親友の声で朝が来た事を知ってわたしは目を覚ます。
目を覚ますと言っても、そう”意識”を変えるだけ。
なぜなら瞼を開いても、わたしに朝日の光りが差し込む事はないから。
だから寝ているのも、起きているのも大差なく、自分が今どういう状態か判らなくなったりする事も有る。
しかし、一つだけはっきりしている事があるんだ。
それはわたしが映像を見ている時は寝ている時……という事。
視力を失ったわたしの見る夢にも映像はある。
(もっともその情報量は限られているけどね)
わたしが夢に見られる映像は、全て視力を失う前に見た事のあるものだけだからだ。
だから知らないもの、見たことが無かったものは、わたしの知っているものの中から、適当なものに変換されて映像化される。
親友の雪ちゃんはよく夢に出てくるけど、それはわたしの知っている最後の姿……つまり中学生時代の姿をしているし、最近仲の良くなった浩平君が夢に出て来る時、その姿はやはり仲が良かった従兄弟の男の子の姿をしている。
(でも今日見た夢はちょっと違ったんだよ)
綺麗な夕日をバックに、見たことのない男の子が、ちょっと悪戯っぽい笑顔で私に語りかけてくれたの。
(とっても綺麗な夕日だったんだ)
だから私は迷わずに九十点を付けた。
でも、その男の子の付けた点数は、六五点だった。
何でも夕日にはうるさいらしいんだ。
そう言う笑顔が、夕日よりも眩しく目に映って――多分、あの子が浩平君なんだろう。
(何故だか知らないけど、そう直感できたんだ)
思っていたよりも格好良くてドキドキした。
折原浩平君。
わたしの大事な友だち。
わたしの良き理解者。
わたしの大切な――
『これがあなたの夢?』
遠くでそんな声が聞こえた様な気がしたけど、わたしを揺り動かす手の感触と、聞き慣れた親友の声に私は意識を戻した。
でも、当然目を開けても何も見えない。
ただ闇が広がっているだけ――つまり、今わたしは起きているんだ。
夢から覚めることで目の前に浮かんでいた光景が消え闇が訪れる。
何て皮肉なんだろう。
目覚めた意識の中で、先程夢に見た光景が脳裏に浮かぶと、それが夢だと判り少し寂しい気分になった。
■第11話「天長地久」
「何だこりゃ?」
「……無い」
「はぇ〜」
「あれ?」
「あら?」
「無くなってるーっ!」
「何でだ?」
「どうしたんだこれ?」
教室に、俺達の声がこだまする。
校門で郁未先生と栞と別れ、教室に辿り着いた俺達(俺、舞、佐祐理さん、名雪、香里、住井、北川、南)の眼に信じがたい光景が映っていた。
何と、教室の中央に鎮座していたレオパルドが無くなっていたのだ。
「何でだよ相沢!?」
住井が大声を上げて俺に詰め寄ってくる。
「俺が知るか!」
それはこっちが聞きたい事なのだ。
住井の手を乱暴に振りほどきながら、吐き捨てるように応じる。
「校長室に落ちた訳でも無いよな?」
北川が足で床を確かめる様に踏みしめながら言うが、床に穴が開いた形跡は全く無い。
床だけでなく、壁にも何の痕跡は無い。
そんな状況にも関わらず、四〇トンもの重量のある戦車が忽然と姿を消している。
栞がこの場に居れば「むむ、密室盗難事件なんてドラマみたいです」と喜ぶのだろうが、生憎この模擬店の当事者である俺達にとって、現状は全く喜べない。
「あ!」
俺はふと思い立って舞を見る。
「……違う。私じゃない」
表情で俺が考えた事が判ったのだろう。少しムッとした顔で舞が呟く。
無論、舞が自らこのような事をするとは思っていない。
ただ現状があまりに奇異なので、舞の様な特殊な力でもない限りあんな重く大きな物体を動かす事など不可能だと思ったからだ。
俺との再会の末、自分の力を受け入れる事が出来た今の舞は、それまで”魔物”と呼んできたモノを使役――つまりコントロールする事が出来る。
その魔物共は、通常、人の眼には見えず、人並み外れたパワーを持ち、岩を砕き鉄棒をねじ曲げ、常人を遙かに凌駕するスピードをも併せ持つ。
そして舞自身もまた、我流だが実戦で鍛えた剣術に加え、並はずれた反射神経と運動神経に動体視力を持っている。
今の舞が本気を出して戦った場合、一対一の戦いで勝てる者は、郁未先生を除いてまず居ないだろう。
しかしそんな魔物を総動員したとしても、流石に四〇トンもの戦車を運ぶのは無理っぽい。もっとも乗用車程度なら何とかなりそうだが……。
「あはは……何処に行っちゃったんでしょうねー?」
