〈3Days−1〉
2−2
一日目 午前
NW学園の玄関口でもあるNW学園中央駅には、巨大な横断幕がかけられていた。
“ようこそ、NW学園に ようこそ、3Daysに”
片寄リオン(かたより・−)は、人混みのなかでそれを見上げて立っていた。3日間の滞在にしては、いささか少ない荷物を片手に。
地下鉄のホームは、人でごった返していた。全員、この3Daysに参加する入学予定者、もしくは見学者である。見学会自体は正午からだが、説明会を含む受付は、午前8時から始まっていた。
「ようこそ、NW学園に。見学会参加者は、そのままエスカレータをお上がりになり、インフォメーションセンターへと向かってください。会場までのシャトルバスが出ております。受付は、宿泊先となりますホテルにて行われますので……」
感情のないアナウンスをぼんやりと聞いていたリオンの手に、一枚のチラシが押しつけられた。
『3Days見学者に限り、食べ放題!!
賞金付きチャレンジメニューもあり。(ただし、プロお断り)
ふらいぱん亭』
どこかのレストランのチラシだろうか。リオンは手にしたそれと、これを押しつけていった物体とを見比べた。
大きな青いりぼんをつけた、犬の着ぐるみ。
朝から、大変だろうなぁ。そんなことをぼんやり考えながら、彼は誘導のアナウンスに従って、エスカレータへと向かっていった。
3Daysの受付は、エムズガーデンホテルの2階と3階で行われていた。本来ならば、コンサートホールを利用して、全員を一カ所に集める予定だったのだが、午後に行われる音楽学部公演のリハーサルが行われているため、使用できなかったのだ。
どうしていいか解らずフロアーを右往左往している参加者達を、誘導班のスタッフが、受付のテーブルへと案内し、列に並ばせていた。
「はい。では詳しいことは、こちらのパンフレットに書いてありますから、必ず目を通してくださいね。それと、こちらが仮学生証(シルバーカード)になります。これをなくすと、ここではなにもできなくなってしまいますから、気をつけてください。最後に、こちらが地図とコンパスです」
長机の向こうに立つ学ランの少年に、桃山冴子はそれらをまとめて手渡した。
「地図と、コンパス、ですか」
不得要領な表情の彼に、桃山はにっこりと微笑みかけた。
「必要になるから。絶対。それじゃ、あの緑の腕章をした人に従って、会場に入ってください」
スタッフについていく彼の後ろ姿を見送って、桃山は軽く肩を動かした。結局昨夜は、ほとんど眠っていない。疲れがたまっているせいか、体のあちこちが凝っているような気がする。気を取り直して、受付の業務に戻った彼女は、目の前の人物を見て、呆然とする。
「なにか」
「あ、いえ。サミュエル・ヌーヴ・ド・リージェンヌ、さんですね。お待ちください」
桃山は慌てて背後の端末で、サミュエルの情報を呼び出した。画面に出た顔写真と、実物を見比べて、なんとも言えない気持ちになる。周囲の人間も、複雑な表情で、それとなく彼を盗み見ていた。
それも無理はなかった。サミュエルの姿は、あまりにも異様だったのだ。
ウェーブのかかった薄い金髪が縁取る、面長の顔。見事に八の字を描く、青い瞳。レースがたっぷり付いたブラウスに、金の刺繍が縁取りがついた緑のロングジャケット。中世ヨーロッパの王子様が、いきなり現代に現れたかのような出で立ちであった。唯一の救いは、彼がはいているのが、カボチャブルマーでないということくらいだ。
しかしサミュエル自身は、周りの様子など全く気付かずに、悠然として立っている。
桃山は書類を揃えると、彼へと向き直った。
「では、ご説明いたしますね」
当然といったふうに頷くサミュエルを見て、彼女は思わず苦笑いしてしまった。
「ナーディヤ」
コンサートホールへと続く廊下を歩くナーディヤ・セヴィルを見つけて、緋城瑠耶は慌てて彼女の名を呼び、駆け寄った。
「瑠耶様」
「会えて良かった。リハーサルは、もう終わったの」
ナーディヤは首を横に振ると、
「いいえ、まだ途中ですけれど。もしかして、私をお捜しでしたの」
「そう。ちょっといいかな」
瑠耶は人なつっこい笑顔を浮かべると、ナーディヤの蜂蜜色の髪に、鮮やかなシルクの青のリボンを結びつけた。
「瑠耶様、これは」
「ん、オレとお揃い。3日間、なるべく外さないで欲しいんだ。頼めるかな」
そういった彼の、色素の薄い茶の髪にも同じようにリボンが結ばれている。男性だというのに、こういうものが違和感なく身に付けてしまえるのが、瑠耶らしいといえば瑠耶らしい。普段着ている物も、女性物と紳士物が半々位なのだから。
「それは、構いませんけれど」
どこか不安げなナーディヤの頬に触れて、瑠耶は見事なウィンクをして見せた。
「ナーディヤが、初舞台を無事終えるように、おまじないだよ」
その言葉を聞いて、彼女ははにかむように微笑んだ。
「ようこそ、NW学園に」
アップテンポな音楽と共に、そんなナレーションが耳に飛び込んできた。救護室で雑誌をめくっていたティアナ・フィシスは、背後に設置されたモニタを振り返った。モニタには、NW学園の全景が映し出されている。
