目が覚める。
元の平凡な日常――本来あるべき世界への帰還を期待するが、窓の外には廃墟となった街並みが広がっている。
それならばせめてこの世界における日常で有って欲しいと願う。
しかし、そんな俺の願いを嘲るかの様に、今度は香里の姿が消えていた。
「美坂ぁぁぁぁぁっ!!」
泣き叫ぶ北川の絶叫が辺り一面にこだまする。
「北川さんっ昨日言ってたじゃないですか! 最期の最期までお姉ちゃんを守るって! なのに何でお姉ちゃんが居なくなるんですかっ!」
乱心気味に北川へ詰め寄る栞と、彼女を慰める名雪と長森。
そんな状況に、珍しいほどに畏縮した真琴が怯えた表情で俺にすがりつく。
「あうーっ、何で居なくなっちゃうの? ねぇ祐一何でみんな居なくなるの?」
「大丈夫だ。これ以上は好きにさせない……だから安心しろ真琴」
俺は真琴の頭を撫でながらそう呟いた。
しかしそうは言ったものの、俺に具体的な打開策は全く思いつかなかった。
俺の手を握る真琴の手にぎゅっと力が篭められたが、少し強めに握り返す事しか今の俺には出来なかった。
今回は大規模な捜索隊を編成せず、先遣隊として俺と舞と佐祐理さん、そして郁未先生の四人で石像が並ぶポイントへと向い、他の者は全員水瀬家で待機すつ事になった。
『……香里が居た』
インカムを通して届く舞の声に、郁未先生が目を伏せる。
「そう……有り難う。ご苦労様、今引き上げるわ。倉田さんお願い」
郁未先生の言葉に佐祐理さんが「はい」と頷く。
リモコンを操作すると、ウインチが作動を始めワイヤーを巻き上げ始める。
「先生あの石像は一体……」
「相沢君、川名さんもそうだろうけど、下の石像は恐らく”影”よ」
「影?」
俺は郁未先生の言葉が判らず聞き返した。
「ええ、この世界から消えた者の影。本人達は恐らくこの世界とは違う、別の世界に居て、その名残みたいな物じゃないかしら」
「それなら香里や川名先輩は本来の世界に戻ったのでしょうか?」
「そうなら良いけど……多分違うと思うわね。さて、私は先に水瀬さん家に戻るわ。また後でお話しましょう」
そう言い残すと、郁未先生はプレミオに乗り込みクラクションを一回鳴らし、そのまま水瀬家へと走り去った。
「影……」
ウインチで巻き上げられるワイヤーをぼんやり見つめながら俺は考えていた。
(結局……)
見てくれは変わっても、この世界はあの学園祭前日と何も変わっちゃいない。
里村や氷上は判らないが、最初に異変に気が付いた久瀬、独自に調査をして恐らく今回の事件の核心に迫った香里が消えたのは偶然ではないだろう。
香里の推測通り、この世界を作った何者かが邪魔だと判断したのであれば、次に消えるのは調査活動を続けている郁未先生か俺達のはずだ。
いや、そうは言い切れない。それでは川名先輩が消えた理由はどうなる?
彼女がこの世界に……いや、この世界を創った者にとって邪魔だと思われる理由は何だ?
ヒントは恐らく姿も見せずに消えている里村と袖木、そして氷上にある。
この四人の共通する事は何だ。
考えろ祐一!
この欺瞞に満ちた楽園の創造主、腐った劇の演出家が邪魔だと思うキーワードは何だ?!
