二二〇二年十二月二三日――
 二度目となるユリカの告別式が行われたその日、トウキョウは故人を偲んでか雨模様だった。
 ジュンやウリバタケ、ミナトやメグミにヒカルといった元ナデシコの面々が集まり、しめやかに行われていた。
 だが、ナデシコBでアキトを追いかけ宇宙へと向かった、ルリ、ハーリー、三郎太、そしてイネス、リョーコに、ラピスとエリナを加えた七名の姿は無い。
「ルリちゃん大丈夫かな?」
 灰色の雲で覆われた空を見上げ、メグミがそっと呟いた。
 声優と芸能人として多忙な毎日を送っている彼女は、スケジュールを無理矢理こじ開けかつてアキトを巡る恋のライバルの葬式へと顔を出した。
 二度目の葬式という、普通なら有り得ない異常な状況の所為もあってか、彼女の心にもユリカの死は重くのし掛かっている。
 故に、ユリカの義妹でもあり、より彼女に近い位置に居たルリの心の大事を思って、彼女の名を呟いたのだ。
「大丈夫よ。ルリルリは強くなったから……今頃はきっとアキト君捕まえて、説教してるんじゃないかしら?」
 隣のミナトが普段の口調で応じるが、それが装いである事は容易に伺い知れる。
「そうですね……せっかく戻ってこれたのに……アキトさん可哀想」
「でもよ。それでアイツが血も涙も無い殺人鬼に成っちまうのはなぁ……」
 神妙な面もちのウリバタケが煙草の煙と共に言葉を吐き出した。
「そうですね」
 喪服を纏った三人は、今なお数奇な運命に翻弄されているアキトと、そして最愛の彼に看取られる事無く逝ったユリカの不遇を想い、溜め息を付いた。
 三人の吐いた溜め息は、一二月の冷たい大気に触れて白い霧状となって宙を漂い、やがて消えていった。
「ルリルリ……頑張ってね」
 ミナトの呟きは、斎場から聞こえるお経の音に掻き消され、周囲の者の耳には届かなかった。







機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム〜 #06









 ユリカさんの敵討ちの為に闘ったアキトさん。
 そしてアキトさんに倒された仲間の敵討ちに、増援を送ってきた火星の後継者達。
 仇が仇を産んで行く――この終わり無き螺旋の構図は、どちらか一方が相手を根絶やしにするまで続くのでしょうか。
 いいえ、そんな事がいつまでも続いて良いはずがありません。
 悪しき連鎖を断ち切る為、この無限地獄の中からアキトさんを救う為、私達は旅立ちました。
 イネスさんのジャンプ能力と、アカツキさんから無償供与された大量のCCを用いて、私達のナデシコBがアキトさんを追って火星に跳び、そこから更に六日かけて、やっとアステロイドベルトにほど近い宙域でユーチャリスに追いつきました。
 しかしその場にたどり着いたのは、私達だけでは有りませんでした。

