ピコ通信/第132号
発行日2009年8月24日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 2009年度第1回ODA政策協議会
    マラリア予防の農薬蚊帳配布
    第三者機関によるリスク評価に基づくリスクマネージメントが求められる

  2. ナノの話(2)ナノ銀 殺菌・抗菌剤としての使用
  3. NHKクローズアップ現代 7/30放映
    「松があぶない」は「空散で人と生き物があぶない」ではないのか

  4. 農薬登録制度上の課題と対応方針(案)への当会パブリックコメント
    農薬削減を基本とし、安全性の再評価を
  5. 調べてみよう家庭用品(29) 傷薬
  6. 環境問題の動き(09.07.24〜09.08.23)
  7. お知らせ・編集後記


2009年度第1回ODA政策協議会
マラリア予防の農薬蚊帳配布
第三者機関によるリスク評価に基づく
リスクマネージメントが求められる


 2009年度NGO・外務省定期協議会/第1回ODA政策協議会が2009年7月24日に外務省で開催され、外務省(9名)、NGO(23人)、JICA(2名)が出席しました。当研究会からも2名がNGOとして参加しました。
 ODAとは、開発途上国への「政府開発援助」のことです。
 全体の議題は末尾に示す通りですが、本稿では、外務省定期協議会/ODA政策協議会について簡単に紹介するとともに、今回の議題のうち、「協議事項(2) ODAのリスクマネージメントを考察する−マラリア予防の農薬蚊帳(オリセット)配布を例にして−」の背景と、この議題に対する当研究会の安間武の発言要旨を報告します。
 NGO側の問題提起に対し外務省側は「WHOが」「メーカーが」という主体性のない説明に終始し、安間の発言に対しても時間切れで回答することもなく、会議は終りました。次回のODA協議会に出席する機会があれば、この点についてフォローします。
 なお、農薬蚊帳の問題についてはピコ通信第128号(2009年4月)第118号(2008年6月発行)でも取り上げました。

NGO・外務省定期協議会/ODA政策協議会について
■NGO・外務省定期協議会
 NGOと外務省との連携強化や対話の促進を目的として、ODAの情報提供やNGO支援の改善策などに関して定期的に意見交換する場として設けられました。2002年度より全体会議に加え小委員会を設立されました。
◆ 全体会議
 開催頻度:年1回
 内容:小委員会での協議事項の確認等
◆ 小委員会
(1)ODA政策協議会
  開催頻度:原則として年3回
  内容:ODA政策全般
(2)連携推進委員会
  開催頻度:原則として年3回
  内容:NGOと外務省の実務面での連携推進
(以上外務省ウェブページより)

2000年度以降の各会議の議事録は外務省の下記ウェブサイトに掲載されています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/taiwa/kyougikai.html

◆ODA政策協議会
 公募で選出された5名のコーディネーター(*)がNGOと外務省の協議の場を確保し、ODA政策についての協議を深化させるための責務を担います。具体的には、各NGOから議題を収集し、外務省と調整を行い、議論の論点を絞り込み、議運(案)を練ります。
(ODA政策協議会事務局からの案内メールによる)
(*)ODA政策協議会コーディネーター
西井和裕 (特活)名古屋NGOセンター
池田晶子 農業・農村開発NGO協議会
加藤良太 (特活)関西NGO協議会
高橋清貴 ODA改革ネットワーク
谷山博史 (特活)国際協力NGOセンター

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協議事項(2)
ODAのリスクマネージメントを考察する
−マラリア予防の農薬蚊帳(オリセット)配布を例にして−
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1.議題の背景
NGOが事前に提出した議案では、次のように述べています。

■昨年度第2回ODA政策協議会で議論された農薬蚊帳(オリセット)の危険性について、フォローアップとして、今回は、危険性の指摘されている物品をODA資金で配布することの是非といった普遍的課題を、オリセットの配布を例にして議論したい。