俺は拳でレオパルドの表面を叩く。
鈍い音を立て手が痛んだ。
「香里……お前は何処に行ったんだ?」
憎たらしいほどに青い空を見上げて、俺は消えた友人に対して呟いた。
陽が暮れて昨日以上に静かな夕食も終わると、各々が静かに時を過ごしている。
あの真琴でさえ大人しくしているのだから、他のみんなの落ち込み具合は相当な物だろう。
いつも馬鹿ばかりをしていた北川までもが落ち込み、流石に住井も馬鹿な事は起こせなくなった今、水瀬家は全体がまるで通夜でも行われているかのように、何処か湿っぽい雰囲気が漂っている。
「はぁ〜参ったな」
風呂から出た俺は、渇いた喉を潤わせる為にキッチンへと向かった。
冷蔵庫から麦茶のポットを取り出し、リビングのソファーへ赴くと、そこには先客の澪とニャーコがソファーに蹲って寝息を立てていた。
「澪ちゃん、風邪ひくぞ……」
俺が肩を軽く揺するが、もぞもぞと可愛らしく寝返りをうつだけで彼女は目を覚まさなかった。
「うにゃ〜」
だがニャーコの方は目を覚ましたらしく、トンと軽くテーブルへ飛び移ると、行儀良くお座りをして泣き声を上げた。
「よしよし……お前のお陰で、真琴や澪ちゃんも少しは元気になったよ」
感謝の気持ちを込めて頭と顎を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて頭を擦り付けてきた。
ふとテーブルを見ると、その上には彼女が持ち歩いているスケッチブックが無造作に置いてある事に気づいた。
ニャーコの頭を撫でるのを止めて、失礼だとも思ったが、何気なく手にとってページを開く。
『上月澪』
『こうづきみお』
最初のページと次にページには大きく彼女の名前が書かれている。
もう何度も使ったのだろう。
そのページの端はうっすらと汚れており、皺も激しい。
『うん』
『いや』
『お早うなの』
『さよならなの』
『こんにちはなの』
よく使う言葉が書かれたページが続き――
『相沢祐一』
それは初めて出会ったときに俺自身が書いた文字。
『水瀬名雪』
隣のページには名雪の筆跡による従姉妹の名前。
この子が出会った色んな人の名前が、数ページに渡って記されている。
このスケッチブックは彼女の記憶そのものなんだろう。
そう考えると、こうしてページをめくる事は、彼女のプライベートを覗き見ている様な気がして、自分が人として不出来にも思えて、俺は慌ててスケッチブックを閉じた。
だがその瞬間、ある文字が目に止まり違和感を感じた俺は、頭の中で目の前の持ち主に詫びを入れつつ、再びスケッチブックを開いて問題のページを確認してみた。
『茜さんも詩子さんもお手伝いなの?』
この言葉は里村と柚木との会話に使った部分だと思われ、それ自体に別段おかしな部分は無い。
問題なのは隣のページに続けて書かれている『浩平も行くの』『劇も見に来てなの』という言葉だ。
その周囲のページも見る限り、このメッセージは明らかに学園祭準備中に使ったものと思われる。
それはつまり――
「里村も柚木も学校に来ていたんだ……」
俺は声に出して呟いた。
この文から察するに、澪と折原は準備期間中にあの二人と出会っている事になる。
だがあの騒動の最中に、二人の姿を見た者は居なかったはずだ。
「いや待てよ……」
あの頃の記憶は、一夜明けるたびにリセットがかかったようになっていたから、恐らく二人とも覚えていなかったんだ。
ならば――
「あいつらが消えた理由は何だ?」
考えながらスケッチブックを閉じ元の場所に戻すと、リビングの扉が開き南が入ってきた。
「あれ相沢」
「よぅ。どうした?」
「いや……喉が渇いて何か貰おうかと思ってさ」
「んじゃほら……麦茶でよければここにあるぞ」
「ああ」
俺の言葉に南が軽く返事をすると、誘う様にテーブルの上のニャーコが「うなぁ〜」と泣き声を上げた。
「お前は気楽でいいなぁ。……っと澪ちゃんは寝てるのか?」
南はニャーコの頭を撫でながら俺の対面――澪の隣に腰を下ろす。
彼が持ってきたコップに麦茶を注いでやると、南は一気に飲み干した。
「は〜うまいな」
「まったく。……なぁ南、北川はどうだ?」
「うーん、流石にショックだったみたいだね。今は気を失った様に寝てるよ。でも美坂さんまで消えるなんて……この先どうなるんだろ」
