初代ナデシコのクルーにして、木連との戦争に水を差し、結果的に休戦へと導いたエステバリスパイロット、テンカワ・アキト。
彼がコックを兼任していた事は、関係者であれば知らぬ者の居ない事実である。
そして一流のコックとなり店を構える事が、彼の夢であった事も関係者の間では広く知られている。
しかしその夢は夢でしかなくなり、実現する事は不可能となった事は、関係者でもごく少数の者達しか知らない事実だ。
このテンカワ・アキトという男は、少年期に両親が同時に暗殺――当時はテロに巻き込まれて死亡となっていたが――されるというショッキングな事件を体験し、その後は多感な青年期を火星の孤児院で孤独に過ごし、中学を卒業と同時に農園で働きに出るという、ごく一般的な人生からはかけ離れた人生を歩んできた。
彼が、家族や仲間というものに人一倍憧れを抱いていたのは、こうした人生の反動によるものだ。
そんな心優しき彼が、渇望していた家族を得て家庭を築いた後、その家族を失う事、家庭が破壊される事にどれ程恐怖心を抱いていたかは、想像に難くない。
そうでなくとも人は、自分のモノが奪われる事を嫌う。
それが最も大切なモノであり、かつ過去にも失った事があるモノであるなら尚のことだ。
だが彼は既に二度も大切な家庭を崩壊させられている。
一度目は火星で両親を暗殺された時。
二度目は新婚旅行の最中に夫婦揃って拉致された時。
故に、彼が三度目となる家族の消失危機を迎えた時、その原因を求めて現場から消えたたとしても、それを責める事は出来ないだろう。
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