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   時候編・秋大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌〔時候編〕 大田南畝関係
  【十三夜】(じゅうさんや)
詞書・詩歌出典巻・頁年月日
「十三夜、橘洲のもとにて謡十三番を題にて月の歌よみける時、田村を
 あれをみよふしぎやなぐゐおほ空にひとたびはなつ千々の月影」 〈『万載狂歌集』は天明3年刊〉
をみなへし
万載狂歌集
②6
①10
明和8年
1771/09/13
「九月十三夜、温之に集ひて月を賞せんことを約す。雨ふらんと欲して果さず。賦して謝す
 将同良夜興 陰雨欲粉粉 不辨高秋月 空看薄暮雲 暗香知桂長 独酌対樽醺 酔臥乗飛夢 分明一訪君」
南畝集2
漢詩番号0236
③82安永2年
1773/09/13
「九月十三夜、病に臥して感有り
 良宵力疾望雲端 倚枕呻吟強自寛 已老菊存佳節後 将円月作仲秋看 酒杯偏与雄心減 薬餌空令起色難
 処々天明歌吹散 何人不罄一時歓」
南畝集3
漢詩番号0420
③145安永4年
1775/09/13
「九月十三夜、諸子と同じく重香園に飲す
 樽前已老桂花枝 月上茅簷夜色移 莫道三秋看欲尽 人間未必負佳期」
南畝集4
漢詩番号0569
③200安永7年
1778/09/13
「九月十三夜 秋高寒影透紗窓 雲浄晴光映玉缸 一自上皇伝詔後 至今名月自無双 【中右記に云ふ】」南畝集5
漢詩番号0854
③294安永9年
1780/09/13
「九月十三夜、土山氏に宴す。楼上に歌を聞く
 継華良会此遨遊 未必清光減仲秋 更有佳人歌一曲 凝眸遥見白雲流
【九月十三夜の継華会と名づくること、真俗講談記に見ゆ】」
「其の二【蘭外。此の詩讖と為る】 楼閣秋高月色多 十三十四唱新歌 繊繊一曲令人死 願作梁塵傍綺羅」
南畝集5
漢詩番号1016-7
③349天明1年
1781/09/13
「十三夜十三体【酔月楼会、今闕三体】
 詩  島台野菊尾花前 即席詩歌雑俳連 団子夜中新月後 十三里海鎌倉先
 歌  十五夜につぐ山流の事の曲雲井もすめる長月の影
 連歌 置露やしろきを後の月の影
 俳  売のこる薄にはやしのちの月
(以下「謡武蔵野」「開帳場縁起」「銭湯張札」「祭礼番附」「請状」「中空祓」六体は省略)」
〈酔月楼は勘定組頭・土山宗次郎邸。天明1年9月13日の宴〉
四方の留粕①221
「十三夜、酔月楼にて二人の白拍子の三すぢのいとひきけるをきゝてよめる。そのふたりの名は千代・とせとなんいひける 十日あまりみすぢの糸も長月のけふの月見は千代にやちとせ」
〈酔月楼は勘定組頭・土山宗次郎邸。天明2年9月13日の夜の宴〉
万載狂歌集①10天明2年
1782/09/13
「十三夜月 十三ではつかりはれし空われに月のさはりの雲もかからず」万載狂歌集①10天明3年刊
1783/01/
「十三夜月
 まん丸なもなかの秋にちとばかり細長月の影のさやけさ
 酒をのみ肴あらしてのちの月みればすなはち寛平法皇」

〈寛平法皇(宇多天皇)は十三夜を愛でたことで知られる〉
巴人集②417天明3年
1783/09/13