佐祐理さんが少しだけ悲しそうに呟く。
そんな言葉に舞が佐祐理の頭を撫でている。
舞なりの励ましなのだろう。
そんな佐祐理さんの陰った表情を見て、俺の心の中で次第に怒りが沸き上がる。
「……ったく何処のどいつだ!」
俺がそう声に出して叫ぶと、皆の視線が俺に集まる。
「全くだ、これでは明日の学園祭に間に合わないではないかっ!」
そんな住井の嘆きは、当事者たる我々にとっては至極当然だ。
程度の差こそあれ皆も頷いている。
「この住井護がプロデュースした企画に、ミスは許されない! 戦車を盗み出した輩は草の根分けてでも探しだし、裁きの鉄槌を下してやる。みんなで探すぞ!」
コイツは変な処でプライドが高い。
「はぁ……仕方ないわね」
香里が身を竦めながら溜め息混じりに答える。
「んじゃ行くか……舞、佐祐理さん一緒に行こうぜ」
手分けして消えたレオパルドを探すべく、俺達が教室を出ようとした時――
「あの失礼致します……」
丁寧な言葉と共に教室の扉が開き、一年生と思われる女子が現れた。
「ん、何か用? ちょっと俺達忙しいんだが……」
丁度教室を出ようとしていた俺が、眼前の下級生に話しかけると、その子は困ったような表情を浮かべて切り出した。
「私、水泳部の者なんですが、戦車がプールに在って困ってます。聞けば先輩方のクラスの物だとか……あれ? どうされたんですか?」
その子の言葉に、俺達は皆言葉を失い――一呼吸置いた後に、口を揃えて大声を上げた。
『何だって〜っ!』
|
§ |
――何も見えない。
唐突な睡魔に目の前がブラックアウトを起こしたと思えば、突然地面の感覚が無くなり、いつの間にかオレは水の中に沈んでいた。
当初は不思議と息苦しさを感じる事は無かったが、暫くして自分が水の中に居る事に気が付くと、途端に息苦しくなったので流石に慌てた。
見上げれば直ぐ上、水面に揺れるに陽の光を見ることが出来たので、オレは一目散に水面を目指して水を掻いた。
|
§ |
俺達が学校の敷地の隅にあるプールへ向かうと、そこは既に大勢の生徒でごった返していた。
「はい、ごめんなさいよ。はい、ちょっとどいて下さいよっと」
ざわめく人波をか掻き分けてプールサイドまで行くと、確かに俺達の探していたものが其処にあった。
『うおーっ!』
俺を含めた野郎全員がピタリと息を揃えて叫び声を上げた。
「あーっ」
「あら」
「はぇーっ」
「……本当に有った」
少し遅れてやって来た女性陣も、目の前の光景に一様に驚きの声を上げる。
実際に見るまで信じられなかったが、確かにプールのど真ん中に、車体部分を沈ませたレオパルドがどーんと居座っている。
流石に図体が大きいので、全てが水中に没している訳ではなく、丁度砲塔部分が水面から出ている状態だ。
「ああ……俺のレオパルドが……」
いや、お前のじゃないだろ? ――と、冷静に間違いを指摘しようと思ったが、膝を折って力無く項垂れる住井に哀れみを感じて、俺はその言葉を飲み込んだ。
「うーん、まぁ無理もないだろ? この暑さだもんな」
「戦車が行水なんかするかな?」
落ち込んだ住井に対する慰めなのか、それとも単なる馬鹿な意見なのか判断しかねる北川の言葉に、南がもっともな反論をする。
「それはともかくとして……一体何だってこんな所に?」
『うーん?』
俺の疑問に、呆然とレオパルドを見ている住井を除いた全員が腕組みをして首を傾げた。
総重量約四〇トンの質量の塊であるレオパルドが、二年四組の教室――つまり中央校舎の二階から、一晩でこのプールへ移動したという事実が俺達の頭を悩ませる。
押したり引いたりして動く様な物ではないだろう。
誰かが操縦して移動させたという、もっともらしい解答にしても、それを行うには教室の壁を突き破る必要がある。
無論そんな事実は無かったし、廊下にもレオパルドが走った形跡は何一つ無かったのだ。
そう考えると行き着く解答は、教室でバラバラにしたレオパルドを、プールに運んで組み上げた――という物になるが、これも現実的に見えてやはり不可能っぽい。
それを行うにはそれなりの頭数に加え、戦車を解体できる知識を持った人間と工具や機材が必要である。
となると、教室からこのプールへ瞬時に移動した――という考えが頭に浮かんだが、それこそ現実には有り得ない。
俺が腕組みをしながらあれこれと悩んでいると、”チョイチョイ”と袖を引っ張られる感覚に気が付いた。
