■Beautiful 7days #7






 ドキュメント――1999.12.XX 株式会社戦術出版 巳間晴香



 長引く経済不況にあえぐ世紀末的様相の日本。
 年の瀬も迫り、忙しさと景気の悪さの両方に苛立ちを感じていたある日、とある北方の地方都市で、奇妙な経済復興活動が行われているという情報が私の耳に入ってきた。
 限定されたごく一部の地域とは言え経済効果を与えているその活動とは、事も有ろうにその地域に存在する某私立高校におけるミスコンだと言うのだから、正直私は関心など出来ず、ただ呆れるばかりだった。
 しかも、その活動の中心人物は現役の高校生だという事実が、多くのマスコミの関心を呼び大きなニュースとして取り上げられた。
 この時点における私の認識は、暗いニュースが蔓延る世間に対する一種の清涼剤、いわばゴシップ的な意味合いしか持っていない地方ニュースであり、それどころかマスコミによる自作自演――いわゆる「やらせ」的な臭いすら感じ取っており、注目に値しないお祭り騒ぎ……というものだった。
 周囲のマスコミによる報道も過剰的なものと思っており、どちらかと言えば嫌悪感すら抱いていた。
 しかし、その翌日の12月XX日――日曜日の朝。
 私がたまたま見ていたテレビの情報番組で、そのお祭りが取り上げられ、その中で懐かしい顔を発見したのだった。
 これはあくまでプライベートな問題ではあるが、ブラウン管に写し出されていた女性は、私の親友かつ命の恩人――これは文字通りの意味だ――であり、かねてよりその所在が判らなくなっていた人物に他ならなかった。
 直ぐに私は職場を訪れ、上司に取材の許可を取り付けた。
 スキャンダルやゴシップ記事には無縁の私がこの騒動の取材を取り付けた事に、私の上司は驚きの表情を浮かべていたのが実に印象深かった。
 予想外の私の願いに困惑気味だった上司は、当初予算の不足を理由にその許可は認めなかったが、私の激しい直談判に最後は快く――涙を流しながら――許可していただけた。
 私は早速準備を整え、夜行に乗り込み現場へと急行した。
 つまり私がこの度のかの街へ赴いた理由は、生き別れた親友との再会が最優先目的であり、騒動の取材自体は建前に過ぎなかった。
 そう、私にとって経済効果をもたらすというミスコンには何ら興味は無かったのだ。
 親友に会い感動の再会を果たした後は、適当に形だけの取材をし、馬鹿な騒ぎに踊らされる世間の風潮をあざ笑いながら、適当な美麗賛辞を列べた原稿を提出するつもりだった。
 そんな私だったが、目的の駅を降りた瞬間、その考えを改める必要性を強く感じる事になった。

「本物の馬鹿騒ぎ」

 一言で表現するならば、こう伝えるのが妥当だろうか?
 だが主観的だろうが客観的だろうが、幾ら文章で説明した処で、あの騒ぎを明確に伝えるのは難しいだろう。
 こうして今キーを叩き文章を起こしている今も、その考えは変わらない。
 私の様に最初から興味を抱いていない人間でさえ、駅を降り立った瞬間、異常とも思える街を包む熱気と人々の興奮を感じ取る事が出来た。
 細かい経緯や街中の様子は、各種報道で既に知るものと思うので省かせてもらうが、私は駅に降り立つと直ぐに騒動の中心地であり、ミスコンの舞台となっている私立高校に赴き、本来の目的であった親友との再会を無事果たした。
 だが、それまでの僅かな時間の内に、私は自分がそのミスコンに強い関心を持ち、それどころか自らが騒ぎの渦に巻き込まれている気分に陥った。
 それはまるで誘蛾灯に吸い寄せられる羽虫の如く、無意識に引き込まれていくとしか伝えようが無い感覚だ。
 大衆心理とでも言えば良いか? ――つまりあの地全体が祭りそのものであり、熱気や興奮はその地に居る者全員に伝染しているのであろう。
 
 私は現場を訪れた事で、一気にこのミスコンに興味を持つに至った。
 私と同じ様な認識の方も大勢居ると思うが、この地で行われている騒動とは、つまりそういうものなのだ。
 適当な言葉で片づけるには惜しい取材対象である事を再認識し、取材やインタビューを通じ、私が素直に感じた事を、此処に記すものとする。



