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   時候編・秋大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌〔時候編〕 大田南畝関係
  【七夕】(たなばた)
詞書・詩歌出典巻・頁年月日
「七夕、雨に対す
 西風駆雨暑初収 一葉梧桐落素秋 人事蕭条佳節逝 園林颯杳早涼流 橋辺月暗迷烏鵲 河上雲飛隔女牛
 今夕家々乞功 誰持針線倚高楼」
南畝集1
漢詩番号0014
杏園詩集
③6
⑥26
明和8年
1771/07/07
「七夕篇 乞巧楼中独夜婦 持線穿針空回首 南飛烏鵲未成橋 北上仙槎忽犯斗
 君不見年々歳々別離長 天上人間共断腸 若転銀漢成平地 二星那隔天一方」
〈仙槎は天空の乗り物〉
南畝集1
漢詩番号0106
③35明和9年
1772/07/07
「七夕 天上佳期看又過 人間幾度望星河 秋風日夕絃歌起 何処高楼乞巧多」三餐余興⑧14明和?年
177?/
「七夕詞。七首 処々秋風乞功楼 絃歌忽逐白雲流 一時回首看牛女 不是閨人不解愁
 其の二 綿々鐘漏雑笙歌 聞道双星此夜過 烏鵲南飛明月裏 不知何処度銀河 
 其の三 佳節悠々去又還 当年羽客隔人間 青鸞不下瑶池上 白鶴偏飛緱氏山
 其の四 秋天一望白雲飛 撹結栽為織女衣 不是仙査乗貫月 寧知彩石得支機
 其の五 海上真妃不可求 君王歓楽一時休 誰知昔日長生殿 共倚蘭干笑女牛
 其の六 碧漢遥伝玉杼声 月光如連満江城 更穿針線幽閨女 無那空牀独夜情
 其の七 万戸蘭燈夜色青 玉盤瓜果進中庭 請看河漢風波穏 長得年々会二星」
南畝集2
漢詩番号
0203-0210
③73安永2年
1773/07/07
「七夕、公修・叔成・周夫・温之・井伯秀・雨安之と同じく竜隠庵に集ふ。声字を得たり
 日入西郊白露生 禅扉寂々暮鐘声 橋辺瀑水懸銀漢 樹秒余霞帯赤城
 池掣降竜収積霧 天迎織女対新晴 人間別有群星聚 携手林塘散月明」
南畝集2
漢詩番号0211
③74安永2年
1773/07/07
「直夜七夕
 露白風清碧漢高 厳城佳節此周遭 人家七夕催絃管 武衛千官攪佩刀 天上星辰牛与女 生涯踪跡馬為曹
 自憐多病耽秋興 賦就還疑到二毛」
南畝集2
漢詩番号0286
③99安永3年
1774/007/07
「他郷七夕
 一葉纔飛日 双星欲会時 銀河流左界 烏鵲遶南枝 去国音塵遠 無衣歳月移 坐看盤上果 誰不憶瓜期」
南畝集3
漢詩番号0373
③132安永4年
1775/07/07
「七夕、井玄里・関叔成・大久君節・山道甫・山士訓・島子諒・蘇百順・野美卿・河益之・辺公僚・栗士弘と同じく元石師の水月庵に集ふ
 白馬台南十畝田 田間一路訪栖禅 興同晋代諸賢会 歌入豳風七月篇 天上銀河通瀑布 簷前祇樹敞秋煙
 虎渓今夕憐三笑 不羨星橋鵲影懸」
南畝集3
漢詩番号0375
杏園詩集二
③133
⑥38
「七夕、関叔成・季成・山士訓・山道甫・河益之と同じく高田に集ふ。西字を得たり
 但し題抹消、詩無し」
南畝集3
漢詩番号0486
③169安永5年
1776/07/07
「七夕、懐ひを書す
 乱飛烏鵲渡河辺 枕箪秋風興有余 但使清樽酬綺節 従他更乏腹中書」
