミさんなんかは、自分の受け持っているラジオ番組の中で、ちゃっかり祝いの言葉をかけてくれました。
 皆さん、ありがとうございます。
「遂にルリルリも十八歳かぁ〜っ。来るべき日が来たって感じだなぁ。これで堂々とアダルトビデオが借りられるってもんだ。うんうん」
 ウリバタケさんは自分で何かを納得したのかしきりに頷いてますが、これってセクハラですよね。明らかな。
 ですが、私だって何時までも少女じゃありません。
「そうですね。でもまだ未成年ですからお酒は飲めませんね……」
 務めて冷静に受け流します。微妙に話が咬み合わない様にするのがポイントです。
『スプリガンが、ルリに質問が有るそうです』
 私がジュースの入ったコップを口に運んでいると、アルファベットの「G」にハートマークをあしらったガーディアンのロゴマークが表示されたウインドウが開き、彼女が話しかけてきました。
「質問……ですか?」
 私が首を傾げると、ガーディアンのウインドウの影に、控えめなサイズのウインドウが開き、姉と共通デザイン――アルファベットの「S」にハートマーク――のスプリガンのロゴマークが表示されています。
「何ですか?」
 まるで人見知り激しい妹が、姉の背中からオドオドと顔を覗かせてる様な光景が、何とも微笑ましい限りです。
『えっとルリ様、先程ウリバタケさんから十八歳になったらアダルトビデオが借りられるという話を聞きました。アダルトビデオとはつまり成人向けの性的興奮を促進させる動画の事だと思います。ではなぜ未成年なのに成人向けのビデオが法的に認められるのでしょうか? この国では二十歳を成人と未成年との境界に設定しています。これは明らかな矛盾だと思いますっ』
 先程まで感じていた微笑ましさが消し飛び、私の気分は一気に氷点下まで下がりました。
 あ、エリナさん目も点になってますね。
「……あなた達は知っているのに、わざと私に聞いてますね?」
『……ルリさん、誕生日おめでとうございます』
『ルリ様おめでとう〜!』
 そう言うと、ガーディアンとスプリガンは一斉に巨大なウインドウを周囲に展開し、数々の派手なエフェクトを凝らして、効果音と共に私の誕生日を祝うメッセージや映像を表示させました。
 流石に世を統べるAI姉妹の行うエフェクトは派手ですね。
 三次元CGを空間に映し出すので、紙テープやクラッカー――あ、鳩まで飛んでますね――等は、本物と見間違えてしまいそうです。
 でも、何だか隕石とか火山の噴火なんていう、祝のエフェクトには似つかわしくない物も含まれてました。
 それからサブリミナールですか? 文字表示の隙間に時折アキトさんの画像が混入されてますね。
 これで媚び売ってるつもりなんでしょうか? この姉妹は。
「誤魔化し……ですか? あなたも一年で随分人間っぽくなりましたね」
「ったく、余計な事吹き込まないのっ! あなた達、アイツの言う事は今後無視しなさい!」
 エリナさんが目を三角にして捲し立ててます。
 ウリバタケさんは……とっくに逃げてますね。
 隅の方でアカツキさんと楽しそうに、自分達が初めて観たアダルトビデオについて語り合ってます。
 男の人って何だかお気軽バカって感じで楽しそうですね。
 あ、アキトさんはどうだったんでしょうか? アダルトビデオとかって観ていたんでしょうかね? 少なくともユリカさんと三人で暮らしていた頃にはそんな形跡は有りませんでしたけど……。
 私が気が付かなかっただけで、ユリカさんは知っていたんでしょうかね。
 ユリカさん――私元気ですよ。ユリカさんの願いを叶える為、頑張ってます。
 二人の事を思いだして笑える程に、私の精神は強くなっています。
「ホシノ・ルリ十八歳おめでとう」
 私がユリカさんの事を思い出していたところに、イネスさんがやってきました。
 わざわざハチ研――ネルガルのハチジョウ島研究所から来てくれたみたいです。
 しかし、どことなく神妙な表情ですね。
「あ、イネスさんどうも」
「いい? この辺りから加速度的に時間が経つのが早くなるから、覚悟しなさい。うふふふ」
 あ、そういう事ですか。
「そうよ〜気が付いたら二十歳越えて、あっと言う間にクリスマス、そして三十路突入なんだから」
 何でしょうか、イネスさんとエリナさん涙ぐんでます。ここは決め台詞言っておくべきですね。
「大丈夫です。私……気持ちは少女のままですから」
「私は正真正銘の少女だよ」
 ラピスが妙に自慢げに宣言しました。
 何だかムカつきますね。
『私まだ一歳です』
『私なんかまだ〇歳ですよ』
「あなた達は良いんです!」
 ガーディアン達までしゃしゃり出て来て、思わず私は怒鳴ってしまいました。
 あ、イネスさんとエリナさんが、私を見て含み笑いを浮かべながら手招きしてます。
 な、何ですか! 私はまだそっちの人間じゃありませんっ!

