4.タマネギの報い

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  王冠が道端に落ちていた
  

 その場に居た人、全て ― ポルトスとアラミス、そして殆ど黙って飲んでいたアトス、そしてバザンとムスクトンはびっくりしてオルデンバルネフェルトゾーンを見た。一体誰の事を言っているのかと当惑する間もなく、オルデンバルネフェルトゾーンはテーブルを踏み台に飛び上がり、凄い勢いでムスクトンに飛び掛った。
 派手な音を立てて、テーブルがひっくり返る。天板がポルトスの顔面を直撃し、コップが飛んでアラミスの胸で跳ね上がる。アトスだけは冷静に自分のコップとワインボトルを持って立ち退いて難を避けた。
 オルデンバルネフェルトゾーンはムスクトンを床に倒して、その首を締め上げながら叫んだ。
「返せ!あれは命よりも大事なものなんだ!」
「だ、だんなさまー!たすけてー!」
 しかし肝心のポルトスは鼻からドクドクと出血しており、従者を助けるどころではない。アトスは手に持ったワインのボトルを安全に置く場所が見当たらずに突っ立っているので、アラミスとバザンがオルデンバルネフェルトゾーンの首根っこを持って、ムスクトンから引き剥がした。
「待て待て、ムスクトンが何をどうしたって?」
 アラミスは呆れ顔で尋ねると、オルデンバルネフェルトゾーンが顔を真っ赤にして叫んだ。
「これですよ!この袋!私の盗まれた大事な商品こそ、これですよ!」
「袋?」
 アラミスはオルデンバルネフェルトゾーンから手を離すと、床に散乱したジャガイモの中から布袋を拾い上げた。するとムスクトンが、ゲホゲホとむせながら立ち上がった。
「な、なんだよ!この袋?この袋はもらったんだよ。もらった袋に、買ったジャガイモを入れて運んじゃいけないのかよ!」
ムスクトンが言い返すので、アラミスが訊き返した。
「誰にもらったんだ?」
「バザンでさぁ。」
 ムスクトンが言いながらバザンを指差すと、オルデンバルネフェルトゾーンは再度飛び上がり、今度はバザンに襲い掛かった。
「だ、だんなさまー!たすけてー!」
 アラミスはもう一度、オルデンバルネフェルトゾーンの首根っこを掴んだ。
「待てよ、落ち着け、オルデンバルネフェルトゾーン!」
やっと正確に植物学者の名前が言えたところで、バザンは襲撃者の手から逃れ、ムスクトンと一緒に壁まで退却した。
「放してください!私の大事な、大事な…!」
オルデンバルネフェルトゾーンは首根っこをつかまれたまま手をばたつかせたが、声が枯れて言葉にならない。
「ああ、くそ…。血がついちゃったじゃないか…」
 顔の下半分を血まみれにしたポルトスは、忌々しそうにハンカチを使いながら、もう一方の手でテーブルと椅子を直した。そのテーブルにワインボトルを置くと、アトスがうんざりした声でやっと口を利いた。
「少し、落ち着いて説明してくれ。この袋がなんだって?」
 アトスが差し出したワインを一口含むと、オルデンバルネフェルトゾーンは一生懸命声を落ち着かせながら言った。
「大事な商品を入れていた袋です!オランダ商館に向かう途中で、追いはぎに奪われた!」
 あまりの剣幕に、アラミスもひるんでしまった。オルデンバルネフェルトゾーンは尚も凄い勢いで言った。
「この袋が動かぬ証拠!見てください、このオランダ語の焼印!」
「あんた、植物学者とか言ってたけど、要はジャガイモ屋さんか?」
ポルトスが椅子に座り、上を向きながら鼻声で尋ねた。
「違います!とんでもない!」
「じゃぁ、盗まれた袋の中身は何だ?」
 アトスが言うと、オルデンバルネフェルトゾーンより先に、バザンがおびえながら口を開いた。
「た、タマネギですよ!タマネギがこの袋に入って、道に落ちていたんです!」
「タマネギ?」
三銃士が一斉に訊き返した。
「ジャガイモと大差ないな。」と、ポルトス。
「タマネギじゃありません!とんでもない!もっと、もっと、高価で、貴重で…!」
 オルデンバルネフェルトゾーンはどんどん顔を赤くして、湯気でも上がりそうな勢いで叫んだ。
