Piece1 飲み会における男女の法則(4−4)

 翌日、医学部棟でティアナは、めずらしい人物に呼び止められることになる。黄金の髪の、ナーディヤ・セヴィル。
「ナーディヤ、どうしたの」
「ティアナ様。あの、私、どうしたらいいんでしょう」
 淡い緑のワンピースに身を包んだ彼女は、困り切った表情でそう訴えた。
「なに、どうしたのよナーディヤ。青い顔して」
「あの、私、先程理工学邸に参りましたの。そうしましたら、今日、ヒサト様が登校してらっしゃらないと、伺いましたものですから。私のせいで、ヒサト様、伏せってらっしゃっるんじゃないんでしょうか」
「はあ」
 ティアナは、目を丸くする。それから、自分の腕時計に目を走らせ、苦笑した。
「大丈夫よ。こんな時間に、あいつが起きてくるわけないもの。安心して。寝とぼけてるだけだから」
「でも、私、真任を感じてしまいますわ。あの後、体育学部の皆様とご一緒に、ヒサト様、飲みに行かれたようですし。私も、ご一緒すれば良かったのですが、なにぶん門限がありましたから、先に帰らせていただいたものですから」
 罪悪感に満ちたナーディヤを見ていたティアナは、軽く肩を落とし、息を吐いた。それから、
「いいわ。そんなに気になるなら、一緒にヒサトの部屋、行きましょ」
「有り難うございます、ティアナ様」
 ナーディヤは、深々と頭を下げた。

 理工学部の寮は、大学部から歩いて10分のところにあった。
 大学の寮のなかでは、一番近い場所にある。それでも、遅刻が一番多いのは、間違いなくヒサト・シグリットであろう。午前中の講義は、全滅であることは言うまでもない。
 NW学園では、生徒の自主性を高めるため、カリキュラムは特にない。大学部にいたっては、その学部、学科の、卒業規定の単位を四年以内に取得すればいいことになっている。その代わり、留年、退学に関しては、かなり厳しいものとなっていた。出欠管理システムも、その一つだ。
 正門を出ようとして、ティアナはよく知る顔を見つけた。長い髪の、見るからに軽薄な青年だ。
「リュウじゃない。ずいぶんと優雅なご登校ですこと」
 ティアナの皮肉を笑顔で交わした瑠耶は、ナーディヤの手を取り、その手の甲に軽くキスをする。
「こんにちは、お姫様。ティアナ、どこ行くの」
 苦虫を噛み潰したようなティアナの顔は、瑠耶の眼中にはない。もっとも、そういう男だから、複数の女性と同時に付き合えるのだ。
「ヒサトのトコ。あんた、また朝帰りなの」
「なかなか彼女が離してくんなくてさ。ナーディヤ、オレもご一緒していい」
 そう言いながら、しっかり瑠耶の手はナーディヤの肩にあった。ティアナはもうなにも言う気力をなくして、そのまま踵を返した。いちいち反応していては、身がもたない。そうしてスキあらば、ナーディヤを口説き落とそうという瑠耶を連れて、理工学部の寮に着いたとき、ティアナは再び見知った顔と出会うことになる。桃山冴子である。
「桃ちゃん」
「ティアナ、どうしたの」
「お姫様が、ヒサトのこと心配だからって、叩き起しにね。桃ちゃんこそ」
「あたしは平成にモーニングコール頼まれてて。何度電話しても起きないから、直接起こしに来たのよ。それにしても、なんでリュウがいるのよ」
 桃山の問いに、ティアナの表情が険しくなる。そのまま彼女は、桃山の腕を取ると、
「ヒマなんでしょ」
 と言い捨てて、さっさと寮の中へと入ってしまった。慌てたナーディヤと瑠耶が、急いでその後を追った。

