目眩を抑え、二人はとにかく手綱を引き絞ると、ハルが怪我をした男に勢い良く尋ねた。
「盗賊の人数は?」
「ええ、5人,6人…10人くらい…」
「お前の連れは?」
「お姫様たち二人と、ご主人様、従者が三人です…!」
 男が言い終わらない内に、ハルとデイヴィッドは同時に馬を林の中に踊り込ませた。林の奥で人影が動いているのが見える。同時に、武器のぶつかる音、男達の争う声がこだました。
 二人は素早く駒を回し、二手に分かれた。
 デイヴィッドは林の中を巧みに馬ですりぬけ、右手に回ると、箙から矢を抜き取り、手綱を放して弓を構える。潅木の間から、貴族らしき男が、剣を相手に叩き落とされるのが見えた。
 デイヴィッドは馬の腹に拍車を当て続けて方向を定めつつ、速度は緩めない。素早く弓を引き絞って狙いをつけると、間髪入れずに矢を放った。
 鋭い叫び声が上がり、貴族に襲い掛かろうとしていた男 ― 恐らく盗賊が地面に倒れた。武器を拾い上げようとした貴族の背後から、また別の男が襲いかかろうとしたが、左側から回り込んだハルが剣を抜きざまにこれを倒した。ハルは馬から飛び降りると、馬に乗って逃げようとする盗賊を一人、殴り飛ばす。
 デイヴィッドが馬で踊り込むと、飛び降りながらもう一人を蹴り倒した。残っていた盗賊が従者の一人と取っ組み合っていたが、ハルの加勢で勝負がついた。
 地面に手をついて喘いでいた貴族をハルが助け起こすと、貴族はハルの腕にすがるようにしながら訴えた。
「まだ二人、娘達が…賊に追われて…!」
と、貴族は林の奥を指さす。ハルが合図するまでもなく、デイヴィッドは馬に飛び乗ると、示された方向に全速力で走り始めた。

 デイヴィッドの前方に、馬で疾走する男の姿が捉えられた。鞍に大きな袋がくくりつけられている。強奪した品物なのだろう。後方が重い上に、木の生い茂る林の中だ。馬がバランスを崩しそうになり、男は必死に手綱で立て直そうとした。
 背後から猛スピードで近付いてくるデイヴィッドは、手綱を放すと弓を構え、素早く矢を放った。狙った通り、前方のぐらつく馬の、左側の手綱を射切り、馬は驚いて棒立ちになった。同時に馬上の男が振り落とされ、潅木の間に投げ出された。
「もう少しだ、追い抜け!」
 デイヴィッドは手綱を引き直すと、馬の耳元で叱咤して拍車をかけた。前方に、白っぽい人影が動いている。逃げようとしている二人の女性だ。
 デイヴィッドは、弓矢を背中に納めながら駒を少し回して、彼女達の前方に出るや、素早く馬から下りた。
 灰色の服を着た茶色い髪の女性が、白い服に金髪の女性の手を引いて走り込んでき来て、デイヴィッドと鉢合わせする形になった。しかし、金髪の女性が木に足を取られて倒れ、小さく叫び声を上げた。
「ジェーン!」
 呼ばれた方は咄嗟に立ち止まり振り返ったが、金髪の女性はすぐには立ち上がれない。
デイヴィッドは彼女たちに一歩近付きながら姿勢を低くし、丁重に言った。
「どうぞ、ご安心を。賊はもう追ってきません。私は…」
 しかしデイヴィッドが名乗る前に、茶色い髪の女性はつないでいた手を振りほどき、やおら短剣を抜き放って、デイヴィッドの方に突進してきたのだ。
 デイヴィッドは虚を衝かれた。後ろに引こうとしたが、元々おじぎをしようとしていたので一瞬遅れた。咄嗟に身を低くしようともしたが、足元が悪かった ― そして相手の動きは余りにも俊敏だった。
 デイヴィッドの視界の端で、短剣の刃が光った。直後、彼の右肩に激痛が走った。

