機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム〜 #08






「駄目です。アクセス出来ません……完全にコンピュータは機能停止しているみたいです」
 私は溜め息をついて、そう言うとIFSリンクを切りました。
 眼を走っていたナノマシーンのパターンが消えて通常の視界が戻ると、端末のオペレートシートから身を起こします。
「そう。有り難う……やっぱり機能は停止してるのね」
「でもって、ドクターは何だと思う?」
 アカツキさんが口元に笑みを浮かべながらイネスさんに尋ねてます。
「そうね……まだ何とも言えないけど、判ってる事は『兵器』である事と、生物でも機械ともつかない物体って事かしら。何にせよ、とっても興味ある対象には違いないわね」
 アカツキさんに負けないマッドな笑みを浮かべて、イネスさんが視線を動かします。
 私もつられてその先を見つめると、強化ガラスの向こう側に角力灘の海底からサルベージされた、デス(仮)が置かれてます。
 倉庫のように暗く広い空間の中、赤黒い不気味な姿がスポットライトで照らし出されてます。
 まるで内蔵を剥き出しにしたような、ぬらぬらとした光沢のある赤黒いボディ。
 近くで見れば見るほどに不気味ですね。これ。
 ここはネルガルがサセボ基地内部に持っている地下ドックの更に地下、秘密の研究所といったところでしょうか。
 上の基地の軍人さん達すら知らないんですから、ネルガルの狡猾さが伺えますね。
 そんな闇の中で不気味なオブジェに向かい合う私達は、傍目にどう見えるのでしょう。
 アカツキさんは悪徳商人か悪の組織の幹部。
 イネスさんはそのまんまマッドサイエンティスト。
 それじゃ私はさしずめ、雇われの凄腕ハッカー――いいえ、変な事は考えるの止めましょう。
「それじゃ、バイドの処遇はドクターに一任する事でいいのかな?」
 バイド? ああ、デス(仮)の事ですか。
 いつの間にか正式な呼称が決まっていた様ですね。ちょっと残念です。
 それにしてもです――
「ええ。ガーディアンの基礎研究はほぼ終わったし、後は他のスタッフに任せても問題ないでしょうから、暫くはこっちを研究させてもらうわ」
「あの……これって蜂の巣になったはずですよね?」
 私が先程思った疑問を口にしてみました。
 三郎太さんの射撃と、リョーコさんの体当たり、そしてCIWSの猛射で撃ち落とされたはずのデス……じゃなくって、バイド。
 ですが、その姿はぱっと見元通りに戻ってます。
 勿論完全にというわけじゃないと思うんですけど、概ね初めて見た時と変わらぬ姿にまで戻ってます。
 まるで今にも動き出しそうな程に。
「そうね。私もモニタでライブ映像を見てたけど、見事に蜂の巣だったわね」
「でもこうして原型を留めている……か。すごいね。このシステムか原理ってのが解明できれば、いい儲けに繋がりそうだよねぇ」
 顎に手を乗せて損得勘定をしているその姿は、実に楽しそうですね。
 やっぱパイロットよりも純粋に商売人やってる方が似合ってる感じです。
「これ動かないんですか?」
「ええ。今のところは全くその兆候も無いし、まず動かないでしょうね。詳しい研究はまだこれからだけど、ざっとスキャンかけてみたら面白い事が判ったわよ。知りたい?」
「知りたいねぇ」
「はい」
 イネスさんの説明は嫌ですけど、いきなり呼び出されてアクセスしろなんて言われた手前、興味あるのも事実ですんで、アカツキさんと一緒に素直に頷いておきました。
「このバイドには中身があるの」
「中身?」
 アカツキさんが興味深そうにバイドを見てます。
「見た感じ不気味な生物に見えるけど、中にね宇宙船か飛行機らしき物が入ってるのよ。でもって、その機体は私が知る限りだけど、今までに見たことがない種類だと思うわね。あ、憶測なのは、それがボロボロだから」
「へぇ〜」
「中身……壊れてるんですか?」
 意外に思ったので聞き返しました。
「ええ。見た目は元通りだけど中の機体は見事にボロボロよ? まぁあれだけ弾が当たればこうなるでしょうね」
 あ、ナデシコBの近接防御ですね。
「つまり、中の機体は修復されてない……と?」
「そう。直ったのは回りの生物っぽい所だけね。だからこれが以前の様に飛び回ることは無理じゃないかしら?」
「……」
 何となくですが、悪い事をした気分になります。
