介良風土記

小笠原正登聞き書き   刀と鉄砲  刀は奥州白川臣手柄山正繁銘 (刀身八十センチ)  鉄砲はスペンサー (全長九四センチ)  或る戦いのこと(筆者地名、月日忘失)数人で斥候に出た。深い谷の向う側に敵が待ち 構えている。狭い小橋が一本かかってはいるものの、こちらからでは渡りようがない。 寒い日であったが、とにかく向う岸へ上がらんとどもならんので、谷に沿ってさかのぼ っていった。しばらくいったところで、向う岸に藤かずらが垂れ下がっているのを見つ けた。つるにすがってよじのぼると、見渡すかぎり一面のすすきの原であった。敵の方 向に見当をつけて進んでいると突然敵の陣地につきあたった。大砲を三門据えてまわり に群がっている。不意なことで肝を抜かれて這いもどって、どうすりゃと言っているう ちにはるか下手に激しい銃声と閧の声があがった。味方が小橋を押し渡って攻撃をはじ めたらしい。敵陣にあきらかな動揺が見える。こうなったらいんで敵状報告もへちまも あるかと、すすきの中に散開して盲滅法に撃ちまくった。敵は背後をつかれたと総崩れ になって、事もあろうにこちらの方へ走ってきだした。これがたまるかとすすきのくら にこぼうでおるうちに敵は居なくなったが、一番後からおくれて隊長らしい男がたった 一人やってきた。かくれている吉田数馬のそばを通ったが気がつかず通り過ぎた。数馬 が立ち上がって刀の柄に手をかけたがそのまま又しゃがみこんだ。その敵があろうこと か真正面に来たので逃げもかくれもできん。立ち上がって刀を振りかむると、持ってい た鉄砲の掛金を手早くかけると同時にこの胸へさしつけて引鉄を引いた。カチッと音は したが弾が出なかった。振り下ろして肩を一撃した。片膝ついてうつむいて「如何にも 無念」と言った。「何を云や」と背中を斬った。止めをさそうと曲った刀を足で踏んで 矯めていると、「これで」、と脇差をさし出した。その刀で命を絶った。 戻る  次へ


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