NW学園メールゲーム共通リプレイ
〈3Days−1〉
2−1


 前夜


 その日、NW学園敷地内でもっとも騒がしく、そしてせわしない場所と言われれば、NW学園中央駅からバスで10分ほどの、エムズガーデンホテルと誰もが答えるだろう。
 ライトアップされた40階建ての建物は、明日から行われるNW学園見学会、通称3Days参加者の宿泊施設であり、3Days実行委員会の本部でもあるのだ。

 桃山&ヒサト PM11:50

 目の前に紙コップを差し出されて、ヒサト・シグリットは我に返る。顔を上げると、コーヒーを手にした桃山冴子(ももやま・さえこ)が、呆れたような笑顔で立っていた。
「差し入れ。休憩しましょ」
 そう言われて、ヒサトは膝の上のノートパソコンを床へと置いた。放送設備と機材のすき間。2人が並んで座れば満員になってしまうそんなスペースに、桃山はためらうことなく腰を下ろした。
「熱心ねぇ。いくらティアナに決められたとはいえ、ばっくれても良かったんじゃない」
「いや、あの」
 桃山の言葉に、ヒサトは口ごもる。
 友人達に声をかけられ、断る理由もないからと半ば自主的に実行委員になった桃山とは違い、ヒサトは友人であるティアナ・フィシスに命令されるがまま手伝っているだけなのだ。いくら気が弱いとはいえ、知らんぷりを決め込んでも、誰に文句を言われる筋合いはないはずだった。ヒサトに命令したティアナ本人、実行委員ではないのだから。もっとも彼女の場合、医学部ということで、救護班辺りにかり出されているかもしれないが。
「研究室で、1人、必ず委員を出すことになってて。それが、オレ、らしいから」
「らしいって」
 ヒサトの言うことは、相変わらず要領を得ない。桃山は困惑しつつも、ヒサトの次の言葉を待った。
「研究室のホワイトボードに、そう書いてあったから」
 桃山は頭を抱えた。恐らくは、理工学部のヒサトの所属するチームのメンバーが、彼の性格をいいことに、押しつけたに違いなかった。なにしろあそこは、岩見平成(いわみ・ひらなり)を筆頭に、ロクなヤツがいないのだから。
 彼女はコーヒーを飲み、一息ついてから話題を変える。
「それにしても。設営班の班長、喜んでたよ。ヒサトは仕事ができるから、ありがたいって。これも、ほとんどヒサトが作ったんでしょ」
 そうして桃山は、ポケットから薄型の携帯電話を取り出した。実行委員全員、連絡用にと持たされているものだが、市販されているものと違い、右側面にスリットが入っている。
「あ、うん。あの、それ」
「なに」
「なにに、使うの?」
 桃山は、目が点になる。
「知らないで、造ってたの」
 ヒサトは冷めたコーヒーをすすりながら、答える。
「言われたとおり、造っただけだし。その、基本プログラムなんかは、ソフト班の連中がやってたから」
「あ、そうなんだ」
 桃山は、笑顔を返しながら視線を逸らす。もしかして、ヒサト・シグリットという人間は、それが武器や兵器の類でも、頼まれたら素直にその通りに造ってしまうのだろうか。
 危険人物って、案外身近にいるのかもしれない。
 コーヒーをすするヒサトの横顔を見つめながら、桃山は自分の想像にため息をついた。