 不気味とはいえ、もしかしたら稀少な生物を亡き者にした様な気になりました。
 ナデシコBの攻撃で墜落したこの物体をサルベージ――エステバリスの海戦フレームはこういう時にも役立ちますね――したのがその日の夕方。
 でも運び込まれたバイドはその翌日には外装部分が元通り。
 二〇メートル以上もある生物としては常軌を逸した復元能力です。
「どう考えても地球の生物……技術じゃないですよね?」
「私も聞いたこと無いわね」
「僕も知らないねぇ」
「あの……古代火星文明の遺産不正所持は大犯罪では?」
「これが? 僕にはそうは見えないけど。ドクターはどう見る?」
「もっと詳しく調べてみない事には断定はできないけれど、まず違うと思うわ。今まで見つかっている遺跡や遺産とは明らかに異なるアーキテクチャに基づいて作られてるわね。兵器っていうのは工芸品とかと同じで、その国柄とか民族性が如実に反映されるものなのよ? 今までの火星文明の遺産に、少なくとも私が知る限りこんな外見を持ったものは無かったわ」
「ならコイツは古代火星文明の物でないよね。じゃぁ違法にはならない。そうだろ?」
「はぁ……」
 間違ってはいませんけど、詭弁の様な気もしますね。
 核兵器は駄目だけど、スペースコロニーを落とすのはOK――みたいな?
「そう言えば……あの遺跡、ボソンジャンプの中央制御装置って何処に隠されたんでしょうか。アカツキさん知ってます?」
 かつての戦乱の元凶である遺跡の行方は誰も知りませんが、その隠匿にネルガルも関わってると思うんですよね、私は。
 何しろ、ユリカさんを保護した後であの遺跡を回収したのは、私達のナデシコCでしたから……。
 私達が事後の事情徴収を受けている間に、ナデシコCは政府と軍に抑えられ、そのまま遺跡は隠匿されてしまいました。
 私の情報収集力を持ってしても、その行方を知る事は出来ませんでしたから、隠匿作業に直接関わった者以外はその行方を知る事は出来ないでしょうし、誰が関係しているのかも現状では判りません。
「ん? いやぁ僕もさっぱり知らないんだけどさ。ま、今更ボソンジャンプで稼ぐ気も無いし、正直もう興味は余り無いんだよね」
 ひょうひょうと答えるアカツキさんも態度からは、その言葉が真意なのかどうか掴みかねます。
 この少しふざけた態度も、厳しい経済界で生き残る為に身につけた、この人なりの渡世術なのでしょう。
「それよりもホシノ・ルリ。貴女が電脳空間内で見た、そして聞いたとていうイメージとメッセージ。オモイカネのログは見せて貰ったけど、あんまりハッキリしなかったわね。でも貴女の証言を考えるならば非常に興味深いわよね。地球の何げない風景と……『コロセ』……か。確かにそう言ったの?」
「バイドのコンピュータが、地球や火星、そして旧木連のものと規格が違うのか、イメージの伝達には多少の誤差があったんだと思います。ですから断言は出来ません。……でも、映像は紛れもなく地球の自然を映した物でしたし、声はくぐもった感じでしたけど確かです」
 何を伝えたかったんだろう。
 コロセ――それは自分を殺して欲しいという意味?
 それとも、目の前のモノを倒す為の自己暗示?
 どちらにせよ嫌な事ですね。
 不意に悪寒を感じ、私は自分で自らの身体を抱きしめます。
「バイドは何かを伝えたかったのかしら?」 
「パイロットでも居てくれれば、そいつに聞けば早いんだけどね……。そう言えばパイロットは?」
「無人機だったと思うわよ。あれだけのマニューバをしてみせたんだから……。ま、仮にパイロットが居たとしても、スバル・リョーコが鉄拳撃ち込んだ時点で生きてるとは思えないわね」
 確かに戦闘機としては無茶な動きしてましたね。
 大気圏内を五〇〇ノットで直角に近い転回なんて無茶、普通は出来ません。
 それに近い動きが出来るとしたらアキトさんや、あの外道くらいでしょうか?
「僕なんか映像見せられた時、サレナを思い出しちゃってね。思わずテンカワ君が乗ってるんじゃないかって勘ぐっちゃったよ」
「アキトさんが帰ってくるのは、二二〇四年のはずです。こんな不気味な物と一緒にしないで下さい!」
 少し頭にきてしまって、私はアカツキさんにキツイ口調で食いかかりました。