「十三夜月 清書(キヨガキ)もあがる二度めの月かげは又一段と見事なりけり」
〈典拠に年次はないが、天明5年刊の『狂言鶯蛙集』「秋下」に収録されていることから同4年と推定。『蜀山百首』①310『清好帖』⑳369〉
巴人集②417
②465
天明4年
1784/09/13
「十三夜 千秋継華会 万戸授衣時 一自称名月 遨遊不愆期」南畝集6
漢詩番号1296
③445天明5年
1785/09/13
「九月十三日
 露華星彩自霏徴 秋満閑庭柿葉稀 異代上皇伝詔旨 無双明月発光輝 影斜河漢聞鳴雁 節至風霜急授衣
 独愛良宵三五後 重開濁酒偃荊扉」
南畝集7
漢詩番号1373
③474天明7年
1787/09/13
「九月十三夜、徐徳卿と同じく郊行して日暮里に至り、月を賞す
 万壑鐘声古寺傍 高雲不動望蒼茫 桑田旧変三河島 樽酒新開一草堂 白日清秋行欲暮 青天朗月出揚光
 恍然飛蓋西園夕 況対鄴中徐偉長」

「又 松杉風外月 日暮里辺鐘 如此継華会 千秋不易逢」
南畝集8
漢詩番号1701
④72寛政2年
1790/09/13
「冬夜、懐ひを書す
 十月風霜日夜催 金城西北臥蒿萊 庭燎色徹玄猪節 瀑布声寒白馬台 縦有明時徴卓異 終将無用老邅廻
 上書誰献三冬業 文史徒慙曼倩才」
南畝集9
漢詩番号1762
④98寛政3年
1791/10/10
「十三夜、月下の吟
 今年一雨易為霖 春去夏来半積陰 秋天更有朝霞散 又見浮雲多滞淫 筇筰漏天何足数 桑枢下湿有誰尋
 前時幸遇中秋霽 一時奇賞中千金 曾聞九月十三晴 釘靴断縄語転明 雲浄月明右府記 攀桂継華御室情
 況有寛平上皇詔 長伝明月無双名 昔人已賞今夜月 今人豈背今宵盟 年年賞月三秋季 歳歳論心干古事
 鏡中霜露不堪寒 世上栄枯幾易地 紛紛儒服曼胡纓 日夜徒馳名与利 請看歩兵身後名 却在即時一杯酔」
南畝集9
漢詩番号1894
④140寛政5年
1793/09/13
「九月十三夜、墨江に遊んで月を看る
 近県浮游入酒壚 松風不尽墨江隅 雲光隠見将円月 露気凄涼未折芦 大海古祠遺此地 継華良会憶吾徒
 酔来聊欲裁詩思 天末秋高雁有無
 すみよしの松の木の間も玉笥ふたゝびやみん長月の影
 住吉の春の海辺もしら菊の花さく比の月にしかめや」
南畝集12
漢詩番号2054
蘆の若葉
④187
⑧243
享和1年
1801/09/13
「九月十三夜、城東に月に歩す
 蒼竜溝口水 王兎月中毫 一点繊埃滅 三秋爽気高 金波近盈満 朱邸列蕭曹 酔歩城門外 寧知肉食労」
南畝集13
漢詩番号2176
④230享和2年
1802/09/13
「十三夜、病中、月に対して感有り 墻外疎松接畝丘 霜飛素月冷残秋 病間三復菅公詠 吟罷千行涕泗流」南畝集14
漢詩番号2525
④335文化1年
1804/09/13
「九月十三夜 紫海黄花看再開 為逢良夜強銜盃 纔開鏡影峨眉月 遥照関山万里来」南畝集15
漢詩番号2751
④406文化2年
1805/09/13
「九月十三夜、芦中倣吏過らる
 籬落過重九 嫦娥得十三 節遭陰雨廃 影奈澹雲含 窮達人遅暮 豪雄酒半酣 為憂行路遠 不得駐帰鯵」
南畝集16
漢詩番号2950
④36文化3年
1806/09/13
「九月十三夜、姫路侯月亭の宴集。微韻を得たり