「七夕、山士訓・山道甫・野美卿と同じく高田に遊んで感あり
 梧桐一葉影纔飛 牛女二星帰不違 天上年々良会是 人間歳々昔遊非 曾卜幽期在今夕 于今四年命山屐
 旧交零落似晨星 始信人生如過隙 路入城西早稲田 高田直走下田辺 古松老杉森為列 下有茅茨八九椽
 棣棠村冷多時雨 菡萏峰高落日天 漸辨銀河流左界 忽見明月映前川 手把瓊觴望素秋 枕簟無塵爽気流
 酔後揮毫詩興動 臨風吟咏意悠々 千石忘憂長自満 一時乞巧又何求 悲歓不定炎涼変 昨日華屋今日丘
 君不見雲漢乗槎奉漢使 緱山駕鶴謝人事 唯余天上謫仙人 長得年々会此地
南畝集4
漢詩番号0555・6
杏園詩集二
③195
⑥54
安永7年
1778/07/07
「七夕、岡公修・山道甫・山士訓・河益之・春菶仲・井生と同じく高田に遊ぶ
 綺節聊臨野水涯 高田暮色散余霞 綵毫欲奪支機石 碧漢誰浮貫月槎 天上女牛雲点綴 橋辺鴉鵲樹横斜
 莫言嵆阮河山邈 猶酔黄公売酒家」
南畝集4
漢詩番号0668
③232安永8年
1779/07/07
「七夕詞
 乞功楼中乞功多 乞功楼前響絃歌 嫦娥独懶開粧鏡 烏鵲双飛度絳河 此夕天上会牛女 秋風夜静聞私語
 河転更闌天欲明 一年一別涙如雨」

「七夕、山士訓・山道甫・蘇百順・野美卿・熊仲弼・金子徳・滕伯慶・井子瓊・河益之・春菶仲・吉義方と同じく竜隠庵に遊ぶ。十二体を分ちて五言古を得たり
 蓐収戒素節 風伯駆炎暉 冉々夕陽頽 澹々白雲飛 仰思雲漢会 今夕期無違 牽牛未服箱 織女一開帷
 孰不羨霊区 人間情所希 頼有二三字 足以慰調飢 旧遊雖云異 来者猶可追 携手聊出遊 乗涼酔且帰」

 其二
 歩出城北門 遥望東豊嶺 玉水遶其足 野橋帯落景 中有一精廬 六時閑且静 捫蘿又班荊 風吹軽襟冷
 毒竜隠深潭 明月独自映 感時舒綢繆 陶情因歌詠 境与人共得 心於物無競 河転二星明 偏欣今夕永」

「同前、七言排律を得たり
 椿山一室転寥寥 地僻郊天隔世囂 池畔露華凝菡萏 窓前風色度芭蕉 半陂玉水驪竜窟 左界銀河烏鵲橋
 天上双星期已至 人間三伏暑纔消 開筵処処調朱瑟 乞巧家家眺碧霄 万里乗槎思博望 千秋控鶴伴王喬
 新詩自入揮毫得 旧友偏随折簡招 似送村中帰酔客 林端明月散涼宵」
南畝集5
漢詩番号0822-5
③283安永9年
1780/07/07
「七夕、安子潤の一壷亭に過りて主人の韻を和す
 牛門暮色入新秋 烏鵲翻飛碧水頭(七字空白)雨晴煙霧未全収 一壺杯酒寧辞酔」(以下二十一字分空白)
南畝集5
漢詩番号0986
③337天明1年
1781/07/07
「七夕、登楼 北里笙歌緩夜愁 佳人佳節喜遨遊 九枝花発蘭燈色 不是尋常乞巧楼」南畝集6
漢詩番号1118
③385天明2年
1782/07/07
「七夕 おたなばためでたなばたといはふらんあまのかはらぬお出合の空」めでた百首夷歌①76天明3年刊
1783/01/
「七夕 天河ながれわたりのもろかせぎうしをひこぼしはたをおり姫」
〈『蜀山百首』①309『清好帖』⑳365〉
巴人集②412
②457
天明3年
1783/07/07
「七夕、懐ひを書して井・鱸二子に示す
 風起梧桐一葉疎 遙知牛女命竜車 蟬声帯露収高樹 鵲影填河度太虚 耽酒久拌身後業 感時誰曬腹中書
 年年乞為何事 贏得投閑老里閭」
