2つの「マラ5
」 プロローグ


 最近、2つのメディアから2つの「マラ5」が登場した。一つは、DVDで、バレンボイム・シカゴSOの最新ライブ映像盤、もう一つは、CD−R海賊盤のカラヤン・ベルリンフィル73年のライブ盤だ。

 どちらの演奏も、最新のメディアの上で、2つの世界最高オケの奏者の栄枯盛衰を物語っていて興味深い。

 マーラーの第5番(以下マラ5)は、トランペットを偏愛したマーラーが、20世紀の幕開きに作曲をした彼の中期の傑作だ。冒頭をトランペットの葬送行進曲で飾った。トランペット奏者にとっては名誉なことであるが、有り余ってノイローゼともなりかねない程に、負担の大きい曲だ。金大フィルの演奏の項でも書いたとおりだ。

 そういうわけからか、プロ・オケがその力を誇示したい時には好んで選ばれるレパートリでもある。ある年には、来日オケ(シカゴ、VPO、イスラエルPO等)が数ヶ月の間に「マラ5」を入り乱れて競演したこともある。


ショルティ シカゴ交響楽団が、ショルティを音楽監督として迎えたときに、最初のレコーディングに選んだのが1970年、「マラ5」(+マラ6)だった。
 この時、あの冒頭のラッパを吹いたのがアドルフ・ハーゼスだった。ハーセスは、1921年生まれで、戦後1948年にすぐシカゴ交響楽団の主席奏者となった。以来、50年間も首席奏者を続けていた驚異的な演奏家だ。このレコーディングの時、49歳、演奏家としては脂の乗り切った時期だった。実際に、演奏はすばらしいの一言に尽きる。多くのプレーヤ音楽愛好家がこの演奏を聴いて育ってきたと言っても過言ではないだろう。輝かしく、かつ完璧な演奏は、パノラマ的でクリアな録音と相まって、鮮烈な印象を与えた。
 それまでのマーラー演奏と言えば、バースタイン・ニューヨークPOのお世辞にも上手いとは言えない演奏か、クーベリック・バイエルン放送交響楽団の、ちょっと田舎くさい演奏(大好きだが・・)しかなかった。それだけに、英デッカの2枚組のレコード(CDでない)はマーラー演奏の新時代を告げるエポックだった。そして、この演奏はハーセスなしには存在しえないものだった。この「マラ5」は1971年のグラミー賞クラシック部門、ドイツ・レコード賞などを受けている。これを皮切りに、ショルティ・シカゴ響のコンビは、英デッカのドル箱となり黄金時代を築いた。



カラヤン その3年後、1973年、ヨーロッパ大陸では、カラヤンとベルリン・フィルが、この「マラ5」に取り組んでいた。ショルティのデビューとシカゴ響の成功を意識してかどうかわからないが、カラヤンは、初めてのマーラーのシンフォニーに第5番を選んだ。正確には、1960年に、「大地の歌」を演奏しているので、初めてのマーラーというわけではない。商業録音をも含めて本格的に取り組んだのはともかく、最初だったのだろう。



カラヤンのマラ5正規盤ジャケット この時、カラヤンは同時に派手な話題を提供するのを忘れなかった。冒頭のトランペット・ソロのために、若い天才トランペッターをわざわざ起用して、マーラー・デビューに臨んだのだ。最近まで、これは一体誰のことなんだろうかと思っていたが、インターネット情報等によって、現在BPO主席奏者の一人である、マルティン・クレッツァー(1950年生まれ)と言うことが分かった。カラヤンは、1973年のシーズンにおいてベルリンとザルツブルクで「マラ5」を3回演奏している。同時にレコーディングも行なっており、発売当時、青の背景に虹を描いた抽象的ジャケットデザインでも話題を呼んだ。


 カラヤンが「マラ5」を録音したニュースのあたりから、少しずつ自分の音楽との関わりが始まった。小学生高学年の頃、叔父がレコード屋からもらってきた「レコード・マンスリー」という、小雑誌の裏表紙に、この虹のジャケットが出ていた。「運命」を聴いて心を震わせていた当時、カラヤンは何者か、「マラ5」がラッパで開始されるなんてことも一切知らない。第一、まだ、音楽経験と言えば、縦笛を吹くことくらいしかなかった。


 シカゴ響のハーセスの演奏を初めて聴いたのは、1975年、確か中学1年の時だ。先輩からダビングしてもらったテープとラジカセで、繰り返し聴いた。そして、その数年後、高校生になって、1978年頃だったろうか、自前の小遣いをはたいてカラヤンのLPも買った。重厚な2枚組見開きジャケットのLPレコードで、当時4、600円もした。(今では、CD1枚で1200円くらいで買える!)



 時は流れる。1990年金大フィルの名演奏を聴いた。大学時代に、イスラエル・フィル(指揮:メータ)の生を既に聴いていたので、生演奏初体験ではなかった。聴き応えのあるものだったことは、繰り返さない。
 1993年には、某アマチュアオケにて、第3トランペット奏者として自ら演奏することになった。これも、スキップしよう。


バレンボイムのDVD
 今、21世紀になった。音楽メディアは、レコードからCDを経て、DVDの時代になった。最近のDVDソフトの低価格化にはすごいものがある。クラシック関係のソフトも徐々にではあるが、多彩になっている。まだまだ高価格だ。しかし、いづれ間もなく、価格破壊が起こるだろう。その中で、低価格だが内容充実のシカゴSOの「マラ5」のDVDを紹介しよう。











カラヤンのCD−R盤 もう一つは、秋葉原の某大手ソフト販売店で、堂々と販売されている、通称青盤、CD−R盤のカラヤンの海賊盤を聴いてみよう。デジタル時代の申し子、家内製手工業でゲリラ的にマーケットに供給されている青盤。デジタル時代の到来なくしては、日の目を見ることが無かったはずのパンドラの箱を開けてみよう。
 2つの演奏では、偶然にも新人トランペット奏者とキャリア最後のページを閉じようとしているトランペット奏者の姿が浮かび上がって来た。




                    つづく→