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   名物編 【あ】大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌 〔名物編〕大田南畝関係
  【朝顔・牽牛花】(あさがお)◯は欠字、◎は表示不能文字
詞書・漢詩・狂歌出典巻・頁年月日
「唐詩のことばにて朝がほの歌よめと人のいひければ
 しらず心たれをかうらむらむ朝がほはただるりこんのうるほへる露」
〈初出は天明二年刊『狂歌若葉集』。『蜀山百首』①310『清好帖』⑳366〉
万載狂歌集
千紅万紫
あやめ草
①9
①232
②65
天明3年刊
1783/01/
「槿 よはにいね朝起しつつ朝がほの花を見るこそめでたかりけれ」めでた百首夷歌①78天明3年刊
1783/01/
「みのわの里に朝顔の花を見てさんやの里のほとりにてかきねに朝顔の花さけるとみて
 たつた今わかれてきたの里ちかく目にちらつける朝がほの花
巴人集
徳和歌後万載集
②414
①27
天明3年
1783/07/
「七月八日、牽牛花を見る 昨夜纔経織女会 今朝更見索牛花 猶余玉佩仙裙色 籬畔依依帯露華」南畝集8
漢詩番号1668
④60寛政2年
1790/07/08
「牽牛花を詠ず。二十韻
 野田曾謝薬 黒丑自伝名 狗耳金鈴小 蝸涎翠蔓栄 緑延侵屋壁 抽走入榛荊
 或架松梢上 還通竹気消 西風迎素節 南陸送朱明 織女河辺転 仙人掌裏擎
 収光星宿敝 吐秀露華軽 半染青藍色 兼疑白王瑛 機中錦繍麗 碗底瓊漿盛
 霞綺霏霏散 霜糸縷縷成 忽含紅日艶 一映碧空晴 斑斕如裁服 縹緗代満贏
 徒悲同槿萎 偏似与葵傾 景物難留賞 天工感至誠 花庵疑佇坐 蕎径探幽行
 美比牛山木 題経月旦評 登墻窺宋子 趁蝶駭荘生 先後催粧早 参差逐次争
 残雲猶繞枕 宿雨已沾纓 誰識陽台夢 朝朝更有情
南畝集8
漢詩番号1712
④75寛政2年
1790/10/
「牽牛花 宿霧霏微露満籬 新花日発碧琉璃 寄言晏起諸年少 思在朝陽未上時」南畝集13
漢詩番号2165
④227享和2年
1802/08/
「牽牛花 去年遺種委塵埃 黒丑看抽翠蔓来 乍有新花含宿霧 朝々辛苦為誰開」南畝集13
漢詩番号2328
④273享和3年
1803/08/
「旅のやどりに朝がほの花をみてよめる
 朝に/\さくてふ花をみてし哉こゝ一とせの旅のやどりに
 頼るべき竹ももたねば庭の面にはひまつはれる朝かほの顔
 咲いでゝ夕かげまたぬ朝がほを垣ごしにみる事もはかなき
 すゞしきもふりくる雨にぬれぬれてさくやうれしき朝がほの花
 見はやさですぐさんものか朝顔の花ひと時もあめのたまもの」
序跋等拾遺⑱625文化1年
1804/09/
「朝顔 早起のたねともなれば朝㒵のはなみるばかりめでたきはなし」千紅万紫
をみなへし
①259
②42
文化6年
1809/06/
「朝顔 思へどもなど葉がくれに咲きぬらん日かげまつまの露の朝がほ」をみなへし
あやめ草
②43
②80
文化7年
1810/07/
「牽牛花 東家処子踰至 間壁牽牛引蔓来 朝日三竿花易萎 不知辛苦為誰開」南畝集17
漢詩番号3387
⑤168文化7年
1810/08/
「今年牽牛花流行出、是は下谷御徒町通ニ大番与力ニ而谷七左衛門といふ人の母、草花植作る事上手ニ而、~朝貌を
多く植て、種々の花出来たるを、細き竹に多く切かけをなし、水を入れ、朝貌の異花を一輪つゝ挿し、其花活筒を懸る(以下略)」
きゝのまにまに
未刊随筆百種
⑥107文化12年
1815/06/
「朝顔
 牽牛子の名におふ花は七夕ののちのあしたとみるべかりける
 豆腐うる声なかりせば朝㒵の花のさかりは白川夜舟」
七々集②303文化13年
1816/03/
「篠池の宝珠院に都人の牽牛花数百種を闘はするを観て、戯れに二絶を賦す
 耳聡何怪殷師儔 如蟻行人去不休 正是東山池上寺 新花百種闘索牛」
「又 花戸新奇奪化工 牽牛花発瓦盆中 莫将頃刻千花碧 不及尋常百日紅」
南畝集19
漢詩番号4194
同4195