「ん?」
『みんなお早うなの』
振り向けば、紙一杯に大きく書かれた可愛らしい字が目に映る。
「よっ、澪ちゃんお早う」
俺の挨拶に、澪ちゃんがニッコリと微笑みを返すと、彼女の隣に居た女生徒も俺達に気が付いたらしく顔を向けた。
「あら貴方達……」
「あ、深山部長、お早うございます」
俺より先に反応して挨拶したのは、演劇部の後輩たる香里だった。
「お早うみんな。ねぇ……これって貴方達のクラスの物よね? 何でプールなんかにあるの?」
深山先輩が目の前の光景を眺めながら、至極当然な疑問を口にしてきた。
『すごいの』
澪ちゃんは少し感心した様子で、そう書かれたページをかざしている。
「いやぁ、それはこっちが聞きたい事でして……あれ? 川名先輩、今日は一緒じゃないんですか?」
答えに言葉を詰まらせていた俺が、辺りを見て気になった事を逆に質問をした。
「ふぅ……それがね、あの子またフラフラと何処かに行っちゃったのよ。校内をあれこれ探してたんだけど、プールの方が騒がしかったから来てみたところよ。みさき見てない?」
「済みませんが、俺達も学校に来たばかりで……なぁ?」
俺が皆に確認を取ると、他のみんなも首を縦に振って川名先輩の行方を知らない事を伝える。
「はぁ〜もう、いっつも心配かけるんだからっ」
「深山さん心当たりは無いんですか?」
佐祐理さんがさも心配そうな表情で尋ねると、深山先輩は深く溜め息をついてから答え始めた。
「あの子が居なくなるのは今に始まったわけじゃ無いんだけどね……ただ、いつの間にか演劇部の部室から居なくなってたのよ」
「あれ? そう言えば、オレ達の方でも七瀬さんがいつの間にか居なくなったよな?」
北川が辺りを改めて見回しながら言う。
そう言えばそうだ。レオパルドが消滅していた――という不可思議な現象の所為ですっかり失念していたが、教室に着いた時に七瀬の姿が消えていた。
「たしか折原が登校中に居なくなって……」
「瑞佳は折原君を探しに何処かに行ったわね……確かその時にはまだ留美は居たはずよ」
登校中の状況を思い出そうと俺が呟くと、香里が後を引き継いで言う。
「折原君が姿を消すのと、瑞佳が探しに行くにはいつもの事だけど、七瀬さんが何も言わずに居なくなるのは不思議だね」
名雪の言葉に、俺達は静かに頷いた。
「あ、ひょっとして七瀬さんは、長森さんを探しに行ったのでは?」
佐祐理さんが両手を胸の前で合わせながら意見する。
長森に好意を持っているであろう七瀬の事だから、それは多分にあり得るし。
「まぁそう考えるのが妥当だよな。いずれひょっこり姿を見せるとは思うが……」
「そんな事よりもだっ!」
俺の言葉を遮る様に大声を上げたのは、水没したレオパルドを見て愕然としていた住井だ。
「今俺達が抱えている問題は折原や七瀬さんの所在ではなく、このレオパルド1A4を如何にして教室まで運ぶかだ!」
ジェスチャーを交えて必死に力説する住井。
「しっかしなぁ〜どうやって移動させるんだよコレ?」
俺が処置無しだと言わんばかりに呆れてみせると、プールサイドに集まっていた野次馬達が突然ざわめき立った。
「ん?」
見ればプールの水面の一部が”ブクブクブク……”と泡立っている。
「おっ何だ?」
「何だろあの泡?」
北川と南が指をさして声を上げる。
プールの中に人影が浮かび上がり――やがてそれが制服姿の男子生徒だと判別できる様になる。
そして水面に姿を見せて「ぷっはーっ!」と大きく呼吸をしたその顔を見て、俺達は一斉にその名を叫んだ。
『折原!?』
プールサイドに群がっていた野次馬達からもざわめきが起こる。
その反応の殆どが「何だ折原か」と言った類のものだ。
彼が何かと騒ぎを起こす事は学校の中では日常化しているので、今回の騒動の原因も奴がした事だと納得してしまっているのだろう。
「ん〜っと、ん? 何だ此処は?」
しかし当の本人は、何が起きているのか判っていないのだろうか? 辺りを見回して驚いている。
やがてその視線が俺の視線と重なった。
「おっ相沢、それにみんな。こ〜んな所で何やってるんだ?」
プールサイドにいる俺達を見つけた折原が暢気に言う。
「それはこっちの台詞だ。お前こそ一体何やって……」
「折原ーっ!!」
俺の言葉を遮って、一段と大きく、そして怒気を含んだ声が辺り一面に響き渡った。
