機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム〜 #07






 

 基地内に響き渡る警報が、非常事態を伝えます。
『警戒! 警戒! アンノウン一機、東シナ海を約四四〇ノットで北上中。推定到達地は当基地と認められる。識別信号反応無し、警告に対する応答無し! 三分後に天草灘に到達予定! 繰り返す……』
「三郎太さん!」
「了解、非常警戒態勢発令します。全クルーは直ぐに持ち場へ戻れっ! ゲストは取りあえずシェルターへ避難。ハーリーお前はブリッジへ急げ! 艦長、俺はハンガーに直行しますんで。んじゃ中尉行きましょう!」 
 私が声を張り上げると、近くに居た彼――いつもさりげなく近くに居てくれます。流石ですね――は直ぐに行動を起こし、リョーコさんと共に駆けだして行きました。
 それにしても、人様の誕生日を狙って現れるなんてデリカシーの欠片も無いですね。
 パーティ会場のハンガーを飛び出し、デッキを走りながら表示されたウインドウのデータを眺めます。
 報告通り、九州近海を表示したマップの上を、紅く点滅する光点がサセボを目指して北上しているのが判ります。
 目的は何? ――ってのは野暮でしょうかね。
 突如現れた正体不明機が一直線にサセボを目指すのなら、その目的が駐留している軍、中でもあちこちで敵を作っている私達――ナデシコにある事は明白でしょう。
「何者なんでしょう?」
 私の後ろを必至に走りながらハーリー君が尋ねてきました。
「それが判っていれば苦労しませんよ。でも此処まで日本の近海に現れるまで気付かなかったってのも妙な話ですね」
 オキナワにあるレーダーサイトをかわして北上したのか、海中を進んで来たのか、それとも……
「まさかボソンジャンプ?」
 私の横を走るエリナさんが呟きます。
「しかしジャンプは法律で禁止されている」
 ラピスを抱えたまま走っているゴートさんが短く応じます。
「法律で禁止されてるからと言って、テロリストがそれを守るわけありません……その可能性は十分有ります」
『それじゃ、正体不明機ってのはジンタイプか積尸気って事になりますかね? まさか六連やアルストロメリアって事ぁ無いでしょうし』
 コミュニケが開き、三郎太さんの顔が浮かびました。
 現在までに単独のボソンジャンプが可能な機動兵器は、三郎太さんが挙げた四機種の他には夜天光とブラックサレナしかありません。
 ジンタイプや積尸気であるなら、例の残党、もしくは旧木連か旧統合軍の過激派って事になりますね。
 六連は昨年起きた反乱の最中に、全機失われてます。無論まだ機体が残ってる事も考えられますが、機体の特殊性故に扱えるパイロットが居るかが疑問ですから、その可能性は低いでしょう。
 アルストロメリアは、ネルガルが製造したバリバリの新型機。今だそんなに数は出回ってませんから、残党軍やテロ組織などが運用出来るとは思えません。
 それに配備されつつある量産型は例の法案もあって、ジャンプフィールド発生装置を積んでませんし、積んでいた先行量産型にしても、法案施行後に装置は外されてますから、三郎太さんの言う通りその可能性は低いでしょう。
 夜天光については、火星の後継者軍が使用する機体の中では、今まで一機しか確認されていない事から、恐らく試作機の様な物だと推測され、その唯一無二の機体が破壊された今、その可能性は無いと考えられます。
 最後の一機――ブラックサレナですが、これはアキトさんが使用している機体が唯一なのであり得ませんし、何よりナデシコに……つまりは私に対して識別を隠すはずがありません。
 ですから可能性は前者、ジンタイプや積尸気の可能性が高いですね。
『でもよ〜それならオレ達が出る幕も無いんじゃないか? 一機なんだろ?』
 続いて今度はリョーコさんのウインドウです。
 二人ともハンガーへ走りながら通信しているようですね。
「私もそう思いますが、この距離になっても機種が不明ですから、執拗なカムフラージュを施した特別仕様機かもしれません……最悪の事態には備えて置くべきですね」
 私は話ながらもタラップを駆け上がり、ナデシコBの中へ入ります。
 投降や亡命っていうなら良いんですけど、核武装した特攻機なんかだったら洒落になりませんよね。
 ジンタイプだと、主機の相転移エンジンを暴走させて送り込むだけでも驚異になります。
 むかし木連の優人部隊がカワサキで、そして火星の後継者残党軍が半年前に私達に使った手ですね。
 エレベーターを経て、息せき切って廊下を走りブリッジイン。
「オモイカネ!」
 ブリッジに入るなり、私はそう叫びます。
 現状と私の声色で全てを悟ったお利口なAIであるオモイカネは、すぐさまナデシコBを発進態勢へ持って行きます。
「正体不明機、既に天草灘に侵入しなおも北上中! あと約十五分でサセボに到達します」
「迎撃機SA−77シルフィードが上がりました。ニュータバルからホーク01と02です。予想会敵時刻は一三〇秒後」
[クルーの搭乗を確認]
[相転移エンジン及び核パルスエンジン共に出力安定よろし]
[各部署オールグリーン! 発進準備完了です]
 ハーリー君の報告を皮切りに各部からのウインドウが一斉に開きます。
