8月7日 霧のち雨一時晴れ
3時。例の9人パーティが起きだしたのを機に我々も起床。天気予報は晴れ。外のようすを窺うと、ガスガスだったがときおり晴れて遠くが見渡せた。今日はこの縦走の核心で、寒江山とオツボ峰の2大花畑を歩く。一番楽しみにしているのは以東岳から縦走路を振り返ることだった。昨日・一昨日のように暑いのは困るが、晴れるといいなあ。晴れたうえで、吹き飛ばされない程度の風があるのがベストなんだが。などと贅沢なことを考えつつ朝食にパンを食す。出発前に小屋番氏に挨拶すると「花がきれいだからのんびり楽しんでいってください」ということだった。期待大。
5:04 出発(1565m, 21.5℃)
一時は寒江山もきれいに見えたのに歩き出したとたんに濃いガスに包まれた。がっかりしたがそれでも花がきれいだし、なんといっても涼しいのは助かる。花はハクサンシャジン・マツムシソウが目立った。結構な群落だった。花の終わったウスユキソウもかなり多かった。
5:35 晴れてきた
この付近には2つ小さなピークがあって、道は細かいアップダウンとなる。2つ目のピークを過ぎたころ、空が明るくなりすうっと雲が引いて、行く手に寒江山が姿を現した。道の周囲をトラノオの花が埋めているのが見えた。そして左手(西)の斜面には広大な花畑があった。すげー。斜面を一面、マツムシソウが埋め尽くしている。他にもハクサンシャジン、トラノオ、セリ科の花などの秋の花に混じって、夏のハクサンイチゲまで群落を作っていた。花の斜面を登る
寒江山へ向けて登る間も左斜面は延々と花が続く。長い間主役はマツムシソウだったが、登るにつれてトラノオやハクサンシャジンが増えてきた。ところどころにハクサンイチゲがごっそりと固まっていたりした。ハクサンイチゲとマツムシソウが並んで咲いているなんて、不思議な組み合わせだと思った。このあたりで数人の対向者とすれ違った。狐穴に泊まった登山者たちだろう。
6:14 南寒江山(1660m, 25.1℃)
急登が終わって緩やかになると南寒江山の山頂だ。寒江山に付随した小ピークである。山頂にはケルンがあった。振り返ると大朝日岳が遠かった(思いもよらないことだったが、これが最後に見た大朝日岳の姿となった)。山頂付近は草原で、セリ科の可愛らしい花が一面に咲いていた。そして花に夢中になっていてまったく休んでいなかったことに気づいた。しかし寒江山はすぐそばで、おそらく10分もかからないだろう。ここは通過して、あっちで休むことにしよう。
6:26 寒江山(1690m, 26.2℃)
南寒江山と寒江山はほとんど標高差もなく、なだらかにつながっている。その鞍部が一面、ヒナウスユキソウの素晴らしい花畑であった。残念ながら、ウスユキソウはこれまで見たものと同じく花が終わっていて黄色い部分は茶色に変色していた。しかし、苞葉はまだ白さを保っており、じゅうぶんに美しい。ウスユキソウを眺めつつのんびり歩いていくと(頭の中はトラップ大佐が唄うエーデルワイスだ)、10数人のパーティがやってきた。彼らの帽子にはツアーのバッヂが付いていた。てことは昨夜は狐穴は混んだのだろうか。この大パーティと入れ違いに山頂に着いたのは南寒江山を出てからわずか10分後だったが、この間にあたりはガスに包まれてしまい、眺望がなくなってしまった。
6:42 寒江山発(1685m, 22.1℃)
バウムクーヘンなどを食べてゆっくり休んでから出発。濃いガスの中をたらたらと下る。道はこぶし大の石がごろごろしていてちょっと歩きにくい。花は相変わらずきれいだ。この北斜面にはフウロソウとハクサンイチゲの群落があったりもした。7:13 北寒江山通過(1660m, 25.2℃)
北寒江山との鞍部に近くなると、唐突に花畑が終わって一面の笹原になった。これはこれでなかなかきれいだ。この鞍部までは標高差で100m近く下りているので登り返しも結構ある。北寒江山の山頂は広くて休憩によさそうだった。が、とりあえずここは立ったまま短い休憩をとっただけで先を急いだ。狐穴で水を飲みながらのんびりしよう。
7:25 三方境通過(1605m, 27.6℃)
だーっと下っていくと突如として風景が一変し、花崗岩の露岩帯となった。ひときわ目立つところに三方境の道標があった。ここからは道もそれまでの土+小石ゴロゴロとはうってかわって白いザレとなった。雨の流れた跡のようなえぐれた筋がいくつも錯綜し、道が非常にわかりにくい。赤いペンキ印と先行者の踏み跡をよく確認しながら進む。
7:35 狐穴避難小屋(1540m, 31.7℃)