見れば何処で持ってきたのかは判らないが、木刀を手に持った七瀬が、肩で息をしながらプールサイドに立ち、折原を睨んでいる。
「な、何だ七瀬? 何だか怒ってるように見えるが……」
「あんたの所為ね……何もかも」
「ちょっと待て七瀬、一体何の事だ? オレは何もしていないぞ?」
狼狽える折原に、七瀬が無言で何かを投げつける。
それを”パシッ”と片手でキャッチした折原の表情が驚きのものへと変わる。
「な、何故お前がこれを?」
七瀬が折原に投げてよこした物は、奴が拾ったはずの風鈴だった。
「ふん! それでもまだシラを切るっての?」
「し、知らねぇって! 第一オレが何で此処にいるのか…」
「問答無用よっ!」
七瀬はそう叫ぶと、制服姿である事も忘れて、木刀を構えてプールに飛び込んだ。
「何でこうなるんだ!?」
訳が分からない、という様な表情のまま、折原は風鈴を放りだして水中を泳いで逃げ出した。
そんな当人達の心情は無視して、プールサイドに集まった群衆は、突如始まった鬼ごっこ――公開処刑とも言える――に楽しげに歓声を上げる。
「あ〜あ〜」
「うっひょ〜」
「七瀬さん大丈夫かな?」
「一体何があったのかしら?」
「まったく貴方達のクラスの人って面白い人ばかりね?」
『楽しいの』
感心(?)する俺達の前で、折原が七瀬に追いかけられている。
体育系出身の七瀬の動きは早い。
追い込まれる折原に、プールサイドの野次馬達は一層大きな歓声を上げる。
やがてレオパルドの砲身を挟んで二人は動きを留めたまま対峙する。
「落ち着け七瀬、確かにオレはお前をからかう時もあるが、今回は何をしたのか皆目見当が付かんのだ」
「まるで偶にしかちょっかいかけないような言い方しないでよねっ! 今日だって、あたしにあんな”変な事”して……」
そんな七瀬の言葉に『おおおおおっ!』と野次馬達がどよめく。
「な、何だよ! 変な事って?!」
「五月蠅いアホ! 人の過去の傷をほじくり返して楽しいわけ?! とにかく今までだって人の髪の毛を切ったり、縛ったり、足を踏んだり、タックルしたり……あんたね、乙女を何だと思ってるのよっ! おまけに直ぐに騒ぎは起こすし、学園祭の準備は素直に手伝わないしっ! それに、それに……」
「いや、だからな」
今までの鬱憤を晴らす様に一気に折原の罪を捲し立てる七瀬の勢いに、折原はすっかり圧倒されている。
「七瀬さん大丈夫かなぁ?」
「ありゃ相当キレてるなぁ」
そんな名雪と北川の会話が聞こえてきたが、その合間にも七瀬の怒りは沸点へ向かって一気に膨れ上がっているのだろう。彼女の肩は小刻みに震えている。
「あんたなんかに……あんたなんかにっこれ以上瑞佳を任せておけないわよっ!!」
あ、遂に爆発した。
しかも怒りで我を忘れているのか、何だか方向性が妖しくなってきている。
「ちょ、ちょっと待て! 何でそこで瑞佳の名前が出るんだよ?」
「う、うるさいわね! とにかく、貴方には転校初日の肘鉄のお礼もまだ済んでないんだから、此処で借りは返させてもらうわ。覚悟しなさいっ!」
そう叫んで七瀬が起用に水中から飛び上がり、上段に構えた木刀を思い切り振り下ろす。
「おわあぁっ!」
背を逸らして逃れる折原の目の前、砲身に当たった木刀が、その中心から折れた。
「逃げないでよっ!」
「無茶言うな! 今のが当たったら死んでるって」
折原の顔が青ざめている。
足場が水中だというのに、太刀筋が見えない程のスピードだ。
あんな一撃を脳天に喰らったらマジで洒落にならないだろう。
そんな七瀬の技量に感心したのか、俺の横から「……留美凄い」という舞の呟きが聞き取れた。
「このっ! 待ちなさいよっ!」
七瀬が折れた事も気にせずに、木刀をもって水中に潜ると砲身を潜る様に泳いだ。
彼女が水中に潜った一瞬の隙に、折原は素早くプール中央のレオパルドの砲塔によじ登ると、慣れた手付きでハッチを開く。
「待ってたまるかっ!」
そう叫んで、折原はレオパルドの車内へと逃げ込んだ。
|
§ |
雪ちゃんの手伝いをするのは、借りたお金を身体で――肉体労働で返す為だけど、他ならぬ雪ちゃんの頼みだから、そうでなくとも手伝って上げたいと思ってる。
(本当だよ)
でも急にお腹が空いたり、風に当たりたくなると、よく勝手に演劇部の部室から出て行くから、いつも後で雪ちゃんに怒られる。
そして今この瞬間も、わたしは部室を抜け出して学校の屋上へと向かっている。
(夢にみた光景が忘れられないからかな?)