南畝集7
漢詩番号1351
杏園詩集三
③467
⑥86
天明7年
1787/07/07
「七夕感懐
 憶昨年年七夕遊 為耽杯酒不知愁 仙楼競得支機石 綺席争開乞巧楼 脈々双星臨左界 盈々一水入東流
 回頭夢寐皆陳述 多少清歓病裏休」
南畝集7
漢詩番号1467
③504天明8年
1788/07/07
「七夕、宮惟孝に集ふ。陽韻を得たり
 雲漢流不尽 昭回天一方 悠々日以阻 脈々日相望 今夕是何夕 聯翩烏鵲翔 織女未下機 牽牛将服箱
 白雲結為幄 素霓裁作裳 歓情難具陳 契濶安可忘 感彼霊匹意 会此友人堂 対酒且言志 沈吟夜未央」

「七夕、宮惟孝に集ふ。侵韻を得たり
 少小曾遊翰墨林 毎逢佳節不廃吟 七襄欲奪天孫巧 雄賦聊披楚客襟 比来万事唯附酒 蠧魚在書塵在琴
 傾尽銀河天井水 百罰之盃不辞深 今日病余尋旧業 茫然無復昔時心 斉諧荊楚何荒誕 猶伝旧俗至于今」

「七夕、宮惟孝に集ふ。麻韻を得たり
 力疾迎佳節 幽尋避世譁 揮毫還汝輩 隠几似吾家 万事君平卜 千秋博望槎 年々牛女会 屈指独長嗟」
「七夕、宮惟孝に集ふ。魚韻を得たり
 一葉迎秋後 双星度漢初 高斎期勝引 左界望清虚 樹色斜含郭 江流曲入渠 牛門霊駕度 楽坂玉笙疎
 乞巧人争得 開顔笑自舒 何須曬錦綺 但欲論琴書 逸興偏瀟灑 玄談転湛如 合樽時促坐 染翰或臨除
 俯仰情無尽 留連意有余 不知衣露冷 簷外落蟾蜍」

「七夕、宮惟孝に集ふ。青韻を得たり
 月光如練照中庭 乞巧楼頭酒満缾 萱秀階前開七葉 鵲飛河上会双星 金針綵縷持相憶 玉佩仙裙去且停
 千載長伝緱氏鶴 人間糸管不堪聴」

「七夕、宮惟孝に集ふ。元韻を得たり
 街北錦綺粲 街南犢鼻褌 北阮兼南阮 才名誰最存」
「七夕、宮惟孝に集ふ。真韻を得たり 〈以下落丁〉
南畝集8
漢詩番号1560-
1566
④23寛政1年
1789/07/07
「七夕、感懐
 高樹鳴蝉暑未残 涼風何夕廃斉紈 新秋忽遇星河節 豪気頻思昔日歓 酔後友朋随驟散 眼前児女喜団欒
 縦令富貴在天上 乞巧誰如司馬安」
南畝集9
漢詩番号1739
④90寛政3年
1791/07/07
「他郷の七夕
 二星今夕会 千里異郷人 関外鴻書少 橋頭鵲影新 山横京輦外 水遶浪華浜 信美嵯非土 早涼生浹旬
 宦情何乞巧 節序転思親 雖負団欒宴 自無車馬塵 抄書時曬腹 沽酒足沾唇 忽見陳瓜菓 帰期計日頻」

七夕郊行。十首
 青知駒嶺樹 白見葛城雲 共上高台望 清風払暑気 右豊津台【玉造稲生祠】 〈玉造豊津稲荷社〉
 行入桃林下 桃林結子多 池辺牧牛去 牧笛和樵歌 右味原池
 先皇曾卜地 千載仰仁風 遺跡今安在 茫々猪野中 右猪甘野
 古祠安玉女 自有洗児盆 一遇栖西客 相携入洞門 右洗児盆【此を産湯の清水と云ふ。姫古曾神社有り】
 今夕会天孫 霞為錦綺翻 春光如可見 髣髴古桃源 右春光亭【産湯の清水在り。神官の営む所】
 人煙通古道 星漠属涼宵 莫以緱山鶴 不如烏鵲橋 右鶴橋
 鬱々将軍樹 長伝戦勝名 松風吹不尽 自作凱歌声 石御勝山
 当年長者苑 千古萎荒蕪 豈謂黄山賊 来偸一顆珠 右舎利寺
 片月懸孤塔 荒陵奉四天 曾遊諳勝迹 歩過寺門前 右天王寺
 誰道亀井水 伏自地中至 相逢阪曲亭 洗盞漱余酔 右逢坂」
南畝集12
