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   人物編Ⅰ 【ま】大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌 〔人物編Ⅰ〕大田南畝関係
  【お益(芸者)】(おます げいしゃ)◯は欠字、◎は表示不能文字
詞書・漢詩・狂歌出典巻・頁年月日
「(高橋茂貫と)終日亀沢にて酒くみかはしつゝ、柳橋の歌女がもとに人はしらせたるに、王子のかたにゆきしといふ。雨さへふり来れば、高橋氏 さぞ雨にふれてやおます王子道
 といひ出けるに、 神ならぬ身は野辺もよし田屋 といひかはして(云々)
「三月尽、両国橋西の酒楼に夜宴す
 思在芳春欲尽宵 登楼目送大江潮 歌喉宛転三絃子 人影婆裟両岡橋
 両国の橋の西かたなる千歳といへる酒楼に酒くみかはし、翁にうたはしめて、お益三絃をひく
 けふのみとかぎれる春の一時もちとせをのぶる心地こそすれ」
細推物理
南畝集13
漢詩番号2261
⑧360享和3年
1803/03/29
「四日 孫のためにたてし幟兜の祝ひせんとて、諸子を呼ぶ。馬蘭亭・井上子瓊・鈴木猶人・築山氏・名和氏・柳長・かほる・福原氏・浪花の小山氏も来りつどへり。島田氏の女、柳橋の歌妓お益来、三絃を弄す
 一曲新歌一酒巵 老来陶写莫如茲 請看今夕三絃子 勝繋明朝五綵糸
 まどゐして酔なばけふや思ふころあすのあやめの枕むすばん」
細推物理⑧362享和3年
1803/05/04
「廿三日 柳長と約し、例の二歌妓の病後をなぐさめんとて、亀沢の別業にゆく(中略)豊島病後にて、酒のまず、物くはず(中略)豊島にうたかきてあたふ
 とよあきつみづほの島の名にしおふ島こそ島のはじめなりけり
 又お益が来りなば、二人にかきあたへんとて、よみをきけるうた
 此ごろのかのこまだらの雪みれば心ます/\うき島が原」
細推物理⑧365享和3年
1803/05/23
「夏晩、十千亭と同じく酒楼に飲す
 手携歌妓逐涼風 散歩長橋二水東 従少慣看煙火戯 等閑蹝履避人叢」
「其の二 小楼高処挿青旗 肴満円方酒満巵 艶曲新歌五大力 更疑菩薩蛮中詞」
「其の三 黄菊楼頭倒王缾 緑楊橋外伴娉婷 銀河倒潟涼棚上 指点牽牛織女星」
「廿二日、十千亭とともに、暮がたより両国に涼とらんと出ゆく(中略、料亭菊屋の物干しにて納涼)三すぢの糸心ゆくばかり酒くみかはし、あまのかはの流ちかき七夕の星のきらめくを指さし、をしへなどし、夜ふかしてかへりれり」
〈菩薩蛮は宮廷歌謡の替え歌(填詞)という。芸妓お益の三味線で聞く艶曲「五大力」を擬えたもの。娉婷は美女、芸者のお益〉
南畝集13
漢詩番号2301-3
細推物理
④266
⑧375
享和3年
1803/06/22
「雪中、城東諸子と同じく酒楼に登る。益娘、酒を佐く
 御風飛上酒家楼 鶴氅翩々雪満裘 先使秋娘歌一曲 謾随年少競纏頭」
「十二月十五日、けふは中戸屋に諸子をむかへて、吉田屋お益が納会せんと(後略)
 中戸屋もよし田通れば二階からまねくかの子の雪のふりそで
 わすれては舟かとぞ思ふ思ひきや雪の中戸に君をみんとは
南畝集13
漢詩番号2390
細推物理
④291
⑧399
享和3年
1803/12/15