■2008年12月2日開催の「2008年度第2回ODA政策協議会」にてODAによるマラリア予防の農薬蚊帳(オリセット)の配布について議論したが、外務省側は@農薬蚊帳の有害性は一部の学者が論文を上梓したに過ぎず証明されていない。AWHOが認めたものである。との理由でNGO側が求めた配布の妥当性に関する検討を退けた。(但しWHOおよびその下部機関やしかるべき公的機関からの危険性の指摘に関しては、NGO側からの情報の提供を歓迎、外務省としても内容を把握していく旨の「前向き」な回答もあった。)

■同協議会でNGOより出されたODAのリスクマネージメントに関する問題提起(安全性が証明されていない住友化学製の農薬蚊帳をはじめ、それに類する物品をODA資金で配布することの責任について議論を深めたい。

2.議題に関わる問題点
コーディネーター、池田晶子氏(農業・農村開発NGO協議会)から、ODAのリスクマネージメントとして、将来的に危険性が証明される可能性のあるものを途上国に提供することの是非について問題提起がありました。(詳細略)

3.リスク評価とリスクマネージメント
池田晶子氏の問題提起を受けて、当研究会の安間武が問題点の説明を行いました。発言の要旨は下記の通りです。

(1) 巨額のODA資金を供与するにあたっては、その案件に関し第三者機関により科学的なリスク評価が行われることが重要であり、そのリスク評価に基づき、供与案件とするかどうかのリスクマネージメントが行われなくてはならない。

(2) マラリア予防の農薬蚊帳(オリセット)に関しては、外務省は、「WHOが認めている」、「メーカーが安全であると言っている」など主体性のない説明で、オリセットの正当性を擁護しているが、これはリスク評価ではない。

(3) 科学的なリスク評価を行うために下記が考慮されなくてはならない。
▼ペルメトリンの有害性について様々な指摘がある。例えば
(a) 欧州連合では農薬としての活性成分ペルメトリンは水生生物に有害であることが主たる理由で2000年に登録が抹消された。
(b) 発がん性について米EPAは「ヒトに発がん性があるらしい」と分類している。
(c) ペルメトリンの有害性を報告する研究がある。本日の会議の冒頭でもサパ(*)の野澤氏からペルメトリンが血管の新生を阻害するという新たな研究報告が配布された。
(注)上記以外に、サパを通じて外務省に文書ですでに示したものとして、国際化学物質安全性カード(ICSC番号:0312)のペルメトリンに関する下記指摘がある。
・水生生物に対して毒性が非常に強い。
・通常の使用法でも環境中に放出される。
・不適切な廃棄などによる放出を避けるよう充分に注意すること。
(*)特定非営利活動法人 サパ=西アフリカの人達を支援する会
▼マラリア予防のための蚊帳には、有害な農薬ペルメトリンを練りこんだオリセット以外に、農薬を使用しない安全な通常蚊帳があり、十分な実績と効果があることがサパから報告されている。
▼蚊帳の選択にあたっては、効果、費用、安全性について、第三者独立機関により科学的に評価されるべきである。
▼ペルメトリン耐性蚊発生の報告がある。
▼オリセットの安全性評価は、オリセット使用時の安全性だけでなく、製造時、使用時、廃棄時というライフサイクルでの人と環境に及ぼす影響が評価されなくてはならない。
▼ペルメトリンは水生生物に有害なので、使用済みの膨大な量のオリセット(外務省の説明では2008年度の供与数は140万帳としているが、ODA供与対象以外も含めてアフリカで配布されているオリセットの数を精査する必要がある)の廃棄処分について十分なリスク評価が必要である。