 学校の生徒達は勿論の事、街の人々も取材には非常に協力的だった。
 先にも述べたが、この度の騒動は街全体に波及しており、人々はその熱気に当てられ、ある種の”誇り”の様なものすら感じていると思われる。
 人々が外部の者に対して親切なのは、そういった風潮の後押しがある為だろう。
 より簡単に言うならば”自慢”がしたいのだ。
 街全体がコンテストを後押ししており、街中を歩くOLや、買い物途中の主婦、果ては公園で遊ぶ子供達までもが、その会話の中でミスコンの話題を取り上げるという現状が、その熱狂ぶりを物語っているだろう。
 私が取材に訪れた日は、コンテスト本選へ進む者を選出する投票――つまり予選投票の前日だった事もあり、人々の興奮も今までにない盛り上がりを見せていたとの事だ。
 ならば、私の様な無関心な者をも取り込む熱気も、素直に理解できると言うものだ。
 その日の内に、大勢の生徒達や街の人々、そして我が親友であり、問題の私立校で校医を勤める天沢郁未(年齢は命が惜しいので敢えて伏せておくものとする)から、数々の情報を集め、予選通過の見込みが高い者をピックアップする事が出来たので紹介しておく。

 一年生、天野美汐。
 一言で言えば才女だろう。一年生の学年主席であり、入学以来その座をキープしているとの事だ。
 物腰は超が着く程丁寧であり、口数は少なく控えめで今時珍しい日本的な美少女という感じだ。
 多少癖の残るショートヘアーで、飾り気は無いが清楚な雰囲気を醸し出している。
 良家のお嬢様だろうと言う噂も、なるほど頷けるものだ。
 スタイルは良くも悪くも古来の日本風で慎ましいといった感じだが、実際のスペックは不明。
 帰り際の本人を捕まえる事が出来たが、この子は非常に「押しに弱い」事が判り、この度の騒動で担ぎ上げられている事に困惑している。
 しかしその反面、選出される事に関して何処か肯定的な部分が見え隠れしており、何かプライベートな部分で自己の意志と、環境の狭間で葛藤しているのではなかろうか?
 元々は無名の存在だったが、彼女を推すグループの組織的活動により、そのシンパを増やしていったとの事。いわば本コンテストにおけるダークホースだ。

 一年生、上月澪。
 生まれながらにして発声器官に障害を持っている少女らしいが、実際に会って話――筆談だが――聞き、そのポジティブな言動に驚かされた。
 演劇部に所属している事からもそれは伺えるだろう。
 身体が非常にコンパクトで、正直高校生とは思えない外見をしているが、そこがまた彼女のチャームポイントなのだろう。
 彼女自身はアダルトな女性になる事を夢見ているらしいが、私の見たところ彼女のシンパがそれを望んでいない事は明らかだ。
 学校を訪れた私を案内してくれた子でもあり、その面倒見の良さと人の良さが伺える。
 とにかく可愛らしいというイメージだが、根のしっかりとした元気で明るい子で、自分に娘が居たらこんな子が欲しいと思える程だ。
 どことなく私の親友の一人を彷彿させるが、それは彼女(無論、上月澪の事だ)に対して失礼だろう。
 そう言えば児童ポルノ法案が可決した場合、彼女の様な存在は、その存在自体が規制に引っかかる様な気がして心配である。

 一年生、美坂栞。
 透き通る様な色の白い肌が特徴的な少女だ。
 何でも生まれつき体が弱く、数々の持病を患っていたらしいが、現在は元気一杯との事。
 料理が得意な家庭的な一面を持ち、絵画を愛する芸術的趣味を持っている。ただ料理はともかく、絵のセンスに関しては、抽象画の大御所も逃げ出すようなアバンギャルドな絵を描くらしい。
 実際に確認した訳では無いので何とも言えないが、同一意見を複数で聞いた事は、それが現実である可能性を高めている。
 実にスレンダーなボディをしており、その事に強いコンプレックスを抱いている事が確認出来たが、単に胸がでかければ良いという訳でも無いし、男性の女性に対する趣味も多岐に広がり、いわゆるフェチ化が進んでいる昨今においてはさしたる問題では無いと思う。
 そう言えば、由衣も自分のコンプレックスを私に当てつけ、恨めしい視線を向けて来るが、これは胸の小さな娘の共通事項なのだろうか?
 尚、私が直接インタビューをした際、直前に何か有ったのか、彼女は多少衰弱気味にあって、その影のある表情や線の細さは、(こう言っては失礼だろうが)元闘病少女としての魅力に溢れていた。

 二年生、水瀬名雪。
 実際に話は聞けなかったが、後で写真を確認したところ、郁未の元へ案内された途中に出会った子だと判った。
 多少青みがかった長い黒髪が非常に美しく、整った顔立ちも相まってこれぞ美少女といった風情だが、睡眠欲が人一倍強い一面を持ち、時折眠りながら歩く姿も目撃され、その寝ぼけた表情は彼女の魅力の一つだという。
 周囲の話によれば、ファンシーキャラを愛し、大好物の苺に命を懸ける少女らしい(?)側面に、根っからの天然体質も相まって、非常に柔らかな物腰で優しい少女との事だ。
 そんな庶民的な雰囲気が周囲、特に商店街の店主達の間での支持が高かった。
 もっともこれは彼女の母親の影響も多分に高いと思われ、場合によっては更なる調査が必要になるだろう。
 ともあれ、別段成績がいいわけでもないが、人当たりの良さと、二年生ながら陸上部の部長を務める責任感の強さを兼ね備えている。
 『天然は天才を越える』とは、某有名体育大学の専属コーチの名言だが、この言葉が彼女の本質を物語っているだろう。

