| 浮世絵文献資料館 | |
| 大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌 |
「冬日逍遙亭詠夷歌序 (前略)こゝに京町何がし屋のあるじ、此道をたしみて、名におふかぼちやのへたならぬ言のはをのべ、梨壷の五町のうらなる逍遙亭の山里にして、ともに心をやり水のめいぼくと、けふのまとゐのあるじまうけをなんなしけらし。われも硯のすみの江の岸におふてふわすれ草の、ねぼけし夢のかよいぢもわすれがたく、かしあみ笠にしのぶ山、またことかたの道もたどらまほしく、たゞ一ぱいの茶づけくふ間に、はしがみのはしをけがしぬ。たとひ時うつり客さり、むかひの挑灯ゆきかふとも、みせすがゞきのいとたへず、絵半切の末ながう、くどうも/\此会に、おいでなんしといふ事しかり。天明ときこゆる二とせ霜月廿日あまり四日になん | 四方のあか | ①138 | 天明2年 1782/11/24 |
「軒鳶凧【以下二首、京町、加保茶元成会】 寄手鞠祝 | 巴人集 | ②406 | 天明3年 1783/01/ |
「加保茶元成とおなじく西曲に遊びて | 巴人集 | ②395 | 天明3年 1783/03/ |
「かぼ茶のもとなりのもとにて、紙屋丸彦がゑがける弁慶のつぶりを半ばかりいだしたるかたちのおかしげなるを見て | 巴人集 | ②406 | 天明3年 1783/05/ |
「加保茶元成春帖手鑑序 ここに京町何がしやとうたひし、家の風もしるく、道理でかぼちやの元成は、たはれ歌のせいひくからず、ほんに猿丸大夫格子、むかふの人丸赤人や、おや玉つしまのおいらんより、その名はいちばい高かりける。ことしも例のゑい心地、内所にこぞりあふみのや、かゞみの山の手かゞみに、歌の趣向たてたれば、かねてぞみゆる人々の、名におふ狂歌の染模様、かすみ衣すそ長く、千とせの春をかさねざらや。天明四のとし初春」 | 四方のあか | ①144 | 天明4年 1784/01/ |