(4) リスク評価に基づくリスクマネージメントにおいて考慮されるべきこと
▼リスクマネージメントにおいては、予防原則とノーデータ・ノーマーケット原則が適用されるべきである。
(予防原則)
▼予防原則は、合理的な懸念があれば科学的に必ずしも因果関係が十分に立証されていなくても、事前に予防的措置をとるという考え方であり、欧州連合の環境政策では予防原則が前提となっている。
▼予防原則を適用すれば、被害を最小限に食い止めることができた事例として、日本には水俣病やアスベスト被害がある。
(ノーデータ・ノーマーケット)
▼従来の化学物質管理においては、被害を受けた側がその化学物質の有害性を立証しなくてはならず、有害性が立証されなければ規制されないというノーデータ・ノーレギュレーションの考え方が主流であった。
▼しかし、近年、欧州連合を中心に、予防原則の考え方とともに、化学物質の供給者がその化学物質が安全であることを示さなければ市場に出すことはできないとするノーデータ・ノーマーケットという考え方にシフトしてきている。
▼2006年6月発効の欧州連合の新たな化学物質規則 REACHは、予防原則とノーデータ・ノーマーケットの理念に基づいている。

(5) 結論
第三者による科学的なリスク評価を実施し、予防原則とノーデータ・ノーマーケットに基づくリスクマネージメントにより、ODA資金で農薬蚊帳を配布することの是非を決定すべきである。
(安間 武)


第1回ODA政策協議会議題
外務省報告事項【外務省】
 (1) 国際協力局機構改革について
 (2) ラクイラサミットについて
協議事項【NGO】
 (1) ODA中期政策改定に向けて前回改定時(2004年度)プロセス振り返り
 (2) ODAのリスクマネージメントを考察する マラリア予防の農薬蚊帳配布を例にして



ナノの話(2)ナノ銀
殺菌・抗菌剤としての使用



1.殺菌・抗菌剤としての使用

 銀に殺菌・抗菌作用があることは経験的にギリシャ、ローマの時代から知られており、アメリカの開拓時代には牛乳に銀コインを入れて殺菌したと言われています。
 近年、銀イオンやナノ粒子の殺菌・抗菌効果を利用した多くの商品が市場に出ています。ナノ銀利用製品には、繊維、洗濯機、染料/塗料/ワニス、ポリマー、流しや衛生セラミックス、消毒剤、防臭剤、台所用品、化粧品、身体手入れ用品、乳幼児製品、医療品などがあり、その応用範囲は急速に拡大しています。
 ウッドロー・ウィルソン国際学術センター/新興ナノテクノロジーに関するプロジェクトのナノ製品目録(2008年4月)によれば、ナノ製品約600種のうち20%以上143品目がナノ銀応用製品であるとしています。

2.毒性は銀ナノ粒子と銀イオンの両方

 銀イオンが微生物の細胞にダメージを与えるので微生物に対して有毒であることはよく知られています。しかし銀ナノ粒子の毒性は、銀ナノ粒子自身のサイズと形状が毒性をもたらすのか、あるいは、銀ナノ粒子が銀イオンを放出するために毒性をもたらすのか−ということについて関心が持たれていました。
 ナノ銀作用の仮説的なメカニズムは、"細胞の表面に付着し接触するだけで細胞の作用をかく乱する"、"銀粒子はまたトロイの木馬のように作用し、通常サイズの銀に対する障壁をかいくぐって細胞内に入り込み、銀イオンを放出して細胞組織に損傷を与える"−などがあります。
 米化学会ES&T に発表された最近の研究は、銀ナノ粒子はイオンの発生源となってナノ粒子がイオン影響を促進し、イオンとナノ粒子の両方がナノ銀の毒性源であることを示しました。

3.懸念される問題
3.1環境中に放出されて微生物を殺し生態系機能をかく乱する

 殺菌・抗菌・防臭剤として使用されるナノ銀は排水系を通じて、あるいは固体廃棄物の焼却や埋め立てを通じて、環境中に放出されます。環境中に放出されたナノ銀は環境中の微生物を殺して生態系機能をかく乱することが懸念されています。後述する2006年のアメリカにおけるサムソンの銀ナノ抗菌洗濯機の議論も洗濯機から排出される銀ナノが環境中の微生物へ及ぼす悪影響の懸念に基づくものでした。
 アリゾナ州立大学の研究者らはナノ銀処理されたソックスから洗い流されたナノ銀が排水路に流れ込んだ後、排水処理プロセスで生成されるバイオ固形物(主に肥料として使われる)に蓄積することを示しました。ソックスのあるものは2〜4回の洗濯後、ナノ銀の多くが無くなっており、環境中に排出されていました。