⑤400文化13年
1816/07/
(四時庵形影著『朝顔叢』所収)
さかりなるときはとぞみる朝顔のみさへ花さへその葉いろさへ
 やしなへばむまの貝ふく比までも牛ひく花のさかり久しき
   遠桜山人」
〈『増訂武江年表』文化十二年、朝顔の異品流行記事に「やしやへば~」の狂歌を引く〉
序跋等拾遺⑱644文化14年
1817/
「牽牛花を夢みる 心為蝴蝶遶籬笆 夢見牽牛細著花 底染瑠璃辺尽白 秋朝応酔此壷霞」南畝集19
漢詩番号4251
⑤415文化14年
1817/01/
「朝㒵 日中にもしぼめるものを葉がくれになど顔かくす朝顔のはな」紅梅集②344文政元年
1818/06/
「牽牛花 朝々起見草金鈴 翠蔓含風露満庭 誰道江南誇黒白 新花先入眼中青」南畝集20
漢詩番号4386
⑤458文政1年
1818/06/
「谷氏に朝顔の花みしに、さつまといへるたねの花ことにうるはしければ
 朝顔のとく咲いそぎはや人のさつまかたこそさかりなりけれ」
紅梅集②344文政1年
1818/07/
「谷氏の静幽斎に牽牛花を看る 百種牽牛満竹欄 花迎紅日露猶寒 欲知仔細能分品 一々湘筒挿得看」南畝集20
漢詩番号4388
⑤459
「万葉集の秋の七くさにことよせて七夕七首 七夕朝貌
 牽牛の花のさかりをおり姫のわかれにしぼむ垣の朝貌」
紅梅集②345文政1年
1818/07/07
「文月十日、かやば町やくしにて朝貌あはせありけるに、門の内に植木屋の朝カオの鉢植あまたならべ置たるに、へちまの花の黄色なるに朝かほの蔓をまとはしてひさぐをみて
 朝がほのつるにまがへて世の中の人をへちまの黄なり妙也」
紅梅集②347文政1年
1818/07/10
「十月の牽牛花 十月清霜満竹籬 牽牛翠蔓一時衰 朝々猶見新花痩 自似野翁憔悴時」南畝集20
漢詩番号4415
⑤466文政1年
1818/10/
「牽牛花 牽牛日々一花開 翠蔓沿籬委石苔 却勝闘奇千百種 朝々多引俗塵米」南畝集20
漢詩番号4481
⑤486文政2年
1819/06/
「水無月廿六日、浅草榧寺にて萩水茶寮朝顔合ありし日たけゝれば
 老らくのこころは何やかや寺ももう昼過の朝顔の会
  昼過とはまだ慾目にして日もはや七つさがりなるべし」
紅梅集②369文政2年
1819/06/26
「朝顔の花一りんづゝ竹の筒にきりいけたるをみて
 朝㒵のながきにいでゝこれからはいつきなんすと露のことのは」
紅梅集②370文政2年
1819/07/
「牽牛花 牽牛花発暁霏微 雲錦新栽織女機 山気青縹江水碧 何如宿露帯朝暉」南畝集20
漢詩番号4493
⑤489文政2年
1819/07/
「はつきばかりに二葉なる朝㒵をみて はつきまでまだ二葉なる朝㒵の花さく比や霜の下草」紅梅集②373文政2年
1819/08/
「水無月廿六日、浅草榧寺にて萩水茶寮朝顔合ありし日たけゝれば
 老らくのこころは何やかや寺ももう昼過の朝顔の会
  昼過とはまだ慾目にして日もはや七つさがりなるべし」
紅梅集②369文政2年
1819/06/26
「秋水茶寮【与住氏】に過飲し、牽牛花を看る
 舟通秋水一茶寮 卯飲看花自早朝 黒白江南千百種 重遊記得天王橋」
南畝集20
漢詩番号4486
⑤487文政2年
1819/06/26
「朝顔の花一りんづゝ竹の筒にきりいけたるをみて
 朝㒵のながきにいでゝこれからはいつきなんすと露のことのは」
紅梅集②371文政2年
1819/07/
「牽牛花 牽牛花発暁霏微 雲錦新栽織女機 山気青縹江水碧 何如宿露帯朝暉」南畝集20
漢詩番号4493
⑤489文政2年
1819/07/
「はつきばかりに二葉なる朝㒵をみて はつきまでまだ二葉なる朝㒵の花さく比や霜の下草」紅梅集②373文政2年
1819/08/
「朝顔 夕べ見し川の花火にくらぶればさかり久しき庭の朝顔」巴人集拾遺②479未詳
「二丑園愚連堂、作朝顔譜、名出船
 朝開三十六歌仙 帯露花顔満出船 借問百番分左右 何如二丑会愚連
 御迎参候甘泉殿 盛久物手宸製篇 槿与蕣栄皆一日 牽牛星契幾千年」
巴人集拾遺②492未詳