残雪の尾瀬・燧ヶ岳 (2/2)

5月4日 超快晴のち曇り

燧
快晴のもとの燧ヶ岳
5時半起床。信じられないほどの快晴に心が躍る。朝日のことをすっかり忘れていたが、これならきれいだったろうとちょっぴり後悔した。
部屋の気温は12℃で、ヒュッテの玄関にぶら下げてある温度計は4℃を示していた。
朝食は6時半からで、食後すぐに出発できるように身支度を調えてから食堂へ。

7:20 尾瀬沼ヒュッテ発(1655m, 14.4℃)

道
赤ペンキを目印に林間を行く
自分はアイゼン嫌い(というより苦手)ということもあり、とりあえずアイゼンなしで歩き始めることにした。いずれにしてもしばらくはなだらかな道なので必要はないだろう。思ったより寒さは感じなかったので、服装は上はTシャツ+ウールシャツ、下はスポーツタイツ+薄手の長ズボンだ。
3本カラマツの脇を通って、踏み跡のたっぷり付いた夏道どおりに進む。赤ペンキにしたがって行くが、1/25000図と違うような。1/25000図だと尾瀬ヶ原への道との分岐から尾根に登るようになっているが、赤印と踏み跡は緩い谷状の地形をつめていく格好だ。14年前の夏に下りで一度使ったことがある道だが、記憶は「森の中の緩やかな道」ということくらい。赤印と踏み跡に強い疑念を抱きながら歩く。歩いて暑くなってきたのでウールシャツを脱いだ。

尾根に出る

坂
現れた急坂
いずれにしてもひたすら登れば夏道に合流するのだが、いちおう1/25000図とにらめっこしながら進む。緩やかな谷を詰めていくと、なだらかな尾根の上に出た。まだ樹林の中だが、樹間から反対側の会津駒が見えた。もう夏道に合流したことは間違いない。
尾根に沿って少し行くと、それまでの緩やかな登りから一転して開けた急斜面が出現。みんな喘ぎながら登っていたが、どうもピッケルだと雪に潜ってしまうので辛いみたいだ。こういうときはスノーバスケットを付けたストックの方がラクだ。斜面の途中から振り返ると、凍りついた尾瀬沼と日光白根山が見えた。完璧な快晴だと思っていたが、日光白根山の方は雲が多かった。

9:27 ミノブチ岳直下(2125m, 15.3℃)

燧
燧の山頂が見えた
道
ミノブチ岳直下から山頂(右上)へ向かい斜上していく
急斜面を登りきってからしばらくしてようやく燧ヶ岳の山頂が見えてきた。空はやはり作り物のように青かった。左上を見上げると小ピークが見えたが、これがミノブチ岳だ。夏道はミノブチ岳を経由するが、先行者はみんな巻いて燧山頂を直接目指している。我々もそれに習う。雪は緩んでいてアイゼンの必要はなく、踏み跡を見てもアイゼンの人は少ないようだ。このあたりから風が出てきた。今まで樹林の中では暑く感じたが、こうなるとさすがに寒い。
ミノブチ岳と俎嵓との鞍部あたりに到達してからいよいよ燧の山頂に挑む。斜度は先ほどの急斜面ほどだが、右側が見下ろせるため高度感がある。ありがたいことに先行者のみなさんによってかなりきっちりステップが刻まれていてラクラクの登り。鞍部からピークへのおよそ半分ほどのところで、露出している岩がちな夏道に乗り上げた。

10:05 燧ヶ岳俎嵓登頂(2310m, 12.3℃)

沼
尾瀬沼と日光白根山
会津駒
会津駒の勇姿(左奥に飯豊が見える)
ずっと雪の上を歩いていて、急に道が岩に変わるとつまづきそうになる。足が沈むことに体が慣れたせいかもしれない。必要以上に慎重に歩いていたらすぐに後ろの人に追いつかれてしまった。
到着した俎嵓の山頂は多くの人で賑わっていた。さほど広くない。展望は360度ぐるりと見渡せたが、谷川と上州武尊には雲が付いていた。日光白根山は雲から出たり入ったり。至仏山はもちろんよく見えたが、その手前に広がる尾瀬ヶ原は、柴安嵓の腹に半分くらい隠れてしまっている。尾瀬沼は、融け始めている感じがよく出ていた。北の方は視界がよく、平ヶ岳や越後三山、会津駒などはとてもきれいに見えた。会津駒のはるか奥にきらきらと輝く白銀の長大な山脈はどうやら飯豊連峰らしい。そんな山々をまったりと眺めながら過ごした。