 爆音に続き、突然の衝撃がナデシコBを襲い、ブリッジの各所より悲鳴が上がります。
 艦を包むディストーションフィールドには異常有りません。
 という事は――ボソン砲でしょうか? 幸いにして直撃こそ免れたものの、危険な状態が続いている事に違いはありません。
 なにしろディストーションフィールド内へ直接砲弾を送り込むボソン砲に、フィールドは意味を持ちません。
 それにしても、秘蔵のボソン砲搭載艦まで持ち出して来ている事を考えますと、どうやら敵は相当怒り心頭なのでしょう。
 敵艦隊が三つに別れ、私達を包み込むようにして移動を開始します。
 ボソン砲で動きを取れなくして、私達を包囲する――敵の意図がそんな包囲殲滅戦である事は明白です。
 敵に先手を打たれたのは面白くありませんが、ボソン砲を無視する訳にもいきません。
 予想進路を悟られない様、敵から姿を隠すため、小惑星の地表寸前まで高度を落とします。
 しかしアキトさんのユーチャリスは、ボソン砲を搭載していると思われる敵艦へと突撃を始めました。
 ユーチャリスもナデシコBも、ネルガルのワンマンオペレーションのテストベッドとして建造された艦なので、武装は極めて簡略化されてます。
 それでも本命のナデシコCが就役した事で、実験艦としての役目を終えたナデシコBは、火星の後継者の反乱のどさくさに紛れて改装し、ナデシコAと同じ程度のVLS(汎用垂直発射式ランチャー)を装備していますが、ユーチャリスには近接防御を搭載無人兵器に頼っていた事もあり、本体にごく僅かなVLSが付いているだけで、ろくな近接防御兵装を有してません。
 それでも何とか互いをカバーし合っていた私達でしたが、ユーチャリスが突進した事で弾幕に穴が開くと、その瞬間を狙い澄ましたかの様に、ユーチャリスへ集中していた攻撃が一斉にナデシコBへとその矛先と向けたのです。
 ナデシコBを左右から包囲すつつあった敵艦から、一斉に対艦ミサイルが放たれます。
 しかしこの程度の攻撃であれば、ナデシコBの持つ対空火器でも十分に対応可能です。
 私の指示によって、ナデシコBは全自動射撃へと移行し、ディストーションブレードに備えられているVLSから迎撃ミサイルを射出します。
 リョーコさんと三郎太さんも左右に分かれて、ナデシコBが打ち洩らしたミサイルをエステのライフルで撃ち落とします。
 迎撃は問題なく進み、私がその結果に満足して気を緩めた時です。
 小惑星の影に隠れていた伏兵のジンタイプがナデシコBの直上に、多数の積尸気が左右の空域にボソンジャンプで出現しました。
 私は自分が敵の罠にかかった事を悟りました。
 アキトさんの事を思う余り、冷静さを欠いていたのでしょう。
 リョーコさんと三郎太さんのエステが慌てて戻り始めましたが、ちょっと間に合いそうに有りません。
 エステが背を向けた瞬間を狙って、左右の敵から改めて対艦ミサイルが一斉射出されると、次いで積尸気からの対艦ミサイルも発射されました。
 ハーリー君の悲鳴の様な報告より先に、ウインドウボール内の私は、自分自身で絶望的な状況を把握します。
 更に追い打ちをかけるように、直上のジンタイプが相転移エンジンを暴走させたまま突っ込んで来て、前方の敵艦隊は長距離からグラビティブラストを一斉発射しました。
 防御をディストーションフィールドに頼り、対空能力の乏しいナデシコシリーズが最も恐れていた、グラビティブラストと対艦ミサイルの飽和攻撃。
 それが今、正に現実となって襲いかかってきました。
 初弾となる前方からのグラビティブラストが着弾まで僅か十五秒。
 その一〜二秒後に左右から対艦ミサイル、更にその後頭上からジンタイプの特攻、と続く事になります。
 通常の人間では不可能な情報処理能力で、私はその限られた時間の中で出来うる限りの選択肢を考えます。
 こちらもグラビティブラストを発射し相殺――無理。明らかにこちらの火力不足。
 防御――前方から襲いかかるグラビティブラストに耐えるにはフィールドを維持しなければならない。だが、左右から同時に襲いかかる対艦ミサイル群の物理的攻撃に、耐える事は出来ないだろう。
 ならば回避――前方? 駄目。グラビティブラストの直撃を受ける。よしんば耐えられたとしても、フィールド消失は免れない。そして誘導弾であろう対艦ミサイルが、その隙に直撃する。
 リョーコさんと三郎太さんのエステバリスの迎撃も、途中の積尸気に阻まれるだろう。
