2011年6月26日
水俣汚染サイト見聞録
水銀へドロ埋立地及び八幡残渣プール


紹介:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2011年7月16日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/minamata/110626_contaminated_site.html


1.はじめに

 2011年6月26日に水俣で開催された環境省主催の「水銀条約を考える会」に参加するために、水俣を訪問した折、同日午前中に、水俣の汚染サイトに詳しい元新日窒労働組合委員長・山下善寛さんと、水俣湾の海底をしゅんせつし、底にたまった水銀を封じ込める「公害防止事業」の初代現地所長をされた小松聡明さんから水銀へドロ埋立地や八幡残渣プールなど、水俣の汚染サイトを案内していただきながらお話を聞き、また貴重な関連資料をいただく機会を得たので、水俣汚染サイト見聞録としてまとめた。


(地図:『季刊 魂うつれ 2006/10月 第27号』山下善寛 氏(本願の会)
「八幡残渣プールから産廃処分場問題を考える」より



チッソ水俣工場 百間排口
2. 百間排水口

▼水俣病の原点
 チッソが1932 年から1968 年までアセトアルデヒド製造設備を操業したほとんどの期間、水俣病の原因物質であるメチル水銀を含む同設備の廃水を水俣湾に排出したのが、チッソ水俣工場南側から水俣湾につながる百間排水口である。

▼排水ルートを八幡プールに変更
 1956年5月に水俣病が公式確認され、水俣湾周辺に患者が次々に発生したので、チッソは1958年に排水ルートをひそかに変更して、工場北側の水俣川河口にある八幡プールという広大な廃棄場に排水した。しかしこのために水俣川河口付近から不知火海沿岸に水俣病患者が発生した。このルート変更は大規模な人体実験であったと言われている。

▼再び百間排水口へ
 事態を重視した通産省(当時)は、1959年にチッソに水俣川への排水を中止するよう行政指導し、チッソはサイクレーターという効果のない見かけだけの浄化槽を設置して、再び百間排口に排出することにした。

3. 水俣湾水銀へドロ埋立


左から筆者、小松さん、山下さん
▼水俣湾への水銀排出
 百間排水口の案内板には「水俣湾に排出された水銀量は約70〜150 トン、あるいはそれ以上とも言われ、百間排水口付近に堆積した水銀を含む汚泥の厚さは4mに達するところもありました。現在、百間排水口からは、浄化処理された工場廃水及び家庭からの生活排水が流れています」と書かれている。
 しかし、水俣湾に排出された水銀量約70〜150 トンという数値は、当時の熊本大学医学部の藤木講師らによる海底泥土の水銀調査結果による水俣湾の推定堆積量に基づく数値であると言われており、チッソが水俣湾に排出した水銀の正確な量は報告されていない。水俣病の全容を解明するためにもチッソは正確な水銀排出量を報告すべきである。

▼水俣湾水銀へドロ埋立工事
 チッソのメチル水銀を含んだ排水が流れ込んだ水俣湾には、メチル水銀で汚染された大量のヘドロがたまった。埋立地の案内板によれば、「その面積(水銀濃度25ppm 以上の部分)約209 万m2、量にして151 万m3という大変な量でした。熊本県は昭和52 年(1977年)から湾内で水銀濃度が特に高い部分(約58 万m2)を護岸で囲み、その中に周辺の水銀を含んだヘドロをくみ上げ、合成繊維製のシートをしき、きれいな土砂をかぶせ、水銀を含むヘドロを封じ込める埋立工事を始めました。工事には14 年の期間と約485 億円の費用がかかり、平成2 年(1990 年)に終了しました」と記されている。


エコパーク水俣親水公園
巨大な汚染を隠蔽している
▼巨大な汚染を隠蔽するエコパーク
 広さ58.2ha の埋立地の下には、水銀濃度25ppm 以上の未処理ヘドロ約151 万m3 があり、エコパーク水俣がこの巨大な汚染を隠蔽するように百間排水口近くから親水護岸まで広がっている。水俣湾の水銀で汚染されたヘドロは、浄化処理されることなく、単に埋立又は移動しただけであり、護岸に使用された鋼矢板セルの寿命や埋立地の耐震性が問題である。将来、地震時の液状化現象や護岸の崩壊、あるいは鋼矢板セルの腐食などによる水銀の漏出など、新たな汚染源となることが懸念される。この水銀汚染埋立地の浄化と安全性が確保されない限り、水俣問題は終わらない。