 寮とはいえ、その設備はマンションといっても過言ではない。それぞれの部屋に、バス、トイレ、冷暖房完備。台所もついており、部屋もフローリングの八畳と六畳にロフト付きと、申し分ない。男性と女性と、別棟になってはいるが、行き来は自由で、特に厳しい規則も罰則もない。ただし、他人に著しく迷惑をかけた場合には、問答無用で退寮させられるが。
 ヒサト・シグリットの部屋は、3階の西端にあった。西日のあたるこの部屋は、最後の最後まで入居者が決まらず、空室になる予定であったが、入寮希望を出し損ねたヒサトが、二次募集でなんとか入居できたという曰く付きの代物である。そしてその2軒隣りが、岩見平成の部屋だった。
「昨夜、あれからどうしたの」
「あれからって」
 長い廊下を歩きながら、桃山は気付いたようにティアナに尋ねた。ティアナは、にっこり笑って惚けて見せる。
「西原っていう奴と、どこまでいったのよ」
「うん、マンションまで送ってもらって、さよならよ。やぁねぇ、桃ちゃん、なに考えてるのよ。リュウと違って、あたしはすぐに手を出したりしませんって」
 ティアナの台詞に、桃山は疑いの目を向ける。
「ひどいわ、桃ちゃん。あたしのこと、疑うのねっ。ひどいわ、ひどいわ。桃ちゃんに疑われたら、あたし、生きていけない」
 両手で顔を覆って、ティアナは背を向ける。どう見ても、泣き真似にしか見えない。桃山は肩を落とすと、
「解ったわよ、ティアナ。ほら、行きましょ」
「うれしい、桃ちゃん。愛してる」
 語尾にハートでもつきそうな調子でそう言って、ティアナは桃山の腕を取り、寄り添った。桃山は、半ば呆れてはいたものの、仕方なくティアナを引っ張っていった。
 平成の部屋の前で桃山と別れて、ティアナたち三人は、ヒサトの部屋のドアの前に立っていた。視線を横に動かすと、インターフォンを押している桃山の姿があった。同様に、ティアナもチャイムを鳴らす。が、応答はない。勿論、ティアナは最初からそんなものは期待していなかった。彼女は、思い切り勢いよく、ハンドバッグを扉に叩きつける。
「ティ、ティアナ様」
 青ざめた顔で、ナーディヤが彼女に声をかける。それを止めたのは、瑠耶であった。
「気にしないで。ああでもしないと、ヒサトは起きないんだよね。ま、ティアナに任して、見てましょ」
 にっこりと笑って見せるが、ナーディヤは心配で仕方がない様子だ。何度も何度もバッグを扉に叩きつけるティアナの向こうには、同様にドアを叩いている桃山がいた。もっとも平成の部屋の扉はあっさり開き、中で桃山が大騒ぎしていたが。
「ティアナ様。それ以上叩きますと、ドアが壊れてしまいます。あの、ティアナ様」
 ナーディヤが恐る恐る声をかけたとき、部屋の中で鍵の外れる音がした。次の瞬間、凄まじい音と共に、扉が引き開けられた。
「ティ、ティアナ」
 玄関に座り込み、ティアナを見上げるヒサトがいた。声が完全に裏返ってる。鍵が開いたのと同時に、ティアナが力いっぱい扉を引き開けたのだ。今一つ事情が飲み込めずに呆然として玄関に座り込んでいるヒサトと、肩で息するティアナ。そんな二人の様子を、真青になって見ているナーディヤに、瑠耶は言った通りでしょ、とでも言いたげに笑いかけていた。
「ね、ナーディヤ。ヒサト、無事だったでしょ」
 振り返り、何事もなかったかのように微笑みかけるティアナに、ナーディヤはただ領くことしかできなかった。ティアナは、再びヒサトの方へ向き直ると
「ナーディヤが心配だからって、わざわざ起こしに来てあげたのよ。感謝しなさい」
「べつに、頼んだわけじゃない」
「なんですって」
 ティアナの瞳が、冷たく輝く。次の瞬間ヒサトを襲ったのは、ティアナのハンドバッグであった。
「あんたがいつもいつも寝とぼけてるから、ナーディヤが無用の心配して、あたしがこんなとこまで来なくちゃなんなくなっちゃったんじゃないのっ。それをよくまあ、頼んだわけじゃないなんて、勝手なこと言えるわねっ」
 ティアナの猛烈なハンドバッグの連打が、ヒサトを襲った。ナーディヤも瑠耶も、ただ呆然として見ていることしかできなかった。

《Fin》


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