 左右に回避――これも駄目。グラビティブラストはかわせたとしても、左右両方のミサイルがある。ミサイルの迎撃はナデシコBの脆弱な対空火器だけではまず不可能。余りにも数が多すぎる。
 後方へ後退――ナデシコの機動力が落ちるだけで意味がない。グラビティーブラストの直撃を受けるだけ。
 高度を下げる――不可能。既に小惑星の地表すれすれ。
 高度を上げる――相転移エンジンを暴走させた、危険なジンタイプがダイブしてきます。ただでは済まないでしょう。
 イネスさんのジャンプに頼る――無理。ジャンプ装置の無いナデシコBを咄嗟にボソンジャンプさせる事は出来ない。
 アキトさんからの援護に期待――ユーチャリスはボソン砲搭載艦の攻撃へ向かい、私達のカバーを出来る位置には居ません。
 デコイを射出――VLSは迎撃ミサイルがセットされていて、現在も尚射出中。換装は間に合わない。何より近すぎます。
 残された手はチャフやフレアをばらまき、ECMを高域放射、一発でも多くのミサイルを無力化するしか有りません。
 電子情報の奔流の中で、常人の数百倍はあろう思考速度が、あらゆる対抗措置が無駄だと判断し、唯一悪あがきに過ぎない手段を実行に移す。
 ここまでに有した時間が二秒。
 ブリッジ内で警報と悲鳴がこだまし、顔面蒼白のエリナさんがシートにしがみついている姿に気が付き、勢いで飛び出して準備を怠った自分の間抜けさを呪いました。
 イネスさんがラピスを連れてユーチャリスへジャンプして、彼女にあの艦のオペレーションを任せておけば、アキトさんが自由に動き回れたのですが、今となっては後の祭りです。
 後、数秒でナデシコBは、耐久性を上回るエネルギーの直撃を受け、恐らく大破――運が良くて中破ですが、悪ければ轟沈のダメージを負うでしょう。
 ナデシコCであれば、ジャンプでの脱出やシステム掌握によるミサイルの無力化が行えたのでしょうが、そんな事を考えても無駄なだけですね。
「どいてっ!」
 ハーリー君の横に居たラピスが、狼狽えている彼からIFSのコンソールを奪い、オペレーションに割り込みをかけてきました。
 そして私が彼女の意図を把握し――
『全艦対ショック防御っ!』
 ――と、即座に艦内放送を流すまで、更に五秒が経過。
『アキトっ!』
 ラピスは彼女とアキトさんしか知らない、バンドを用いて呼び掛けました。
 チャフやフレアで目標から逸れ、ECMで誘導不能になったミサイルは全体の六割に達したが、それでも尚、数十発のミサイルが飛来して来ます。
 乗組員の皆さん、地球の皆さん、そしてユリカさん――ごめんなさいっ!
 私が懺悔の言葉を思い浮かべるのに二秒かかり、正面から向かってくる黒いエネルギーの奔流と、左右からのミサイルが肉眼でも把握出来て――ナデシコBの直前で眩い光が煌めき、白い船体が姿を現しました。
 ユーチャリスです。
 ボソン砲搭載艦を片づけたアキトさんが、ラピスからの連絡にユーチャリスをジャンプさせてきたんです。
 アキトさんの操る戦艦がその横っ腹を私に晒すようにして現れるまで更に四秒が経過、私達の盾となって前方からのグラビティブラストの攻撃を受けました。
 そしてラピスの繰艦でナデシコBが乗員を無視した機動兵器の様な素早い動きで、左舷へ九十度回頭を行い――艦の中央に位置するブリッジはともかく、舳先や最後尾に居る方は無事では済まないでしょう――ユーチャリスとは一八〇度反対方向へと艦首を向けると、それぞれの方向へとグラビティブラストを発射。
 至近距離まで迫っていた残りのミサイルを討ち滅ぼしまし、その先に居た積尸気を飲み込み、更にその先の敵艦――恐らく勝利を確信し、対応が遅れたのでしょう――にもダメージを与えました。
 リョーコさんと三郎太さんのエステは、私達の艦の動きを見て咄嗟に判断し、射線軸上から素早く待避し事なきを得ていました。
 しかし真上からダイブしてきたジンタイプはナデシコBではなく、グラビティブラストの直撃を受けてフィールドが無いに等しいユーチャリスを最終的な標的として選び、暴走するエンジンを抱いたまま突っ込んで行きました。
 相転移エンジンの暴走による爆発を至近距離で受ければ、ユーチャリスは無論、すぐ脇にいるナデシコBもただでは済まないでしょう。
 せっかくアキトさんに追いついたのに。
 ユリカさんとの約束を果たせると思ったのに。
 アキトさんの”五感が元に戻った”のに。
「アキトさんっ!」
「アキト!」
「アキト君っ!」
 思わず声を上げる私と、ラピス、そしてエリナさんの眼前で、ユーチャリスは再び光に包まれました。