 とにかく、私は元気です。頑張ってます。
 私の机の上に置いてあるアキトさんとユリカさんの写真へ向かい、内心で呟きます。
 でも残念な事と言えばですね――
 この一年、研究所の虫として働いた所為でしょうか? 私の豊胸プロジェクトは頓挫し、結局誓いを立てた一年前と比較して、トップで五.二三ミリの発達が確認されただけでした。
 ユリカさんへの道は辛く険しいです。
「もう無理でしょ? 年齢を考えていい加減諦めなさい」
 ……イネスさん、人の心を読むの禁止です。
「ルリがイネスの胸を見る目、とっても物欲しげそうだったよ」
 ラピス、貴女は私の味方じゃないんですか?
『ルリ、人の価値は姿や形、胸の大きさで決まるわけではありません』
『そうですルリ様、私達なんか悩みたくても胸無いんですから』
 ガーディアン達にまで慰められるとは思ってもいませんでした。
 何だか複雑です。

 私の豊胸プロジェクト同様、地球の復興活動もゆっくりと進んでます。
 グローバルネットワークのインフラは概ね整い、ガーディアンが運ばれる南太平洋上の人工島バベルも完成しており、後は受け入れを待つだけとなってます。
 そこでガーディアンが稼働を開始すれば、今後の地球圏の指針は彼女が打ち出す事になります。
 そしてゆくゆくは火星圏にまで、その指導や助言は活かされる事になるでしょう。
 一式オモイカネの六四倍という処理能力を誇るガーディアンは、地球圏に現存する全てのコンピュータや端末をコントロールする事すら可能なスペックであり、その頭脳である自律型AIが導き出す答えは、人の世に役立つ助言となり、人類の良きアドバイザーとして立派に勤めを果たすでしょう。
 あ、妹分のスプリガンも調整が急ピッチで進んでますよ。
 流石に二台目ともなると、ノウハウも有って制作時間がかなり早いです。
 おまけに姉であるガーディアンも調整に関わってますんで、私がガーディアンの調整を行うと、そのまま同時にスプリガンにも反映されます。
 その為か、スプリガンはガーディアンに遅れること三ヶ月程度で、稼働体制が整うらしいですね。
 稼働したスプリガンは、主に護衛や警備、そしてそれらを行う艦隊の制御を一手に引き受けます。
 よくお話もしますが、姉と一緒で良い子ですね。
 彼女は完成次第、軌道上にある軍事ステーション「ヒマワリ」内部へ置かれる事が決まっており、そこでは受け入れの為の拡張工事も始まってます。
 それはそうと、一部の軍人さん達の間では、グレイゾンシステムに否定的な方も多いそうです。特に旧統合軍の方にですね。
 機械の下に就くというのが、我慢ならないとか? 下らないプライドですね。
 それにスプリガンは、単に機械という言葉で片づけられる様な存在ではありません。
 確立した人格を持ち、開発途上の現段階で既にムネタケ参謀との艦隊戦シミュレーションの勝率は六割を超えてます。
 優秀な将の下でこそ、兵士は生きながらえる事が出来るという、簡単な理屈が判ってないんでしょうか?
 ま、どのみちその程度の軍人さんは、グレイゾンシステムが稼働次第順次リストラされる運命に有るんでしょうけど。
 実際、未だに火星の後継者の残党は生き残ってますし、海賊による被害も緩やかでは有りますが上昇のカーブを描いてます。
 これでは地球と火星の一般市民が迷惑です。
 治安問題と言えば、民族問題で揺れている火星ですが、この一年で表沙汰になった大きな問題は少なくなりました。
 以前は互いの自衛組織や極右勢力、武装集団などによる衝突も度々起こり、それらのニュースが届けられてましたが、ここ数ヶ月はそういったニュースがピタリと無くなりました。
 しかしそれで治安が良くなったのか? と言われればそうでも無い様です。
 二つの移民の間ではどうしても根強い反発意識が合って、単に表に出ない部分で色々と問題が噴出してるみたいです。
 つまり地下に潜った分、どちらかと言えば質が悪くなったという事です。
 ザカリテ首相は治安回復の強攻策として、警察予備軍の武装強化を行い、徹底した排除行動に打って出て、暴力の締め出し策に乗り出した様ですね。
 その所為もあって、地球政府では警戒色を強めているそうです。
 火星の軍備拡張・自国軍の保有へと繋がりかねない、というのがその理由です。
 しかし治安維持活動に当たるはずの駐留軍が、その士気の低さからあてに出来ないんですから、本末転倒もいいところです。
 一刻も早くガーディアンやスプリガンに第一線で活躍して貰わないと、アキトさんが帰って来る時までに、世界を平定する事が出来ません。