 二年生、美坂香里。
 先に述べた美坂栞の実姉という話で、後に写真で確認をしたところ、彼女は水瀬名雪と共に出会った秀才肌の少女だった。
 聞くところによると、入学時より現在に至るまで成績は学年トップを維持し、学級委員長にも就いていながら、演劇部にも加わり精力的に活動を続けているとの事。当然ながら、次期部長になることは間違いないという事だ。
 おまけに料理や裁縫、掃除といった家事全般も得意だというから、多少性格が堅い部分を除けば欠点らしい欠点が見つからない。
 いわゆる完璧超人タイプの少女だが、少女という言葉が似つかわしくない大人びた印象を受ける。
 しかしこういう少女が時たま見せる弱さや年相応の少女らしさは、普段のギャップも相まって、周囲に強力な好印象を与えるのは想像に難くない。
 彼女の支持者は少なくなかったが、普段より彼女にまとわりつくストーカー的盲信者の存在が強く、主立った支援活動が難しいのだと言う。
 尚、取材の最中、他ならぬ私に似ているという意見をちらほら聞き、悪い気分では無かった事を付け加えておく。

 二年生、七瀬留美。
 この子も前述した二人と一緒に私が会った女生徒で、頭の左右で二つに束ねた髪の毛が印象的な、明るく元気そうな少女だった。
 一部の男子生徒の間で熱烈な支持があるそうだが、それ以上に下級生の女生徒からの支持の声を多数聞くことが出来た。
 見た目こそ少女らしい姿をしているが、どこかボーイッシュな性格をしているらしく、その付き合いの良さや気さくな性格が男子に、そしてどことなく漂う男っぽさが下級生の女子の支持を集めている原因だと推測される。
 驚いたことに、彼女は後述する長森瑞佳という同級生の少女に想いを寄せている事を公言しており、世の中の風潮に囚われない剛胆さと、自分に対する素直さは賞賛に値する。
 しかしこうして少女が少女に恋い焦がれても、特に否定的な意見は聞かれないのだから、何とも羨ましい時代だ。
 そういった趣味が公になっても、彼女に対する支持が男女双方から存在するという事実が、彼女の人気を裏付けている。
 尚、彼女は特に部活動には加わって居ないが、かつては剣道でその名を馳せた猛者という話だ。

 二年生、長森瑞佳。
 先の三名と同時に遭遇したわけだが、調べてみると四人が四人とも同級生であり、しかも本選候補者に数えられる少女達であった事は驚きだった。
 聞いた話によると、本コンテストにおける大本命の一人らしい。というのも、同クラス男子における地下人気投票の結果、並み居る強豪を押し退け一位に輝いた実績が有るからだとか。
 なるほど「神奈川を制する者は甲子園を制する」というドカベンの台詞を当てはめるならば、彼女達が所属するクラスが神奈川県であり、彼女は明訓高校という事になるわけだ。
 料理、洗濯、裁縫、掃除といった家事全般に精通しているのは前述した美坂香里と同じだが、この子の場合は更に人当たりの良さと、極度の世話好きという献身的な性格が加わっている。(無論、個人の趣味の問題もあるので、必ずしもこの子が優っているという訳ではないだろうが)
 オーケストラ部に所属し、チェロを担当しているとの事。
 特筆すべきは、彼女が彼氏持ちだという部分だ。
 つまり、既に恋人が居るにも関わらず大本命と目される彼女のポテンシャルは計り知れない。
 尚、彼女の恋人に関してだが、私の取材に応じてくれた生徒達は一様に口を揃えて「本物の変人」と語ってくれたが、幼なじみの同級生という、如何にもという設定は何処か微笑ましさを感じる。