水俣湾埋立地護岸
 2013年の水銀条約締結のための外交会議を熊本県で開催し、水銀条約を「水俣条約」と命名することが提案されている。もし、この水俣湾水銀へドロ埋立や後述する八幡残渣プール関連の汚染及び安全問題が解決されぬままに、水俣で条約の署名儀式が行なわれるとするならば、その儀式は皮肉であり、滑稽ですらある。

▼元事業所長の指摘
 6月26日の午後に開催された環境省主催「水銀条約を考える会」の質疑応答で、約34年前の工事初期段階における工事実施主体である熊本県の現地事業所長であった小松聡明氏は、設計施工は当時の政府によって示された暫定指針に基づいて実施され、護岸用に使用された鋼矢板セルには寿命があり、また、設計時に、地震に対する埋立地の安全性の考慮がなされていなかったという懸念を提起した。
 小松氏は、その暫定指針は現在も有効なのかどうか、及び当局は鋼矢板セルの腐食及び想定される地震に対して埋立地は安全であると考えているのかどうか、質問した。
 これに対して、暫定指針について環境省は有効であると明確に回答したが、埋立地の安全性については環境省、熊本県、水俣市の何れも明確に答えなかった。


資料:平成10年3月熊本県 水俣湾環境復元事業の概要から抜粋

▼チッソ水俣工場の水銀の使用と流出
 チッソ水俣工場はアンモニア合成による肥料等の無機製品と、カーバイト・アセチレンを原料として有機化学製品を製造する総合電気化学工場として発展してきた。
 水銀は、カーバイト・アセチレンを原料に有機化学製品を製造するために必要な触媒として、昭和7年(1932)から図3−1のとおり、アセトアルデヒドから酢酸等を製造する工程で、また昭和16年(1941年)からは塩化ビニールを製造する工程で使用された。
 これらの水銀は、アセトアルデヒド製造設備では、反応器からのスラッジやドレン、蒸発器ドレン、精溜器からのドレン(精ドレン)に含まれ、塩化ビニール製造設備では、水洗塔等からの排水中に含まれ、工場排水に混じって水俣湾等へ流れ出ていた。
 水銀流出量は、アセトアルデヒド設備に較べて、塩化ビニール設備は極めて少なく、水俣病の原因となる水銀の大半は、アセトアルデヒド設備から流失したものと考えられている。熊本大学医学部の藤木講師らは、過去4回の海底泥土(底質)の水銀調査結果から、水俣湾内の水銀の堆積量を70〜150トンと推定している。

▼工事計画の策定
 熊本県は昭和49年(1974年)、水俣湾等に堆積する水銀汚泥の処理を行うために、学識経験者からなる水俣湾等公害防止事業計画委員会と同技術検討委員会を設置し、それまでの調査研究結果を下に処理計画、監視計画を策定した。
 汚泥処理工法の基本的な考え方として、一部埋立、一部浚渫、一部仮締切工法により処理することとされ、環境庁が定めた「底質の処理・処分等に関する暫定指針(昭和49年(1974年)5月30日環境庁水質保全局長通達)」により、細心の監視をおこなって施工し、汚染防止に努めるべきであると結論付けられた。
 また底質の除去基準は、昭和48年8月環境庁水質保全局長通達の「水銀を含む底質の暫定除去基準」に基づいて検討した結果を昭和49年5月の第16回熊本県公害対策審議会に諮問した結果、『底質の除去基準25ppm』が承認された。

安間(注):暫定指針/暫定基準
 「底質の処理・処分等に関する暫定指針(昭和49年5月30日付け環水管第113号環境庁水質保全局長通知)は、「底質の処理・処分等に関する指針(平成14年8月30日環水管第211号)をもって廃止された。
http://www.env.go.jp/water/dioxin/teishitsu-s.pdf
 新たな指針では、工事方法として、しゅんせつ及び掘削並びに封じ込めに加えて、下記無害化が追加された。
 "工事の方法等 4. 無害化:実用化に向けた研究開発の過程にある方法であり、採用に当たっては試験施工等により性能等について確認すること。"

 「水銀を含む底質の暫定除去基準(昭和48年8月環境庁水質保全局長通達」は、廃止されておらず、『底質の除去基準25ppm』は現在も有効であると思われる。
http://www.env.go.jp/hourei/syousai.php?id=05000179

▼工事の実施
 水俣湾内に流入・堆積した水銀量は約70〜150トンともそれ以上とも言われ、海底に堆積した25ppm以上の水銀を含む汚泥の厚さは4mに達するところもあり、これらの面積は209.2haもの広がりを見せていた。
 昭和52年(1977)10月1日、底質の除去基準を総水銀25ppm以上と定め、水俣湾等公害防止事業に着手した。