3.2 ナノ銀のヒト健康影響

 ナノ銀は広範な製品中で利用されており、バクテリアへの細胞毒性に関する多くの研究があるにも関わらず、ナノ銀のヒト健康に対する研究はほとんどありません。
 特殊な用途として、微小な銀成分を溶液中に浮遊させたコロイド状銀が肉や乳製品、補助食品中に使われており、ヒト健康への影響が懸念されています。
 国立栄養研究所の安全情報・被害関連情報2007年9月12日は「カナダ保健省がコロイド状銀製品に注意喚起」を紹介しています。Colloidal Silver Water 20ppmというコロイド状銀で、カナダでは認可されていないが、感染症の予防・治療に用いられるとして、経口や眼、耳、鼻もしくは皮膚への使用を広告しており、インターネット等で販売されている。1日許容量を超える銀を摂取する可能性、及び長期に飲用すると体内に銀が蓄積し、皮膚や眼、爪が薄青い銀色に変色する、全身性の銀症が起こるなどの可能性がある−としています。
 地球の友の2009年6月報告書は、2008年12月、欧州食品安全委員会(EFSA)は、補助食品中で使用されているナノ銀水溶液の安全性を決定するためには証拠が不十分であると決定したとしています。

3.3 銀に対するバクテリア耐性

 抗生物質についてはすでにバクテリア耐性が広がっていることはよく知られています。銀やナノ銀についても消費者の安全志向に乗じて、抗菌剤として膨大な消費者製品中で使用されているために、銀やナノ銀に対するバクテリア耐性が広がることについて懸念されています。不必要な用途にまで大量に使用されて、本当に必要とする医療分野での殺菌効果が得られなくなる恐れがあります。

4.ナノ銀の規制
4.1 規制に関わる問題

 ナノ物質の安全管理に関わる主要な問題には、健康及び環境に与える影響に関するデータが欠如していること、法的規制がなく、安全性が確認されずにナノ製品が市場に出ていること、有害影響を監視するために必要な技術と仕組みが開発されていないことなどが、世界共通の問題です。
 一方消費者側から見ると、製品へのナノに関する表示義務がないために、どの製品にどのようなナノ物質が使用されているのか、それはどこで作られているのか、潜在的なリスクは何なのかなど、ナノ物質やナノ物質を含んだ製品に関する情報をほとんど入手することができないという問題があります。
 しかし、上記の問題を含めてもっと包括的なナノ物質の規制と統合的管理に関する議論は別の機会に行うので、ここではナノ銀に関わる規制の問題に限定して考察します。
 現在、ナノ銀について規制している国は世界中どこにもありませんが、アメリカではナノ銀に関連する製品について熱い議論が行われているので、ここではアメリカでの議論を紹介します。

4.2 ワシントン・ポスト紙の報道

 2006年11月23日付けワシントン・ポスト紙は、米環境保護庁(EPA)は予測できない環境リスクを及ぼすかもしれないナノ銀を使用した広範な消費者製品を規制することを決定したと報道しました。
 大量のナノ銀が環境中に放出され有益なバクテリアや水生微生物を殺し、また人間にもリスクを及ぼすことを懸念していた専門家や環境NGOsはこの報道に大きな期待を寄せました。
 同紙によれば、EPAの新たな決定は、"ナノ銀の放出又は関連技術により細菌を殺すと主張する製品を市場に出したいと望む会社は、その製品が環境リスクを及ぼさないという科学的証拠をまず出さなくてはならないが、最終的な規則は数か月以内に連邦官報で告知される。また、EPAの監視は殺菌剤であると広告している製品だけに適用される"としています。