漢詩番号2023
2024-2034
④180享和1年
1801/07/07
「池塘の七夕
 春草一登池上楼 夢回長夏又新秋 寧懸綵縷相連愛 唯対金樽且解憂 清露纔沾瓜菓奠 緒風微起荻芦洲
 恍疑貫月乗雲漢 試下陂塘棹小舟」

「七夕の散歩 独歩涼天望淡雲 盈々一水二星分 人生驟散須臾事 歳々佳期不似君」
南畝集13
漢詩番号2154-5
④223享和2年
1802/07/07
「七夕、懐ひを書す 乞巧楼中乞巧人 人々乞巧々愈新 誰知五十五年拙 養得無能無病身」
「其の二 竿上一褌難免俗 腹中千巻易為堆 蔡家東海人纔至 漢殿西王母欲来」
「其の三 近聞東北開蝦夷 靺鞨明珠未足奇 若有仙槎能貫月 応須綵石得支機」
「其の四 年々随例女牛過 清議何須廃嘯歌 烏鵲成橋真枉費 不如精衛填銀河」
「其の五 憶得前朝和永間 瓊筵綺節緑雲鬟 繁絃如雨人如月 今日唯余厳毅顔」【和永は明和・安永を謂ふ】
「其の六 倡家美女侍従良 持線穿針素霓裳 片月依々牛女会 清光合照温柔郷」
「其の七 自古牽牛織女名 誦詩三百自分明 謬称汚衊頭巾気 欲洗銀河猶未傾」
「たなはた(七夕)まつりといふ七文字をかみにおきて七首のうた続ける
 たそがれにほのめく星の影見えて今やさすらん天の川舟
 なつ引のちびきの糸のいとながき願ひの糸の秋も来にけり
 はねをならべ枝をかはさんちかごと(誓言)も今宵よりこそたてそめにけれ
 たをやめの手習ふまゝに書すさむなにはづをだにほしやうくらん
 まことかと星のちぎりもいつはりのある世に見なす事ぞはかなき
 つくし琴うるまのことのすがゝきにかきあはせなん星合のけふ
 りうたんにきちかうの花おりそへて今宵ふたつの星にたむけん

 七夕、舟を泛ぶ 南北遨遊二水辺 非過浅草即深川 仙舟縹渺三叉口 星漢依稀七夕天」
南畝集13
漢詩番号2311-17
細推物理
④267
⑧380
享和3年
1803/07/07
「七夕、馬蘭亭と同じく舟を墨水に泛ぶ。会々高橋梁山・高橋茂貫・近藤正斎、舟を方べて至る
 楊柳堤東一葉舟 行凌銀漢泝初秋 酔来無礼詩無律 欲飲三升墨水流
 其の二 橋上行人橋下船 東厓西岸沸繁絃 雨晴片月双星会 興劇千秋七夕筵
 其の三 鵲橋将渡絳河通 暑退新涼動諸風 乍有方舟能蕩槳 宛如晤語一堂中」
南畝集14
漢詩番号2472-4
④321文化1年
1804/07/07
「七月七日、訳司劉君美の至るを喜ぶ。韻を分ちて新宇を得たり
 雨後瓊山爽気新 炎蒸纔退裛街塵 昼問茶菓聊迎客 木末芙蓉自媚人 牛女寧添詩思巧 樊籠未脱宦遊身
 瓢然得泛仙槎去 直到銀河彩石浜」
南畝集15
漢詩番号2700
④390文化2年
1805/07/07
「七夕 涼宵片月澹如煙 幾処楼台湧管絃 露鵲頻翻庭樹外 乗槎欲度漢河辺
 世情北阮同南阮 秋興当年異去年 初見二毛終廿歳 西風衰颯一華顛」
南畝集16
漢詩番号2916
⑤25文化3年
1806/07/07
「七夕 七夕を思へぱ遠きあめりかのあまぞうねんの事にや有けん
     天河蓮台ごしのなき世とて紅葉のはしやかさヽぎのはし」
をみなへし②28文化4年
1807/07/07
「七夕、懐ひを書す 七夕新涼入竹叢 小楼盃酌命児童 自安六十年来拙 不競人間乞功風」南畝集16