 同事業は、水銀値の高い湾奥部(約58万m2)を仕切って埋立地とし、比較的水銀値の低い区域(約151万m2)の汚泥(約151万m3)を浚渫して埋立地に投入し、その上を表面処理した後、良質の山土で覆い、水銀を含む汚泥を封じ込めるもので、高度な技術を要する海上工事は運輸省第四港湾建設局が、陸上工事、監視調査等は県がそれぞれ分担して行った。
 その結果、浚渫前の昭和60年(1985)に調査した湾内610地点の底質中の総水銀値は0.04ppm〜553ppmであったが、浚渫完了後の昭和62年(1987)に湾内84地点で行った確認調査結果では、最高12ppm 最低0.06ppm 平均4.65ppmまで低下したことが確認されている。
 この水俣湾の公害防止事業は、事業期間約14年と総事業費約485億円を投じて平成2年(1990)3月に終了した。

▼工事の内容
 工事は、湾内の潮流を弱め、工事による濁りの拡散を少なくする仮締切提を昭和56年(1981)3月明神崎と恋路島の間に設置し、次いで同年6月各種工法の試験工区としての役割と既存の港湾施設の移設先となる一工区(緑地区)に着手した。一工区は、図4−3のとおり、護岸部分の地盤改良のため、ヘドロの撒き上がり防止用の砂を厚さ1mに散布後、サンドコンパクションとサンドドレーンにより砂層を形成して地盤改良を行った。その後、地盤改良を行った部分に、鋼矢板セル、鋼管矢板工法により護岸を作り埋立地を構築した。

 浚渫海域の汚泥は、汚泥のまき上げを極力防止するため、カッターレスポンプ船で海水と共に浚渫して埋立地に入れて汚泥を沈降させ、多量の海水は余水処理を行って工事水域に再び放流した。
 汚泥を入れ終わった埋立地は、汚泥とシラスとを区別するための布製のシートを張り、網状のロープで押さえ、シラスを水と共に厚さ80cmに撒きだす表面処理を行った後、山土で厚さ1m以上覆土して、汚泥は封じ込められた。二工区も、同様の工法で工事が行われた。

▼護岸
 護岸は、@水銀の流出・浸出が防止できること。A施工中の汚泥の撹乱が極力少ないこと。B軟弱な地盤に耐えうること。C土庄・波浪及び地震等の外圧に十分耐えうること。D急速施工に適していること。等から既存の護岸との接点部分は鋼管矢板式、二重鋼管矢板式などの構造形式が採用されたほかは、概ね鋼矢板セル式で築造された。

▼綱矢板セル式護岸
 この工法は、軟弱地盤に採用され、かつ水密性の高い構造であるため、埋め立てられた汚泥は将来とも漏出することがないような目的で採用された。地盤改良を行った後、鋼矢板セルが打設され、セルとセル間を接続するため、鋼矢板でアーク部が打設された。一工区に直径29.5mのセルが13基、二工区に12基、また、二工区には、直径22.9mのセルが25基設置された。セル打設後、中詰材として砂及び雑石が投入された。

▼鋼管矢板式及び重力式護岸
 既存の護岸と鋼矢板セルとの間は、鋼管矢板又は二重鋼管矢板により施工された。また、フェリー埠頭等の良質の地盤を有するところでは、重力式と言われるコンクリート製のL型ブロック及びコンクリート方塊積の構造で施工されている。

▼表面処理
 埋立地に投入された汚泥は、細粒分が多く超軟弱であり、直接土木機械による施工が困難であるため、汚泥の上に合成繊維性の布を張り、その上にロープを格子状にかけて押さえ、厚さ80 cmにシラスを水搬で撒きだし、汚泥の表面に覆土工事に先立った表面処理工事が行われた。

▼覆土
 表面処理を行った後、良質の山土を1m以上盛土し整地して、排水路、港湾付属施設、臨港道路、埠頭用地の造成工事が行われた。
注:シラス
 シラス(白砂、白州)は、九州南部一帯に厚い地層として分布する細粒の軽石や火山灰

4. 八幡残渣プール

 八幡残渣プールの歴史、現状などについて、山下善寛さんに現地説明をしていただいた。また、山下さんは『季刊 魂うつれ 2006/10月 第27号』/本願の会に「八幡残渣プールから産廃処分場問題を考える」という記事を寄稿されているので、その記事を一部抜粋し、八幡残渣プールの問題点を紹介する。