4.3 銀イオン発生装置に関するEPAの官報

 EPAはワシントン・ポストの報道の約10ヶ月後の2007年9月21日、殺虫剤・殺菌剤および殺鼠剤法(FIFRA)の下に銀イオン発生装置を規制対象にすると官報で発表しました。EPAのウェブサイトではこの官報の内容について次のように説明しています。
 "FIFRAの下では、(微生物を含む)害虫を捕獲し、破壊し、追い払い、または緩和するために物理的又は機械的な方法だけを使用する製品は仕掛けであり、その製造とラベル表示は規制されるが、登録の必要はない。 しかし、もし製品が害虫を駆除し、破壊し、追い払い、または緩和することを意図した物質又は物質の化合物を組み込んでいるなら、それは農薬とみなされ、登録が求められる。製品が仕掛けなのか農薬なのかについての決定は個別に行われる。
 銀イオン発生洗濯機は、衣類についている菌を殺すと主張して市場に出されている。銀そのものは他の登録済み製品中で農薬活性成分としてすでに規制されている"。

 "最近の報道記事は銀イオン発生洗濯機をナノテクノロジー製品として言及しているが、EPAは、この製品がナノテクノロジーを使用していることを示唆するどのような情報も受けとっていない。EPAは、このタイプの装置を登録するための申請を他の農薬と同じ規制基準に従って評価するで"あろう "。

 EPAのこの最後の説明は非常に重要です。この官報が、ナノ規制に関わるものではなく、FIFRAの下でのイオン発生装置の農薬規制であることを特に強調しているのです。このことはナノサイズであるという理由ではナノ物質を規制しないとするEPAの従来の方針が明確に貫かれています。しかしサムソンのカタログによれば、サムソンの銀洗濯機は"ナノテクノロジーを使用している"とはっきり記述しています。

4.4 裏付けのないコンピュター周辺機器の"農薬"主張にEPA罰金20万ドル

 2008年3月、米環境保護庁は、ある会社がナノシールド・コーティングを施したマウスとキーボードを農薬登録なしに販売し、その効能について裏付けのない主張をしたとして、FIFRA違反で罰金を科して和解しました。ナノ・コーティングをしていても"病原菌から守る"と主張しなければ、このマウスは農薬ではなく、規制に抵触しないという奇妙な法律です。

4.5 ナノ銀の規制強化を求める市民団体

 アメリカのNGOである国際技術評価センター(ICTA)は他のNGOsと連名で、製品中で使用されている"ナノ銀"をFIFRAの下に農薬として規制するよう要求する請願書をEPAに提出しました。請願の要点は次の通りです。
  1. ナノ銀は農薬として分類すること
  2. ナノ銀は新規農薬であると決定し、その登録を求めること
  3. ナノ銀のヒト健康と環境に対する潜在的なリスクを分析すること
  4. FIFRAの下にEPAの承認なしに違法に販売されているナノ銀を含む製品に対して厳格に法の執行をすること
 地球の友オーストラリア/アメリカ2009年6月報告書で次のように述べています。
 "銀とナノ銀は、医療器具の表面処理、または重度火傷患者の傷の手当など医学の分野では疑いなく有用であるが、それらの使用は厳格に管理され、ノーデータ・ノーマーケット原則は常にフォローされること"。
 "公衆、労働者、環境をリスクから守るためにナノテクノロジーに特化した規制が導入されるまで、ナノ銀を含む全ての製品に含有ナノ銀の表示がなされるまで、そして公衆が意思決定に関与できるようになるまで、工業的ナノ銀を含む製品を市場に出すことを直ちに中止すること"。
(安間 武)



NHKクローズアップ現代 7/30放映
「松があぶない」は
「空散で人と生き物があぶない」ではないのか



 7月30日夜に放映された、NHKクローズアップ現代「松があぶない〜ゆれる松枯れ対策〜」をご覧になりましたか。農薬空中散布を取り上げるということで、大変期待して観たのですが、がっかりしました。
 まず、番組表で見た時に、タイトルの「松があぶない」に違和感を覚えたのですが、中身は「人があぶない」なのだろうと思って観ました。しかし、タイトル通りの内容だったのです。
 放映された内容の概要と、問題点、松枯れ空中散布について考えてみたいと思います。

