「ま、年に一度の学園祭ですし、生徒による自主的運営の尊重という意味合いからもですな、今更校長の私が言うのも何々でありまして……」
延々と続く校長の声が念仏の様に思えてきた。
ふと目だけを動かして周囲を見ると、説教中だというのに笑顔の佐祐理さんといつも通りの舞、申し訳なさそうな表情でうついている長森と南、多少怒気を含んだ表情を浮かべながらも大人しくしている香里と七瀬、そんな香里を楽しげに見つめる北川、まるで眠っているかのような名雪、そして全く悪びれた様子のない住井や折原の姿が見えた。
俺達は揃って校長室に呼び出されて説教を喰らっている真っ最中だ。
ちなみに久瀬も俺達と一緒になって説教を喰らっており、釈然としない表情を浮かべていた。
「……そもそも、本校の学園祭と言えば、県下でも有名な一大イベントであり、それだけ世間の注目を集めるわけです……」
校長の説教が始まってどの程度の時間が過ぎたのか判らないが、俺の意識は校長の説教ではなく、校長室の天井に注がれていたりする。
なぜならば、この校長室の真上が俺達の二年四組の教室であり、天井には僅かだが亀裂が走っているからだ。
しかも時折嫌な音を立てて細かい破片が落ちてきたりする現状では、到底校長の説教に神経を傾ける事など出来ない。
「……とまぁ、兎にも角にも全員が無事でなにより。明日は学園祭の初日ですから、今後はくれぐれも安全第一で……そこんとこよろしく」
”カツン”
丁度、説教を言い終わった校長の頭に、天井から降ってきた小さな破片が当たった。
「ん? ネズミかな?」
校長は状況に気が付いていない様だが、見ているこっちは――いつ四〇tの戦車が落ちてくるか――気が気でなく、生きてる心地がしなかった。
■第2話「唇歯輔車」
「……」
「うわぁ」
「はぇ……」
「はぁ……」
「ふぅ……」
「うむぅ……」
「う〜ん……」
「うみゅ……」
色んな意味で胃が痛くなる説教から解放された俺達は、教室へ戻ったもののその見事な壊れっぷりに、思わず言葉を失っていた。
明日の学園祭初日に間に合わせる為には、これから夜を徹して作業を行なう必要があるだろうし、そんな事を思えば、自然と口数も少なくなるというものだ。
「さて、どうしたものか……」
折原が珍しく真面目な顔をして悩んでいる。
「う〜ん」
住井も同じだ。
仮にも責任者と企画者だ。
やはり目の前の惨状に、頭を悩ませているのだろう。
「う〜ん……やはり、夜食は牛丼だよな?」
「ああ」
折原の言葉に力強く頷く住井。
悩みってそれか? ――思わず俺その場で脱力したが、”牛丼”という単語を聞いた舞が身体を僅かに動かしたのは見逃さなかった。
「あんたら、真剣な顔で悩んでたのってそれ?」
「その通りだぞ七瀬」
「メシ食わなきゃ、効率よく仕事も出来ないだろ?」
「まぁ、そう言われればそう……だけど」
七瀬も腹が減ってるのだろう、珍しく二人の意見に素直に頷く。
確かにそれは一理あるし、そう言われてみれば確かに腹が減った――ん?
そう考えてみて判ったのだが、前に食事を摂ったのはいつだっただろうか?
まるでアルツハイマー症の老人の様な自分に一瞬驚くが、ここ最近の殺人的な忙しさで疲れて混乱しているのだろう。
「んじゃ夜食買い出し部隊と飲み物準備部隊を選出! 残りは後片づけだ」
折原が指示を出す。
「それはいいが、水瀬さんはどうする? 既に旅立っている様だが」
北川が挙手して折原に尋ねる。
「くー……」
なるほど、見れば名雪の目は既に横線であり、立ったまま器用に寝息を立てている。
流石は眠りのプロフェッショナルだ。
半ば関心しながら名雪に近づき、口を従姉妹の耳元へ寄せる。
「名雪、良いから教室の隅に行って寝てろ」
耳元で呟くと名雪は「わかったおー」と言いながらポテポテと歩き、仮眠用に置いてある段ボールベッドに横になった。
「もう……名雪、風邪引くわよ?」
直ぐに寝息を立てはじめた名雪に、七瀬が気を利かせて毛布を掛けている。
やれやれ。
名雪も眠いなら家に帰って寝ればいいのにな。
秋子さんだって心配しているだろうに――そんな事を考えながら名雪の表情を伺ってみる。
混沌とした学園祭の準備。
時間の感覚すらおぼろげになるような極限の状況。
だが、そんな状況を楽しんでいるかの様に、名雪の寝顔は安らかな物だった。
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