 二年生、里村茜。
 直接会うことが出来たが、この子もまた上で述べた四名と同級生だという。
 つまり本選出場が噂されている二年生の女生徒は、全て同じクラスだというのだから、何か作為的なモノを感じずにはいられない。
 それはともかく、彼女は不思議な子だった。
 見た感じは図書委員でもやって静寂を愛する優等生的な女生徒というイメージだったが、話してみると少し違った部分があった。
 まず成績は中の中でごく普通。家事全般はそれなりに得意らしく、甘いモノには目がないという辺りはごく普通の女の子だろう。
 外見的な特徴は一にも二にも、見事としか言いようがないボリューミィな金髪であり、これだけでも男子生徒のハートを鷲掴みする事だと思う。
 しかし性格は無口で感情の起伏に乏しく、その所為かやはり表情には冷たさが感じられ、人を寄せ付けないオーラの様なものを纏っている。
 だが、もしも彼女が頬を染めて微笑みでもしたら、その笑みを向けられた男子は生涯彼女の虜になる事だろう。
 外見的長所を内面的短所が打ち消している様に思えるが、外見だけで判断する様な男は「嫌」だそうで無関心との事。
 その事に関しては私も心から同意する。
 尚、インタビュー終了間際に、彼女の親友を名乗る他校の女生徒が突如として現れたが、私がマスコミ関係者だと知ると必要以上に付きまとい、逆に質問責めに遭った。恐らくは彼女の参謀として、親友に対する有益な情報を探っていたのではないかと推測される。

 三年生、川名みさき。
 後述する深山雪見と共に実際に会ってインタビューする事が出来たのだが、とにかく色んな意味で驚かされた。
 まず彼女は過去の事故が原因で、完全に視力を失っているという。
 これだけでも十分に驚きに値すると思うが、彼女は底抜けに明るく、そして元気だった。
 己のハンディキャップをものともしない強靱な精神は、一年生の上月澪でも見られたが(尚、彼女もまた演劇部の関係者である事も興味深い)、その度合いはより高いものと感じられた。
 無論、良き友人の存在も大きいと思うが、日常生活を普通にこなす(当たり前の事だが、我々の想像を絶する難事業だろう)彼女自身の強さ、ひたむきさが、支持を集める要因である事に間違いないだろう。
 彼女の身だしなみは全て親友の手助けによりキチンと整えられており、整った顔立ちと見事な黒いストレートヘアーをした外見は、一見良家のお嬢様の様な印象さえ受ける。
 しかし彼女もまた水瀬名雪の様な天然ボケ的な雰囲気が多分に強く、親友との掛け合いは(本人達の真意はともかく)関わる者を楽しくさせる。
 だが彼女に関して最も驚かされたのは、遠慮を知らない無邪気さと底なしの食欲だ。
 インタビューを終えた後の私の頭は、果たしてこの領収書が必要経費として経理で受理されるかどうか? という一点をただ考える様になっていた。

 三年生、深山雪見。
 前述した川名みさきの親友であり、二人揃って私のインタビューに応じてくれた。
 彼女は良い母親――いや、良き経営者にもなれるだろう。これは断言できる。
 目が不自由な親友を公私ともに支え続け、演劇部の部長として同じハンディ所持者である上月澪も含めた部員達の面倒・指導をこなしている。
 美坂香里の様な完璧女生徒から慕われ信頼を寄せられている事からも、彼女の指導っぷりに(そして恐らくは演技力も)疑問を挟む余地はないだろう。
 その上成績も優秀な部類に入り、私のインタビューに対する受け答えも完璧であったし、見た目も二重丸と来れば文句を差し挟む事は罪と感じる。
 だが、そんな彼女の欠点は、常に周囲を――特に親友の事を第一に考える事だろうか。
 無論長所でもあるが、それ故に彼女は自分自身の魅力を軽視している節があり、自分がコンテストの本選に選ばれるかも知れない存在だとは、考えたこともないはずだ。

 三年生、川澄舞。
 恐ろしい程に美しく長い黒髪と、鋭い目つき、そしてすらりと伸びた長い脚に、モデル顔負けのプロポーションと、外見上では私が校内で見た中で最高の美少女だろう。
 外見上と述べたのは訳がある。実は本人には会えたのだが、ほとんどインタビューらしい事は出来なかったのだ。
 と言うのも、里村茜以上に無口で表情の起伏に乏しく、正直何を考えているのか全く判らなかったからだ。
 だがそれで彼女を無愛想だと決めつけるのは早急だろう。
 彼女は私に対してどう応対して良いのか判らない――少なくとも私はそう感じた。
 つまり極度の人見知りか、もしくは照れ屋なのだろう。
 事実、彼女は実に親切かつ優しさに満ちあふれていた。僅か数分のインタビューにおいても、それは実感出来たことだ。
 校内には彼女を毛嫌いする者も多いと聞くが、それは彼女の外見が一見して冷たさを感じさせる事が原因ではなかろうか? 昨年の今頃までは「不良少女」としてのレッテルを貼られていた事実も、何名かの生徒や教職員からの話で明らかになった。
 しかし恋人が出来てからというもの、そうした評価は不当だったとされる様になり、こうしてミスコンの本命の一人として挙げられるほどに、彼女の株は上がっている。
 気になった事が二つ。
 彼女には何かこう……私の親友に近い何かを感じたし、彼女もまた私の中に眠る忌まわしき力を感じ取った……漠然とだがそんな感じがした。
 もう一つ、彼女が肌身離さずに持ち歩いている包みが気になったが、その中身は最後まで判らなかった。