「さてな……しかし俺が寝る直前に香里に会ってるから、消えたのは今朝までの間って事になるよな」
「えーとその事なんだけど。実を言うとさ、オレ美坂さんを夜中に見たんだ」
「何?!」
南の言葉に思わず大きな声を出してしまい、俺の向かいに座っていた澪が目を覚ました。
うっすら眼を明けて腕を伸ばす。
まるで”う〜ん”という声が聞こえてきそうな仕草だ。
「眠いのか?」
俺の質問に寝ぼけた表情のまま”コクリ”と頷く。
「澪ちゃん、上に行って布団で寝た方が良いよ?」
南の言葉に澪はもう一度頷き、目の前にあったスケッチブックを持って立ち上がる。
「お休み」
「お休み澪ちゃん」
『お休みなの』
俺と南が揃って声をかけると、澪は慣れた手つきで既存のページを見めくるとペコリと挨拶し、あくびをしながらふらふらとした足取りでリビングを出て行った。
ニャーコも澪に懐いているのか、そのまま彼女を追い掛けるように付いて出て行った。
南と二人で澪とその従者の背中を見送り、その姿が見えなくなると俺は再び視線を戻す。
「で?」
「人のプライベートな部分に踏み込む様だから、皆の前では言いたく無かったんだけどさ……」
「ああ」
「昨日の夜更けに、リビングの扉が開いて誰かが入ってきたな……と思ったら美坂さんだったんだよ」
「よく判ったな」
「暗闇に目が慣れてたし、彼女オレのすぐ横に腰を下ろしたんだよ」
「お前の横……って何しに来たんだ?」
「と言っても、オレの方には背を向けてたから、隣に寝ていた折原に用事があったみたいだったね」
「折原に?」
「しゃがんで彼奴の身体揺すりながら、耳元で声をかけてたみたいだね。それで折原を起こして、それから外に出て行った」
「よく折原を起こす事が出来たな」
俺は心底感心した。
折原の寝起きの悪さは名雪に匹敵する。
しかも奴の場合、名雪が天然なのに対して”意地”や”嫌がらせ””ポリシー”がその原動力みたいなもんだから余計に質が悪い。
「それが……その、どうも美坂さん折原に……キ……キスしてたみたいなんだ……あひゃひゃひゃ!」
自分の言葉に照れているのか、気味悪い笑い声を上げる南。
「ひゃひゃ……で、えーと、そしたら飛び起きてたよ」
「本当かよ? どうもその光景を想い描くのが難しいぞ」
「勿論部屋は暗かったし、背中から見てたわけだからその瞬間を見たわけじゃないよ。でも顔を近づけてしばらくそのままの姿勢が続いて……その後、折原が飛び起きてたから、多分そう思うけど」
「うーん……それに北川が居たろ? アイツの対香里電探装置は相当な物だぞ? 部屋に香里が現れた時点で飛び起きる筈だ」
「北川はその……寝る前にトランプやって、罰ゲームとして例のジャムを食べさせられてた」
「は? そんな事やってたのか?」
「ああ。実はそのゲームを言い出したのは美坂さんなんだよ」
「という事は、最初から北川にジャムを食わせる為に?」
そこまで用意周到に香里が行動していたというのか?
「そこまでは判らないけど、初っ端で負けた北川はそのままダウンした」
「よくアイツあのジャム食ったな」
「美坂さんが食べさせてくれたから、躊躇わずに口に含んだよ」
「ああ〜なるほど……話が随分逸れたな。で、折原は香里と一緒に外に出たのか?」
「出ては行ったけど直ぐに戻ってきたよ。時計が無いから判らないけど、ほんの数分だと思う」
「そうか……サンキュー南」
「何か役に立ったか? オレ、毎日遊んでばかりで、何か調べ事してる相沢達には申し訳ないと思ってたからさ……」
「気にするなって。さて今の話、舞や佐祐理さん、そして郁未先生には話すかもしれないが、みんな口は堅いから安心してくれ」
「ああ、済まない。それじゃ北川の様子でも見てくるよ」
南が出て行くと、リビングには俺一人となる。
(しかし北川も不憫だな)
謎ジャム食べさせられて気を失って、目覚めてみれば好きな娘が消えちゃてるんだからな。
「ふぅ〜」
この世界になってからというもの、深く溜め息を付く事が俺の癖になってしまったようだな。
背筋を伸ばして深呼吸。
何か息苦しさを感じて俺は外へ出る。
水瀬家の前に停まっているレオパルドの上に寝転がり、夜空を仰ぎながら再び考える。
(香里が折原と?)