■「松があぶない」番組の内容
 イントロ(見出しは当編集部。以下同様)

 日本の美しい風景を彩る青々とした松(白砂青松)。その松がわずか数ヶ月で無残に朽ちる松枯れが全国で猛威をふるっている。
 松が姿を消した斜面では土砂崩れが発生し、住民は危機感を募らせている。
 この松枯れを防ぐために長年行われてきたのが、農薬の空中散布(以下空散)。しかし、昨年島根県出雲市の空散で1200人余りが体の異常を訴える事態が発生した。
 空散を見直す自治体も相次いでいるが、それに替わる対策にも、さまざまな課題が山積している。松をどう守ればいいのか、ゆれる松枯れ対策の最前線を追う。

松枯れの現状
 兵庫県福崎町の紹介:30年前から松枯れに悩まされ、4分の3の松林が失われている。斜面では土砂崩れが発生し、住民は危機感を募らせている。
  • 松枯れの原因:一つは、体長1ミリほどのマツノザイセンチュウ。これを運ぶのがマツノマダラカミキリ。センチュウはカミキリに寄生している。カミキリが松の枝を食べた所からセンチュウが侵入する。
  • 松枯れ被害の歴史:初めて確認されたのは、明治38年、長崎県。その後北上を続け、ついに去年、青森県まで被害が及んだ。
  • 松枯れ対策:多くの自治体で行われてきたのが農薬空散。運び屋のカミキリを駆除するのが目的。国が昭和48年から自治体に補助金を出して、推進してきた。
空散中止の自治体が相次ぐ
 最近、住民の健康被害の訴えを受けて、空散をやめる自治体が相次いでいる。長野県上田市もその一つ。診察に当たった医師(前橋市の青山美子医師)のコメント「聴診所見では心臓に不整脈があるように思われた。手も震えているし」。
 群馬県でも3年前から全市町村で空散を自粛。群馬県衛生環境研究所・小澤所長のコメント「リスクの高い薬剤を空中から散布するというようなことが果たして許されるのだろうか。危険な方法で散布することは、予防原則を働かせてやめさせるべき」
 平成18年度の空散実施市町村は179であったが、今年度は3割少なくなった。

空散農薬と健康被害の因果関係
 島根県出雲市の例:去年、朝、7ヶ所の松林への散布直後に、小中学生を中心に目やのどの痛みを訴える人が続出。市が把握しているだけで、1285人。中学生「歩いている途中、目がかゆくなった」女性「目頭に小粒の石が入っているような痛みを感じた」
 2週間後、市は健康被害調査委員会を設置。農薬メーカーなどからヒアリングを行った。メーカー(住友化学)は、"スミパインMCは安全性を高めた農薬であり、散布区域を越えて広がる可能性は極めて低い。殺虫成分を直径20ミクロンほどのカプセルに閉じ込めている。カプセルの重みで散布後すぐに、下に落ちるため、遠くまで飛び散りにくい"などと主張。さらに、殺虫成分(スミチオン)についても、ウサギを使った実験で、目に入れても刺激性がなかったという報告書を示し、安全性を主張。しかし、メーカーの実験データには、6匹中3匹にごく軽度の刺激性ありと記されていたことが、植村振作委員の指摘で発覚。メーカーが謝った。
 また、国の基準では地上から1.5mの高さでの風速が5m/秒以下であることとなっており、当日の風速は基準を満たしていたが、飛行高度と同じ15mでの高さでは、最大瞬間風速が9m/秒であったことも分かった。加えて、「空散は学校周辺では原則禁止」となっているがその範囲は自治体任せなど、国の基準の問題もある。
 委員会は3ヶ月にわたる審議の結果、結論は一つにまとまらず、空散が原因2人、原因は特定できない2人、空散が原因である可能性を否定できない7人という意見併記となった。これを受けて出雲市は今年、空散を取りやめた。