 瑠耶&ティアナ AM0:15

 エレヴェータの扉が開いた瞬間、その光景に緋城瑠耶(ひじょう・りゅうや)は、思わず後退った。
 3Days実行委員会本部のあるエムズガーデンホテルの5階と6階は、委員のための部屋となっているはずなのだが、これはどういうことだろう。様々な色をした腕章をはめた実行委員会の男性達が、列をなしている。なにかあったのだろうか。
 「冗談じゃないわよっ。どうして、あたしがこんな恰好をしなくちゃならないのっ」
 聞き覚えのある声に、瑠耶は列の先頭の方へと足を運ぶ。案の定、姿を現したのはティアナ・フィシスであった。が、その姿に、瑠耶は思わず口笛を吹く。
「なによ」
 瑠耶を見つけて、ティアナの形のいい眉が吊り上がる。彼は、営業用のそつのない笑顔を浮かべると、
「いえいえ。よくお似合いで」
「殴るわよ」
 彼は、大仰に肩をすくめて見せた。
 ティアナがここにいるということは、どうやら扉が開け放たれている2部屋が救護室なのだろう。それにしても、一体誰がこれを考え、採用したのだろう。
 ピンクのナースキャップに、同じ色の看護婦の制服。それも、趣味を疑うような、超ミニ。道理で、野郎連中が列をなすわけだ。恐らくはこの姿の女の子目当てに、ささいな怪我でも救護室へとやって来ているのだろう。
 「AVの世界、だよな」
 瑠耶は、しみじみティアナを眺めて言う。すかさず、彼女は笑いながら、ピンヒールのかかとで彼の足を踏みつける。瑠耶は苦笑して諸手をあげると、失言を詫びた。いつもならこういう迂闊なことはしない彼だが、ある意味、あまりにも似合いすぎていたので、口が滑ってしまったのだ。
「で。お姉さんは、これから仕事」
「まさか。さっさとこんなの着替えて、帰るのよ。ばかばかしくて、付き合ってられないわ」
「人手不足なのに。それに、帰って欲しくなさそうな人が、結構いるみたいだよ」
 冗談めかして、彼はさりげなく壁に沿って並ぶ男性達を示す。先刻から彼らの視線が、ティアナの脚や胸元に集中しているのを、感じ取っていたのだ。
「だから、ばかばかしいのよ。消毒薬ですむようなこと、やらせないで欲しいわ」
 そうは言うものの、救護班の全員が、まだ学生だ。本格的な診断や治療など、できるわけがない。瑠耶は苦笑しつつ、
「これから、例の企画の打ち合わせだっていう話だよ。だからオレ、わざわざ来たんだから。これでも、仕事帰りなんだよ。お姉さんだって、帰れないでしょ」
 ティアナの眉間に、しわが刻まれる。彼女にしてはめずらしい、心底不快で、不満だというその表情に、ついつい瑠耶は笑みを誘われる。
「そういうわけ。あの連中も来るから、着替えるんだったら、早くすれば。なに言われるか、解らないよ」
「そういうあんたは、どこに行くのよ」
 左手でイヤリングを弄びながら、引き返そうとする瑠耶に、彼女は尋ねた。瑠耶は首だけ振り返ると、
「彼女ントコ」
 ウィンクして去っていく彼の後ろ姿を眺めながら、ティアナは呆れたように額に手を当てた。


 ナーディヤ AM0:20

 ナーディヤ・セヴィルは、明日の公演に使う楽譜を揃えて机の上に置くと、ため息をついた。
 異国の地に来て、3ヶ月。初めて、たくさんの人間の前で歌うのだ。故郷では、伝承歌の歌い手として、人前でよくそれらを披露したものだが、それとは全く違っていた。発声、楽譜の読み方、ピアノを始めとする楽器の演奏。様々なことを基礎から学んだ。なにもかも、ナーディヤの知らないことばかりだった。
 彼女は、今日下見に行った、エムズガーデンホテルのコンサートホールを思い出していた。2000人収容できる巨大な空間。最新の音響設備も整っているそんな場所を、彼女は生まれて初めて目にしたのだった。
 緊張する心を落ち着けるように、彼女は両手を胸の前で組み、神に祈りを捧げた。
 それにしても。
 ふっと、ナーディヤの脳裏に、ある疑問が浮かんだ。昼間、実行委員会と名乗る人物から渡された、ボタンの付いた箱はなんなのだろう。
 彼女の机の、揃えられた楽譜の隣りには、例の携帯電話が置かれていた。


 平成 AM1:05

 「えーっ、なんだよそれ。話が違うぜ、おい」
 携帯電話を左手で持ちながら、岩見平成はホットドッグにかぶりつく。それでも、視線は膝の上のノートパソコンのディスプレイから離れることはなかった。
「O.K.その代わり、バイト料、2倍にしてくれよ。なんだよ、当然だろ。こっちだってリスク負って、やってるんだからさ」
 目の前で、仮説ステージが組み上げられていた。あちこちに屋台やテントが設営され、一気にお祭り気分が高まっていく。完成したばかりのゲートには、“3Daysイベント会場”と書かれた垂れ幕がかかっている。学生有志によるライブやパフォーマンス、実行委員会主催のイベントや、模擬店などが行われるここは、恐らく3Days期間中、最も賑わう場所になるに違いなかった。
 エムズガーデンホテルの道路を挟んで向かい側に位置するイベント会場は、夜を徹しての作業が進められていた。なにしろ、3Daysの初日は、明日、なのだから。
 平成は、植え込みの縁に腰掛けながら、軽い夜食を摂っていた。サンドイッチ3人前と、ホットドッグが2つというメニューが、軽いかどうかはまた別の話である。
 「もちろん、イベントには参加するぜ。そんなことより情報管理だけはしっかりやってくれよ。オレだって、まだ死にたくないからな」
 そうして、ホットドッグの最後の一欠片を口に放り込むと、いたずらっ子のような笑顔を浮かべて、
「そうそう。例の約束、忘れるなよ」
 それだけ告げると、彼は電話を切り、胸ポケットへと滑り込ませる。そして膝の上のノートパソコンを操作すると、デザートのプリンへと手を伸ばした。


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