 三年生、倉田佐祐理。
 何というか、この世に怖いものなんて無いんじゃないかと思わせるほど、完璧なお嬢様だった。
 事実この街では知らぬ者は無い名士の娘さんらしく、均等のとれたプロポーションと可愛らしさと美しさを兼ね備え、常に笑顔を忘れないという絵に描いた様な本物のお嬢様だ。
 成績も優秀(何でも三年生の学年主席だそうだ)であり、それらを鼻に掛けるような事は決して無く、日頃から謙遜を忘れぬ――それでいて嫌味にならない言動が、人々に好感を与えていると思われる。
 以前は生徒会の役員も務めていたらしいが、現在は退き特に部活動にも加入しておらず、一般の生徒でしかないとの事だ。
 彼女に関しては、少なくとも私が聞いた限り、欠点や悪評等は全く聞かなかった。
 前述した川澄舞の親友であり、二人揃ってインタビューをさせて貰った時、その半物質的な二人の破壊力には、悔しいが思わず私がたじろいだ程だった。
 二人は精神面だけでなく、物質的にも互いをカバーし合う最良の親友なのだろう。

 最後に保険医、天沢郁未。
 彼女こそ私の親友で命の恩人である。
 だからといって、私はジャーナリストの端くれとして、あくまで客観的かつ公正な判断でもって彼女の事を伝える義務がある。
 例え彼女が私と身体を重ねた事がある存在であっても、私を半ば無理矢理倒錯の世界へ引きずり込んだ張本人であったとしても、贔屓も怨恨も差し挟まずに、彼女という個人を語らなければならない。
 悪くないプロポーションに、意外と責任感の強い性格、面倒見も悪くないと思うし、ぱっと見も綺麗と言えるレベル。
 保険医という話だが、何故彼女が保険医になれたのか、過去を知る者としては不思議で仕方がない。
 恐らくイリーガルな手段を用いたのだろうが、無用な詮索は文字通り死を招く恐れもあるので、この文を読んでしまった人は十分注意されたし。
 大勢の生徒達から話を聞く限り彼女の支持は高く、男女の区別がないところは如何にも彼女らしいが、過去に何人の生徒が彼女の毒牙にかかったかどうかが気が気でならない。
 そして彼女には「年齢」という越えられない壁――他の女生徒達と比べて肌の瑞々しさや張りといった部分で不利な要素――があるわけで、こればかりは幾ら戸籍を改竄したところでどうする事も出来ない現実である。
 これはあくまで客観的な判断に基づく一般的な意見であり、私という個人の意見では無い事を重ねて申し上げておく。

 以上が、予選突破が見込まれているであろうと目されている者達である。
 他にも魅力的な女生徒は何人も居たが、きりがないので複数の生徒達から特に多く上がった女性を紹介するに留めさせていただく。


 初日の取材を終えて、郁未の仕事が終わるまで校内をうろついてみた。
 正直呆れてしまう有様だが、周囲の熱気を考えれば当たり前の事なのかもしれない。
 とてもまともに授業が出来るとは思えない状態だったが、教育の制度や体勢といった小難しい話は私には無理なので、取り敢えず放置しておく事にした。
 尚、この時、とある教室で簀巻き状態で放置されていた男子生徒を救出した。
 地面に頭を擦り付けるように三八回も礼をされたが、正直『ヤバイ封印を解いた』気がしてならなかった。
 居酒屋にて再会を祝していた時、郁未にこの男子生徒の事を聞いたところ、校内でも有名な男子生徒らしい事が判った。
 適度に放って置く限り害はないとの事だが、彼が私を見る目は正直思い出したくない。
 その後、酔いつぶれた郁未を担いで彼女の車に戻り、そして彼女がまともな意識を取り戻すまで待つ間、暇なので郁未の身体を弄んだ。
 直ぐに意識を回復させた郁未に、滅茶苦茶怒られ、挙げ句の果てに極寒の大地へと放り出された。
 人が親切にしてあげたのに何たる仕打ちだろう。
 せっかくの再会の感動が台無しになった。
 流石に行く宛が無いので、必至に謝罪をして彼女に取り入り、マンションへの入室を許可してもらったものの、就寝中に彼女のベッドへ近づく事は厳禁とされた。
 私も命は惜しいし、背に腹は代えられないので、大人しく従う事にした。
 郁未はシャワーを浴びると酔いが残っていたらしく、直ぐにベッドで寝息を立て始めた。
 そして私は今、こうして本日の取材をまとめてレポートにしている。
 彼女との再会は実に喜ばしい事だったが、明日の予選投票の発表も同じくらい楽しみになった私を知ったら、郁未はどう思うだろうか?





