2つの「マラ5
」 その2 青盤登場


 現在、CD−Rの普及は目覚しく、パソコンの基本オプションの一つになっている。従来のフロッピーディスクに置き換わるほど普及ぶりだ。原因は、メディアの驚異的な値下がりにある。現在、1枚当たり100円を切っている。 
 CD−Rは通常の銀色に輝くCDとは異なって、信号記録面は青色をしている。音楽CDのコピーも実に簡単で、私的なコピーは法的に許容されている。CD−Rメディアの価格にはあらかじめ著作権料が上乗せされているのだ。

 ここ1年余り、秋葉原の某超大手CDショップで、CD−R盤なる物が売り場の一角を占めている。もう数100種類を越えるCD−R盤が並べられており、かなりの売れ行きと聞く。しかし、CD−R盤は通称青盤と呼ばれていて、不正コピーによる海賊盤である。驚くべきことに堂々と大手のCDショップで販売されているのだ。上場企業の販売小売店で!ある。さすがに、雑誌広告などは出していないが・・。レーベル名の一つは不敵にも「パンドラ」と言い、生産地はmade in USA と書いてある。しかし、これは全くの大嘘。現在、4−5社の発売元があるが、そのソースは、ほとんどがNHKのFM放送である。

 1970年頃から1980年代に掛けて、NHKのFM放送が音楽メディアの中で大きな位置を占めていた。とにかく無料で最新のレコードや海外のライブ演奏が聴けるのだから、当時としては一番低コストでクラシック音楽に親しめるメディアだった(NHKの視聴料金は必要)。この時期に放送されていたのは、ザルツブルク音楽祭、その他のライブ演奏が中心で、カラヤン、ベームなどの当時黄金期を迎えていた錚々たる巨匠たちの演奏が目白押しだ。



 まだエアチェックという言葉が死語で無かった時代、オープンリールデッキによるFM放送録音の収集を喜びとする、マニアがかなりの数いた。FM雑誌(隔週発売)なるものも、4種類ほど出版されていて、この時期と、自分が音楽に目覚めた時期が重なる。FMFanという雑誌だけが細々と続いていたが、2001年ついに廃刊となった。
 自分は、1975年頃から、ラジカセ(当時モノラル)でFMライブを聴き始めた。学生になってからは、自分でとカセットデッキでエアチェックをしていたものだ。

FMfan 最終号
2001.12.23


 青盤のレパートリーは、ほとんどこのFM放送全盛時代のオープンリールデッキマニアによるエアチェックがソースとなっている。
 まず、雑音が聞き慣れたFMノイズのそれであり、時々ご丁寧に蛍光灯のパチパチノイズまで入っている。何よりも、自分が確かに聴いた覚えのあるプログラムがカタログにずらっと並んでいるのだから、間違いない。青盤になっているものと同一演奏を、自分が録ったライブカセットテープでいくつも手元に持っているのだ。

 ヨーロッパの放送局の提供録音で、アメリカと日本に全く同じもの配給される事など常識的にないだろう。アメリカ人と日本人の音楽嗜好は違うからだ。青盤は、アメリカ製を偽装した、立派な国産品なのだ。この青盤のターゲットは、ずばり、現在30代後半から50代に掛けて、FM放送を熱心にエアチェックしていたクラシック・ファンである。彼らのオープンデッキや、カセットデッキ等はとうの昔に壊れて、コレクションしたテープも何処かに隠れてしまっている。かつて青春時代にのめり込んだ音楽に、熱い郷愁を抱いている年代なのだ。


 最近の音楽界は、巨匠と呼ばれる存在が払底し、入れ込める演奏家が居なくなっている。すでに故人となった演奏家の新譜が出ることももはやない。デジタル録音された最新の録音には、いま一つリアリティを感じることが出来ない。
 このような、寂しさと満たされない思いを感じていたその矢先、音楽と初めて出会った時代の熱いライブ演奏が忽然と目の前に現れたら・・・。自分だけの個人的感傷ではあるまい。そこに、最新のデジタル技術が出会った。



 この青盤は、おそらくゲリラ的家内製手工業で作成されている。
大量生産方式でCDを専門業者に造らせれば、コストと違法行為のリスクを負うが、自宅でCD−Rを焼く分に必要なのは、一枚当たり50円足らずのメディア代とインク代、そして時間だけだ。
 いかにも怪しげで貧弱なジャケットは、明らかにパソコン用インクジェットプリンタで印刷されてるし、メジャレーベルの正規商品の匂いも無い。演奏者の許可を受けているはずも無く、放送録音の無断使用、不正コピー商品で、著作隣接権侵害である。そして、厚かましくも相当の高額商品だ。

 昨今、メジャーレーベルの新譜CDは輸入盤で1600−1800円くらいが相場だが、この青盤は1枚2500円もする。2枚組なら5000円だ!しかも、1枚に収容できるような曲目を、わざわざ2枚にまたがって収録するなど、買い手の足元を見ている。
 青盤は、複数のインターネットサイトの掲示板等で、サクラが書き込みをすることによって、しっかり宣伝をしており、猫も杓子もともかく「名演」のイメージを作り上げようとしている。郷愁をくすぐって、「名演」への飢餓感を煽り、一方で売り切れ情報も流して買わなければ・・と言う脅迫観念を植え付ける。自作自演なのだが、ともかく特定のバックグランドを持つ人間に「ターゲット」を絞って、まんまと成功している。


 金大フィルのOBならば、1975年卒から1989年卒くらいの年代がターゲットだろう。この商法、当初、猛烈な反発を覚えた。どうせ出すならば、ちゃんとした音源から最高の技術で復刻して欲しいものだ。音質は、玉石混交だ。イタリアのモノラル海賊盤よりは少しはましだが、所詮FM放送のエアチェックレベルだ。正規商品のライブ録音盤などと比較すれば、かなりグレードは落ちる。これに2500円は払えない。
 インターネット掲示板の、扇情的コピーに反発したり、納得したりしつつ、横目で見ていた。しかし、カラヤンのあの噂のマーラー5番が出ると聞いて、冷静さを失った。天才トランペッターの演奏とはいったい・・・?




カラヤンのCD−R盤
 生前、ほとんどライブ演奏録音の発売など認めなかったカラヤンの美学からすれば、普通なら、まず聴かれる機会は無かっただろう。
 その意味で、貴重な記録であるのは確かで、興味津々である。しかも、20年間以上噂でだけしか聞くことが出来なかった演奏が聴けるのならば・・・。
 ちゃっかり宗旨変えをして、まんまと青盤の罠に落ちた。そこで、聴かれたものは・・・。



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