「ナデシコB発進します」
 私の声と共に、ナデシコBはサセボのドックから発進しました。
「アキトだったら良いのになぁ……」
 キャプテンシート横の補助席に腰掛けたラピスがそっと声を漏らしました。
 そうですね――それならどれだけ嬉しい事か。
 しかしアキトさんの帰還まで、まだ二年以上有りますから――気を引き締めなおしましょう。
「正体不明機の速度が上がりました。約六〇〇ノット。あ、先行したホーク01と02ががまもなくエンゲージ……映像来ますっ!」
 ハーリー君の報告と同時に、メインパネルに迎撃に上がった連合軍所属の戦闘機――シルフィードからの映像が映し出されました。
「な、何よあれ……? 飛行機なの?」
 正規クルーじゃないのに、ちゃっかりブリッジに居るエリナさんが呟きました。
「気持ち悪い……」
 ラピスが思わずそう漏らしましたが、その意見には心から同意します。
 ブリッジのあちこちから「不気味〜」とか「何だか夢に出そう……」といった言葉が聞こえてきます。
 それもそのはず。
 メインスクリーンに映し出された正体不明機とは、機械のようにも見えない事ないですが、どちらかと言うと生物と表現した方が良い物体だったからです。
 形を言葉で表現するのは難しいですが、饅頭を寄せ集めて辛うじて飛行機の様な形状にした――と言っておきましょう。
 しかも、内臓が剥き出しになったような外見で、あちこちが醜く蠢いてます。
 そう、まるで生き物が裏返った様な――そんな感じで”ブニュブニュ”とか”グチョグチョ”といった擬音がモニタ映像からも聞こえそうな感覚がとっても嫌です。
 そして飛行機らしく、お尻と言いますか、機体後部と言いますか、とにかく背後からは推進器から出ていると思われる炎が尾を引いてます。
 動力は何なんでしょう?
 はっきり言って気味が悪いです。
 生理的に受け付けられない感じです。
『なんだありゃ?』
『おいルリ……オレ、あんまりお近づきになりたくないんだけどよ。あははは』
 既にエステバリスのアサルトピット内にいるらしい三郎太さんとリョーコさんからのウインドウが開きましたが、流石に二人とも戸惑ってますね。
『俺も流石にアレをバラす気にはなんねぇなぁ』
 ウリバタケさんはメカオタクですからね、生物は守備範囲外の様です。
『そうかしら? 私は少し興味あるけど?』
 イネスさんのその探求意欲には頭が下がります。
『どう見たってあれ敵よねぇ』
『うん、味方にはしたくないね……がくがくブルブル』
 ゲストルームと思われる場所にいるミナトさんとユキナさんのウインドウが開きました。
 やっぱりそう思いますよね?
 人としての嫌悪感はありますが、艦長という立場上、私情を挟むわけには行きませんね。
「暫く様子をみてから……」
『タ……マ……ン…………マ……チ……』
 私がそう口を開いた瞬間、微弱な意味不明の通信が割り込んで来ました。
「なに今の?」
「アンノウンなおも応答無し。進路変更無し。ホーク01が威嚇射撃開始します」
 エリナさんの疑問が終わらぬ内に、ハーリー君の報告がブリッジに響きます。
 スクリーンの中では、謎の飛行物体のすぐ脇目がけて、シルフィードから機関砲が放たれました。
 新鋭機のシルフィードは弾数限定とはいえグラビティブラストを積んでる機体ですが、例え相手が生理的に受け付けられなくとも、敵かどうか判らない内は、いきなり大砲ぶっ放すような乱暴は出来ません。
 謎の物体から僅か横ににずらしたレティクル目がけて三〇mmの弾丸が飛んで行きます。
 これでさっさと逃げてくれれば――
「アンノウン進路変更無し……あ、アンノウン発砲!」
 私の願い虚しくハーリー君が報告、最後の方は絶叫となりました。
 そして私達の見ていた映像は、突然ブレたかと思ったらすぐに何も写さなくなりました。
「ホーク01被弾、02が回避行動に……あ、02も被弾しましたっ!」
 続け様に二機目のシルフィードが被弾しました。
 一体何を撃ち出したのでしょう? ミサイルやビームの類では無いようですが……すれ違いざまに二機目のシルフィードは被弾したみたいです。。
 幸い両機ともパイロットは脱出できたみたいですね。
「アンノウンをストレンジャーと判断、本艦は迎撃態勢に移行! エステバリス隊発進してください。それからサセボに警戒態勢をレベル2へ移行するように、ニュータバルにも迎撃態勢とパイロット救助の要請を」
 友軍機被弾の報告を聞いて私は直ぐにそう判断しましたが、これは生理的嫌悪感もかなり働いていたと思います。
 だって……気持ち悪いです。
『え〜マジで相手するんスか? な〜んかキモいんですけど』
『おらっサブ! 艦長命令だぞ、さっさと出ろっ!』
 二機のスーパーエステバリスが、賑やかな通信を残して発進しました。
「ナデシコBはこのまま前進、オールウエポンズフリーモードへ、生物に効くかどうか判りませんが電子戦の準備もしておきます」
 私がそういうと、キャプテンシートがブリッジ中央部の空間へせり出して行き、IFSの伝達レベルを上げた事でウインドウボールが展開します。
 必要な情報やルーチンが一斉に私の脳にイメージの奔流となって押し寄せてきました。
