ピコ通信/第174号
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目次
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欧州環境庁2013年1月 レイト・レッスンズ II
早期警告からの遅ればせの教訓 科学、予防、革新 欧州環境庁(EEA)は2013年1月に、 『レイト・レッスンズ II 早期警告からの遅ればせの教訓 科学、予防、革新』を発表しました。これは、2001年に同庁が発表した報告書の第2弾と位置づけられるものです。 本稿では2013年版の各章のタイトルを紹介します。当会は各章の概要(Summary)のほとんどを日本語化し、当会ウェブサイトの予防原則のページで、レイト・レッスンズU 概要として紹介しています。 2013年版の各章の全文(Full text)は20頁を超え、各章全文の合計は700頁を超える大作ですが、少し時間をかけて、その内のいくつかの章を日本語で紹介する予定です。 2001年版の完全日本語版は、七つ森書館から2005年に発行されています。 『レイト・レッスンズ14の事例から学ぶ予防原則』 松崎早苗 監訳 水野玲子・安間武・山室真澄 訳 ■2013年版各章タイトル
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神奈川県立保土ヶ谷高校
シックスクール事故の顛末記T H.Y.(元保土ヶ谷高校教諭・保土ヶ谷高校シックスクール裁判原告) ■シックスクール事故後をどう生きるか 子ども(人)を育てることは、人間が文化を豊かにしてきた歴史の中で最大の課題であり続けています。ギリシャの時代から、また孔子の生きた大昔から、人々が背負ってきたものです。人が人であり続ける限り、一人一人が今後も、先人の教えを噛みしめながら、未来の子どもたちとともに自分自身を磨くことを続けなければならないと思います。 2004年の保土ヶ谷高校の有機溶剤汚染事故は、高校という教育現場で起きてしまいました。大阪の高校生の体罰に起因した自死の事件などを通じて、教育の現場に内在している深いブラックボックスを多くの方が認識したと思います。保土ヶ谷高校のシックスクール事故を通じて、私は以下のことを再認識いたしました。国、県、市の行政や教育委員会、学校の管理職など組織のなかで権限をもっている立場の方々が、責任の重大性を認識できなかったこと。組織上の弱者にたいして、思いやりと常識の欠如があったこと。事故が生じた際に、関係者が共に手をつないで、組織上の権限を超えて共に考え、子どもたちを守ろうとする意識が足りなかった方々が多かったことに、残念ながら思いあたりました。 先日、「保土ヶ谷高校30周年記念誌」を情報公開によって手に入れました。熟読いたしましたが、有機溶剤汚染事故に関する記事はほとんどなく、校長などが数行でふれただけでした。職員の座談会でも、汚染事故に関しては、全くふれられていませんでした。国会や神奈川県議会で議論され、神奈川県は「室内化学物質対策マニュアル」を2006年3月に作成し、テレビや新聞で報道され、学校が休校になったり、窮屈な仮設の教室で1年以上も授業が行われ、生徒・教職員に健康被害が多数出たにもかかわらず、保土ヶ谷高校の学校史から、ほとんど消し去られてしまったように思います。 私は、シックスクール事故を経験した高等学校として、日本一の環境教育を実践する高校になって欲しかったのですが、保土ヶ谷高校の選択は、汚染事故の事実を消し去ることであったのは、誠に残念でなりません。ドイツ連邦共和国第6代大統領ヴァイツゼッカー氏の演説を思い出します。「後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし、過去に目を閉ざす者は、結局のところ、現在にも盲目になります。」(岩波ブックレットNO. 55「荒れ野の40年」より) 教育の課題は、政治家たちが考えているように簡単には解決しない問題です。法律を変えれば解決する問題でもなく、人間社会、そして一人一人の永遠の課題です。私は裁判の原告として、シックスクール事故を多角的な視点から見つめ続けていきたいと思います。現在の日本の教育現場が抱えている問題のひとつとして、保土ヶ谷高校シックスクール事故と向き合いたいと思います。 保土ヶ谷高校の多数の生徒が健康被害を受け、全員が不便な教育環境を我慢しながら、立派に学習活動を成し遂げました。学校の職員として事故当時在籍された生徒の皆さんの立派な態度に、敬意と感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。 生徒諸君の健康被害が最大の心配事です。個人情報法の運用によって、連絡先もわかりませんし、現在の健康状態も把握することができません。