『季刊 魂うつれ 2006/10月 第27号』
山下善寛 氏(本願の会)「八幡残渣プールから産廃処分場問題を考える」より抜粋

▼八幡残渣プールになぜこだわるのか
 水俣湾の水銀ヘドロは、曲がりなりにも、鋼材の矢板で埋立地を仕切り、耐用年数等はあるにしろ、それなりの対策が取られている。
それに比べ、「八幡残渣プール」は、
  1. 水銀だけでなく、いろいろな有害物質が、カーバイト残渣と一緒に埋め立てられ、何の対策も取られておらず、廃水等が海や川に流れ込んでいる。
  2. もともと「八幡残渣プール」は、水が抜ける構造で設計され、プールの石垣から、カーバイト残渣の石灰質や、他の有害物質が流れ出している。
  3. 水銀を始め、有害物質を含む「カーバイト残渣」が、水俣市内のいたる所の土地造成に用いられている。
  4. 八幡残渣プールに捨てられた「有害物質の種類と量」が明らかでない。
  5. 「水俣湾」の埋立地と同じく、「八幡残渣プール」は、地震や津波、洪水が発生すれば、堤防が崩れたり、液状化現象が起こったりして、大変な被害が出るおそれがある。
  6. 「八幡残渣プールの危険性」について、意識的に公表されないまま、今も使用されている。
 以上の点について、もう少し詳しく述べるが、水俣にチッソが進出して来た頃からの歴史について見ておきたい。

▼塩田や蓮池だった水俣工場
 チッソが現在地に移転した大正六年ごろは、新工場(カーバイト工場)一体は広い塩田であった。その後、田圃であったところにアンモニア合成工場を拡張、さらに戦後、それまで蓮池であったところを埋め立てて、工場を拡張し、工場の運転に伴う「工場廃水廃棄物」は、工場内に設けた簡単な沈殿地を経て、水俣湾(百間港)へ流していた。当時、百間港は、黒色を帯びていたという。(黒ドベ)
 「沈殿池を設けて流していた」と言っても、特に対策を講じていた訳ではなく、簡単な池を経て、無処理で海に流していた、というのが実体である。
 そのため、大正十四、五年頃には、「漁業被害」が発生し、大正十五年四月には、漁業組合と契約を結び、『永久に苦情を申し出ない』ことを条件に、見舞金1,500円を支払い、百間、薮佐地先7,000坪の埋立に関する承諾を得ている。
 その後も、漁業被害が出るたびに、「工場の汚悪水、残渣、塵埃を、漁業権を有する海面に放流する」ことを認めさせ、「過去及び将来、永久の漁業被害の補償として、152,000円を支払う」など、漁場を奪われる漁民の困窮につけ込み、埋立を続けた。
 「八幡残渣プール」付近は、昭和十九年に水俣川の河川工事にともなう埋立地をチッソが熊本県から購入、さらに昭和二十九年に残渣埋立地増設のため八幡地先と明神地先を入手した。


現在の八幡残渣プール埋立地と水俣川(手前)
 昭和三十年十一月五日の『水俣工場新開』は、「水俣川尻に大埋立地!護岸工事近く完成」という見出しで、「1日200トン、すなわちトラック40台分のカーバイト残渣が、工場から排出される。これを海に流すと、魚が死んでしまうので、空地を見付けては残渣のプールとして、それに流し込んでいたが、空地もなくなり、海を埋め立てることになった。近く護岸工事が完成すると(中略)36万立方米の残渣を捨てることが出来る。」

 このようにして、それまで主に百間遊水地を経て水俣湾へ流していた工場の排水や、カーバイト残渣を、昭和二十二年から「八幡残渣プール」へ流し始めた。その後、昭和三十一年、「水俣病患者発生」に伴い、マンガン、セレン、タリウム説などが発表されると、チッソは、それまで水俣湾(百間)へ流していた「アセトアルデヒド酢酸工場」の排水を八幡残渣プールへ変更し、工場廃水が疑われているのを誤魔化そうとした。

▼八幡残渣プールの構造
 「八幡残渣プール」は昭和二十二年、アセチレン発生残渣を利用して海面埋立を行うため海中に石垣練りコンクリート積みの築堤を造り、カーバイトの残渣をプールに投入した。排水や残渣は、石垣の間から海中に流れ出し、上澄み液は直接海に放出される構造になっていた。(右図参照)