 既にナデシコのセンサー類でも敵機の姿は捉えられおり、正体不明機の不気味な姿を写した映像も、私の脳内へと直接投影されます。
 不気味なので、その姿にはモザイク処理をかけまししょう。
 迎撃準備も進みます。
 過去の教訓を活かし、ナデシコBには対空火器の増設が行われており、格納式のCIWS――バルカンファランクスが八基、全周をカバーする様に新たに設置され、VLSの数も増えました。
 現在はまだ二機のエステしか搭載していませんが、格納庫の拡張も行われましたので、今後は艦載機の数も増える事になります。
 CIWSが姿を現し、VLSへ迎撃用のミサイルが装填され射撃準備が整うと、メインモニター上に表示されている映像の中では、二機のエステが敵機を挟むようにして迎撃を開始するところでした。
『うわぁ〜マジキモいっすよ!』
『サブっお前がやれって! オ、オレはゴキブリとか駄目なんだよっ!』
 どうも二人の会話からは緊張感が感じられませんね。
 とは言え、あの二人以上のパイロットってのもそう居ませんから、信頼はしてますけど……。
 そんな事を考えていた時、敵機が急に速度を上げました。
 どうやら二人のエステを振り切る算段の様です。
『逃げやがった、おいサブ追うぞっ!』
『はいはいっと』
 敵機は盛大に炎を吹き上げて、飛行機らしい機動で上昇して行きます。
 相手よりも高度を取るのは、位置エネルギーから得られる速度と高度的な有利性を稼ぐ空中戦の基本ですが、あの生物はそういう事を判ってるのでしょうか?
『何だか急に動きが良くなりやがったな……真剣に行くぞ』
『了解』
 あ、二人とも口調から冗談が無くなりました。
 敵機を左右から挟む形で追撃してますが、このままですと相対速度の影響で、ナデシコBが接敵するのは一二〇秒も無いでしょう。
「ナデシコ微速前進。CIWS全自動モードで待機。敵機へのハッキング……開始します」
 正直、気が進みませんがやってみましょう。
「アクセス……」
 電子の糸を敵に向けて投げかけて、相手の引っかかるルートを探し出します。
『おっし、行くぜっ!』
『応!』
 ほぼ同時に、リョーコさんと三郎太さんがライフルで射撃を開始しました。
 その間に私は私で無駄を承知で敵機のコンピュータを探し……え?
 驚きました。有ります。コンピュータ。
 生物に見えますが、どうやら中身は機械だったみたいですね。
 誰でしょう、あんな気色の悪い物を作ったの、クリムゾンですかね?
 名前が無いのも不便ですから、取り敢えず「デスクリムゾン」とでも呼ぶことにしましょうか?
 それじゃ早速デス(仮)のコンピュータを見てみましょう……せっかくですから
『何っ!』
『なんだよ今の避け方』
 二人の絶妙なコンビネーションで放たれた必殺の射撃が、あっさりとかわされました。
 戦闘機のクセに、機動兵器みたいな避け方……しかも、戦闘機の速度で?
 あれじゃパイロットは耐えられませんよ? 無人機……いえ、やっぱり生物なんでしょうか?
 戦況をみつめつつ、私はデス(仮)へのルート探しを継続します。
 あ、これがデス(仮)への侵入ルートですかね? 早速侵入を……っと、随分と簡単に侵入できますね。罠でしょうか?
 とりあえず待避用のバイパスを作って、更に深く潜ってみましょう。
 私がデス(仮)への接触を始める合間も、リョーコさん達の攻撃は続いています。
 ですが全然当たらないですね。
 二人がかりでも倒せない相手に、次第にリョーコさんは苛立ちを露わにして来ました。
『こなくそっ! 全然当たらねぇ! 気色悪いから嫌だったけど、サブっ接近戦仕掛ける。援護頼んだぞ!』
『了解っ』
『堕ちやがれってんだっ!』
『うぉっと! 逃がさねぇぞ!』
『もらったあっ! ……ってえ?』
『中尉っ!』
 接近戦を挑んだリョーコさんのイミディエットナイフをすんで避けて、デス(仮)から弾丸の様な物がつるべ打ちに射出されました。
 先のシルフィードが落とされた時の様に肉眼では無理でしたが、今の私の目――電子の目をもってすれば、何が起きたのか判ります。
 どうやらデス(仮)はその外殻の一部――ウロコでしょうか?――をすごい勢いで撃ち出す事が出来るみたいですね。
 予想も出来なかった場所から飛んで来た弾丸の様な物を、リョーコさんは全てかわしきる事ができず、エステバリスは被弾。
 もっとも、並のパイロットなら爆発四散する様なタイミングですが、被害を最小限で済ませたリョーコさんは流石と言えます。
 それにしてもデス(仮)の攻撃は、エステのディストーションフィールドを貫く程の威力があるという事ですね。舐めてました。
「リョーコさん下がってください!」
『中尉下がれっ!』
 片腕を失ってバランスを崩したリョーコ機が危険です。
 私とサブロータさんは揃って直ぐさま叫びました。
 あれ? でもデス(仮)はそのまま止めを刺す事もなく、素通りしてナデシコB目がけてすっ飛んで来ます。
 急いで敵のシステムを掌握して……え? 何だか微弱な信号が……。
『……マ…………マ……ン………』
 これってさっきの不明通信――と言う事は、デス(仮)がナデシコに対して何かを訴えてるという事でしょうか?
 そう思った矢先、私の意識の中に、何かのイメージらしきものが流れ込んできました。