漢詩番号3191
⑤107文化5年
1808/07/07
「七夕 幾場佳節望牽牛 雲漢浮槎月上楼 乞巧乞憐何所用 残生六十一年秋」南畝集17
漢詩番号3244
⑤126文化6年
1809/07/07
「たなばたまつりといふ七文字を句ごとに上にをきてよめば、うたのやうにもあらぬをそのまゝに手向けとなしむ
 たそがれにたなびく雲のたちゐつゝたなばたつめやたれもまつらん
 なにしおふなつ引の糸長き日もなにか文月七日とぞなる
 はねかはすはしをためしにはるかなるはつ秋のよのはてしなきかも
 たむけつるたがことのはのたまの露たもとの風のたちなちらしそ
 まれにおふまどをのほしのますかゞみまそでにぬぐふまどの月かげ
 つきに日のつもる思ひはつむちてもつきじとぞ思ふつまむかへ舟
 りうそくのりちのしらべのりともみよりしんのおれるりうたんの花」
をみなへし②42文化6年
1809/07/07
「七夕、将に舟を墨水に泛べんとして、雷雨に果たさず
 人間一雨洗炎暉 天上双星隔夕霏 鬒髮雲従山頂起 赤城霞共雷光飛 姫人結縷嗔庭湿 仙侶乗槎憾興違
 莫道暫時良会失 百年哀楽是耶非」
南畝集17
漢詩番号3370
⑤163文化7年
1810/07/07
「此頃狂歌さかりにして、彦星のひくうし/\うしら、いほはたたてるおり姫のいとのちすじにわかれたれば、何がしの連くれがしのつらを乱る初雁、あとなが先へゆくをやらじと、天の川波たちさはぎて、星にかすべき錦もなく、へんてつもなきことのはのみ、見るにものうくきくもうるさし。そも/\狂歌におかしみなきは、冷索麫にからしなく、刺鯖に蓼なぎがごとしと、馮婦が虎のひげをなでゝ、久しいものだが、七夕七首
 彦星のひくてふ牛のよだれよりこのちぎりこそ長たらしけれ
 中元の半元服や近からん三伏の夏たけしおり姫
 いく秋のへちまちゞみのすかたびらてんつるてんのほしにかさまし
 かさゝぎのはしも紅葉のはしをあるを猶おいとまの妻むかへ船
 七夕のひよくの鳥の玉子酒れんりの枝の豆やくふらん
 天河かしにまれなる秋鰹ほしのあふ瀬の一ふしもがな
 星合の床ばなれには心せようき世の嵯峨の朝まいりども」
あやめ草
千紅万紫
②76
①238
文化7年
1810/07/07
「七夕 天上牽牛不服箱 河辺織女豈成章 少年曾誦詩三百 万古痴人説夢長」
 其の二 牛女年々話一場 感宮唐殿謾荒唐 揮毫露滴銀河水 乞功文回錦繍腸
 其の三 逢著秋風六十三 且随児女望東南 盈々一水相思隔 忘却千憂在半酣」
南畝集18
漢詩番号3530-2
⑤212文化8年
1811/07/07
「ふみづきなぬかといふ七文字を上に、七夕七首
 ふみ月の七日のけふにあふ事もむそとせあまりみとせなるらし
 みしや夢きゝしやうつゝ七夕のくれ竹のよゝのふるごと
 つきもやゝかたむく庭に乙女子がほしのあふ夜をたちあかすらし
 きみまさでまがきが島のまつもあるを星合の空を烟たえせぬ
 なつ引の千曳の糸もはつ秋のけふの願ひやかけてまつらん
 ぬさとみし紅葉のはしや中たえぬ錦をあらふ天の川なみ
 かぢのはにかくともつきじほしまつる人の心をたねのくさぐさ」

「七夕のうたらしきものよみてのち、例のざれごとうたもふみつき七日といふ文字を上にして
