大坪一子建築設計研究所
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高齢化社会(定年退職後や子育て終了後の長い人生)を健康で明るく楽しく生きるための工夫が必要です。老後の不安解消は社会とネットワークを意識した住まいが必要です。



「長生きする住まいづくり」の提案
大坪一子(社)愛知建築士会・広報委員

はじめに
朝日新聞(2003年5月8日付)の日本危機診断で、コラムニスト舟橋洋一氏は、日本の深刻な問題は「いま」より「これから」にあるといっています。問題を先送りにすることにあり、そして多くの経営者が「日本は分相応に生きるべきではないか。日本人のほとんどが現状に満足している。人々はそんなに無理してどうする、アメリカや中国と張り合ってどうする。むしろほっておいてもらってありがたい。」という気持ちだろうと。そこには孤立主義的気分が漂っており「引退国家」を願っているのかと、厳しい指摘がありました。一方、今SARS(重症急性呼吸器症候群)に苦しんでいる中国は、 経済・建築・通信では、富か貧かで中間層がないとてもミラクルな国です。挑戦し、危険を犯し、失敗を認め、発展している状況です。 

さて 今私たちは何をしなければいけないのでしょうか。まず個人の状況をきちんと把握して、変えるべきものは変え、一歩足を前に踏み出さなければなりません。そこで私は個人の住処である家について考えてみたいと思います。 


住まい手による住居の変化
「家」は、家族の器、入れ物であり、住み手によっていかようにも変わるし、また「家」そのものが家族や住まい手を変えていきます。家族の単位を世界的にみてみます。@イギリス・アメリカ・北欧→夫婦を中心とした夫婦家族制度であり、成人した子供と同居しない。A日本・フランス・ドイツ→親は子供の一人と同居し、何世代も継続していく直系家族制度。Bインド・中国→二人以上の子供と同居し、大家族を構成する複合家族制度。

現在の日本はというと、「家族」の内容が多様化しており、さまざまな「家族」が存在しています。必ずしも婚姻・血縁にこだわらず、生活共同体をつくっている人々が、住まい手と考えられるようになってきています。

住まい手による住居の変化をみると、二つのパターンに分かれます。パターンTは、家族の構成人数が減るタイプ。家内工業の労働力確保の為の大家族の人数が減少し、夫婦+子供の核家族から子供が独立します。なかでも30代、40代の独身男女が増えています。また、つれあいが死去したあとの高齢単身居住者です。両者には「家族」に変わる新しいネットワークが必要です。パターンUは、構成人数が増えるタイプ。既成にとらわれず個人が集まって暮らすかたちです。以下に例を挙げます。

@血縁を基にしながらも「家」に縛られない自由な家族や子供でのつながりの家族。両親世帯+子供世帯+その子の世帯(3世代家族)や、親世帯+2人以上の子供世帯。

例としては1988年山本理顕設計の<HAMLET>。両親+長女+長男+次男の世帯で、1階に両親の世帯と次男の世帯、2階に長女世帯、3〜4階に長男世帯(山本氏の住居)。特徴は、長女世帯と長男世帯の子供部屋が親の部屋とは切り離され、2、3階の子供室が「子供部屋塔」として外部廊下で出入りでき、同じフロアの親や上下の子供同士のコミュニケーションが可能であることです。

A経済的理由から生活基盤を共にする家族。

例としては、東京都内の「沈没ハウス」。都心の4階建てのビルにシングルマザー+その子供+単身者が暮らしています。現在は3組の母子+男性2人。1階はガレージ、2階は居間兼台所14帖と風呂、トイレで3、4階は居室。食事は2階の共有スペースで。家賃はビル全体で20万円。共同保育であり、面積の割りに家賃が安い。住居形態の理由に、一般住宅をシングルマザーでは借りにくいということがあります。

Bコレクティブハウジング、コーポラティブハウジング、

コレクティブハウジングは、サービス(食事・介護・保育)を必要とする人がサービス付き住宅や地域サービスを受ける目的の住まいです。日常生活の一部や生活空間の一部、例えば台所・食堂・集会室・趣味室・保育室を共同、共有化します。

コーポラティブハウジングは、家を建てたい人々が共同で建てる集合住宅。建物・間取り・環境に参加者の希望が生かせ、入居前から親しい近隣関係ができ、個人ではできない施設(集会室・庭)や活動が持てる利点があります。


個の確保と社会とのつながり
これからの住まいづくりはどんなことに目を向ければいいでしょうか。家族の変化に対応した住まいの設計を考えることでしょう。現状として、家族の変化に適応しているとは言い難いですが、一部には努力もみられます。