 ――それは、青く美しく輝く海。

 ――それは、雪を頂きに載せた雄大な山々。

 ――それは、何処までも続く一面の砂漠。

 ――それは、風に揺れる草花の群。

 これは、地球の自然?

 そして――

『……コロセ』

「えっ?!」
 そう思わず私が言葉を口に出したのと同時に――
『くっそ堕ちろぉぉっ!』
 三郎太さんの放ったライフル弾が、動きが鈍くなっていたデス(仮)の翼っぽい部分に直撃しました。
『こっっっの野郎っ、さっきはよくもやりやがったなあっ!』
 片腕を失って怒り心頭なリョーコさんのエステが、フィールドを前面に展開して、デス(仮)へディストーションアタックを仕掛けます。
「リョーコさんっ止まって下さい!!」
 思わずそう叫んだ私でしたが、ちょっとその叫びは遅かった様です。
 ナデシコBの――私達の眼前で、デス(仮)のコックピットっぽい部分に、フィールドを極限まで収束したリョーコ機のパンチがめり込みました。
「あ……」
 思わず言葉を失った私の眼前で、弾かれたデス(仮)は、ナデシコの防空エリアに入ってしまい――
 そして全自動モードにしていたナデシコBのCIWSが火を噴くと、その不気味な身体は蜂の巣にされてしまいました。
 数百発の命中弾を受け、明らかに制御不能に陥ったデス(仮)はみるみる高度を落として行き、角力灘の海へとその身を落として行きます。
 ウインドウボールを解除した私は、現実の眼で血液みたいな緑色の体液をまき散らし、同時に煙を吐いて沈んで行ったデス(仮)の姿を、ただ無言で追う事しか出来ませんでした。






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