10:49 俎嵓発(2340m, 20.1℃)

登り
柴安嵓を目指して急斜面を登る
さて燧ヶ岳の山頂といえば、ここ俎嵓と柴安嵓が挙げられる。二つのピークは双耳峰を形成していて、俎嵓には三角点があり、柴安嵓は標高が一番高い。
山行前からできれば柴安嵓に登りたいと考えていたが、最大のネックは柴安嵓の急斜面であった。この時期は凍りついていることが多く、だとするとピッケル・アイゼンは必須だ。しかし今日は気温が高く、雪がだいぶ緩んでいてチャンスに思えた。柴安からこちらに向かう人の中には尻セードで楽しそうに下ってくる人もいる。とりあえず鞍部まで行って様子を見ることにした。
夏道の標識にしたがって鞍部へ下ったが、岩と雪がミックスしていて歩きにくく難渋した。鞍部に立って柴安嵓を見上げるとあまりの急斜面にめまいがしそうなくらいだ。下る人・登る人ともにアイゼンを着けている人が圧倒的に多い。さっき俎嵓から尻セード大会を見ていた感じでは、もし滑落しても鞍部のあたりで自然に止まるだろうと思われた。そこで、突入することに決めた。

11:12 柴安嵓着(2335m, 15.5℃)

至仏と原
柴安嵓から至仏山と尾瀬ヶ原をのぞむ
こういうシチュエーションでありがちな感想だが、案ずるより生むが易しで、登ってみると大したことはなかった。雪がほどよく緩んでいて滑落の恐怖はなかった。一番の急斜面でも、過去に登った大雪山ヒサゴ沼の雪渓と同じくらいだった。あの雪渓は氷化していて怖く、しかもツルっといったら沼にドボンだが、ここはそれがないだけマシだ。でも、ハイマツにグサっ、もちょっとヤだけど。
ほどなくして柴安嵓登頂。やはり原の眺めがすばらしかった(ぐるぐる写真)。燧自身の裾野の、すっかり葉を落とした広葉樹の森が美しい。山頂から原に向かってなだらかな広場になっていて、そこで原を見下ろしながらまたまたまったりとした時間を過ごした。見晴方面から山ボーダーや山スキーヤーの軍団が次々とやってきたりして、山頂は大賑わいだった。

12:11 柴安嵓発(2355m, 23.0℃)

俎嵓
柴安嵓から俎嵓をのぞむ(無雪地帯中央の薄い白線が夏道)
下り
ビビりながらの柴安嵓の下り
13時には下山を始めるつもりでふたたび俎嵓へ戻る。難所の急斜面の下りでは、下を見下ろすと下半身がちょっとむずむずしたが、やはり滑落しそうな感じはしなかった。アイゼンを着けた方が、かえって爪がひっかかりそうで怖いのではないかと思った。

12:32 俎嵓着(2330m, 20.2℃)

沼
尾瀬沼を見下ろす(手前のピークがミノブチ岳)
柴安嵓
柴安嵓の急斜面と至仏山
俎嵓への登りは夏道ではなく、少し北側の雪がべったりついた広めの斜面を登った。こちら側は広場状になっていて、御池から登ってきた山スキーヤーたちが大勢たむろしていた。
柴安嵓の方を見ていたら、見晴から登ってきたボーダー・スキーヤーが次々と斜面を下ってきた。おかげでツボ足の踏み跡やステップは散々に蹴散らされてしまった。彼らより先に移動してきてよかったと思った。
俎嵓山頂は先ほどとかわらない盛況ぶりだった。またまたまったりする。

13:07 下山開始(2330m, 20.0℃)

下り
尾瀬沼を眺めながらの下り(左下の谷の方へと下りていく)
木
象形文字のようなカンバの木々
13時過ぎに下山開始。両方の山頂周辺で合計3時間あまりも過ごしたことになる。登りは3時間だったので、下りはゆっくりしてもその時間を超えることはないだろう。したがって遅くとも16時にはヒュッテに戻れる計算だ。
このころには日光白根山はすっかり雲の中だった。下りは雪の中をずぼずぼ進めて楽しい。木々の豊かな表情を鑑賞したり、グリセードもどきで滑って転んだり、楽しみながら行くとあっという間に下りきってしまった。