私自身の健康状態から推測すると、いまだに一人で苦しんでいる方がいるのではないかと、心から危惧いたしております。裁判を通じて、少しずつシックハウス症候群・化学物質過敏症に関する情報を提供できればと願っています。 ■大量・多種類の有害な揮発性機溶剤による健康被害をもたらした防水工事の概要 2004年9月、10月に雨漏り防水工事が行われ、使用された多種類・大量の有害な揮発性有機溶剤によって生徒・職員が健康被害を受けました。生徒・職員の命と健康を守るために関係職員と頑張り続け、私にとってあっという間の10年でした。小学校1年生が高校1年生となる程の、長い年月が経過しました。事故に関する資料は、積み重ねると3mの高さになります。汚染事故関係資料を共有化し、今後のシックスクール対策に生かしていきたいと思います。 私は、2003年4月から2007年3月の4年間、神奈川県立保土ヶ谷高等学校に勤務しました。転勤して2年目の2004年4月27日に、北棟3階=音楽室、5月10日に西棟=部活倉庫前廊下で大量の雨漏りが発生しました。雨漏り発見後の翌日に、事務担当者が神奈川県教育施設課技術班に修理工事の依頼票を送付しました。4月30日、5月12日の両日に教育施設課担当者の現地調査によって、周辺部も雨漏り箇所同様に劣化しているため、該当教室屋上全面のウレタン防水工事が、7月8日の工事決定会議で確認されました。 2004年9月13日 北棟=音楽室・書道室の防水工事を開始。9月下旬から教室にシンナー臭が充満。 9月28日 担当教諭が管理職Cに、異常な臭気について苦情を申し入れ。 10月1日 工事業者と管理職Cが音楽室で臭気を確認し、「窓から臭気が浸入している。窓開け換気をしなさい」と担当教諭に指示。文部科学省の学校環境衛生の基準によれば、日常点検中に臭気があれば、臨時検査を実施することになっている。また、窓から臭気が浸入しているのであれば、窓を閉めるように指示すべきで、納得のできない説明であった。工事を担当した社団法人神奈川県土地建物保全協会(以下 保全協会)の総則でも、製品安全データシートの常備と工事に起因する苦情があった場合には、書面にて監督員に提出することになっている。 9月28日において検査を実施し、使用材料のVOCの危険性の説明と教室使用の禁止措置がとられるべきであった。しかし、管理職Aと施工業者は、有機溶剤の危険情報を提供せずに、同日から西棟=部活倉庫・同教室前廊下の雨漏り防水工事を開始してしまった。何度も苦情を申し入れたにもかかわらず、検査は11月17日まで行われず、多量の有害有機溶剤(約500kg/発がん性物質を含む)が、授業中の屋上防水工事で使用された。その結果、有害有機溶剤が屋上のコンクリートスラブ(鉄筋コンクリート造の床板)のクラック(割れ目)から教室・廊下部分のコンクリートスラブに浸入し、木毛セメント板(注)を汚染した後、天井から教室・廊下等を長期にわたって有害有機溶剤ガスで汚染した事故であった。 注:木材を薄くひも状に削り、セメントを混ぜ、板状に圧縮成型した準不燃材 2箇所の工事現場のコンクリートスラブには、合計250mに及ぶ大きなクラック(北棟200m・西棟53.3m)があったにもかかわらず、Uカットなどのクラック処理(防水工事の基本的な処理)を怠り、コンクリートスラブのクラックやジャンカ(注)を通じて多量の有機溶剤がコンクリートを貫通して教室を汚染するという、驚くべき杜撰な工事だった。防水工事前に職員に対して使用材料の危険性の連絡もせず、苦情を申し入れても、使用した危険有害物質の品目や、危険性の情報を全く報告せず、教室退避の指示もなかった。 注:打設されたコンクリートの一部に粗骨材が多く集まってできた空隙の多い構造物の不良部分。 10月18日 管理職Aは、シンナー臭の苦情が、何度も出されていたにもかかわらず、VOC検査などの安全確認を怠り、工事引き渡しを完了した。このような無責任な態度は、社会的にも許されないはずである。 11月8日 私を含む芸術科教員3人で、緊急対応を管理職Aに直接要請した。Aは「シンナー臭の苦情等を全く知らなかった」と発言。別の管理職Cは報告したと発言。 11月10日 保全協会はVOC検査実施予定日に、換気扇を音楽室2基、書道室1基設置。教育施設課は、窓への換気扇ではなく、天井からのダクト工事を指示していた。検査実施前だったが、天井から有機溶剤が発生していることを認識していたと思われる。退避指示はなかった。 11月17日 保全協会はTVOC(総揮発性有機化合物)検査実施。新コスモス社製XP-339V 音楽室中心部測定値 113=トルエン換算 約0.95ppm 約3,500μg/m3 音楽室天井内部測定値 176=トルエン換算 約1.8ppm 約6,500μg/m3 "防水工事材料中のトルエン・キシレンが原因と考えられる"としながらも、教室からの退避を指示しなかった。工事業者は、このTVOC検査結果を見ても、窓から浸入していると主張していた。