「どこから、どう見てもタマネギだったけど…」
ムスクトンが呆れながら言うと、更に熱を上げて植物学者が叫んだ。
「タマネギじゃない!」
「タマネギだってば。」
従者達とオルデンバルネフェルトゾーンの言い合いに呆れて、ポルトスが言った。
「犬に食わせれば分かる。」
するとアラミスが慌てて手を振った。
「よせよ、ポルトス。おいアトス、窓の外を見るな!あれは向かいの老婆の大事な犬だ!」
 ポルトスは顔をごしごしとハンカチでこすりながらバザンに確認した。
「バザン、そのタマネギの袋は拾ったんだな?」
バザンは首を縦に振りながら慌てて言った。
「そうです、そうです。三日前の午後、ブロンの林の脇の道を歩いていたら、土手下の茂みの中にこの袋が転がっていたんですよ。なんだろうと思って中身を見たら、タマネギだったから、ありがたく頂戴して…だって、どこかの荷馬車の落し物なんて、よくある話じゃないですか。」
「タマネギじゃない!」
 オルデンバルネフェルトゾーンはまた叫んだが、ポルトスは苦笑するしかない。
「バザンだって、タマネギと金貨の見分けがつかないような馬鹿じゃないぞ。」
するとアラミスも同調した。
「そりゃ金貨が一杯に詰まっていたら、しかるべきところに届けるべきだが、タマネギだったらありがたく頂戴するさ。荷馬車から落ちた物くらい、べつに珍しくも無い。」
「いいですか?!あれはとてつもない金額で取引される貴重なものなんですよ!」
「わかった、わかった。それでバザン。お前、その高級なタマネギをどうしたんだ?」
アラミスが尋ねると、バザンはムスクトンと顔を見合わせた。
「沢山あったので、ムスクトンとグリモーとで、分ける事にしました。」
「拾ったのは三日前なんだろう?タマネギなんて食ってないぞ。」
 ポルトスがまた垂れ始めた鼻血を止めようと、上を向きながら鼻声で言うと、ムスクトンが肩をすくめて言った。
「ためしにいくつか食べてみたら、ひどく不味いんですもの。きっとまだ熟れてないないのだと思って、全部畑に埋めました。」
「埋めた?!」
オルデンバルネフェルトゾーンが、今までで一番の大きな声で叫んだ。
「ええ。アトス様のところの大家さんが、中庭を使って良いって言うから。俺とバザンとグリモーとで、ざっくり土を耕して、タマネギを全部埋めて、たっぷり水をかけて…」
 ムスクトンが言い終わらないうちに、オルデンバルネフェルトゾーンが派手な音を立てて床に倒れた。部屋の真中で長くなっている長い名前のオランダ人を、三銃士と二人の従者は呆然と見つめていた。しばらくして、アラミスは唸るように言った。
 「助けない方が良かったんじゃないか?」
するとポルトスが同意した。
「そうかもな。俺なんて服は汚れるし、流血はするし…肉でも食わないと貧血になる。なぁ、アトス?」
 アトスは腕を組み、長くなっている男をじっと見つめて、何か考えているようだった。しかしやがて、目を上げた。
「思い出した。」
「何を?」
アラミスとポルトスが異口同音に訊き返した。
「さっきの、髭の男だ。」
「誰?」と、アラミス。
「知らん。ただ、十日ほど前に見た顔だ。」
「どこで?」と、ポルトス。
「枢機卿の屋敷の前で、ロシュフォールと一緒に馬車から降りてきた男だ。」

 水などかけて起こすと、また面倒な事になりそうなので、銃士たちはオルデンバルネフェルトゾーンを気絶したまま、朝まで放置した。そもそも、この男は旅の疲れもたまっていたようだ。アラミスの部屋の真ん中で、いびきまでかきはじめたので、心配無用ということになったのである。
 アトスは無頓着に、もう暫く飲んでからアラミスの部屋で寝てしまったが、ポルトスはそうは行かない。オルデンバルネフェルトゾーンを助けるために服は泥まみれであり、しかも鼻から大量出血したので、お洒落な彼には我慢ならない、いでたちになっていたのだ。もう真夜中になっていたが、ポルトスはムスクトンを連れて自分の下宿に帰った。




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