南の事を疑うつもりは無いが、どうにも腑に落ちない。
ふと視線を横に向けると水瀬家が見える。
一昨日までは騒ぎ声が絶えること無く聞こえていたが、連日の事件ですっかり静かになっている。
「はぁ〜」
今一度盛大な溜め息を付きながら、レオパルドの表面を叩く。
「……祐一」
「祐一さん」
そんな俺に控えめな声がかかる。
「あぁ、どうした二人とも」
「あの……一人で物事を背負い込まないで下さいね」
「祐一……私達は常に一緒」
俺が上半身を起こすと、水瀬家から出てきた舞と佐祐理さんの姿が目に入る。
「ああ、判ってる。ちょっと外の空気に当たりたかったからさ……みんなは?」
「皆さんお疲れの様子です」
「栞は大丈夫か?」
「……かなり参ってた」
「舞が落ち着かせてくれたので、取り敢えずは大丈夫だと思いますよ。今は郁未先生が看てくれてます」
「そうか」
「……祐一は何か判った?」
「うーん、里村と柚木が学校に来ていた事が判ったぞ。それから香里なんだが、昨夜どうも折原と一緒に外に出ていったらしい」
「それは何ででしょう?」
「うーん、聞くと頃によると逢い引きらしいんだが……」
「はぇ?」
「……浩平には瑞佳が居る」
「いや、俺もそう思った……やっぱり信じ難いよなぁ〜」
俺はそう言うと、脱力して再び寝そべる。
「その話、真実かもしれないわよ」
突如頭の上の方から声がかかる。
「あ……」
「郁未先生」
俺達が振り向いてそう言うと同時に、名雪の部屋のベランダにいた郁美先生が身を翻して宙に舞うと、”カツン”と軽い音を立てて、レオパルドの上に綺麗に着地してみせた。
「相沢君、今の話は本当?」
「ええ、昨夜リビングに寝ている折原に、香里が会いに来た……って」
身を起こして答える俺に、郁美先生は真剣な表情で一冊のノートを俺に差し出した。
「これは……香里の日誌?」
「はぇーまめですね」
「……綺麗な字」
俺がノートを開くと、佐祐理さんと舞が両脇からのぞき込む。
そのノートには、この世界になってからの日常が詳細に書かれていた。
「日記……というより観察記録みたいだな。こりゃ」
「部屋で籠もってる時は、これを書いていたんですねー」
「何々……”三五日目、朝食の席で相沢君と川澄先輩がおかずを取り合い相沢君が勝利。その後川澄先輩の手刀を五発受ける……”って、こんな事まで書くか?」
適当なページを開いて読んでみたところ、いきなり”ビシッ!”と脳天に舞のチョップが炸裂した。
「痛て! 何だよ舞?」
「思い出したら腹が立った」
舞さん、それ無茶苦茶です。
「はいはい、昨日のページを見てご覧なさい」
じゃれ合う(?)俺達を見て郁美先生が呆れた様に言う。
言われるがままにページをめくり、最後のページを開く。
「え〜と……朝食までは今までと大差ない日常。名雪を起こすのが面倒なのでニャーコを借りる。文字通りネコの手を借りて試したところ、名雪が瞬時に起床。朝食のおかずは……”」
「もっと後ろの方よ」
郁美先生に促され、どうでも良さそうな部分を飛ばして先を読む。
「”……この世界にとって、正確にはこの世界の創造主とって不必要な存在が消される。私のこの仮説が正しければ、今度は私が消えるはず。なぜなら、私は折原君の事が好きだから……”ってマジか?!」
「あははー、ちょっと意外でしたねー」
「……浩平モテモテ」
「全く……貴方達、ちゃんと読んでる? 折原君が好きだと消されるって事に驚きなさい」
「ええ、驚いてますよ」
どうやら南の言っていた事は正しかったことになる。
ならば香里は俺と別れた後にリビングへ行き、折原を誘って外へ出た事になる。
(香里が夜中に逢い引き? しかも公認彼女の居る折原相手にか?)