少しドキドキしながら、屋上へ通ずる階段を登る。
余談だけど、冬の昼休みにこの階段の踊り場を通ると、隣のクラスの佐祐理ちゃんと舞ちゃんが、お弁当を食べている事が有った。
二人とも少し不思議な感じがするけど、とても暖かい雰囲気の人達だ。
前に一度、佐祐理ちゃんに食事を誘われて、お弁当を一緒に食べさせて貰った事が有るけど、彼女の作ってきたお弁当がとっても美味しくて、つい食べ過ぎたらその場に居た舞ちゃんに、容赦なく――それこそ雪ちゃん以上に叩かれたっけ。
痛かったけど普通の人と同様に接してくれた舞ちゃんと、食事を誘ってくれた佐祐理ちゃん。
そんな二人に何か嬉しさを感じて、それ以来仲良くさせてもらっている。
(でも舞ちゃんが居ると、食事には誘ってくれないのがとっても悲しいよ)
もっとも、わたしがこの階段を使うのはもっぱら放課後だから、あまり会う機会は無いんだけどね。
手探りでドアノブを回して屋上へ出ると、頬に当たる風が気持ちいい。
見えない目を風に細めて、靡く髪を片手で押さえる。
わたしは今どんな風に見えて、どんな顔をしているのだろう。
わたしが知っている自分の顔と身体は、中学校三年生の頃まで。
少しは大人っぽくなったのかな?
変じゃないかな?
以前、浩平君に聞いたことがあるけど、答えは「可愛い」だった。
年下の男の子にそう言われるのは、恥ずかしいし、ちょっと悲しい感じがした。
でも嬉しかった。
「誰か居る?」
そう声に出してみたが、暫く経っても答えは返って来なかった。
気配も無いし、恐らく誰もいないのだろう。
そのことに幾分かがっかりしている自分に気が付く。
これもきっとあんな夢をみた所為なんだろう。
手を前にそっと出して、ゆっくりと歩く。
フェンスの前で止まって、それに手をかけ、見えない目で空と町並みを見回す。
校庭の方から(正確にはプールの方向かな?)何か騒がしい声が聞こえてくる。
でも何が起きているのかまでは私には判らない。
ここからだと恐らく、校庭や私の家、そして少し遠くのものみの丘まで見えるはずだ。
あの丘は今、どうなっているんだろう。
久しく行っていない商店街や、駅前はどう変わったんだろう。
そう思って想像しようとしてみても、脳裏に浮かぶそれらの姿は、数年前の姿のままだ。
以前のこの辺りには大きな麦畑が広がっていたが、私が小学六年生の頃に開発の手が入って、今の住宅地や学校へと姿を変えた。
わたしが家族と今の家に引っ越し――同じ町内から引っ越してきたのもその頃だ。
その頃はまだ、学校は工事中で出来ていなかったが、家の目の前にある事で、学校すらも何となく自分の家の一部のような気がして仕方がなかった。
だからわたしは気兼ねなく工事中から高校に入り込んで遊んだりしていた。
そう言えばその時に、竹刀(だと思う)を手にして工事中の学校をとても寂しそうに見上げていた、同い年くらいの女の子が居たっけ。
一緒に遊ぼうと思って声をかけたが、何も言わずに何処かへと行ってしまった事を、おぼろげに覚えている。
学校が完成して、おろし立ての可愛い制服を着た生徒達が、真新しい学校へ通う光景を見て、わたしも早くこの学校へ通いたいと思った。
そんな事を雪ちゃんに話したら、『みさきは通うのが楽だから行きたいだけじゃないの』と言われたのを覚えている。
その後もよく学食をレストラン代わりに、図書室を図書館代わりに使用したり、放課後の校舎や校庭で遊んだりと入り浸っていた。
おかげで入学前から建物の構造を熟知していたし、学校の先生も、学食や購買部の職員も、わたしにとっては顔なじみだった。
初めて見た時からお気に入りになった制服を着て、生徒としてこの高校へ通う姿を、私はよく想像していた。
だからって……入学が決まった後、嬉しさのあまり、”一足先に挨拶”だなんて馬鹿な真似をしなければ良かったんだ。
いつもは鍵のかかっていた理科準備室。
好奇心がわたしの目から永遠に光を奪った。
それは高校入学を間近に控えた中学校三年生の冬の事だった。
それでもわたしは此処にいる事が出来たよ。
憧れの制服を身にまとって、馴染み深い学校へ通ってる。
でもそれも今年でお終い。
だって、私は三年生だから……来年は卒業が控えている。
「はふぅ〜」
大きく溜め息を付いてみた。
この学校は私にとって巣の様な物であり、最後の楽園だ。
この地を離れる勇気が、今の私にはない。
その事を考えると、わたしの身体中に形容のし難い不安が押し寄せてくる。
(怖いよ〜雪ちゃん……助けてよ浩平君……)
だから、いけないと思いつつも、わたしは人に縋りたくなる。
『今、この瞬間が続けば良い……そう思ってるの?』
突然そんな女の子の声が聞こえた。
ううん、耳に聞こえたというよりも、頭の中に響いた感じかな?
