Top浮世絵文献資料館名所編
 
名所編 【な】大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌 〔名所編〕大田南畝関係
【中洲】(なかず)(三叉)(みつまた)※◯は欠字、◎は表示不能文字
詞書・詩歌出典巻・頁年月日
「三叉口に月を賞す
 両岸楼船下暮潮 争牽錦纜不容舠 淼茫霜練分三派 宛転晴虹落大橋 公子共歌金鏤曲 玉人吹送紫鸞簫
 高台処々多明月 糸管紛々徹九霄」

「秋夜、妓を見る 携来繍袱舞衣裳 斂笑含嬌倚靚粧 明月自随歌扇影 還憐秋夜為君長」
〈この妓を中洲の芸者と見て同日の詩とみた〉
南畝集3
漢詩番号0492・3
③170安永5年
1776/08/
「三叉口に暑を避く 両国橋南炎暑少 三又江上爽涼多 賢豪不但袁劉飲 歓楽兼看趙李過
 又  楼台夾岸大江湾 三派清流避暑還 願得浮家兼泛宅 時時来往二州間」
南畝集4
漢詩番号0654-5
杏園詩集二
③227
⑥57
安永8年
1779/05/
「三派江に煙花の戯を観る
 三派江頭八月秋 楼台如画映清流 楼上燕歌催趙舞 橋辺桂棹駐蘭舟 就中豪華誰可比 東方使君居上頭
 上頭高居臨江渚 彩棚半捲玉簾鉤 簾前更命煙花戯 斯須小舟盪漿至 初疑霞彩水中飄 漸見天花空裏墜
 積水茫茫宿海星 明珠滴滴鮫人涙 別有崑崙十二台 九枝華燈次第開 慶雲五色呈祥瑞 爆竹一声送怒雷
 此時魚竜亦潜躍 此時明月且徘徊 幻似秦石駆海隅 影如六鷁過宋都 南隣北里看来往 西舫東船共一呼
 何但中人十家産 一夕千金尽歓娯 五夜鶏鳴百戯罷 冠蓋縦横散九衢」
南畝集4
漢詩番号06594
杏園詩集二
③227
⑥58
安永8年
1779/08/
「三又月 波の上の月の光もみつまたにくだくる玉や千々の箱崎」巴人集②412天明3年
1783/06/
「三江の花火の夜  浮楽興
 三叉の引潮海に連なつて平らかなり  両国の見物(ミセモノ)日と共に傾く  花火波に随ふ千万両
 何れの処の遊山か大名の如き 三絃(サミセン)囀々として酒宴を遶(メグ)り  風虎の尾を吹いて又雷(イナビカリ)に似たり
 酔裏流星飛ぶことを覚へず 十二桃灯(チヤウチン)看れども見へず  花火一色金銀を費やす
 皎々たり白玉の孤月輪  今晩何人か花火を見る  花火何れの年か初めて人を慰む
 枝豆喰ひ食ひ已むこと窮まり無し  本熟れ年々総て相似たり  知らず新地何人か楽しむ
 但(タダ)見る茶屋に梯子を掛けることを  南鐐一片去つて悠々  青銅二本憂へに勝(タ)へず
 誰が家ぞ今夜船州の子 何れの処の拳酒(ケンザケ)ぞ四季庵  上(アガ)るべき生簀の客徘徊
 楽庵の卓子台(シツポクダイ)に向かふなるべし  樽三が包丁割(キザ)めと尽きず  角屋の勘定払へども還た来たる
 此時相笑ふて相聞かず  願はくは芸者を逐つて転んで君を抱(イダ)かん  玉屋長く飛んで光滅せず
 鎰(カギ)屋の空鎖(ジヤウ)闇自ずから分かる  昨夜御袋落花を夢(ユメ)む  憐れむべし今晩家に還へらざることを
 通人質を流して去つて尽きんと欲す  土蔵の落城復た西斜めなり  身代貧々として皆無に隠れ
 吉原品川限りなき途(ミチ)  更に猪牙に乗りて幾人か去る  花火情を動かすして燃株(モエグイ)に附く」
〈中洲(三叉新地)の賑わいを伝える狂詩。『唐詩選』所収、張若虚の「春行花月夜」のパロディ〉
通詩選①439天明4年刊
1784
「三叉江上人如酢 四季庵中魚躍淵 涼舟ここをせんどと漕ぎよせよあつさも中洲月の三また」巴人集拾遺②477未詳