§







 ユリカさんの死去と、アキトさんの消失から半年が過ぎ、私は今も未来へ向けて生きてます。
「ユリカさん、私元気です。アキトさん……私、十七歳になっちゃいました」
 ネルガルのサセボドック内のスペースを使って行われている私の誕生パーティ。
 その会場に置かれた、ユリカさんとアキトさんの写真へ向けて、私はそっと声を掛けました。
 「『必ず帰るから』……アキトさん、そう言ってくれましたよね。早く帰ってきてくれませんと、私おばさんになっちゃいますよ? もしそうなっても、私アキトさんにまとわりつきますからね、アキトさん困っちゃいますよ?」
 うまく出来たか判りませんが、そっと微笑んでみました。
「ルリルリ、アキト君と艦長とお話し?」
 ミナトさんがグラスを片手に私の横に立ち、ニッコリと微笑んで尋ねてきました。
「はい。以前にも一度待たされてますから平気ですけど、早く来てくれませんと私の方が年上になっちゃいます……って」
「そうね……でも、必ず帰るって言ってくれたんでしょ?」
「はい」
 私は、あの瞬間――ボース粒子の光に包まれながらも最後にそう言ってくれたアキトさんの姿を思い出して頷きます。
「ルリ……アキト帰ってくるまで、私達頑張る」
 いつの間にか私の横に立っていたラピスが、アキトさんの写真を見て私に言います。
 彼女にしては精一杯力強い口調である事が、その決意の深さを現してますね。
 ラピスは今、エリナさんと同居してます。
 立場が立場なので、ごく普通の生活という訳にはいきませんが、ネルガル所属のオペレータとしてエリナさんの秘書的な仕事に就いてます。
 私はナデシコBの艦長として、哨戒任務や海賊の撲滅の任に就いてましたが、これからしばらくの間ネルガルに出向し、次世代AIコンピュータの開発に携わる事になります。
 次世代AIコンピュータ――オモイカネ型スーパーAIコンピュータの実績と成功を踏まえて、より高度な演算と思考能力を持ち、現在急ピッチで整備が進められているグローバルネットワークの中枢を担うもの。
 名前は「ガーディアン」に決定してます。
 ナデシコのAIが「オモイカネ」でユーチャリスのAIが「ヤタガラス」だと言いますから、ネルガルしては随分と安易、というか直球なネーミングですね。
 でも素直に良い名前だと思います。
 彼女――ガーディアンの事ですよ――が持つであろうその頭脳は、地球の守護神として、今後の行政や公共事業、経済企画、等に対する的確な助言や管理、そしてスケジューリングや、計画立案、更には非常事態や災害活動における迅速な指揮等を行ってゆく事になります。
 時間を無意味に浪費する議会や、考えにムラのある人間の思考とは異なり、完璧な社会を構築する為の指針を打ち出す事でしょうし、迅速かつ的確な対応が必要とされる災害救助では、その威力を発揮する事でしょう。
 他ならぬ、この私も開発に関わるわけですから、そうなるに決まってます。

 あ、ちなみにナデシコCですけど、今だに月のネルガルドックでモスボール状態になってます。
 何でも現状では不要な戦力だとかで、封印されてます。
 要は政府首脳が一式オモイカネの電子戦能力を恐れてるだけなのでしょうけど。
 とにかくそういう訳で、私は今日までナデシコBで艦長やってたわけです。
 今後はネルガルへの出向の為にしばらくナデシコBを降りる事になるので、今日の誕生パーティは、私の送別会も兼ねてるわけです。
 留守の間は三郎太さんが特務少佐として一時的に昇進し、指揮を執る事になります。
 ですからさほど問題はないいでしょうし、安心もしていられます。
 あ、ハーリー君も居ましたね。
 何時までも私におんぶに抱っこでなく、これを機に一人前になってくれると良いんですけど。

 とにかく……これからは忙しくなります。
 私としては、アキトさんが気兼ねなく帰ってこれる世界を作るため、粉骨砕身の覚悟で臨むだけですけど。
 争い事の無い世の中――そんなもの絵空事かもしれませんが、少しでもそうなれる様、努力してゆきます。
 それがユリカさんの――ひいては私の願いでもあるんですから。

 とは言え、前途は多難です。
 地球圏の復興活動は相変わらず計画通りに進んでませんし、海賊だのテロだのといった騒ぎも少なくありません。
 人員は何処も不足。
 アステロイドから資源採掘用に小惑星「ゼロス」が運ばれたのも、予定を二ヶ月も遅れてましたし、こんな調子ではヒサゴプランの復旧工事なんて何時になることやら……です。
 火星なんか政情も治安も不安定ですし、旧木連移民と、地球移民との人種差別問題とかで内戦の火種が燻ってます。
 先日も木連出身者の雇用較差が問題になって、デモ隊と警察の間で小競り合いが起きて、その騒ぎにかこつけた旧木連過激派グループがテロ行為に及びましたっけ。
 今年の春から就任した火星のザカリテ首相という人も、こんなご時世に首相になった事でさぞ大変なのでしょうね。