ティアナはため息をつくと、雑誌を閉じ、立ち上がった。昨夕の衣装は、やはりお気に召さなかったらしい。今日は、タイトなコバルト・ブルーのワンピースの上から、白衣を羽織っている。アクセントに、首に同じ色のリボンが巻かれていた。
昨日の行列が嘘のように、室内は閑散としていた。この説明会が終われば、再び大騒ぎになるに違いなかった。そのため、実行委員全員が自分の持ち場で待機しているはずだった。
彼女は、部屋の奥の、カーテンで仕切られた一角へと向かうと、それを勢いよく引き開けた。
さて、どうやって起こそうか。
そこには、ベッドの上で熟睡している、紫の腕章を付けたヒサト・シグリットの姿があった。
各説明会会場に備え付けられた大型スクリーンには、見学者達とそう年齢の変わらない青年が映っていた。彼の左腕には、実行委員と書かれた赤い腕章がはめられている。
「ようこそ、NW学園に。私が、この3Days実行委員会の委員長です。見学者の皆様に楽しんでいただくために、実行委員会では、様々なイベントをご用意してございます」
そこで彼は、ゆっくりと目を伏せた。充分に間をおいてから、彼はスクリーンの向こうの見学者達全員を見据えると、にやり、と笑みを浮かべた。
「そしてたった今から、この3Daysの見学者全員参加のメインイベント、名付けて3Daysスタンプラリーがスタートしますっ!」
NW学園の学生達が、必ず所持しているもの。それが学生証、通称ゴールドカードである。
講義を受けるのに必要なだけでなく、各講義の出欠の管理、寮の個室のカードキー、学園内の交通機関の無料パスにもなる。また、財団指定の店舗ならば、食事や買い物なども、一定額まで無料で利用できるのだ。逆をいえば、学生証を紛失してしまうと、自動販売機で飲み物一つ、買うことができなくなるのだ。
今回、3Days開催にあたって、学園側は3日間だけ有効な仮学生証を発行していた。正規のものと違い、銀色のそれはシルバーカードと呼ばれている。しかしシルバーカードは、そのまま使えるというわけではなかった。
シルバーカードには、実行委員会の手によって、ロックがかかっているのだ。
ロックは各カードによって数が違うが、最も多いものは五つ、少ないもので二つ、それぞれに設定されていた。このロックを解除しないことには、ホテルに宿泊することすらできないのである。
そしてそのロックを解除する方法は、たった1つ。左腕に実行委員会の腕章をしている実行委員会と、青いリボンを身につけている協力者と呼ばれる人物が持つ、カードリーダ付きの携帯電話に、シルバーカードを通すことだった。
しかし、ただ闇雲にカードを通せばいいというものではなかった。1番最初のロックは、実行委員会の人間のものでなくて解除できず、2つ目以降は指定された条件に合う人物でなくては、解除不可能なのだ。おまけに、それぞれのカードリーダの中には、形は同じだがその機能が付随していない、いわばフェイクが存在する。それについては、所持している当人すら知らされていないのだ。
見学者達は、3日間、この3Days会場の隅から隅まで歩き、その指定された人物を見つけだし、決められた時刻までにロックを解除しなければ、学生証失効という憂き目にあうのだ。
もちろん、ハンディが存在する。女性については3つ、来年受験予定者には、2つでスタンプラリーをクリアすることができる。しかし、9月からの開校に合わせての入学予定者については、一切ハンディはない。これに付いてこられなければ、NW学園で学生生活することは不可能だからだ。
そして、最も早くスタンプを集められた人物には、財団側から、卒業まで食費全額負担という、破格の賞品が予定されていた。もちろん、2位以下にも、寮の部屋の優先決定権など、様々なものが用意されている。これら賞品は全て、入学予定者のみが対象となっているのだ。
「このホテルの各フロアー及び各部署に、実行委員会の委員が既に待機しています。そこでまずカードを通してもらってください。各委員、各カード毎に条件、設定が違います。集めやすいものもあれば、当然レアなものもあります。それでは、みなさんの健闘を祈ります」
その言葉と同時に、各説明会会場の扉が、一斉に開かれる。あまりのことに呆然とする見学者達のまえで、モニタの中の委員長が消えた。
そうして、NW学園見学会、3Daysがスタートした。
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〈1日目 午後の主な予定〉
・エムズガーデンホテル………特になし
・コンサートホール………音楽学部コンサート
・イベント会場………12:00〜オープニングセレモニー 有志による出し物
・学園施設………理系学部開放 オープン講義(理工学部)
なお、校舎行きのシャトルバスは、イベント広場正面ゲートより発着いたします。
〈情報キーワード〉
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・情報ステーション |
| ・スタンプラリー 補足 | |
| ・実行委員会 | |
| ・桃山冴子 | |
| ・コーヒースタンド巴維唐堂 | |
| ・芸能学部演劇科 | |
| ・その他 |
〈illustration by 宝島 発見〉
〈all writing by 神月 縁〉