染み男のカルテ
作:ぶんろく

連日のように、わが診察室に押しかけてくる友人にして患者である啓介。幼稚園さくら組以来の長いつきあいだが、どうしていままで、病を俺に相談してくれなかったとたずねた。
「病気なのかどうかもわからなかったしよ、それに精神科っていうと、ほらあれだろ。それだからよ」
 と、一通り指示代名詞をならべてから「それともなにかい? 病気だという俺の話を信じてねえのか、おまえ」といいだした。これはヤバイ兆候だ。
「だいたいおまえはむかしっから冷たいやつだったよ。幼稚園さくら組六月二一日月曜日、帰りがけに雨が降りだした。帰る方向がいっしょなのに、おまえときたら傘をくるりと回転させて、俺の顔を水滴で水平切りして行っちまいやがった。あんときからわかってたよ俺には」
 ならばそのあとお付き合いいただかなくてもよかったのに、といまさらいってもしかたがない。
 天井や壁の染みに過剰反応してしまう友人の話を聞かされるはめになるのだ。
「なんでって、いわれたってこまるんだけどさ。みえちまったものはしょうがないだろう。
金魚にさ」。
 取材で泊まった地方の旅館の天井の染みに反応したらしい。難儀な男だ。

染み男のカルテ

 4月22日再診


サックサック……。
ガチジャガリ、ギシ、サックザック……。
 ここどこだ。なんだかビルの裏手みたいなんだけどさ。このビルなに? あ、窓になんか書いてある。家庭科室、6年1組? 学校か? 校庭ではないから裏だね。
 で、なんで俺はここにいるの? なんでスコップもってるの? なんでおれはこんなサファリジャケットきてるわけ? おいおい、サファリ帽子までかぶっているよ。
 なんで、地面なんか掘っているわけ? なにが出てくるの?
 あれ、ここの畑覚えているぞ。俺が卒業した小学校の裏だ。夏になるとここでヘチマを育てたぜ。大きく実ったやつは乾燥させて、校長室に飾るんだ。新聞の地方面やテレビにも紹介されたことがある。今でもあるはずだ。
 それに、この床下の通風口だ、覚えているぜ。あいかわらずやぶれているね。なみえちゃんと交換したロケットを、彼女にふられて失恋したときここに捨てたんだよなぁ。
 サックザック……。
 だけど、だ。
 なんでここを掘るんだ? 神のお告げを聞いた覚えもないし、犬も飼ってねぇ。
 テレビの骨董番組を見ていた俺が、この学校の卒業生が埋めたタイムカプセルの中身を盗もうとしている? 確かに卒業したのは万博のあとだったけど、そんなしゃれたことした覚えはないよ。それに埋めるとしたら校庭だろ。
 それじゃ、ここには死体が埋まっている、じゃなくて、俺は誰かを殺してここに埋める穴を掘っている。でもまわりにはそんなものは見当たらないね。
 ザッザリ……。
 うわっ、なんか光るものが出てきた。骨だ。こりゃ魚だな。ずいぶん大きいな。化石のようにきれいな骨格だ。
 学校の裏庭か。ほかにもいろんなものが埋まってるんだろうな。インコやすずめ、金魚に亀、ザリガニ、ことによったら猫もいるかもな。
 おれも小学校のころ、クラスでいろんな動物を飼っていたな。授業中に教室に飛び込んできたすずめをとっつかまえて、飼ったこともあるけど、近所の牧場の糞捨て場で決死の覚悟でとってきたミミズも食わずに二日で、コトンと死んでしまった。あれも埋めたんだよな。
 ズズッジャリジャリ……。
 猫を飼うときは、クラス会議まで開いた。先生は何にも言わなくて、結局、貰い手が見つかるまでクラス全員が順番に家に連れて帰って育てるということになったんだっけ。おれんちにきたときには、尻になにかつけていると思ってよく見たら、給食のしらたきが未消化で肛門からたれていたんだ。おふくろは変な虫かと思って大騒ぎしてたけど。
 一〇〇年後二〇〇年後、「スクール・アルケオロジスト」なんていわれる学校の遺跡を掘る専門家がいるかもね。
 で、おまえさんも学校の「命の教育」の犠牲者というわけだ。
 金魚は、夜のあいだに水槽から飛びだして死んでたよね。朝学校に行くと、干からびちゃってさ。
 え、俺が殺した? まじかよ? えさ係だった俺が給食の残りを水槽にぶちまけたぁ? そんなこと覚えてねえぞ。インコのピースケも俺をうらんでいるっていうのか。でも、ちゃんと埋めて供養したんだろっ?
 クラスのみんなには、えさをやるときに逃げたと嘘をいって、知らんふりして埋めちまったのか。墓も建てずに、目印の石もおかずに……。我ながらひどいやつだったんだなぁ。すまん。
 ザリッグザリザッ……。
 あっ、ピースケ、おまえか? すまん本当に悪いことをした。今日はちゃんと墓を立てる。それに次の同窓会でみんなに告白して謝る。だから許してくれ。えぇー、トノサマガエルのミドリもうらんでるのか。(完)

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