アトスは、新入りの銃士隊員二人を促して、食堂に入った。アラミスは夕べから何も食べてないと言って、次から次へと注文して行く。
「パリに来て、いきなり事件に出くわしたというのに、落ち着いているな。」
アトスは半ば感心しながら言った。
「そうかな?ただ腹が減っているだけだ。おい、ぶどう酒は上等なのをもってこいよ。」
 アラミスは、21歳になったと言う。確かに顔は童顔だし、綺麗な青い目は子供のようにあどけなかった。見事な金髪は伸ばしはじめとかで、肩にもついていない。髭の剃り方が下手らしく、顎に小さな切り傷と、わずかな剃り残しがあり、それがひどく可愛らしく見えた。服装は至って地味だが、口の利き方はやや尊大で、しぐさは高貴な聖職者のように優雅だった。
 「さて、アトス。説明しろよ。」
ポルトスは破れた絹の手袋をもてあそびながら、アトスを促した。
「あの賭けは一体なんだ?俺の馬は取り戻せるんだろうな。」
「良かろう。その前に乾杯だ。」
アトスは運ばれてきたワインをコップに注ぎ、高くさし上げた。
「新しい銃士隊員を歓迎して。それから…新しい友人に。」
三人は勢い良くワインを飲み干した。
「…さて。まずはアラミス。夕べ君の身に起こったを事説明してもらおう。」
「夕べか。」
 アラミスは運ばれてくる食事を器用に口に運びながら、しゃべり始めた。
 「夕べは、お祈りをして、食事を取った後、しばらく聖アウグスティヌスの本を読んでいた。それからベッドに入ったのだが…夜半ごろだったか、表で物音がしたんだ。何事かと思って窓から外を窺うと、なにやら大勢の男が集まって相談をしている。私はいやな予感がしてね。…これは実際の話だが、私の勘は大体当たる。それで、大急ぎで服を着て、様子を見ていた。すると案の定、やつらか宿屋の扉をこじ開けて階段を上がってくる。これはいよいよだなと思って剣を抜いたのと、奴らが私の部屋に飛び込むのは同時だった。」
「斬りあいになったか。」
「多少は。だが長くは続かなかったな。相手が多すぎる。一人ではどうにもならないと思ったので、連中にとりあえず用件を聞いたんだ。すると、『ある事件の容疑者につき、連行する』と来たもんだ。」
「それで、抵抗したか?」
「いいや。」
アラミスはケロリとした顔で言った。
「あの大人数を相手にするほど私は馬鹿じゃない。奴らのリーダーに会わせる事を条件に、一緒に行ってやった。」
「それで、枢機卿の屋敷まで行ったのか。」
「すると、さっきの黒い服の男が出てきて…ロシュフォールとか言ったか?私を一目見るなり、『人違いだ』と言うじゃないか。私はパリに出てきたばかりで、いきなりこんな目に遭わされるとは迷惑この上ないと抗議してやった。」
「…ロシュフォール相手にいい度胸だな。」
「相手なんて関係ないさ。そうしたら、あの男苦々しく部下に指示をした。それから、私は上等な部屋とベッドを与えられ、朝までぐっすりと寝たという訳だ。そうしたら、階下でドタドタ大騒ぎが起きて…」
「俺達が来たか…」
ポルトスは緑色の瞳をアトスに向けた。
「それで?アトス。話はどうつながるんだ?…おい、アラミス。全部食うな。」
「アラミス、一つ話し損ねた事があるな。」
アトスは食事には一向に手をつけず、ひたすらワインを飲みながらゆっくり言った。
「話し損ねた事?なんだ?」
「夕べ、寝る前に隣の宿泊客に、寝室を交換してくれと頼まれただろう。」
 アラミスは、手を止めた。そして、大きな青い瞳に驚きの色を浮かべた。
「…どうしてそれを?ああ、確かに隣の部屋の客が寝る前に訪ねてきて、部屋を交換しないかと言ったよ。なんでも、その人の家の言い伝えでは、旅先で東側の部屋では寝てはいけないと言われているとかで…もちろん、私にはどうでも良い事だから、交換してやったよ。」
「ああ、なるほど!」
ポルトスがパチンと指をならした。
「人違い!そういう事か!」
「そうだ。」
アトスは黒い瞳の底に、ほのかな炎を宿したような表情で説明し始めた。
 「ロシュフォールと親衛隊が逮捕しようとした、ある事件の容疑者というのは、アラミスの隣の部屋に泊まった男だったのさ。男は宿帳に記名したが、どうせ偽名だろう。しかしロシュフォールだけは、男の顔を知っていた。つまり、偽名もばれている可能性があるから、用心のためにアラミスの部屋に移動したんだ。親衛隊はそれを知らないから、宿帳にあった男の部屋に直行し、そこに居たアラミスをそいつと思い込んで連行したんだ。」
「でも、アトス。隣の宿泊客がそいつだって、どうして分かったんだ?」
アラミスは手を止めたまま尋ねた。
「宿屋の女将が言っていたのさ。今朝、宿を出発した紳士は、出発間際に落馬したと。その馬はアラミスの馬だったんだよ。馬は敏感だ。今までの乗り主とは、明らかに違う男が乗ったので、暴れたんだ。」
「えっ、では、私の馬は…」
ポルトスがげらげら笑い出した。アトスは悲しげに微笑みながら、アラミスに新しくワインを注いだ。
「残念ながら、その男に盗まれたというわけだ。」
「じゃあ私の荷物も…?」
「女将は、部屋はもぬけの殻だと言ってたからな。荷物も持っていかれただろう。」
「何てことだ。私はパリに出てくるなり、文無しになってしまったじゃないか。」
今度は、ポルトスとアトスが動きを止める番だった。ポルトスが緑色に輝く瞳を一杯に見開いて、アラミスに詰め寄った。
「まさか、連行されるときに、財布を持たなかったのか?」
「…聖書と剣なら持ったが。」
ポルトスとアトスは黙り込むと、残りの料理とワインを矢継ぎ早に口へ運び始めた。それを見たアラミスも状況を把握し、急いで手を動かし始めた。