 ふんどしをさらすとやみん珍宝の青とうがらし星にたむけば
 みじゆくなる星の唐うた大和うた書ちらしたる文月のけふ
 つる長く生ふるへちまのかわ袋鉢植ながら星にかさまし
 きん銀がたくさんならば盆前に七夕まつりしてもあそばん
 ながるべきしち草ながらけふばかり利上をしても星にかさなん
 ぬひものは下手か上手か針のめどまつくらや闇とをす糸筋
 かどなみに短冊だけをおしたてて色紙にかくかかな釘のおれ」
放歌集
千紅万紫
②157
①239
文化8年
1811/07/07
「七夕祭のうたよむとて、ふみつきなぬかといふ七文字を上によめる
 ふるくよりきゝわたりたる天河ほしのあふ瀬やこよひなるらん
 みちのくのとふの菅ごも七ふをもなぬかのけふの星にかさまし
 つきかげもほのめく空にあり/\とふたつのほしの影やあふらん
 きならせし天の羽衣いく秋か七夕つめのみへしなるらん
 ながめやるほしをこそまてさゝがにのいとなみたてし軒の高どの
 ぬしやたれもとみし庭の松かげにほし合の夜やたちあかすらん
 かぞいろのなにいつをだにつゞけぬとみどり子もなく梶のはのつゆ」
放歌集②198文化9年
1812/07/07
「新居の七夕 高軒爽気入新営 雨後涼風掃席清 紺苑塔標孤雁影 緇帷林下万蝉声
 思報綺節詩愈拙 待瀉銀河酒未傾 向夕月華纔散彩 二星霊駕暗相迎」
南畝集18
漢詩番号3654
⑤247
「七夕、戯を看る 紛々鼓板戯台頭 幻出仙槎乞巧楼 万古千秋同脚色 旦為織女末牽牛」
「又 湖山変幻入勾欄 八詠伝奇非一端 不用看場憂矮子 新扮南海飛頭蛮」
南畝集18
漢詩番号3800
⑤290文化10年
1813/07/07
「七夕、舟を泛べて青柳楼に過る
 風吹岸柳葉猶青 新月流光落晩汀 粉席粧台何処是 盈々一水隔双星」
南畝集18
漢詩番号3907
⑤318文化11年
1814/07/07
「七夕 連日炎暉不可当 忻逢七夕得新涼 飄風巻席翻書帙 疎雨穿簾湿筆床
 興欲飛觴猶病暍 詩纔裁句未成章 此楼寧乞人間巧 悵望二星天一方」
南畝集19
漢詩番号4061
⑤364文化12年
1815/07/07
「年々の七夕七首、ひこぼしのひく牛に汗し、はたおり姫の梭もなげつべし。今年は竹の林のふる事ながら、かの犢鼻褌をさらせえし事を思ひ、七のかしこき人々の名によそへて
 嵆康  あまの川ひきて水うつ柳かげてんから/\とかぢのはのうた
 阮籍  短冊の竹の林の青まなこあすしら露のうきめをやみん
 劉伶  七夕に婦人の言をきくなとはちとさしあひな妻むかへ酒
 呂安  星合の天の戸口にかく文字は凡鳥ならぬかささぎのはし
 山濤  璞玉のよにあらはれぬ天河ふかきちぎりやかさねこん金
 阮咸  天河さらすふどしのさらさらに昔の人のふりなわすれそ
 王戎  折からの桃も林檎もありのみに苦き李は星に手向じ」
七々集
万紫千紅
②244
①299
「十二月の画賛 七月 二星に月 天河ふたつほしの仲人はよひのものとや月のいるらん」七々集②264文化12年
1815/10/
「七夕 七夕正当大暑天 冷風陰雨転凄然 不知玉燭行何令 多恐銀河漲那辺 湯餅豈須平叔拭 素紈先見婕好捐
 人間乞巧非吾事 一酔酣歌楽暮年」
南畝集19
漢詩番号4189
⑤399文化13年
1816/07/07