15:01 尾瀬沼ヒュッテ着(1685m, 18.0℃)

下りはのんびりしたつもりだったが、それでも2時間ほどでヒュッテ到着。なんというか、とてもいい山だった。しかしこの下りで登山靴が浸水してしまい、靴の中がチャプチャプに。ベロの部分に空いた穴から浸水したらしい。ヒュッテ前の日向で速攻干す。
ヒュッテの売店メニューにドリップコーヒーがあるので注文し、飲みながら尾瀬の写真集なんかを見てまったりした。どうしてこのテの写真集の作品名はみな漢字4文字ばかりなのだろうと思った。
残念ながら雲が出てきてしまい、夕景はおもしろくなかった。天気予報は翌日午後に崩れるということだった。夕食のテーブルについたのは20人強。皿数は同じだが、連泊者は内容を少し替えてくれたようだ。
19時ごろには布団に入ったが、登頂の興奮からなかなか寝付けなかった。

5月5日 どん曇り

燧
幻想的だった朝の燧ヶ岳
4時半にいったん起床。どんよりと曇っていたので朝日はすっぱり諦め二度寝する。ふたたび目が覚めたのは5時半。部屋の温度は14℃ほどで、前日よりは高かった。 朝食までの間に、燧の山頂がいったんぼうっと姿を見せた。中腹に雲がかかっているのでなかなか幻想的な眺め。写真を撮りに外に出る。が、靴がまだ濡れていたので裸足のままヒュッテのサンダルを履いて行く。しかし当然ながら足が凍えてしまいギブアップ。早々に引き返してきた。残念。

7:45 尾瀬沼ヒュッテ発(1710m, 12.3℃)

どん曇りの沼畔をとぼとぼと進む。天気はイマイチで眺めはまったくないが、静かな尾瀬の歩きは実に気分がよくて、立ち去るのが惜しくてしようがない。

8:10 三平下(1715m, 12.1℃)

沼
三平峠への登りから尾瀬沼と三本カラマツに別れを告げる
燧をもう一目見たかったがそれは叶わなかった。眺めのいい取水口までは行かずに、まだ営業前の尾瀬沼山荘の裏手の夏道から登る。

8:30 三平峠(1795m, 8.0℃)

三平峠
霧に煙る三平峠付近
三平峠へはすぐに登りつく。峠から先はやたらと木に付けられた赤テープが目立った。2日前もこんなだったっけ。
今度は下りなのでぐいぐいと進む。

9:07 林道出合(1650m, 12.6℃)

林道出合
林道出合のベンチ
急斜面からの下りでは明らかに2日前よりも雪融けが進んでいた。踏み抜きが怖かったが、慎重に進み、なんとか無事に下りきった。帰宅後にコーヒーを愉しむために、岩清水の水をテルモス2本に詰めて行く。

9:37 一ノ瀬(1500m, 15.1℃)

下りきった冬路沢の沢筋は雪が少なく、2日前とは違う道のようだった。雪道から地面に変わってまたまた歩きにくさを感じる。
「往きはもっと雪あったよね」と確認しあいながら露出した夏道を歩いていたら、唐突に一ノ瀬に到着。あまりに様子が違いすぎて、一ノ瀬が近づいたことがわからなかった。登山口には種子落としのマットも出ていた。マットは2日前には影も形もなかったはずだ。三平橋の周囲にべったり付いていた雪もすっかりなくなっていて、一ノ瀬休憩所の軒下にわずかに残るばかり。わずか2日でこうまで変わるとは驚きだ。売店は休業中だったがトイレは使えた。

10:40 大清水着(1280m, 18.7℃)

ミズバショウ
大清水湿原のミズバショウ群落
大清水までの林道では多くの観光客とすれ違った。
大清水のトイレで着替えてから、ミズバショウがちょうど盛りになっている大清水湿原を散策した。木道をぶらぶら歩いていると雨がぽつぽつ降ってきて、すぐにまた止んだ。
大清水小屋で山菜の天ぷらときのこそばを昼食にとってから12:05のバスで帰途に着いた。乗客は大清水からは我々とほかに1人、戸倉から7人ほどを乗せただけ。途中から利用する地元の人も少なく、まったりと沼田に到着。高崎からの湘南新宿ラインはシートが固くて尻が痛くなった。
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