気配を感じなかったけど、何時の間に屋上へ来たんだろう?
でも、どのみち姿を見ることは出来ないんだから、関係ないよね。
「うん」
だからわたしは振り返らずに、外の方を向いたまま答えた。
『それなら、手伝って』
そんな言葉が頭の中に響いたと思ったら、今まで手で触れていたフェンスと、屋上の床の感触が無くなった。
「え?」
驚いてそう言葉を漏らした瞬間、足下に感じていた感触がコンクリートのそれから、金属のものへと代わり、私の手にはフェンスとは異なる何か堅い物が触れた。
「何だろう?」
思わず呟いた自分の言葉が辺りに響く。
どうやら狭い場所の様だ。
手探りで辺りを触るが、狭い空間になにかゴツゴツとしたものが一杯あって、さっぱり判らない。
「ねぇ、此処どこなのかな?」
そんなわたしの問いに答えは返ってこなかったが、代わりに頭の上から、何か重たい蓋の様な物を開ける音がすると、騒々しい大勢の人声が聞こえてきた。
「待ってたまるかっ!」
そしてわたしが聞きたかった人の声が聞こえてきた。
|
§ |
「浩平君?」
「うわっ!」
折原がレオパルドの中へと逃げ込むと、突然自分の名前を呼び掛けられたものだから驚きの声を上げた。
「え? みさき先輩か?」
驚くべき事に中に居たのは、みさきだった。
「せ、先輩、どうしてこんな所に?」
「酷いよ浩平君。私屋上で待っていたんだよ」
折原の質問には答えずに、頬を膨らませて抗議するみさき。
「は? 一体何の事だ? 七瀬といいみさき先輩といい、何が起きているんだ?」
「くすっ。浩平君って可愛い顔してたんだね。わたしね、今日夢で浩平君の顔を見たんだよ」
みさきは心底楽しげな笑顔で、そう折原の声のする方向を見つめたまま言う。
しかも会話の内容全く噛み合っていない。
しかし、そこはみさきの扱いに慣れている折原だ。
「なぁ……男子生徒を捕まえて可愛いはないだろ?」
自分の疑問はさておき、みさきの会話に合わせる事で、無用な精神疲労を防いでみせる。
「そうかな? 可愛い方が良いに決まってるよ」
「と、とにかく、こんな狭い所にいたら危ないぜ? 先輩おっちょこちょいだから直ぐにおでことかぶつけそうだし」
「うーっ……酷いよ浩平君。わたしおっちょこちょいじゃないよー」
怒った顔をしているつもりなのだろうが、全く迫力がない。
そんな顔に微笑みながら、折原はみさきの手を握る。
「わっ! 誰かの濡れた手がわたしの手を掴んだよ?」
「オレしか居ないだろ? とにかく怪我する前に此処から出ようぜ」
「何で浩平君濡れてるの?」
「ああ、それは今し方まで水泳をやっていたからだ」
「へ〜……じゃ今は水着姿なの?」
「いや、制服のまま泳ぐのが最近の流行だ」
そう言いながら、みさきの手を握った折原が、車内の梯子へとみさきを誘導する。
「そうなんだ? ところで浩平君。ここ何処?」
折原に導かれ、握らされた梯子の感触を不思議に思ったのか、首を傾げて尋ねる。
「なんだ、知らないで潜り込んだのか? ここは俺達のクラスが用意した展示品の戦車の中だ」
「戦車? あれ……わたし確か屋上にいたはずなんだけどなぁ」
「ん? じゃ先輩って夢遊病でも持ってるのかな?」
「う〜っ、そんな事ないよ〜」
「いいからほら、ゆっくり登って。足踏み外すなよ?」
「うん」
「狭いから気を付けて。あと二段で手の方は無くなるから……よっしその調子……おぉっ」
「浩平君、まさか下から覗いたりしてないよね?」
「ふ、不可抗力だっ!」
「うーっ、酷いよ〜」
「ええい! 別に覗きたくて覗いたわけじゃない。ほら、あと一段で終わりだぞ」
そう言うと、折原もまたみさきに続いて梯子を登る。
直ぐに追いつき、後ろから覆い被さるような形で、みさきを抜かすと、ハッチを抜けて砲塔の上に出る。
「わっ、冷たっ!」
濡れ鼠の折原に触れて驚きの声を上げる。 「我慢してくれ……よっと。さ、先輩手を……あ」
折原を待っていたのは、鬼の様な形相をした七瀬だった。
|
§ |
「ねぇ香里、浩平が見つからないよー」
騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう。
長森がプールサイドに居る香里の姿を見つけると、近寄って開口一番そう尋ねた。
ずっと走っていたのか、呼吸が少し荒い。
「あら瑞佳やっと来たの? 折原君ならあそこに居るわよ」
呆れ顔の目が示す方向を、長森は胸に手を当て呼吸を整えながら見る。
「あーっ!」