 翌日、1999年、12月XX日、火曜日。
 郁未と共に学校へと赴く。
 何故か屋上から倉田佐祐理への投票を促すアドバルーンが立ち上っており、朝から驚かされる。
 運転席の郁未に尋ねたところ、恐らくは生徒会長による支援活動の一環ではないかという事だが、改めてこの都度の騒動のスケールに愕然とさせられた。
 学校の敷地内は昨日以上にお祭り騒ぎだった。
 全国のオタクが年に二度ほど一カ所に集まって行う乱痴気騒ぎがあるが(由衣に一度連れて行かれた事がある)、あの騒ぎに通じるものが感じられる。
 駐車場から一緒に校内を歩いていると、郁未は大勢の男子生徒や女子生徒から「頑張って下さい」だの「応援してます!」等と声を掛けられては、その都度「有り難う」と、困惑交じりに優しげな表情で応じている。
 学校じゃ相当猫被ってる様だが、彼女の本質は極めてダークだという事を皆に警告したい。
 無論命が惜しい私は、その場は何食わぬ顔で歩くことに徹した。
 校内には、既に私の同業者も数多く見られ、テレビ局のクルーまでもがカメラを携えて校内を彷徨いていた。
 いよいよ本格化してゆくお祭り騒ぎに、新参者の私でさえ心が躍る思いだ。
 この雰囲気こそが、この度の騒動の原動力なのだろう。

 特別授業体制とはいえ、午前中は通常授業となっており、予鈴が鳴ってからは生徒達はそれぞれの教室へと戻っていった。
 物事の分別がついているその姿に私は関心を覚えたが、午前の授業全てに出席が確認出来なかった生徒には、投票権が与えられない事になっているらしい。
 学校側もなかなかにして策士である。
 そんな事もあって、浮ついた雰囲気は払拭できないものの、表面上は授業が進んでゆき、やがて運命の昼休みがやってきた。

 体育館――やたら立派な体育館で、フルサイズのバスケットコートを四面も敷いてもまだゆとりがある――に仮設された投票所に、生徒達が訪れ、各々が推薦する女性の名を書いて行く。
 聞いたところによれば、女生徒は自分の名前を記入しても良い事になっているらしい。
 真剣な面もちで祈りながら投函する者、きゃぁきゃぁ言いながら投函する者、人それぞれの姿勢で投票は進んでいった。
 投票所の周囲は、各支援団体が最後のお願いとばかりに、しきりに己が崇拝者の名を連呼し鬼気迫る活動を展開していたが、特に問題らしい問題も無く時間は進み、やがて投票を締め切るチャイムが鳴り響いた。
 その瞬間、校内から歓声と拍手が沸き起こったのが、とても印象深かった。

 開票作業はごく限られた人物と、専用の人員にて行われ、その他の者は如何なる理由があっても、体育館へ入る事は許されなかった。
 一人の男子生徒が警備の隙を突いて突入を図ったが阻止されるという一幕も有り、周囲の報道関係者を喜ばせていた。
 私もその生徒に話を聞こうと思い近づいたが、昨日の封印されていた生徒だと判ったので、取り敢えず回れ右をして退散を決め込んだ。
 起きた騒動はその程度で、校内は私が訪れて初めての静寂に包まれていた。
 授業は既に終わっているので、下校も許されるが、私の知る限り下校した生徒は居ないはずだ。
 逆に今更ながら登校してきた男子生徒が一人居た。
 ずっと走って来たのだろう、息を切らせて辿り着いた男子生徒は、投票が終了し今まさに開票作業が行われている体育館の前に立ち竦むと、何かに祈る様に手を合わせていた。
 話を聞いたが、彼は水瀬名雪親衛隊のリーダーらしく、何者かの妨害工作に遭い今まで家を出る事が叶わなかったという。
 何とも言えぬやりきれない表情に、思わず同情の念を抱かずには居られなかった。 
 開票結果を待つ間、生徒達は各々適当な場所に集まり、または一人で結果を伝える校内放送を今か今かと待ちかまえていた。
 無論、放送の開始を待っているのは生徒達だけではない。
 正式な許可を得て校内に存在する我々報道関係者もまた、その開始を待ち続けていた。
 静寂で始まった待機時間は、発表を待ちきれずに騒ぎ出した支援団体の行動をきっかけに、祭りの様な騒ぎとなった。
 その瞬間までに要した時間は一時間もかからなかっただろう。
 サイレンにも似た音が校内放送を通じて流れると、校内の喧騒はぴたりと止み、校内に存在する全ての人間が放送に傾聴した。