天井内部の濃度の方が高い数値であるので、コンクリートスラブからの汚染であることは明瞭であり、危険性の大きさは計り知れないものであった。(注:国の室内濃度指針値のTVOC暫定目標値は、400μg/m3) 12月1日 学校薬剤師が検知管による検査を実施。 音楽室:トルエン 1,200μg/ m3 音楽室天井内部:トルエン1,500μg/ m3 (注:国の室内濃度指針値 トルエン:260μg/ m3) この検査結果について学校薬剤師は、正規の検査法である検査前の30分の換気を行わなかったことを理由に、「検査結果はあくまで参考値である」として、保土ヶ谷高校に対して教室からの退避の指示をしなかった。しかし、前日の午後に授業が行われていたので、換気の要件は満たされていた。管理職Bに、高濃度の検査記録を教職員全員へ報告するように要望したが、「数値が一人歩きするので、職員には報告できない」と回答。キシレンの危険性と健康への影響の可能性を伝えなかった。 12月6日 教育施設課工事担当者D、工事開始から初めて来校。工事現場確認。「工事関係資料はない。業者は記録をとるのが下手。写真はない」と発言。 12月9日 神奈川県学校薬剤師会がVOC検査。12月16日に検査結果報告される。12月1日の検査に比べ、異常に低い数値だった。キシレン230μg/ m3 トルエン<26μg/ m3 (12月27日 教育施設課、検査に不備があったことを認める。) 私が専門家に相談したところ、30分換気、その後5時間窓を閉めてから、8時間から24時間、検体を教室につるすという事を確認できた。薬剤師会の検査は、5時間の窓閉めの時間をとっていなかった。また、文部科学省の検査基準では検体はホルムアルデヒド用とVOC用の2検体を使うこととされているが、トルエン・キシレン・パラジクロロベンゼンの検査結果しか報告されておらず、検体にも疑問がある。 12月21日 教育施設課が、12月26日からベークアウト工事を実施すると全職員に説明。謝罪もしていない施工業者がベークアウトを行うというのだ。ピアノ等の移動計画は無し。教材移動計画もなく、事前のVOC検査も行わずに強行しようとし、職員から反対された。この工事は、12月25日に中止となった(教育局幹部の指示によりとの情報あり)。 2005年1月27日 今回の防水工事の教育施設課担当者が、使用材料の一覧表を提出した。工事開始から137日経過。有機溶剤の危険性の説明はなかった。 2月21日 松沢知事に請願書を渡し、汚染事故の緊急の対応を要望した。知事への情報提供は、合計3回行ったにもかかわらず、対策は何も講じられなかった。 3月3日 神奈川県議会文教委員会=山本裕子県議の質問に対しての、教育施設課課長の答弁は、「記録によりますと11月15日に連絡があったというふうになっております」と。この答弁以前の11月8日に校長から改善依頼。天井内空気換気用のダクトの設置を保全協会に指示。と県の事故報告書に記載されている。大きな疑問が残る 4月23日 北棟3Fの4教室が閉鎖された。当日、音楽室、書道室を見学した保護者が、書道教室内の異常なシンナー臭の存在を確認して激怒したからである。芸術科教員3名は、異常事態を2004年9月より訴え続けてきたが、事態を隠蔽しようとした管理職たちの態度に、保護者の怒りが爆発した。 4月27日 気温上昇にともなって、西棟5階トイレ付近で有機溶剤のシンナー臭が大量発生。生徒308名が体調不調を訴え、このうち26名が、国立相模原病院にて受診。2名がシックハウス症候群、2名が経過観察を必要とするとの診断を受けた。1名が専門病院にて同様の診断を受けた。新聞・TV等で社会的な大事件として30回以上報道され、過去に培ってきた保土ヶ谷高校の社会的信用を失墜させた。同日、近所の住宅の塗装工事の臭気が校舎内に進入し、生徒がパニックを起こす。 5月7日 第1回汚染事故保護者説明会を開催する。約300名の参加者。議論は8時間にも及んだ。元管理職Aは、保護者の要請にもかかわらず欠席し、事実を説明せず。 5月18日 衆議院決算行政監視委員会で議論される。国会で取り上げられたが、被害を受けた生徒・芸術科の職員への謝罪と事情聴取も行われていない。被害実態をしっかり調査しない態度は、文部科学省の無責任を露呈している。国会で議論されれば、問題は解決したのではないかと、だれもが思うだろう。情報公開請求しても、文部科学省による具体的な指示文書は全く出て来なかった。(つづく) ※第16回裁判は、3月7日(木)13時10分開廷予定。横浜地方裁判所5階502号法廷。神奈川県横浜市中区日本大通9(みなとみらい線日本大通り駅から徒歩1分,JR京浜東北線関内駅・横浜市営地下鉄線関内駅から徒歩約10分)。裁判そのものは5分〜10分ぐらいで終了しますが、弁護士会館あるいは横浜合同弁護士事務所で報告集会を開催。弁護団から現在の進捗状況の説明があります。傍聴よろしくお願いします。 |