「七夕 雨歇残雲散曲城 小楼無客有余情 今宵亦会双星否 一樹鳴蝉報晩晴」南畝集19
漢詩番号4288
⑤426文化14年
1817/07/07
「万葉集の秋の七くさにことよせて七夕七首
 七夕芽(ハギ)の花 秋はぎのにしきにまけぬおり姫の花すり衣けふのはれぎぬ
 七夕尾花   妻むかふ舟のへさきにたちながらまねく尾花の袖もなまめく
 七夕葛花   はつ秋の残るあつさにひやつこいこの葛水の花や手むけん
 七夕瞿麦   七夕のことばの花やあらそはんからなでしこにやまとなでしこ
 七夕姫部志  をみなへしくねりまはるも文月のまだみじか夜のたつた一とき
 七夕藤袴   ふぢばかまひもとくまさへ一とせのほしあひ引やまちかねぬらん
 七夕朝貌   牽牛の花のさかりをおり姫のわかれにしぼむ垣の朝貌」
紅梅集②345文政元年
1818/07/07
「七夕  七十老翁逢七夕 少年歓楽思疇昔 緱山仙子何無情 不借人間鶴一隻」
「其の二 憶昔年々七夕遊 不穿山屐即仙舟 墨田河上分芦荻 白馬台辺望女牛」
〈七月七日、仙人王子喬は白鶴に乗って緱氏山に現れた〉
南畝集20
漢詩番号4389-90
⑤459
「七夕 彩虹朝映牽牛花 不見今宵雨洗車 七十一年長養拙 紛々乞巧幾千家」南畝集20
漢詩番号4488
⑤488文政2年
1819/07/07
「七十にひとつあまれる年まで七夕七首のうたひとゝせもかく事なければ、白氏がからうたの七月七日長生殿の文字を上に置てよめるざれうた
 七月の七日になればもろ人も上の空なる心地こそすれ
 月かげは西にぞいらせ玉笥ふたつの星の空にきらめく
 七十にひとつあまれば大津馬おひからしたるたなばたまつり
 日ぐらしの声せはしきはほしのひのけふのこよひの床いそぎかも
 長々とまちまいらせし文月のたえぬちぎりはめでたくかしく
 生(イキ)みたまちかきうら盆おもてにはたんざく竹やたてゝまつらん
 殿様はおむまにあらぬひこぼしのひくてふ牛のおそきあしもと」
紅梅集②371
「七夕
 昔年逢綺節 処々試徘徊 墨水金竜寺 椿山白馬台 芦中時泊渚 榛曲或披莱 徒乞詩篇巧 不知衰老催」
南畝集20
漢詩番号4547
⑤503文政3年
1820/07/07
「辛巳七夕七首和歌
 七夕迎夜 ほし合の空やまち見ん秋風のそよぎもあへぬさゝの一夜に」
 行路萩露 花ずりの衣のすそもほしあへず露わけこゆる野路の萩原
 初雁雲連 夕さればあまつそらより音づるゝ雲のかたての初雁のこゑ
 秋夕傷心 何となくありかゝりとうき秋の夕ぐれにさへなりにけらしな
 対月待客 柴の戸の月かげきよく初秋ノあつさニつどふ友ぞまたるゝ
 山家擣衣 山ずみの軒端にすかくさゝがにのいとのみだれて衣うつらし」
あやめ草②87文政4年
1821/07/07
「辛巳七夕 江城大旱望雲霓 昨夜飄風雨自西 撃壌歌中喜薹笠 穿針楼上泣柔荑
 筵消酷暑堪安枕 路浥軽塵未作泥 今夕二星将度漢 陰晴不定使人迷」
南畝集20
漢詩番号4610
⑤522文政4年
1821/07/07
「七夕 詩も歌もどこへか筆ははしり井の冷素麺をすゝる七夕
 天にあらば比翼の鳥もち、地にあらば連理の枝豆、七月七日長生殿、夜半無人私語時、シイ声が高い」
をみなへし②49文政5年
1822/07/07