 気になる結果は以下の通り。

 一年一組 天野美汐。

 二年四組 長森瑞佳。

 二年四組 美坂香里。

 三年二組 川澄舞。

 三年二組 倉田佐祐理。

 保険医 天沢郁未。

 尚、獲得数同票の五位が二名居た事で、協議の結果、本選に進む者は予定より一名増えて六名となった事を申し添えておく。
 規定により、その投票数は公開されていないが、彼女達が投票獲得数上位一位から五位という事になる。
 (上に記載した順番は、投票数の獲得順位を現すものではない)
 全員が私が予想した者だったのは有る意味順当と言えるだろうが、個人的見解を述べるのが許されるのであれば、郁未の選出はどうかと思う。
 しかし、あの郁未がうら若き美少女の中にあって、どれだけ奮闘できるかという興味も沸いたのも事実である。


 結果が放送された後は、正に人生の縮図といった光景が、そこかしこで見られた。
 自らが推す女生徒が当選し、感激の涙に打ち震える者。
 全身から鬱のオーラを流して、人生の儚さを体言化する者。
 私は、良くも悪くも特に激しいリアクションを示している何名かの生徒を捕まえて、話を聞いてみたので、その一部をこの場で紹介しておく。


 男子生徒A(二年生)の話。
「馬鹿な……こんな暴挙が許されていいのか! この度の投票結果は信憑性に乏しく、不正の疑念が渦巻いている。そもそもこの俺が投票に間に合わなかったのは明らかに第三者の妨害工作であり、この事一つ取ってもこの投票に不備があったのは明白だ」

 男子生徒B(二年生)の話。
「まぁなんつーか、美坂の本選出場は当然の結果だよな。予選敗退? あり得ねぇあり得ねぇ。美坂は完璧だからな。何処ぞの馬鹿みたいに寝坊して投票に遅刻する様な支持者が居たんじゃ、その対象者は本選に残れなくて当然だろう」

 ※この直後、男子生徒AとBは取っ組み合いの大乱闘へと発展。学校側から厳重注意を受ける。

 男子生徒C・D(二年生)達の話。
「何故だ! 何故気が付かない! 真に選ばれるべきは七瀬さんだろ? 畜生っ畜生っ畜生っ!」
「全くだ。理解に苦しむよ……っく。くっそう〜〜! 神は死んだ! ついでに俺達も死んだっ!」

 ※その後、彼らの仲間が全員集まり固まって涙を流し始めた。
 その光景は、甲子園で敗退し、悔しさの涙を流す高校球児の姿を想像して貰えばいいだろう。

 男子生徒E(三年生)の話。
「僕が票を入れた女性が選ばれたかだって? それはだ君、愚問というものだよ。いいかい倉田さんだぞ? 彼女に比べればどんな女性もそんじょそこらの昆虫みたいなものだよ。本選だってやるだけ無駄だと思うがね」

 ※どことなく話し方が気に障ったので、姿勢を崩したふりをして足を踏んでおいた。

 男子生徒F(二年生)の話。
「選ばれたのはみんな素晴らしい人ばかりだし、良いんじゃないかな? 俺が選んだ子は残念ながら落ちちゃったけど、でもそれはそれで良いよ。他の人が何と言おうが俺はその子の頑張る姿が好きなんだし。あははは」

 ※妙に晴れ晴れしい表情が印象的だった。まるで何かから開放されたような……そんな気持ちが垣間見えた。
  尚、このインタビュー直後、彼は背後に居た他校の女生徒に「茜に入れなかったわね!」ときつい口調で責め立てられ、そのまま連れて行かれてしまった。

 男子生徒G(二年生)の話。
「困ったなぁ〜。まさか二人とも残るなんて……どうするんだよ。あの二人にあんな事させるのか? でもまぁ折原の馬鹿も今頃慌ててる事だろう。取りあえずはいい気味だ」

 ※その後彼は溜息を付きながらふらふらと出て行ったが、言動から察するに本コンテストの実行委員と思われる。

 男子生徒H(二年生)の話。
「まさかこんな事になるなんて……あいつに票を入れる物好きなんてオレだけだと思っていたんだが……。あいつが残るって判ってりゃもう少〜〜しは手加減してやったんだがなぁ。まぁ本当に少〜〜〜しだが。それにしたってもう手遅れだよな。……まぁいいや。成るようにしか成らないんだから、何とかなるだろ」

 ※その後彼は「電流有刺鉄線デスマッチと地雷爆破デスマッチは中止にしよう……」と呟きながら去っていったが、その意味する所は不明である。

 男子生徒I(二年生)の話。
「誰に入れたかって? 僕は浩平に入れたよ。え? 変わった名前の子だって? やだなぁ男子生徒に決まってるじゃないですか。まぁ誰に入れたところで僕には関係ない祭りだからね。せっかくだから本当に好きな人の名を書いて出しましたよ」