「うーん、どうもしっくり来ないな。今までそんな素振り見せたことも無かったぞ?」
「祐一さんも結構鈍感なところありますからねー」
「そうか? でも何か引っかかるんだよなー」
「なら相沢君は香里さんが消えた理由は何だと思うの?」
「香里は独自にこの世界の調査をしてましたから……俺達の様な実地調査ではありませんが、恐らくこの世界の核心に迫ったんではないかと。そしてそれがこの世界の創造主の逆鱗に触れた……」
「相沢君が言ったとおり香里さんが核心に近付いたなら、その回答がこのノートに書かれた事じゃないの? それなら川名さんが消えた理由はどう説明するのかしら?」
「川名先輩……そうだな……」
郁未先生の言葉に俺の頭の中で何かが組み上がって行く。
もう一度考えてみろ祐一!
消えたのは久瀬、里村、柚木、氷上、川名先輩、そして香里。
この中で久瀬に関しては、異変に気付いた事が原因だろう。
彼奴が消えた翌日に、世界が豹変した事がそれを物語っている。
では久瀬以外で消えた者の理由は?
ひょっとしたら、皆同じ理由なんじゃないのか?
そうだ、香里が消えた理由が違うんだ。
香里の消えた理由が、この世界の核心に迫った事でないとしたら?
昼間は判らなかった共通のキーワード。
里村と柚木は学校に来ていて、その時に折原と出会っている。
氷上と接点の有る人間は、俺達の中では同じ部活に所属している折原だけだ。
川名先輩は消える前日、折原と学校の屋上で夕陽を見ていた。
そして香里は、昨夜俺達に内緒で折原と外で逢っている。
折原――それがこの世界の禁忌。
ではこの世界そのものは何だ?
俺はレオパルドの上で姿勢を変え、あぐらをかく。
「ん? 待てよ……」
姿勢を変えた時のポケットの感触に、俺は慌ててポケットから手紙を取り出す。
「祐一さん、それは?」
佐祐理さんが首を傾げながら尋ねる。
「香里から預かっていたものだ」
震える手で封を切って、中身の紙を乱暴に取り出し広げる。
中に入っていた実に飾り気のない地味なルーズリーフに、ノートと同じ綺麗に整った書体で香里からのメッセージが記されていた。
相沢君へ
私は今夜、自らの仮説を実証する為に実験をしてみる事にするわ。
もしも私の仮説が正しければ、私もまた川名先輩の様に石像になると思う。
とても自分の本心とは異なる行動を取るけど、これも演技の勉強だと思えば些細な事。
どうか相沢君は女を泣かせないようにね。
それからこの世界の事だけど、以前郁未先生の所で言った通り、私はこの世界は存在していないと思うわ。
現実には存在していない世界。
願望を具現化したある種の精神世界。
もっと簡単な言葉で言えば、人はそれを――
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そこまで読んで俺は震える手で手紙を握りしめた。
香里のメッセージで、俺の頭の中でバラバラになっていたパズルのピースが埋まって行く。
ははっ! ばかばかしい。
こんなにも単純な事だったんだ。
香里――どれだけ感謝の言葉を用いても、足りないと思うが、今は兎に角「有り難う」と言わせてもらう。
「何が書いてあったんですか?」
「舞、佐祐理さん、郁美先生!」
「何?」
「何ですか?」
「?」
「明日は多分何事もないまま夜が明けるでしょう。そこで郁未先生にお願いがあります」
「何かしら?」
「折原にラブレターを書いて下さい」
「はい?」
「はぇー?」
「?」
驚く三人をそのままに、俺はレオパルドの上で立ち上がると、拳で手の平を叩き声を上げた。
「さぁ反撃開始だっ!」
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