 とりあえず食い逃げに成功した三人は、息を切らして店の親父が追ってこないのを確認し、聖セバスティアヌス修道院の中庭に逃げ込んだ。
「それで、これからどうするんだ?アトス。その男をロシュフォール達より先に捕まえないと、馬3頭だぜ。俺達、素寒貧なのに。」
ポルトスが帽子を直しながら言うと、アラミスも同調した。
「そうさ、私達は奴の情報は全く持っていないのに、どうやって探す?」
「なに、全くなくもない。アラミス、ゆうべ話したその男、頭の禿げ上がった中年の男じゃなかったか?」
アラミスは、また呆気に取られた。
「ああ、でも、どうしてそれを…」
「そして、名前はジョルジュ・ブーク。どうせ偽名だがな。」
「ジョルジュ・ブーク?!」
ポルトスが叫んだ。
「さっき、俺が決闘した相手だ!」
「そうだ。俺とポルトスが宿屋を訪ねたとき、お前の脚があたって宿帳が落ちただろう?その時、見えたんだ。夕べの宿泊客の名がな。一人はもちろんアラミス。そしてもう一人が、ジョルジュ・ブークと言う訳だ。」
「じゃあ、そのジョルジュ・ブークっていうのは、何者だ?」
アラミスが尋ねると、アトスは断言した。
「ロシュフォールがわざわざ出てきて調べる位だから、かなりの重要人物だろう。…おそらく、イギリス人だ。」
「イギリス人?」
「ポルトス、さっきのコインを出せ。」
ポルトスには、もう分かっていた。袖口の折り返しから、さっきせしめたコインを取り出すと、アラミスに渡した。
「あっち風に言うとジェイムズか?イギリス国王だ。」(注)