彼女の目に映った光景は、プールの中央に鎮座するレオパルドの砲塔の上で、七瀬に折れた木刀の切っ先を喉元に突きつけられている、折原の姿だった。
「どうしたの浩平君?」
「あ、みさきっ! 何であなたがその中にいるのよ?」
深山が折原の足下から、顔をひょっこり出しているみさきに気が付き声を上げる。
「あ、雪ちゃん? やっほーっ!」
目の前の状況が判らないみさきが、暢気に深山の声がした方へ向かって手を振っている。
「ちょっと、何が”やっほー”よ! あなたねぇ何処に行ったのかと思えば、何時の間にそんな所に居るのよ?」
深山とみさきのそんなやり取りの間も、七瀬は微動だにせず折原を睨んでいる。
濡れた長い髪の毛を伝わって水がポタポタと滴っているが、全く気に掛けていない様だ。
「あのな……」
「あーっ浩平見つけた! 今まで何処に行ってたんだよ〜っ?!」
折原が七瀬に何かを言おうとした言葉を長森の大きな声が遮る。
「うわっ、み、瑞佳! オレは何も……」
「あーっ! 折原が川名先輩連れ込んでいやがるーっ!!」
折原が絞り出した弁明の声は、住井のこれ以上ないって程の大声によってかき消された。
「……あ、あのな七瀬」
折原が少し口を開くと、折れた木刀の切っ先が喉に刺さる。
「黙ってなさい」
七瀬の目が本気で「喋ったら刺す」と言っているのを見て折原は口をつぐんだ。
「みさきっ大丈夫? 折原君に何されたのっ?」
野次馬の耳も気にせずに、深山が大きな声でみさきに質問する。
「え〜とね……あ、下着見られたんだよ。浩平君って酷いよね」
「ちょ、ちょっと待てぇっ!」
恥ずかしさに顔を赤らめるみさき、狼狽える折原、その折原をまるで親の敵を見るかのように見据える七瀬、珍しく怒っている様子の長森――なんつーか女難の具現って感じだ。
「何だか、話がおかしな雲行きになってきたなぁ〜」
そんな状況を叩き付けた張本人の住井は、他人事の様に――事実そうなのだろうが――楽しんでいる。
「お前、自分で種蒔いておいてよく笑っていられるな? それにさっきの声、タイミングといい、大きさといい……狙ったろ?」
俺の問いかけに、住井は必要以上に爽やかな笑顔を向けた。
「勿論だ。こんな面白そうな展開放っておく手はない」
きっぱり言いのけた。
コイツは敵に回さない方が良いだろう。
「ギャラリーも一杯居るし、せっかくの学園祭だ。ここで盛り上げずにどうする? ……それに私怨も少し入ってる」
「え?」
住井が呟いた言葉に思わず声を上げるが、直ぐに「あ、いや何でもないぞ」と体裁を整えると、レオパルドの上で狼狽している折原に何か叫び声を送っている。
俺も特に追及する事はせず、目の前の状況に意識を戻した。
レオパルドの上ですっかり萎縮している折原と、その折原の喉元に折れた木刀の切っ先を向けている七瀬、そして二人の真横で状況を掴み切れてなさそうな川名先輩の惚けた表情。
そしてプールサイドからそんな状況を睨み付ける長森。
「大変だ」
南の言葉通り大変な状況だった。
『女の敵なの』
「そうだよねー」
澪や名雪までもが、何やら怒っている。
「あははーっ。もてる男の子は大変ですねーっ」
「……祐一も、浮気は許さないから」
そう言いながら、日本刀を持つ手を動す舞に背筋が凍る。
そんなやり取りの間にも、レオパルド上の緊張感は高まっていった。
「折原……度重なる乙女への侮辱と暴力。そして川名先輩の純潔を汚し……そして何より、瑞佳を悲しませた事を、貴方の命でもって償ってもらうわっ!」
さらっと死刑の判決を言い渡した七瀬が、折れた木刀を構え直す。
野次馬達は「やれー!」だの「いけー!」だの叫んで七瀬を煽っている。
「洒落になってねぇっぞ!」
ジリジリと間合いを詰めてくる七瀬に、折原が一歩後ずさる。
「みさきっ。危ないから中へ入ってなさい」
ちょうど折原と七瀬の中間にあるハッチから顔を出していたみさきに、深山が声を掛ける。
「え? うん判ったよ雪ちゃん。それじゃ浩平君またね」
にっこりと笑って、みさきは再びレオパルドの中へ降りていった。
「ちょ、みさき先輩! せめて誤解を解いてからにしてくれ……ってうわっ!」
みさきの方を一瞬見た瞬間、七瀬の一撃が折原の頭上をかすめる。
「惜しい……折れてなければ、今の一撃で決まっていた」
舞、冷静な解説ありがとう。
慌てて避けた折原がレオパルドの砲身の上を器用に駆ける。
その瞬間、その砲身が一気に仰角を上げ――つまり上を向く形で傾いた。