 したがって、八幡残渣プールは沈殿地として設計されたものでなく、海面埋立のためのプールであった。

 昭和三十年に拡張した残渣プールは、直ぐにいっぱいになり、昭和三十三年には新たなプールが必要となった。そこでチッソは、工事費を安く上げるため、それまで埋め立てた残渣プールの上にカーバイト残渣で築堤を造り、「嵩上げ」を行なった。昭和三十三年十二月十日の『水俣工場新聞』は、「・・・そこで、一米ずつ四回かさ上げし、今後四、五年は、この方法で残渣処理をしてゆくこととなった・・・」と述べている。


カーバイト残渣の石灰質や有害物質が流出
▼カーバイト残渣で土地造成
 それまで、水俣湾側(百間港)へ流していたチッソは、昭和三十二年九月よりほとんどの排水を、八幡プールへ変更した。従って、水俣湾(百間港)で検出された物質(有害物)は、ほとんど八幡プールにも入れられたと見るのが妥当であろう。ちなみに、八幡残渣プールへ変更された後の「昭和三十四年七月」に測定された「水俣湾(百間港)」と「八幡プール」の分析結果は、表1(省略)の通りで、水量は八幡プールでは5分の1へと、少なくなっている。pH(水素イオン)は、水俣湾はほぼ中性で、八幡プールは強アルカリ性である。水銀の値は、驚くことに、八幡残連プールが、水俣湾(百間港)の8倍である。

 さらに、チッソが「水俣病第一次訴訟」で提出した資料によると、水俣湾(百間港)の海底の泥土(ドベ)の分析結果は表2(省略)の通りである。但し、驚くべきことに、分析結果の単位はパーセントで、ppmに換算すると、Hg(水銀)220ppm、Cu(銅)320ppm、Mn(マンガン)1000ppm、Pb(鉛)200ppmとなる。この分析結果より「八幡残渣プール」にも色々な有害物質が入っている可能性が高い。(昭和三十三年九月より、水俣湾、つまり百間港から八幡残渣プールへ、排水先を変更したのだから。)

 カーバイト残渣と共に有害物質を含んだ産業廃棄物を、昭和四十二、三年頃まで、今の「おれんじ鉄道の水俣駅」の前の「自動車学校」や「市営住宅」の埋立、個人住宅の宅地造成などに、チッソは無償で水俣市や市民に提供した。しかし、産業廃棄物で水俣市内のあちこちが埋め立てられている事は、「建設業」、「土建業」に従事している人以外には、あまり知らされていない。

▼八幡残渣プールへチッソが捨てた量は?
 チッソは、「八幡残渣プール」へどれだけの量の産業廃棄物(カーバイト残渣等)を捨てたのだろう?熊本地方検察庁へ提出したチッソの資料から、埋立面積は約56万平方メートルで、水俣湾埋立地58万平方メートルより少し小さいことがわかる。
 しかし、肝心の残渣等の埋立量はどれだけになるのか?埋め立てられた当時の『水俣工場新聞』にその一部は記載されているが、嵩上げされた量、新しく設けた「沖一、二、亀の首プール」(一部は今も産廃処分場として使用中)に埋め立てられた量などは明らかでなく、どれ位の量を埋め立てたのか定かではない。


造成地の石垣の崩れ
▼地震や津波に耐えられるか?
 「八幡残渣プール」は、先に述べたように、コンクリート練り石垣築堤や、カーバイトの残渣を固めて造った。新しく造られた「沖一、二、亀の首プール」は、コンクリートで築堤を行っている。しかしどちらも、かなりの年月を経て、石垣が膨らんだり、迫り出したりしている。後から造られた「プールのコンクリート」にも、ひび割れが出来て残渣がしみ出したり、コンクリートの鉄筋が露出した所がかなりあり、ずいぶんと傷んでいる。
 一昨年、「福岡沖地震」が発生し、山崩れや家屋の倒壊、埋立地の液状化現象が起き、被害が出た。水俣には「出水断層」や「日奈久断層」がすぐ近くまで迫って来ている。出水断層」では数年前、切通、針原地区で土石流が起きた。このような事から、「水俣湾の埋立地」は大丈夫か?「八幡残渣プール」は大丈夫か?と考えるのは、私だけであろうか?