 そう、あの時――残党軍と闘っていたアキトさんがボソンジャンプに巻き込まれたあの時の状況、ボソンとフェルミオンの反応、ボース粒子の流れ等の諸データ、そしてジャンプ寸前に切り離したユニットに残されたデータ収集用ボックスの情報を元に、私とラピス、そしてイネスさんとで算出したアキトさんのボソンアウト先、それは二二〇四年の十二月十五日なんです。
 オモイカネによれば、誤差はプラスマイナス二日程度だという話です。
 場所は特定出来なかったけれど、A級ジャンパーのアキトさんなら、もう一度ボソンジャンプを行えばすぐに私達の所まで来て貰えます。
 その時、私は一九歳。アキトさんとぐっと近くなります。
 逆にイネスさんやエリナさんとはそれだけ遠ざかりますのもポイント高いです。
 だからそれまでに、アキトさんが気兼ねなく過ごせる世の中にしないといけません。
 大事な人の願いを叶えるため、そして好きな人の為に世界を変える――我ながら壮大な計画ですね。
「そうだったね。いやぁ失敬失敬」
 手を軽く挙げて私に誤るアカツキさん、やがて目線をバイドに戻して口を開きました。
「とにかく、コイツは一度穴だらけにされて、それでもこうして自力で復元してみせた。その原理を解明すれば、新しい技術として色々な分野に応用できるだろう。さて、それじゃバイドの事はイネスさんと優秀なスタッフに任せてだ……ルリ君にはガーディアンの開発の方で協力を頼むよ」
「出来るだけ努力はするわ」
「はい」
 判ってます。今日ここに連れてきたのはアカツキさんじゃないですか。
「あ〜、そうそうルリ君。此処だけの話だけどね、ガーディアン型コンピュータもう一機の発注が決まったよ」
「政府から? 何に使うのかしら」
 応じたのは私ではなくイネスさん。
 まぁ私には何となく心当たりが有りますね。
「ああ、例のグレイゾンシステム……無人艦隊のコントロールとか諸々、ガーディアンの補助的な役割を担う事になるだろうね。最初はガーディアン一基に任せる算段だったみたいだけどさ、こっちの営業努力が実って無事もう一台お買いあげ……ってわけ。こっちは「スプリガン」って名前になる。良い名前だろ?」
 そう言ってアカツキさんは、私に含んだ微笑みを浮かべてみせました。
 森や遺跡を守る精霊や”妖精”――ですか。
「悪くないですね」
 素直に喜ぶのもしゃくですし、何よりキャラクタじゃ無いんで、すっとぼけておきましょう。
「クリムゾンの切り崩しも順調だし、これからウチはガーディアンとスプリガンに加え、グレイゾンシステム向けの艦艇及び機動兵器の開発整備と大忙し。ユーチャリスやナデシコBでの実戦データが役立つ時が来たよ。ルリ君にも期待してるよ」
 あ、アカツキさん歯を光らせてましたね。久しぶりに見ました。
 高性能と柔軟性を維持しつつも、極限まで人員を抑え込んだワンマンオペレーションシステムを実現したユーチャリス。
 アキトさんとラピスによって培われたそのノウハウが、新たな無人艦には活かされるのでしょう。
「まるでアキト君とラピスの子供達……って感じね」
 イネスさん! な、何て問題発言をするんですかこの人はっ!
 私はイネスさんへ親の敵を見るかの様な目線を向けましたが、そんな私の内心を見透かした様に、イネスさんは鼻で笑ってました。

 標本置き場――格納庫から出る時、私はもう一度振り返って動かぬバイドを見つめます。
 さっきはアカツキさんにああいう態度をとりましたけど、実は私も少し思ってたんです。
 ひょっとして、アキトさんに関係していたんじゃないか――って。
 だから今日の調査は、不安と期待、両方を抱いてやってきたんです。
 でも、今私の目の前にあるのは、ただ何も言わない不気味なオブジェ。
「さようなら……デス」
 そっと呟いて踵を返すと、私は赤い扉を抜けてアカツキさんの後を追いました。

 その後私とアカツキさんはイネスさんと別れ、チャーター機でネルガル本社に併設されている中央研究所へと向かいます。
 暫くはそこでラピスやウリバタケさんと共にガーディアン達の開発です。
 社会に貢献です。私、偉いですよね? アキトさん。

 アキトさんが帰還するまで後二年半。
 やることは一杯あるんです。
 胸だって大きくしないといけません。
 当然目標はユリカさんです。
 手始めに一日豊胸マッサージ一時間と、牛乳二リットル摂取から始めましょう。

 私は頑張ります。









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