「おわぁっ!」
折原は急激に傾いた砲身の先端にしがみついてしまう。
途中でプールに飛び込めば良かったのだが、人間の条件反射とは恐ろしいもので、やはり高で姿勢を崩すと、咄嗟にしがみついてしまうものの様だ。
おかげで折原は、水面より五メートルもの高さにある砲身の先端に、危ういバランスの元でしがみついている。
おまけに真下は水面でなく、固いレオパルドの車体部分だ。
「ちょっと、みさきーっ、何やってるのよ!」
深山が呆れとも、焦りともつかぬ調子で叫ぶ。
彼女の懸念通り恐らくは中にいる川名先輩が何かを触った事が、目の前の状況の原因であろう。
「わぁー、動いたよ舞」
「……浩平、器用」
相変わらずマイペースの二人だ。
「よーっし、七瀬さん、中に入って砲手席の所にあるスイッチを押せっ!」
住井の声に、七瀬と折原がこちらを揃って振り返った。
「え?」
「何ぃ?」
「今まで受けた屈辱の日々を忘れるなっ!」
「住井〜ってめぇ何アジってるんだよっ!」
一瞬何を言われたのか判らない七瀬、瞬時に意味を把握した折原。そして更に煽る住井。
「気にするな七瀬さん。愛する長森さんの為にも撃つんだ、必殺の乙女キャノン!!」
住井の言葉に何らかの使命感を受けたらしい七瀬は、表情を改め――
「そ、そうよねっ! やるわよ!」
そう言葉を残し、決意も新たにレオパルドの中へと姿を消した。
「おい……お前、今いろんな意味でとんでもない事を言わなかったか?」
「気にするな勢いだ。それに七瀬さんもまんざらでは無いみたいだしな〜」
お前、後で冷静になった七瀬に殺されるんじゃ? ――という俺の懸念を余所に、住井は楽しげに答えた。
「え? え?」
長森はと言えば、冷静さを取り戻したらしく、住井の言葉とそれを肯定してみせた七瀬に驚いている。
「瑞佳も留美も大変よね……」
香里が同情するように呟いた。
「はぇ〜……七瀬さんは長森さんの事を好きなんですか?」
佐祐理さんの言葉に名雪が「えーっ! 留美ちゃんが? え? そうだったの?」と驚いている。
「……愛の形は人それぞれ」
舞は何だか達観している。
「ま、冗談はさておいてだ……折原〜っ言い残すことは無いか?」
住井が真顔で仕切治す――って、冗談なのかよ?
「住井ーっ! 裏切り者っ!」
「んぁ〜? 聞こえんなぁ〜?」
住井は折原の声を無視するように、耳に手を当て、ウィグル獄長の様な口調で応じた。
「なぁ住井、大丈夫かよ?」
「ああ、大丈夫だろ。装填されているのは空砲のはずだからな」
「本当か?」
俺が耳元で尋ねた言葉に、住井は親指を立て歯を光らせながら微笑んだ。
「やめろおぉぉぉっ!」
「くらえっ! 乙女の怒り〜っ!」
折原の制止をうち消すかのように七瀬の声が聞こえて、その直後。
轟音と共にレオパルドの一〇五ミリ砲が火を吐くと――と言っても空砲なので、実際に出たのは煙だけだが――哀れな男は砲身から吹き飛ばされた。
「おわぁぁぁぁっ!」
折原は叫び声と共そのままプールへと落下する。
『落ちたの』
そんな光景を見た澪が、スケッチにそう字を書く間に、折原は大きな水柱を上げて水中へ没していった。
「はぁ〜。自業自得だよ」
長森が溜息交じりに、そう呟くと、ぷいっと頬を膨らませて顔を背けた。
やれやれだ。
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§ |
”ドオォォォン!”
外から聞こえてきた凄まじい音に、郁未は頭の痛そうな顔をして深く溜息を付く。
保健室の窓から校庭を見ると、プールの方向から生徒達の騒ぎ声が聞こえ、何か煙が立ち上っている。
「やっぱり……」
郁未は連日の騒動に、パターンが存在している事に気が付いていた。
折原が姿を消し、長森が探しに行く、そして戻ってくる頃にはひと騒動――その騒動自体は形こそ違うが、結局やっているドタバタに変わりは無い。
しかし昨夜、郁未と久瀬が起こした行動で、世界に綻びが生じたのだろう。
その綻びを無理矢理修復しようとした結果が、今の騒ぎなのだと郁未は考えている。
「ふぅ……」
郁未はプールの方から立ち上る煙を見ながら、もう一度溜息を付く。
「”二度目は悲劇、三度目は喜劇”と言うが……一生やらせておくわけにもいかないわね」
郁未はそう呟くと、救急箱を持ってプールへと向かった。
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