1.バザンの拾い物

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  王冠が道端に落ちていた
  

 やっと冬の寒さもひと段落して、もうすぐ春本番を迎えようとしている昼下がり、ムスクトンは下宿のポーチに座り込んで、繕い物をしていた。銃士ポルトスの従者でありながら、あまり熱心に仕事をしないムスクトンだ。しかし、主人同様おしゃれに目が無く、衣装の直しや繕い物に関しては、比較的熱心だった。今日は、主人が掘り出してきた古着の刺繍を直す事にした。普通なら職人に出すのだが、この程度ならムスクトンでも直せると判断したからだ。
 少々細かい作業になるので、光を求めてこのポーチに出てきていた。主人は二時間ほど前に、ようやく起きてトレヴィル殿の屋敷に向かった。今日は国王陛下が森へ乗馬に出るとかで、もしかしたら警護につくかも知れない。とにかく、帰るのは遅いと、ポルトスは言い残した。国王の行動がどうであれ、ポルトスがアトスやアラミスと共に夜遅くまで飲んで帰るのは、いつものことである。

 ムスクトンが自分でも満足の行く出来栄えになった刺繍を留め、はさみで糸を切ると、通りの向こうから見慣れた男がテクテクやってくるのが見えた。
「いよぉ、バザン!」
 ムスクトンは手を上げて合図した。アラミスの従者バザンが、肩に大きな荷物をかついでいる。手が離せないので、声だけで応じた。
「やぁ、ムスクトン。ごきげんよう。」
 バザンはムスクトンの目の前に到着すると、重そうな布袋をドスンと地面に置いた。
「今日は良いものを持ってきたよ。」
「なんだい?」
ムスクトンは衣装と刺繍道具を籠にしまいこむと、袋を見下ろした。バザンは嬉しそうにニコニコしている。
「タマネギだよ。」
「おやおや。随分たくさんあるじゃないか。どうしたんだい?」
「拾ったんだ。」
「拾った?」
 ムスクトンは少し驚いて、まんまるいの同僚の顔に見入った。
「そうなんだ。多分、荷車から一袋落ちたんだろう。これは神様からの授かり物だね。だから、お宅にもおすそ分けだ。三分の一、取って良いよ。」
 そこで銃士の従者二人は、早速袋を開けて中のタマネギを分ける事にした。彼らの主人達 ― 三銃士と呼ばれるアトス,ポルトス,アラミスは、いつも何をするにも一緒に行動する。いや、女性関係については別だが。とにかく、日々の生活において金も食料も殆ど共有しているので、従者達にもその認識が染み付いていた。だから、誰かが食料を得れば、三者で分けるのは当然である。
 ムスクトンは袋の中にぎっしり詰まったタマネギを一つ、手に取った。
 「へぇ。新しい品種かな。ちょっと小ぶりだ。」
「こういうのもあるよ。辛味が少なくて、食べやすいんだ。丸ごと煮ると、トロトロになって旨い。」
「さすがは、バザンだ。」
 バザンは従者達の中でも、一番料理が上手い。そこで、ムスクトンが提案した。
「なぁ、バザン。これからグリモーの所に行って分けてやるんだろう?あっちで一つ、タマネギの調理の仕方を教えてくれないか?せっかく沢山あるのだから、美味しく食いたいじゃないか。ついでに俺らも少し食っても、大丈夫な量だろうよ。」
 そこで、タマネギの三分の一をポルトスの下宿に置き、バザンとムスクトンはまた袋を持ってテクテクとアトスの下宿に向かった。