 それから、昨年移送中に行方不明になったオリジナルのバイド体ですが、その後の調査・諜報活動でも、その足取りは掴めなかったという事です。
「本当に事故だったのかねぇ」
 とアカツキさんは、報告を読んでそう洩らしたそうですが、イネスさんは「有り得ない」と一蹴してましたし、アカツキさんにしてもそれが本心でないのは確かと言えます。
 それだけバイドには価値があるという事なのでしょう。
 単純に考えても医療や科学、そして軍事への転用が見込まれます。
 ネルガルでもバイドに関する研究は進めている様ですが、残された僅かなサンプルでは易々とは進まないようですね。
 ただ、最近イネスさんのバイドに関する興味には、以前とは異なる変化が見られます。
 アキトさんの身体に関する事にもなるからでしょう、イネスさん自身がかなり神経質になってます。
 バイドに関する研究は、ガーディアン開発を行っている、ここ中央研究所と同じ機密レベルが可能な、ハチ研にて行われてますが、私がガーディアンの調整の合間に手に入れた情報によれば、最近の警備体制は異常すぎる程です。
 オリジナルが盗まれた事を考慮しても、その警備は凄まじいレベルです。
 いずれ何かしら発表があると思いますが、あまり良い予感はしませんね。

 そんなこんなで、私が一八歳となって二ヶ月ほど過ぎた頃、ガーディアンは完成しました。
 バベルへと移送されるガーディアンと別れる際、私は彼女にこう言いました。
「地球には其処に住んでいる人間の数だけ正義があり、そして同数の悪があります。ですから大多数の人々の正義を重んじるだけでなく、少数の正義にも耳を傾け、そして彼等にとっても良き結果となる様善処して下さい。少数の意見が必ずしも悪という訳ではないのです。あなたに託された使命は重く、そして期待は大きい。この星と、そして火星に暮らす人々にとって、どうか良い道しるべとなるよう頑張って下さい。私はあなたの良き友人として、そして育ての親として、そんなあなたをいつでも誇りに思います」
 私がガーディアンと過ごしたのは一年と少し余り。
 自律した人格を形成している彼女は、良き友人であり、そして私の娘の様なもの。
 今後は勝手気ままに話すことが出来なくなりますし、別れが悲しくないと言えば嘘になりますが、私は自分の娘を誇りに思って送り出しましょう。
『判りましたルリ。私は私の名にかけて地球の為、そして火星の為、そして自然と全人類と為に最善を尽くします。今まで有り難うございました。私もまた貴女の友である事と、貴女が私の母である事を誇りに思います』
 それが、彼女から私個人へあてた別れの挨拶でした。
 その声色も、最初の頃に聞いた”如何にも合成音声”といった機械的な物とは異なり、実に流暢なものになってます。
 音声だけ聞かされたら、みんな相手は人間と思うでしょうね。
 そんな声を聞いた私は涙を流していました。
 でもそれは悲しさよりも、嬉しさの度合いが多かったもので、私の心は暖かい物で一杯でした。

 翌日、ガーディアンが運ばれ、すっかり広くなった研究所で打ち上げが行われました。
「これで暫くお別れだと思うと悲しいなぁ」
 ウリバタケさんは、このままネルガルに居残りで、グレイゾンシステム対応の機動兵器開発の最終チェックに携わるという事です。
「お疲れさま。貴女のおかげで納入期限に間に合ったわ。極楽トンボに代わって礼を言うわね」
 エリナさんは明日から、政府へのガーディアンの受け渡しと説明、そして記念式典への出席の為に、バベルへ出張だそうです。
 あれ? そう言えばアカツキさんは?
 あ、隅っこに居ます。どうしたんでしょうか?
「いやぁ〜本当に助かりましたよ。ルリさんのおかげで我が社の面子も守られましたし、今後ガーディアンが予想通りに稼働すれば、それだけ我が社の株も上がって行く事でしょう」
 ブロスさんも苦労しましたからね。これで報われると良いんですが。
「あ、会長ですか? 何でもエリナさんに雑務を押し付けて、自分はちゃっかりガーディアンのお披露目会見のスピーチ役をする事が発覚しまして」
 額の汗を拭うような仕草のプロスさん。
『だからエリナおかんむりです』
 スプリガンの声が響き、デフォルメされたエリナの怒り顔がウインドウに表示されます。
 あー、なるほどです。
 エリナさん、そういうの好きそうですし、そう言えば数日前から何かのスピーチ原稿を書いては練習してましたっけ。
「ルリ、また遊びに来てね。それとアキトを迎えに行く時は絶対に一緒。抜け駆けは禁止」
 この一年間ラピスと一緒に働きましたが、彼女もまたAI姉妹同様に表情が増えて饒舌にもなりました。
 明日からエリナさんに同行するらしいですけど、南の島の日差しを侮ってはいけませんよ? 私達マシンチャイルドの肌は弱いのですから。
「お疲れさまね、ホシノ・ルリ」
 本社に用事があってハチ研から来ていたイネスさんですが、どちらかと言えば貴女の方がお疲れ……って感じします。
 バイドの研究、そんなに問題あるんでしょうか?
 その他大勢の方々と挨拶を交わし一息ついた頃、がらんとなった研究所の空間を見て、私はここでの仕事が終わった事を自覚しました。

 そして二週間の休暇を過ごし終えた、二二〇三年九月十五日――
 バベルでの最終チェックを終えたガーディアンと、ほぼ地球圏全体に張り巡らされたグローバルネットワークが稼働を開始し――

 私は連合宇宙軍へ――ナデシコBへと帰還しました。





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