 盗賊たちに襲われた貴族をハルが助け起こしてみると、中々立派な身なりをした中年の貴族だった。大きな柔和な目をしており、イングランド人っぽい喋り方をした。
 ハルは、さっき道に走り出てきた従者の足の応急処置が終わると、なんとか無事だった三人の従者に、まだ動けそうな盗賊達を木に固定するよう、命じた。
 そして、改めて中年の貴族に挨拶した。
「災難でしたね。私はサー・ヘンリー・プラン…ト。友人はサー・デイヴィッド・ギブスン。すぐにレディ達を連れ戻してくるでしょう。大丈夫ですか?」
すると、貴族はハルの手を取って礼を返した。
「ありがとうございます。ご立派な騎士殿とお見受けします。旅の方ですか?」
「ええ。モンマスへ。」
「おお、モンマスへ!申し遅れました。私はウィルフレッド・メイブリー。ヨークのサー・ウィルフレッド・メイブリーと申します。」
「メイブリー殿!ああ、では…」
ハルは改めて貴族の顔を見直して、確かめるように尋ねた。
「では、アーサー・モンタキュートの花嫁、レディ・マチルダ・メイブリーの父上ですね?と、言う事はつまり、逃げていった女性達は…」
 メイブリーは女性達が走り去り、盗賊とデイヴィッドが追っていった方向を見やって、心配そうに言った。
「ええ、そうです。一方は娘のマチルダ。もう一人は、姪のジェーン・フェンダーです。婚礼を間近に控えて、こんな事になるだなんて…」
 メイブリーは苦しげに言った。彼は盗賊との乱闘で幾らか打ち身があるものの、流血はしていない。
 その時、草木を掻き分ける音がして、ハルとメイブリーの方に近付いてきた。一瞬、ハルは剣の柄に手を掛けようとしたが、すぐに止めた。足音で女性と分かったからである。
 案の定、茶色い髪の女性が、金髪の女性の手を引き、息を切らせながらこちらに向かって走ってくるのが、すぐに見えた。
「マチルダ!ジェーン!」
 メイブリーが呼びかけると彼女たちも気付いた。メイブリーが女性達に駆け寄ると、金髪の女性が父親の胸に倒れ込んできた。
「父上…!」
「マチルダ、無事か?怪我はないか?」
 メイブリーが取り乱した声で娘を気遣うと、金髪の娘 ― マチルダ・メイブリーは小鳥のように震えつつも、父親の手を握り、小さく美しい声で言った。
「大丈夫よ、父上。私は大丈夫。ジェーンが守ってくれたわ。」
 ジェーンと呼ばれた方は、片手を側の木に突いて、ぜぇぜぇと息を切らしている。
「ああ、ジェーン。大丈夫か…?」
 メイブリーが娘を抱き寄せたまま姪に尋ねると、彼女は大きく息をついて顔を上げ、何かを言おうとした。が、その前にマチルダが叫び声を上げた。
「ジェーン!血が、血が…!」
 マチルダが真っ青になり、いまにも卒倒しそうだ。実際、ジェーン・フェンダーの右の頬、首、そして右手に、真っ赤なしぶきが飛び散っていた。思わず、ハルもギョッとした。戦場を駆け巡る事に慣れているハルも、血みどろの女性というのは見た事がない。
 しかし、当のジェーンは落ち着いた声で答えた。
「大丈夫。私の血じゃないわ。返り血よ。マチルダ、落ち着いて。ジャック!何か拭くものある?」
 彼女は大きな声で従者に呼びかけた。そして、突っ立っているハルに気付いた。すぐに彼 女は腰を落とし、挨拶をする。ハルも右足を引いて二人の女性に、おじぎをした。
 マチルダは、まだ父親の腕の中で震えており、落ち着かない様子で言い続けた。
「そうなの、ジェーンが助けてくれたのよ。あの恐ろしい人を、やっつけて…」
「もう大丈夫だ、マチルダ。このお方が助けて下さったのだよ。サー・ヘンリーだ。それから、お友達のサー・デイヴィッド…今、賊を追っておられる。ジェーン、お前もよくやってくれた。」
 メイブリーが言うと、従者から渡された布で顔を拭いながらジェーンは頷いた。
「さあ、この恐ろしい所から出発しましょう。モンマスはもうすぐです。サー・ヘンリー、どうか御いっしょにモンマス城へいらして下さい。モンタキュート殿も、娘達を救ってくれた方を歓迎なさるでしょう。」
 メイブリーはそう言って促したが、ハルはちょっと考えた。
「ええ…分かりました。しかし、どうぞお先にいらして下さい。どうやらデイヴィッドとは、はぐれたようだ。彼と落ち合って、必ずモンマス城へ、メイブリー殿をお訪ねしますから。」
「私どもも、ここで待ちましょうか?」
「いや、お嬢さんたちを、こんな盗賊達がごろごろしている所に、長居させる訳にはいきません。どうぞお先に行って下さい。私達もすぐにモンマス城へ入りますから。」
 ハルが落ち着いた調子で言うし、やはり娘のマチルダが今にも失神しかねないので、メイブリーは先を急ぐ事にした。
「では、ひとまず先に参りましょう。お二人とも、かならずモンマス城へいらして下さい。皇太子殿下にも、ご紹介できると思いますので。」
「ええ…恐れ入ります。では、モンマスで。」
 ハルがひとまず別れの挨拶をすると、メイブリーは娘達と従者を促して、林から道の方へ進み始めた。
 太陽を隠していた雲が晴れてきた。去り際、ジェーン・フェンダーが一瞬振り返り、ハルを見やりながら少し怪訝な表情をした。