新たな松枯れ対策の模索
  • 農薬の樹幹注入:1万円/本で、空散の160倍の費用がかかる。
  • 生物農薬:マツノマダラカミキリの幼虫から栄養分を吸い取る天敵虫や鳥、昆虫、細菌などの天敵について、実用化をめざした研究。
  • 抵抗力を持つ松の開発が進展中。
 などを紹介。しかし、空散に替わる特効薬はみつかっていない・・・。
 小出五郎氏(評論家)登場(省略)

■番組内容の問題点
  • 「松が危ない」という視点からつくられている。国谷キャスターが最後のほうで、「健康被害は防ぎたい。しかし、松林も守りたい。空散とどう向き合っていけばいいのか」と言ったが、これは逆ではないのか。「松は守りたい。しかし、健康被害は防がなくてはならない・・」ではないのか。「空散で人と生態系が危ない」という視点でつくられるべきではないのか。

  • 「ひじょうに効果が高いと言われている空散」と番組中で3度も言い、そのことを鵜呑みにして検証していない。空散が松枯れを防止できないことは、これまでの長年の実績で証明されているはず。毎年、各地で空散を続けながら、青森まで広がってしまっている。松枯れによる被害面積にも変化がない。

  • 松枯れの原因について、マツノザイセンチュウ説のみを取り上げている。他にも病菌説、大気汚染説、乱開発説、生態遷移説、センチュウ地中伝播説などの原因説があって、いくつかの原因が重なって起きていると考えるのが自然である。しかし、番組では、松枯れ=マツノザイセンチュウ=マツノマダラカミキリ→空散による防除という図式を鵜呑みにしている。

  • 空散による健康被害については、目が痛い、のどが痛いなどの軽い症状を簡単に紹介するだけで、有機リン等によるめまい、視野狭窄、頭痛、鼻血、吐き気などのもっと深刻な症状、さらには、化学物質過敏症の発症者には生命があぶない事態が起きているのに、報告していない。その結果、一般視聴者は、これくらいの被害なら、気をつけて散布すればいいのではないかと思ってしまう恐れがある。

  • 松林を守るのは自明の理として、その必要性について検証していない。
     松は、元来痩せて乾燥し日当たりの良い土地を好む。昔は落葉落木を肥料・燃料として利用していたので松に適した環境であったが、現在では利用されなくなり、林地は肥沃化し地表付近への日当たりも悪くなってきている。つまり、生育環境が松に合わなくなってきている。しかし、松が枯れると何も育たないのではなくて、他の樹木が育ち、林相が変わっていくのである。
     それゆえに、松が売りものの観光地や松以外は生えない場所の防災林等の特別な場所以外は、何がなんでも松は守らなければならないということはないのではないか。

  • 土砂崩れの原因が松枯れであるかのように報告している。枯れた松木を取り除き、別の木を植えるなどの対策を怠ったのが、真の原因であるはずである。

  • 空散による住民の健康被害や自治体の空散中止の動きについて、一応報告はしているが、全体としては以下のようなコンセプトが見えてくる。松が枯れている→大変だ、何とかしなくては→農薬空散は効果がある→住民の健康被害もある→他の代替法もお金がかかったり、時間がかかるなど、決め手を欠く→(空散を、安全な方法ですればいいのではないか・・・・?)
 さすがに、( )の中までは言っていないのですが、空散をはっきり否定していない全体の論調からいくと、そう推察できるのです。
 NHKは、空散によって健康・生命を脅かされている人たちのことをきちんと報道して、空散の問題点を"クローズアップ"すべきではないでしょうか。
(安間節子)


参考文献
  • 「もう止めようよ、松枯れ農薬空中散布」反農薬東京グループ発行 1996年
  • 「松枯れ-農薬空中散布では防げない-」日本消費者連盟発行 植村振作著 1998年


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