 ※まぁ人の趣味はそれぞれだし、私が言うのもどうかと思うが、この学校の懐の広さを実感した。

 男子生徒J(二年生)の話。
「やった、大成功だ! やはり金ではなく要はやり方って事が実証されたのだ。ブルジョワなんぞ恐るるに足らず。我々は今後も彼女の素晴らしさを世に伝えるため、全身全霊をかけて挑む所存だ。立ち上がれ同志諸君! 闘いはこれからである!」

 ※その後彼の仲間らしき者達が集まり、彼らに案内されるがまま部室へと案内された。そこで大きなくす玉を割って万歳三唱を行う姿は選挙事務所そのまんまだった。これはオフレコだが鏡割りも行い、私も一杯ご相伴に預かった。

 男子生徒K(三年生)の話。
「郁未先生って素晴らしい女性ですよね。やっぱ大人の女性の色気には、ションベン臭いガキの女には叶わないっすよ。僕は思うんですよ。これからは郁未先生の時代が来るって。今から彼女の写真を撮れば一財産築けると思うんだ。今後はより一層の努力と根性で先生の艶姿を激写してみせますっ!」

 ※郁未の写真が金になるという衝撃の事実。私の置かれている状況が、まるで手つかずの油田の真上に居るという事に気が付き、こんなチャンスを与えてくれた神に感謝を捧げたい。


 インタビューをしていると、自分たちから一言言い残しておきたい生徒達が大勢やって来たので、幾つか紹介しておく事にする。
 みんなとにかく熱意がこもっており、これらが集まってこの都度の騒動になっているのだろう。

「昨日のGWIでの衝撃が忘れられません。あれで香里さんに転びました。スケスケぱんつハァハァ……香里さんハァハァ……」
「やっぱ川澄君だね。研ぎ澄まされた刃を思わせる美は、一票入れる価値はあるだろう」
「香里先輩っすね。北川君を苛めるときのあの表情、あの仕草……あぁぁぁ、私はあなたの犬になりたい……女王様!」
「七瀬さん! 惜しくも本選への出場は成らなかったですが、貴女の裏表のない笑顔は最高です!」
「言葉よりも伝わるものがある! 上月さんに教えて貰いました」
「僕の作ったカレーで、みさき先輩のお腹をいっぱいにしてあげたいっ!  したかったっ! くっそぅ!!」
「深山先輩っ! この間の文化祭の舞台で見せた眩しい姿が、忘れられないっす〜 。何で彼女じゃないんだ? 信じられないよ」
「七瀬先輩はぁとにかく一途なんですっ。そんでもって格好良過ぎ! 長森先輩は折原先輩が居て難しいですけど、私なら何時でもOKですっ! 私が慰めてあげたいです!」
「深山君に入れたよ。優しさと厳しさ、綺麗さと可愛さを兼ね備えているところが魅力的なんだけどね。みんな見る目が無かったかな?」
「長森さ〜ん。あの一途な愛を浩平ではなく俺に! ……って、無理なのは判ってるんだけどね。それでも俺は本選でも君を応援するよ!」
「本人が自覚できない美しさをこういった形で伝えたい。みさき先輩、貴女は綺麗です。惜しくも本選出場は逃しましたが、貴方の美しさは変わらないでしょう」
「やっぱ佐祐理さんの笑顔が一番っす」
「七瀬さんの向いていないと言われながらも乙女を目指す健気さに感動! 大丈夫だ、七瀬さん! ある意味君は乙女の憧れだ! 結果に落ち込む事無くこれからも乙女の高みを目指して欲しい」
「郁未先生しか見えません! 祝本戦出場〜!」 
「いちご王女万歳! こうなったら親友の美坂さんに敵を取って貰おう!」
「水瀬さんの天然な所が好きでしたが……残念っ!」
「里村さんのミステリアスな感じがいいんですけどねぇ。駄目だったかぁ」
「やっぱ美坂さんだねぇ。アレはアレで、なかなか可愛らしいと思うんだ。本選でも結構行けると思うんだけど、どうだろう?」
「雪見さんの素晴らしさももっと知って欲しかった……」
「天野さんでしょう。やっぱり大和撫子がいいですね。これぞ日本の美!」
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 もっと沢山の声を頂いたが、重複するものも多かったので割愛させていただく。
 ともあれ予選投票は終わり、明々後日の金曜日にこの中から真のスクールビューティーを決める選考会が開催される事になる。
 最後にこの度の予選投票に関する諸データを載せておくので、何かの参考にされたし。

 総投票数一〇二四票。
 内有効投票数一〇〇八票。
 投票率九八.七%。
 当日校内における怪我人二名。
 気を失った者八名。
 無許可につき拘束されたマスコミ関係者数一四名。





<あとがき(実際の投票結果もこちらです) 続く

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