 統合軍を抱え込んだ連合軍も、元々水と油の関係だったわけで、色々な所で問題が出てます。
 今年から復活した火星地球間における定期航路の護衛だって、その軋轢問題から、火星の後継者残党による海賊行為を成功させる要因になってます。
 コウイチロウ叔父様も苦労してるって、この間愚痴をこぼしてました。
 しかし、こんな問題もガーディアンが完成すれば解決するはずです。
「アキトさん……私頑張ってますよ」
「うーっ、私も頑張ってる」
 私がアキトさんの写真へそう告げると、隣のラピスが張り合うように声を上げます。
 変化は乏しいながらも喜怒哀楽がうまれ、この子も随分表情が豊かになりました。
 普段周囲に居る人達が、エリナさん、アカツキさん、イネスさん、プロスさん、そしてウリバタケさん……っていうのは少し問題がある様な気がしますけど、まぁ感情が豊かになるのは良い事に違い無いですね。
 約半年前、アキトさんから一方的に五感のリンクを解除された時などは、茫然自失になって暫く誰とも口も聞きませんでしたから。
 五感と言えば、不思議な事が有りました。
 他でもない、アキトさんの事です。
 ユリカさんの病室から跳んで出て行ったアキトさんに私達が追いついた時、あの人の失われた五感は治ってたんです!
 私達が辿り着くまでに、火星の後継者達の基地で一体何があったのか、その場に居合わせていない私には判りません。
 ですが、そんな事は判らなくとも、単純に喜ばしい事です。
 だって次に会う時は、アキトさんの目で私の姿を見て貰えて、私の声をその耳で聞いて貰えるんですよ?
 そしてきっとアキトさんの手で、私の顔とか髪の毛とか触って貰えるはずです。
 思わす、その時を思い浮かべた私は、自分の頬の筋肉が緩んだ事に気が付き、慌てていつもの表情へ戻します。
「ふふ〜ん」
 視線を感じて顔を向けると、ミナトさんが何か嬉しそうな顔してます。
「な、何ですか?」
「別に〜。あ、そういえばルリルリ。ハーリー君が随分落ち込んでたわよぅ」
「そうですか?」
「あら〜冷たいのねぇ〜。アキト君の写真を見ていた時の表情とは随分違うわよ?」
「べ、別にそんな事ありません。ハーリー君にはいい加減姉離れしてもらわないといけませんから……別にそれだけの事です」
 そう言って誤魔化す様に少し笑うと、ミナトさんは苦笑浮かべてます。
「よぅ、ルリちゃん来週からまたよろしくな」
 ウリバタケさんが少しだけ酔っぱらった顔で、私に挨拶をしてきました。
 この人もネルガルで、ガーディアンやグレイゾンシステム用機動兵器の開発に協力しているらしいですから、暫くは同じ職場で働く事になるわけです。
「はい、よろしくお願いします」
 ペコリと頭を下げて挨拶。
「いいって事よ。俺とルリちゃんの仲じゃねぇか。気楽に行こうぜ」
「あなたはもう少し緊張感を持って仕事に臨んで欲しいわね」
 あ、エリナさんですね。
「いいじゃねぇか。ちゃ〜んと仕事はこなしてるぜ?」
「今だガーディアンは確立した意志を持ってないんですからね。深層意識に変なもの吹き込まないでよ?」
「はいはい、判ってますよっと」
「本当かしら……全くもう」
 二人のやり取りを聞いてラピスが笑ってますね。
 きっといつもこうなのでしょう。
「しっかしルリルリも十七歳かぁ〜、初めてあった時はあんなに小さかったのになぁ〜」
 私を見て「うんうん」と頷きながらウリバタケさんが感慨に浸ってます。
 そうですね。私も随分成長したと思います。
 そう思って、私は自分の身体を見てみました。
「あら? そんなに変化有ったかしらね」
 突如横合いから失礼極まりない言葉を掛けてきたのはイネスさんですね。
 喧嘩上等です。
 私は恨みの籠もった目を向けてやりました。
「そんな目で見たって無駄よ。データが証明してるんだから。なんなら、貴女の身体測定結果の推移記録を公開しましょうか?」
「なっ……」
 なんて事言い出すんでしょうかこの人は!
 確かにごく僅かかも知れませんが、確実に各種数値は上昇していますっ!
「成長してるって言っても、世間一般的なデータと照らし合わせた上で、それでも自分が成長したとハッキリすっきり証明できる?」
 まるで私の頭の中を読んだ様に先手を打ってきます。
 やはりイネスさんは侮れません。
 私が赤くなっているだろう顔に、必至に怒りの表情を浮かべて反論しようと口を開きかけた時――
『警戒! 警戒! アンノウン一機、東シナ海上空を約四四〇ノットで北上中。推定到達地は当基地と認められる。識別信号反応無し、警告に対する応答無し! 三分後に天草灘に到達予定! 繰り返す……』
 けたたましい警報と共に緊急アナウンスが鳴り響きました。








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