▼行政と、県民、市民が力を合わせて
 「八幡残渣プール」についての当時の様子は、「水俣病第一次訴訟」で、チッソ第一組合の労働者が、「サイクレーターが完成した昭和三十四年以降も、アセトアルデヒド酢酸工場の廃液を北八幡プールへ入れた。その上澄液を甲プールへ送り、工場へ逆送した。各プールから、雨が降るとあふれ出して、海に流れていた」などを証言した。
 その後の研究で、「水俣病患者」が、八幡、湯之児、津奈木、湯ノ浦、不知火海全体へ拡大したのは、チッソが工場排水を「水俣湾」(百間港)から、八幡残渣プールへ変更した事によるもので、人体実験であったことが明らかになった。
 また、「八幡残渣プール」は、水銀以外のマンガン、セレン、鉛、錫、銅などを含む産業廃棄物などの捨て場であった事を見て来た。
 今回、「八幡残渣プール」の問題を調査する中で、水俣市の環境課が出してきた、『水俣市浄化センター及び清掃センター建設工事に伴う二次汚染防止対策関係資料』(平成元年一月、水俣市)による調査結果でも、カドミ、鉛、ヒ素、水銀値が、かなり高い値を示している。
 反対に、熊本県は、我々が早急に調査を行って欲しいと要望した事を受けて、五月十九日、「八幡残渣プール」の二ケ所の水を分析した結果を発表したが、「カドミ、シアン、鉛、ヒ素、クロム、水銀など17項日を検査したが、水素イオン(pH)以外は基準値以下であった」と公表。しかし、水素イオン(pH)13という値の排水を川や海に流していいのか! 排出基準を大幅に越えている。

 ともあれ、水俣市はいま、IWD東亜熊本が、「木臼野・長崎」に計画している「産廃処分場建設問題」で揺れている。熊本県は、県民、市民の「安全・安心」、「健康」など、日常生活に重要な事について、正しい情報を提供し、よりよい生活環境の維持、管理に努めるべきであると考える。
 水俣市民も、「産廃に反対する市長が当選したから」とか、「産廃阻止の市民会議ができたから」と、他人まかせや行政まかせでいいのだろうか?
 一人一人が自らの問題としてとらえ、行動すべき時に来ている。そうしないかぎり、「水俣病を経験し」、「環境、福祉モデル都市」をめぎす、水俣の未来はない。水俣から、『産廃処分場を必要としない町づくり、社会づくり』を提言して行こう。


以上、『季刊 魂うつれ 2006/10月 第27号』山下善寛 氏(本願の会)「八幡残渣プールから産廃処分場問題を考える」より関連部を抜粋。
尚、本稿における carbide の日本語表記は、原文に従いカーバイトとした。

5.おわりに

 山下善寛さんと小松聡明さんの現地案内と提供いただいた資料から、水俣湾水銀へドロ埋立地及び八幡残渣プールの問題点の概要を把握することができた。しかし水俣には上記以外にも、汚染物質を含むカーバイド残渣による埋立/土地造成や、産業廃棄物等による汚染サイトがあると聞いている。水俣市全体の汚染サイトの全貌把握が必要であると感じた。

 埋立地の安全性についてはすでに熊本県が委員会を発足させ、検討に着手しているとも聞いているが、その全体計画と進捗状況は不明である。八幡残渣プールを含む水俣市内の他の汚染サイトについては、どのような調査検討が行なわれているのか不明である。

 これらの汚染サイトの安全性の検討と安全確保、汚染状況の把握、及び浄化のために必要な措置の策定及び実施には、行政だけでなく市民も参加して、また汚染者負担の原則に基づきチッソも何らかの形で関与して、早急に総合的なマスタープランを作成することが重要である。

▼水俣湾水銀へドロ埋立地の問題点
  • 護岸の老朽化(鋼矢板セルの腐食を含む)
  • 地震時の護岸及び埋立地の強度、並びに埋立地の液状化の可能性
  • 護岸及び埋立地からの水銀など汚染物質の漏洩の可能性
▼八幡残渣プールの問題点
  • 八幡残渣プールに排出された有害物質の種類と量が不明
  • 水銀など有害物質を含むカーバイト残渣による土地造成
  • 八幡残渣プールや造成地からカーバイト残渣の石灰質や有害物質が流出
  • 八幡残渣プールの石垣やコンクリート築堤の老朽化
  • 地震時の護岸及び埋立地の強度及び埋立地の液状化の可能性
▼その他の汚染サイト
  • その他の汚染サイトの特定(場所、由来、汚染物質)
  • 汚染サイト毎に問題点の把握、汚染物質の濃度、周囲への影響などの調査

写真:化学物質問題市民研究会


化学物質問題市民研究会
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