「ポルトス、決闘のきっかけは何だ?」
アトスは、回廊の柱に体をもたせかけ、帽子をばたつかせながら尋ねた。しこたま飲んだ後に全速力で走ったので、さすがに酔いが回ってきている。
「俺が食堂で朝飯を食っていると、あいつが周りに居た連中と話しているのが聞こえたのさ。」
ポルトスは粋に腕を組み、緑色の瞳を宝石のように輝かせながら言った。
「最初は差し障りのない話をしていたんだが、そのうちあいつは、アンリエッタ・マリアの噂を聞き出し始めたんだ。」
「アンリエッタ・マリア!」
アラミスが綺麗な頬を赤くして叫んだ。
「ルイ13世国王陛下の妹君だ。イギリスの皇太子チャールズのお妃最有力候補じゃないか!」
「ああ。それで、ヤツはどうも、アリエッタ・マリアの悪い噂を引き出そうとしているんだ。浪費癖がどうだとか、つまらない男と噂がこうとか…あまりにも失礼だから、決闘を申し込んでやったと言う訳だ。」
「当然だな。」
アラミスは満足そうに微笑んでポルトスの肩をたたいた。
「なるほど。」
アトスが大きくため息をつきながら帽子を被りなおした。
「つまり、ヤツはイギリス人で、ピューリタンだな。新教徒のイギリス王室に、カソリックの王妃がフランスから嫁いで来ようとしているんだ。偏狭なピューリタンどもには我慢ならないんだろう。しかしこの縁組に関しては、既に公式発表間近らしいからな。ピューリタンのやつら、フランスで彼女の弱みを握って、どうにか阻止するつもりだろう。」
「枢機卿の親衛隊や、ロシュフォールの狙いは何だ?連中、生け捕りにこだわっていたじゃないか。ゆうべも、私を殺そうという勢いはなかったぞ。」
アラミスは、指で耳の辺りの金髪をもてあそびながらアトスを見た。
「あいつらは、その男を拷問してより多くの情報を得たいんだろう。野蛮な連中さ。枢機卿にとって、アンリエッタ・マリアが嫁げばイギリスに取られた人質同然だが、逆にチャールズをフランスへ有利に操るのに格好な持ち駒にも成りえる。。その彼女を、みすみす破滅させられてたまるか。何にせよ、連中にとっては政治が大事なのさ。しかし我々は…」
アトスは柱から離れ、若い二人の新入銃士を見た。ポルトスが、すかさず言い放った。
「我々は、フランスの婦人の名誉が大事だ。」
アラミスも、青い瞳を輝かせた。
「それを守るために身をささげるのも、銃士の務めだろう?」
「よし…」
アトスは、二人の若者を眩しそうに見ながら、つぶやいた。
「俺達は、なかなか気が合いそうだな。」

 グリモーは、カレーへ向かう荷馬車に便乗させてもらえないかと、色々訪ねて回ったが、良い返事がもらえず、クタクタになりはじめていた。そろそろ昼も過ぎて、荷馬車がみんなパリを出払ってしまう。グリモーは自分を励まして。次の荷馬車に挑戦した。
「あのう、これからどちらへ向かうんで?」
グリモーに声を掛けられた荷馬車の親父は、愛想なく振り向いた。
「どこへって?…トゥルスだが。」
「トゥルス…」
グリモーは、ぼんやりと考えた。カレーへの街道沿いの宿場町だ。
(途中でも、運が良ければ追いつけるかもしれない)
そう考えたグリモーは、荷馬車の親父にトゥルスまで一緒に乗せてくれないかと頼んだ。すると、無愛想な親父は、グリモーの顔をしげしげと眺めて言った。
「あんた、腕力はあるかい?」
「はあ。人並みには。」
「よし、乗りな。ただし、条件がある。向うに着いたら、荷降しを手伝ってくれ。」
グリモーが荷馬車を見ると、そこにはぶどう酒の樽と小麦粉の袋が満載されている。親父は用心深く踏み台に足を掛けると、御者台に登った。
「実は、今朝ぎっくり腰になっちまってね。とりあえず載せるのは問屋の若い衆に頼んだのだが、降しは自分でやらにゃならん。どうしたものかと思案していたんだ。あんたがトゥルスに着いて、荷降しをしてくれると助かるよ。」
グリモーは、してやったりと心中で手を打ち、そそくさと荷馬車に乗り込んだ。

4. アトスの見解

(注)イングランド国王ジェイムズ一世,同時にスコットランド国王ジェイムズ五世。ここでは便宜的に「イギリス国王」とする

5.ドーブルーユ侯爵夫人、ときめく
挿絵イラストを頂いています。
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