小屋はすぐに見えるのだが、道は左手に大きく迂回するようにまわっているのでちょっぴりイライラした。小屋の周辺は湿原になっていた。トイレは小屋の中で、水洗。水は竜門小屋と同じように小屋前に引水してあって、やはり豊富で美味かった。次の以東小屋の水場は稜線からかなり下るらしいので、ここで水筒をマンタンにしておく。
昨日西朝日岳や竜門山の分岐で一緒になった50歳くらいの男性2人組が休んでいた。
8:00 狐穴避難小屋発(1530m, 29.8℃)
狐穴小屋の裏には小さな池があり、濃いガスの斜面にニッコウキスゲの花がたくさん咲いていた。歩き始めてすぐ、後からやってきた例の2人組に抜かれた。道はまったりとしたアップダウンを繰り返す。晴れていれば花がきれいだろう。8:38 降雨(1490m, 24.9℃)
狐穴を発った頃からガスが霧雨状になっていた。晴れてほしいが暑いのはイヤだし、まあ降らなきゃいいや、と勝手なことを考えていたら、西の方角からザーーーーッという音が聞こえてきた。二人で顔を見合わせて「え、雨?」とか言っていると、あっという間にどしゃ降りになってしまった。大慌てでザックカバーをつけ、カッパを着る。かつりんはカメラもザックにしまって完全防備。相棒は、ズボンがずぶ濡れになってしまって「この上にカッパ穿いてもどうせ一緒だから」とそのまま。彼女は元々スパッツをつけていたので、脱いだりするのが億劫だったということもある。8:55 中先峰通過(1535m, 26.1℃)
中先峰では立ち止まらずにすぐに通過。ガスは濃いが道の周りは花畑が続いて美しい。カメラをザックに入れたことを後悔しつつ歩く。いつもは雨だとすぐにがっくりきてしまう自分だが、なぜかこの日はモチベーションも下がらず快調であった。そうこうしているうちに当初本格的なザーザー降りだった雨は小降りとなった。時折止むこともあったが、ほとんど降り続いていた。雨が止んでいるちょっとの間にザックを降ろし、ザックからデジカメを取り出した。相棒はカッパのズボンを穿いた。カッパを穿いていれば少しは乾きが違うだろう。道の真ん中で作業を行ったが、どうせ誰も来ないだろう。
10:25 松虫岩(1655m, 23.7℃)
霧の中に大きな岩の塊がぼうっと浮かび上がっていた。それが松虫岩だった。あたりはちょっとした台地のようになっていて岩が多く、休憩に適している。1時間以上の間、ほとんど休みなく歩いていたので、ザックを担いだまましばし腰を下ろした。マツムシソウが多く咲いていた。ほっと一息ついていると、まだまだ遠いところだが雷が聞こえた。こいつはヤバい。狐穴の小屋に下るよりは以東小屋に登った方が早いので、すぐさま立ち上がってスピードを上げて登りにかかる。雷鳴は右手(東)から断続的に聞こえてくる。しかし地響きはなく、落雷地点はまだまだ遠いはずだ。それに風は西から吹いており、ゴロピカ様といえどもこちらには近寄れないだろう。風向きがかわったりしないうちに小屋に逃げ込むのが先決だ。
最悪の場合、大鳥小屋まで下らずに以東小屋で行動終了というケースも考えるようになった。靴の浸水もひどくなってきて、足を踏み出すと気持ち悪い。花どころではなくなってきた。
10:50 以東岳(1765m, 24.9℃)
当初の最大の楽しみ、以東岳から縦走路を振り返り見るという夢はかなわなかった。そればかりか、雷に怯えながらの登頂となってしまった。道のようすも、さほど歩きにくくなかったということ以外、覚えていない。以東岳には例の2人組がいて、装備のチェックでもしているようだった。我々がすぐさま以東小屋へ向かおうとすると声をかけられた。小屋はかなり下らなければならず、登り返しに30分くらいかかるという。げげっ。4〜5分くらいで着くのかと思ってた。彼らも、小屋で休もうと思ったら他の登山者にそう教えられたということだった。そう告げると2人は雷鳴の中をオツボ峰方面へ去っていった。地図を引っ張り出して見てみると、確かに小屋の位置は標高差で50mくらいは下にあるようだ。以東小屋停滞に心が傾きかけたが、明日になって晴れる保証はない。雷は先ほどよりも間隔があくようになり、音も遠くになったように感じる。オツボ峰を過ぎて樹林帯に入ればまあ安心できるだろう。ということで、2人組の後を追うことにした。
腹を決めたら腹が減った。クッキーなどをほお張っていると、またもや遠くで雷鳴が轟く。ここは最高峰、あまりにもヤバすぎる。先を急ごう。
11:38 1722mのピーク
