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     人事編【め】大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌〔人事編〕  大田南畝関係
  【明和大火行】(めいわたいかこう)◯は欠字、◎は表示不能文字
詞書・詩歌出典巻・頁年月日
「明和大火行 七言絶句     滝水子選  番太老人校
 壬辰仲春廿七日 西南風起て埃天を覆ふ 燃出す目黒行人坂 大日堂主一炬の煙
 ◯◯◯◯◯◯◯ ◯◯◯◯◯◯◯ 白銀台上黒土と成る 赤羽橋の辺青草を見る 走り入る善福光明寺 残らず煙上顴(ツラ)を焼く 曾て見る仏壇極楽の如なるも 今知る山中阿鼻に似たり 一本松忽ち緑の色を失ひ 六本樹猶ほ樹を知らず 鳥居坂固(モト)より朱の籬を現し 飯倉町飯を食らはずして居る 虎の門嘯て風益々強く 霞が関聳て煙弥々凝る 鷹の羽元来燧(ヒウチ)の名有り 石餈(コクモチ)変じて焼餈と成る 一枚の板扉一片の灰 三階高楼三月◎(ヒ) 井伊禦ぎ留て井を賜るに至る 鍋島焼け出されて鍋を持たず 桜田の火の子は花の散ること多く 御厩の烏有(ヤケボクイ)は鬛(タテガミ)の髿(ミダレ)たる如し 文右此時馬を問はず 知らず曾て論語を学たるやを 八代須河岸火満て 林家河上に在て蹉跎たり 橋は引きぬ水は高し 屢々弄ぶに似たり頼政の謡歌(ウタヒゾ) 関西の諸侯数十間 家々頭を傾て祝融を逐ふ 坂東の権門十余輩 各々襟を正して城中を守る 諸侯権門尽く回禄 腰掛高楼化て空と成る 忽ち看る蒼天昼よりも明なり 数万桃灯光り朦朧 常盤橋紅葉の色と成り 竜の口も急に◎(アメ)を降すに由無し 飛て鎌倉河岸程社(ホドコソ)有れ 新石大工白銀丁 神田今川弁慶橋 鍛冶鍋町昌平に到る 伝馬の窂舎罪人を放て 十間雛鄽(ミセ)春情を損ず 十七屋の蔵は金鉄と称し 三井の棟上世間に鳴る 妻恋湯島駿河台 上野下谷浅草辺 聖堂の余煙仰げば弥々高く 仁王の首骨鑽れども弥々堅し 新助が土蔵楽焼と為り 酒好の建家香泉と成る 藤堂の泉は火を消すに足らず 佐竹ノオ卯木は風を加るに余り有り 本願の弥陀炎焔々 金竜の観音雨漉々 田畝(タンボ)の炎は六郷に乱れて危く 山谷の煙斜に団左集る 溜の囚人吟じて屈原の如く 廓の妓女(ジヨロウ)悲て王昭に似たり 老媽(オツカサン)周章(アハテゝ)二階より落ち 諸息勉強弾(ハネ)橋を渡る 総泉蘭若摠(コナ)微塵 真先神明真(マツ)黒焼き 箕輪の男女箕を着て臥し 金杉の隠居金を失て膠む 首を回せば丸山一片の火あり 忽ち本郷に至て煙霄に昇る 鶏声が窪辺宿鳥驚き 駒込の街道汗馬多し 加州の新殿瓦礫を飛し 水府の諸士干戈を担ぐ 根津三崎右中村 権現の宮殿宇平の窩(ホラ) 蟠随別院上野の廟 感応五重大塔婆 焼け尽す江北数十裡 是に於て南西火翩々 千住宿焚て橋纔に残り 茲れより東北草綿々 昨夜は南風今日は北 吹き返す雲烟転た咽に入る 中市二村同刻に亡ぶ 日江両橋一時に煽(ヤケ)たり 小身我を張え帷幕張られ 大名心を懸て板屛懸る 松板十枚六十目 葭簀一枚八十泉 見舞の新菰大車を回し 堀出す古釘小船棹さす 持ち運ぶ手桶白粥を入れ 担ひ行く蕃袋黒銭を飜す 父子途を異にしえ左右に別る 兄弟蹤を尋て相後先す 孕婦腹裂けて足下に倒れ 嬰児頭破れて眼前に死す 主人三日敢て食はず 従僕三月奈ぞ眠ることを得ん 江戸中起居を安ずること無く 誠に迷惑す明和九年」

〈文政9年(1826)、亀屋文宝は曲亭馬琴からこの「明和大火行」一帖を借りて写す。滝水子を大田南畝とする。寛政十年(1798)、番太郎の序あり〉
巴人集拾遺②487明和9年
1772/02/27