例えばパターンTの単身者(一人家族)を選択する人が増えてきていますが、最近のデザイナーズマンションに代表されるように、デザイン、設備、面積の拡大充実もみられます。以前のワンルームマンションと違い、共有空間にも関心を持ち、周囲への配慮が感じられます。

また高齢単身居住者は、子どもの独立、配偶者の死別により単身居住をせざるをえない大勢の単身者です。親子間でもある程度の距離を取りたい関係であり、社会とのネットワークを意識した住まいが必要です。自分の殻に閉じこもることなく、他の人や外部に開く気持ちを持つべきでしょう。昔からある玄関先や縁側のような共通空間を充実させること。例えばベンチや土間空間など近所の人が気軽に立ち寄れる仕掛けを創ることです。また介護を必要とする場合(経済的・距離的・精神的)に社会サービスを受ける融通性が求められます。

まず「個」を確保する生活のプライバシー空間があり、次にどこで社会とつながるか。個人の財産や思想などをきちんと確保し、他人にはここまでというラインを引いて交流する。その思いを建物に反映すべきでしょう。今、計画中の若い世代の家づくりにこそ盛り込んでほしいと思います。


高齢化社会に応える住まいづくり
実際に私が計画中の事例をもとに、住まいづくりにアプローチしてみたいと思います。(図面参照)


【テーマ 終の住みか
T適度な広さ・・・床面積を切り詰めて必要以上の大きさにしない。約80u
(24坪)。家中に手が届く広さ、動き廻ったり掃除が楽。

U回遊性のある動線計画・・・
ぐるっと廻れる様なワンルーム形式。
食べて(台所)、寝て(寝室)、排出(浴室・便所)を近くに。

V気配が感じられる家・・・
地域に開放した間取りで、お茶飲み友達が
訪れる。外の気配がわかる。

W元気の出るしかけ・・・炭を床下に埋める、塗る、置くなど。
炭素埋設の8つのメリットとして、@体がつかれない。 A悪臭・湿気の減少 B燃料の節減C夏涼しく、冬暖かいDゴキブリ、白アリ発生防止E家屋の耐用年数向上 F騒音・振動の減少 G植物イキイキ。

X自分でしたい事ができる自由さ・・・
将来的に車椅子や介護が必要になっても自分の思いどおりに動けるように、今ある機能を最大限に活動できる創り。体の機能であれば手や足を使い自立をめざす。
長生きする住まいとは「住み手」の移り変わりに対応して、配慮することだと思います。具体的に注意点を説明します。

<平面計画>
生活をできる限り同一階で完結できる間取り。部屋の配置を機能的に動線を短く、廊下巾は有効800mmを確保する。寝室・浴室・トイレは少し広めにすることで将来の介助が楽になる。水廻りは1ヶ所にまとめる。今できなくても将来移動可能な平面計画をする。団欒スペースを確保し、家族のコミュニケーションを円滑にすることが重要。

<断面計画>

地盤と1階床との高低差はスロープや蹴上げの小さい階段や手摺を付ける。同一階の段差処理や車椅子の高さに合わせた畳床設置、つまり段差を創るなら、そこに段があることを意識できるくらいの高さ、床から45cm位設ける。腰をかけたり、車椅子からも楽に移動できる。階段は滑りにくい材質にし、足元照明も配慮。

<構造計画・構法計画>

木造在来構法(いわゆる昔からの木造住宅)は、尺貫法909、910mmの長さを基準に建物を計画すると、廊下が770mmぐらいしかとれないので少なくても柱芯間1050mmにしたい。開き戸より引き戸がより良い。

<設備計画>

床暖房がよい。設備機器は、@作業性がよく片手で軽い力でできる。A安全性が高い。万一の誤作動にも安全。B維持・管理が容易、手入れが簡単でアフターサービスが迅速。C経済性、価格が安い、維持費が少ない。D照明・色彩計画は、開口部と反対側の室内奥の壁面を明るくし室内全体が同じ明るさとする。これは年齢を重ねるにしたがって、視力の低下や視野が狭まる傾向があるため明るくすることが大事。段差の多い場所(玄関・浴室・脱衣室・階段)は足元灯などつける。色彩は床・壁・天井のように3トーンに整理し安定感のあるものとする。

これからの住まいづくりは、高齢化社会(定年退職後や子育て終了後の長い人生)を健康で明るく、楽しく生きるための工夫が必要です。住宅に住み続ける環境にするためにも、人と人とのつながり、心のデザインが必要だと思われます。元気な高齢者が増える世の中に応える建築をめざしていきたいと思います。


<参考文献>
変わる家族と変わる住まい   篠原聡子、大橋寿美子、小泉雅生+ライフスタイル研究会編著彰国社刊
日経アーキテクチュア     (2003 5-12)
建築知識           (1991 4)


愛知の建築 2003年7月号
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