歩きにくい岩場の道が続く。一部では手を使うところもあった。歩き出すと雷鳴の間隔は長くなっていった。30分ほども歩くと小さなピークがあり、休憩するのにちょうどよい岩があったので腰を下ろした。雨はまだ降り続いていたが、雷は遠くなったので安心して休めた。そのときはここがオツボ峰だろうと思ったが、実は1722mのピークだった。以東岳からオツボ峰へのコースタイムがちょうど30分だったので誤認したのだ。雨が降っていたので、いつもは首に下げている地図をザックの中にしまっていて、確認を怠ったのがよくなかった。こういうときこそ地図をよく確認しなければいけないのに。
12:10 オツボ峰
岩場のアップダウンが続く。大鳥池に向かって下るはずだが標高は1700m近辺をうろうろするばかりで焦る。あたりは花がきれいみたいだ。雷が遠のいたことで周囲を見回す余裕ができたが、雨もガスも一向に晴れる気配はなかった。先ほどのピークから30分歩くと、なにやら分岐点に着いた。そしてここが本当のオツボ峰で、さっき休憩したピークがニセモノだったことにここで初めて気付いた。雷のおかげで結構ハイペースで歩いたつもりだったのに、以東岳からたっぷり1時間かかったのはちとショックだった。かなりがっくりして立ち休憩していると、単独行の男性が登ってきた。下のようすを聞くと、池のあたりでは降っていないという。道はまだぬかるみもないということで、少し元気を取り戻す。
12:37 天候回復
ちょっと下ったところで雨がほとんど止んだのでザックを降ろして大休止。ウィダーインゼリーを食してパワーチャージする。と、突然、雲が動き出した。雲はものの数分の間にとれ、青空まで見えてきた。ただしそれはこの付近の話で、オツボ峰より上は相変わらず雲の中だ。以東岳の山頂が1回だけちらっと見えたが、その後もずっと隠れたままだった。もう降らないと判断して、かつりんはカッパを脱いだ。その周辺は花崗岩がごろごろしていた。下る道はギボウシの群落の中を横切っていく。ギボウシの花が稜線に群落を成しているのは初めて見た。珍しい光景だと思う。
13:00 三角峰の水場(1490m, 28.2℃)
花畑が終わると笹原になった。そして雲がとれ、目前にひとつのピークが見えた。三角峰だった。自分の場所と三角峰との鞍部に道標が見えた。それが水場の標識だった。水場はこの鞍部から縦走路を離れて下る。少し行ってみたが雪渓の下にあるようだったので、深くは立ち入らなかった。三角峰の東斜面にニッコウキスゲが咲いているのが見えた。また雨が降るんじゃないかと懐疑的だった相棒はここでようやくカッパを脱いだ。
13:45 下りの始まり
三角峰はピークを通らず、直下を巻く。巻いて道は西向きになり、もうひとつの小ピークを越えてそこから下りになる。三角峰の直下の道から鞍部にかけては石畳に整備されていた。そしてこの鞍部に、なんとヒメサユリが咲いていた。もう残っていないと思っていたので、これは嬉しかった。ニッコウキスゲの黄色の中にほどよく薄いピンクが混じっているさまは実に可憐だった。雨でなんとなく印象の良くなかったこの一日が、この花のおかげでぱっと明るく好印象の日に転じた。
14:55 大鳥小屋着(1030m, 29.8℃)
下りは木の根の階段が多く、滑りやすいところもあった。ただしひどい段差は少なく、えぐれがひどい個所は丸太を縦に打ち込んで修復してあり、総じて(急坂にしては)歩きやすい道だったといえる。1256mの三角点のあたりは若干道が開けて乾いていたので、そこで休憩をとることができた。下りきってからの水平移動が長く、イライラしてきたところでようやく大鳥小屋に到着。
小屋にて
大鳥小屋は幕営指定地なのでテントを張ろうと最初は思っていたが、小屋はがらっがら。大テントがあったりして、テント場の方がかえって混んでいるようだった。今さらテントを汚すのもばからしいので、小屋に泊まることにした。定員100名の小屋の宿泊客は、我々を含めてたった10人だけだった。その中には例の2人組もいた。この小屋のトイレはボットンだった。稜線の小屋はみな水洗トイレだったので、不思議な感じがした。この小屋は雨でなければ外で炊事する決まりだが、調理を始めると夕立が。みんな大慌てで小屋に逃げ込み、中で食べることとなった。我々の夕食はシチューと、ポテトサラダ、きんぴらごぼう。シチューは水の分量を失敗して、味が薄くなってしまった。
標高は低くなったが小屋が空いていたせいもあって、それまでの2泊に比べて夜は少し寒かった。それでも室温は25℃近くあり、シュラフは使わずにカッパやウールシャツを肩にかけて寝た。