 メイブリー一行が見えなくなると、ハルは馬に乗って、林の奥へ ― さっき女性二人が走ってきた方を逆に進み始めた。いくらか進んだ所で、血の臭いがして来た。そう言えば、自分は夕べの利き酒でも優勝できるくらい、この辺りの感覚が鋭いらしいなどとハルが考えていると、目指すものがみつかった。
 即ち、今やっと左手で右肩に食い込んだ短剣を抜き取り、思わぬ出血と痛みに無言で堪えようと、木の根本に座り込んだデイヴィッドだった。
「うわぁ、派手にやられたなぁ…」
 ハルは馬から降りながら、呆れた声で言った。
「それが怪我人に最初に掛ける言葉か?」
デイヴィッドは肩を押さえながら、いまいましそうにハルを睨んだ。
「ええっと、そうだな。こういう時は…デイヴィッド!お願いだから、俺を残して死なないでくれ!」
「お前が死ね!!」
「興奮するなよ。止まる血も止まらんぞ。」
 ハルはデイヴィッドの前にしゃがみこむと、右肩を押さえている友人の血まみれの左手をそっと持ち上げ、傷口を覗き込んだ。デイヴィッドは息を詰めた。
「デイヴィッド、痛むだろうけど少し肩を動かせるか?」
「動く。けど、動かしたくない。」
「多分、筋は傷ついていないだろう。血もすぐに止まるよ。とりあえず、簡単に止血して…」
 と、ハルは馬にくくりつけた小さな荷物の中から着替えのシャツを取り出し、ビリビリと裂き始めた。そしてデイヴィッドの傷口を押さえ、腕を固定させた。
「よし、モンマスに着いたらすぐに医者に見せよう。マリーが心配するだろうな。…おいデイヴィッド、顔を見せろ…ぶっ倒れそうな顔色じゃないな。馬には乗れるか?それとも相乗りして行くか?」
「ばか言え。お前と相乗りなんて、真っ平御免だ。」
 確かに、― 先ほどの追跡劇でも明確なように ― デイヴィッドの乗馬の腕は並ぶ者がなかった。左手だけでも手綱さばきは十分なのだが、しかし利き腕の右手が上がらないのでは、まず鞍にまたがるのに一苦労である。ハルがさっさと手を貸して鞍に引き上げたので、デイヴィッドはすっかり落ち込んでしまった。
 戦場だろうが、鍛練だろうが、試合だろうが、喧嘩だろうが、いずれも個人戦に負けた事のないデイヴィッドにとって、この状況はとても屈辱的だった。

 二人は馬に揺られて、再び道をモンマスへ向かい始める。
 デイヴィッドは、酷く惨めな気持ちだった。

  → 4.モンマスへの到着と、口が減らない医者の登場

** 素的なイラストを頂いております!ぜひともご覧下さい!

3.デイヴィッド・ギブスンが、心身ともに深く傷つく事
Original Novel   Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


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