 アトスの下宿に到着してみると、従者のグリモーが部屋の隅々まで綺麗に掃除し終わったところだった。しかも彼の場合、アトスの部屋のみならず、下宿の共同となっている台所もピカピカに仕上げる。アトスは家賃を滞納するわ、大酒を飲むわで大家の受けがあまり良くないが、グリモーは非常に気に入られており、アトスが追い出されないのは一重にこの従者のお陰だった。
 バザンが拾ったタマネギを山分けする話をすると、無口なグリモーは少し笑って頷いた。更にムスクトンがこの場でさっそくバザンから美味しいタマネギの食べ方を習おうと言うと、グリモーは更に嬉しそうな顔をした。大家に気に入られているから、台所を使うのもまったく問題が無い。
「まず、タマネギの炒め物から。これがシンプルで一番旨く、酒にも合う。」
そう言って、バザンはタマネギを一つ手に取ると、皮をむき、四等分に切り分けた。
「バザン、涙出ないのか?」
ムスクトンが不思議そうに尋ねた。バザンもふと、手を止めた。
「そういえば出ないな。まぁ、収穫したて物とか、若い物、品種によっては出ないタマネギもあるよ。ほら、一片の厚さも普通のタマネギより随分厚いし。新種だな。とにかく調理する側にとっちゃ、好都合だ。さて、グリモー、鍋は熱くなったかい?」
 グリモーはかまどの脇から、頷いて見せた。そこでバザンは鍋に油を入れ、改めて熱すると一気にタマネギを放り込み、上手に炒めていく。
「この料理で重要なのは、いためすぎない事。歯ごたえが肝心。よし、塩。胡椒ある?ある?本当に?良い台所だな。少しだけもらおう。よしよし、最後にもう一度塩を足して ― 出来上がり!これなら簡単だろう?」
 あっという間にバザンは一品作り上げて、素早く皿に移した。
「さぁ、熱い内に一口どうぞ。」
そこで、まずグリモーが炒めタマネギを一つ摘み上げ、口に入れた。しかし、グリモーは中々感想を言わない。しかも、なぜか段々と表情が悲しげになっていく。
「どう?」
 バザンが尋ねても、グリモーはますます悲しそうな顔になっただけで、口の中のものを不承不承飲み込んだ。
「おい、グリモー。何だよ。そんな、主人に捨てられたみたいな顔するなよ。よし、俺も一口食ってみよう。」
そう言ってムスクトンも皿からタマネギを一切れ取って、口に放り込んだ。
「うん、歯ごたえが面白・・・うへぇ・・・!何だこれ、苦いぞ!」
「苦い?本当に?」
バザンは驚いて、一口食べてみたが、確かにひどく苦い。
「変なタマネギだな。でも、大丈夫。苦味が強い時は…」
バザンはタマネギをまた鍋に戻した。
「こういう時は、酢を利かせるんだ。タマネギもパリパリになるように、油を増やして…よし、いいぞ。これでどうだい?うん、旨くなった。」
 バザンはまず自分で手を加えたタマネギを口に入れ、頷いて見せたので、ムスクトンとグリモーもそれに倣った。しかし、グリモーは相変わらず悲しそうな顔をしているし、ムスクトンにもいまいち不評だ。
「バザン、そりゃ他に食うものが無いときはこれでも良いけどさ、せっかくこんなにあるんだから、もう少し良い食い方がないかな。」
 するとバザンも本心では同感だったらしい。炒め物は諦めて、今度はスープを作ってみた。しかし、どうも思うようなタマネギスープにはならないし、やはり不味い。当然、味見をしたグリモーの顔がどんどん悲しくなっていく。しまいにはムスクトンも呆れてしまった。
「おい、バザン。これじゃ食えないよ。せっかく沢山あるんだから、どうにかしなきゃ。」
「これ、本当にタマネギなのかな?」
料理には自信があったはずのバザンも困ってしまい、基本的な疑問をムスクトンにぶつけた。
「何だよ、バザンが拾ってきたのだし、タマネギの何か新しい品種だって言ったのもお前じゃないか。」
「それはそうだけど…。」
 バザンが首をかしげると、ムスクトンは屈託の無い笑顔で、朗らかに言った。
「犬に食わせれば分かるぞ。」
バザンは驚いて手を振った。
「よせ、ムスクトン!タマネギだったら、死んじまうじゃないか。おい、グリモー!やめろ、犬を捕まえるな!そいつは大家さんの犬だろう?!」
 大家の飼い犬が生命の危険を脱した後、三人の従者達が得た答えは、
「このタマネギは『まだ』食用ではない」
という事だった。
 つまり、このタマネギは栽培用の『種』であって、これを植えて増やせば、そのうち食べられるタマネギが収穫できるに違いない。そこで従者達は、自分達で栽培しようという相談になった。幸い、アトスの下宿には小さな中庭があり、グリモーが細々と野菜を育てていた。グリモーが大家に頼んでみると、さらに畑を広げても良いと言う。
 そこで従者達は急遽農夫になった。タマネギを即席で耕した土に埋め、水をかけたのである。
 ムスクトンは手についた土を洗いながら、とりあえず作業の終わった小さな畑を見ながら言った。
「どうかな、うまく育つかな?」
するとバザンが請合った。
「大丈夫だよ、タマネギを育てている知人が居るが、そいつに教えてもらった事がある。なぁに、大して手間はかからないさ。グリモー、水遣りと草取りは暇があったら手伝ってやるから。」
 そう言われて、グリモーは黙って頷いた。アトスは美食家ではあるが、かといって食べるものが無ければ無いで、ワインさえあれば満足だった。だからこのタマネギ栽培は、主人には何とも思われないだろう。ただ、うまくタマネギが育って売れるほどになれば良いかも知れないと、グリモーは思った。



 
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