 氷輪漸々長清輝 雲浄風過露気微 旧事曾伝中右記 新篇誰発太玄機 檻前河漢流光転 闕下星辰入望稀
 樽酒重開継華会 千秋此宴莫相違」

「姫路侯の蛎洲の別業の園中、霊芝を生ず。侯の韻を次ぐ
 紫蓋峰巒疑泰岳 清秋簫鼓似河汾 蛎洲自表千年瑞 兎筆還生五朶雲
 台閣迎将皓老衣 (一字欠)冠身帯握蘭薫 弄璋合有斯干詠 三秀佳祥已属君」
南畝集16
漢詩番号3093・4
④80文化4
1807/09/13
「九月十三夜、諸君と同じく建部氏の朝白園に集ひ、月を看て作る
 桂影曾攀茗水頭 継華良会約重遊 一逃車馬塵埃境 共上雲煙縹緲楼 已冷気侵添絮服 将円輸入捲簾鉤
 坐中休笑拌沈酔 痩菊枯芒六十秋」
南畝集17
漢詩番号3259
3260
⑤131文化6年
1809/09/13
「九月十三夜 菊後望前賞月時 十三青女已含姿 芦芒未老缾中影 几上秋風子細吹」南畝集17
漢詩番号3413
⑤176文化7年
1810/09/13
「九月十三夜 残花佳節未全輪 欝々陰雲細雨頻 薄酒枯魚聊自酌 松間微月影窺人」南畝集18
漢詩番号3556
⑤220文化8年
1811/09/13
「十三夜、雨ふりければ 十三夜雨はふりきぬ里いものきぬかつきてぞふすべかりける」放歌集
千紅万紫
②165
①247
「九月十三夜、諸君と同じく釣伯園に集ふ
 継華良会過重陽 菊後望前賞月光 御室秋期随旧俗 韓田神会祭新星 女児袨服争奇競 老子幽襟引興長
 韻士酒徒無彼我 名園自有釣詩腸」
南畝集19
漢詩番号4081
⑤369文化12年
1815/09/13
「九月十三夜、新たに晴る 向晩紅霞散曲城 乍遇九月十三晴 自茲釘靴縄応断 一洗陰雲苦雨晴」南畝集19
漢詩番号4219
⑤407文化13年
1816/09/
「九月十三夜、釣伯園に集ふ
 朝雲将雨過簷楹 多恐今宵気不晴 午後積陰看解駁 風前微月転鮮明 継華紀節仁和寺 横槊吟詩七尾城
 正是韓田神会近 鼕々社鼓楽升平」
南畝集20
漢詩番号4312
⑤436文化14年
1817/09/13
「栗柿のゑに 栗柿の熟してなれる後の月ゑみてやくまん酒の樽ぬき」
「蜆をつとにして、薄、きぬかづぎのいもの画に
 業平の蜆とみれば花すすき穂にいづれどもきぬかづくいも
 ふたうたともに十三夜の月のかてものなればなり。よくよくみれば蜆にあらず、やはり芋なり。よりてもじをとゝあらたむ」
紅梅集②310
「九月十三夜、月を望んで韻を分つ。於字
 天上新晴仰月諸 庭前寒露滴林於 継華良会空王室 祈霽祠官墨水居 節去菊花猶馥郁 霜遅木葉未蕭疎
 年々共賞将円影 豈譲中秋望太虚

【九月十三夜を、仁和寺に継華会と名づく。真俗交談記に見ゆ。此の夜、雨ふれば、住吉の祠官謫せらる。一祠官、晴を祈りて歌を詠ず。事、京華集に見ゆ】
南畝集20
漢詩番号4411
⑤464文政1年
1818/09/13
「九月十三夜 九月良期夜十三 雲晴清影出東南 憶曾都下諸年少 処々遨頭酒半酣」南畝集20
漢詩番号4505
④492文政2年
1819/09/13
「九月十三夜 誰道継華会 不如三五時 芦芒猶未老 故々待風吹」
「十三夜、耕書堂に月を看る 寛平明月本無双 影照城東満大江 懐旧猶同諸酒伴 白頭吟望倒銀缸」
南畝集20
漢詩番号4617
4619
⑤524文政4年
1821/09/13