ピコ通信/第129号
発行日2009年5月25日
発行化学物質問題市民研究会
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

2009年5月11〜15日 香港 IMO会議
新たなシップリサイクル条約は
途上国の海岸での船舶解体を許す



1. はじめに
 2009年5月11〜15日、香港で開催された国際海事機関(IMO)の会議において、世界の市民社会組織が反対する中で、新たなシップリサイクル条約が採択されました。
 新たに採択された条約は、船内のアスベスト、PCB類、フロン類、重金属類、残渣油、有毒塗料などの有害物質を事前に除去することなくアジアの貧しい国に輸出することを許し、それらの国の海岸で危険で深刻な汚染をもたらすビーチング方式と呼ばれる船舶解体を許しています。
 当研究会は2003年から南アジアにおける船舶解体の問題に関心をもち、海外のNGOsと連携しながらウェブ上で問題点を指摘してきました。本稿では、南アジアにおける船舶解体の惨状の概要、シップリサイクル条約の経緯と問題点、香港会議における国際NGOのスピーチなどを簡単に紹介します。
 詳しくは当研究会のウェブサイトをご覧ください。インド・バングラデシュの船舶解体現場の惨状を多数の写真で報告した『船の終焉船舶解体の人的犠牲』も紹介しています。
開発途上国における船舶解体問題
http://www.ne.jp/ asahi/kagaku/pico/basel/basel_shipbreaking_master.html

2. 南アジアにおける船舶解体の惨状


End of Life Ships: The Human Cost of Breaking Ship
(c) Greenpeace, FIDH and YPSA
▼ビーチング方式の船舶解体
 バングラデシュ、インド、パキスタンなど南アジア諸国では1980年代から先進国の廃船を鉄の回収を目的に受け入れ、遠浅の海岸の砂浜に満潮時に乗り上げ、その砂浜で有害物質や爆発性ガスが除去されていない廃船を、安全防護も支給されない最貧の労働者たちがガスバーナーで船体を解体し、鉄板を人力で搬出しています。
 このような作業は非常に危険であり、多くの労働者がアスベストやPCB等の有害物質に暴露して健康を害し、落下、鉄板の下敷き、ガス爆発などの事故でけがをし、命を失っています。また船内の有害物質や残油が直接砂浜に排出されて、深刻な汚染と生態系の破壊が起きています。

▼市場原理に基づく船舶解体
 このような南アジアの船舶解体現場では寿命を終えた世界の外航船の80%以上を解体していると言われています。船舶は資材の9割が再利用されると言われる重要な資源ですが、船舶解体は過酷な労働集約型作業のため、先進国の船舶解体施設は20年以上前にほとんどが閉鎖され、労働安全衛生基準がないに等しく、労働単価が安い南アジアに、市場原理に従って輸出され、解体されています。
 また、海洋汚染事故の問題から一重殻石油タンカーなど安全基準を満たさないサブスタンダード船の解体が今後急増することが予想されています。
 バングラデシュのチッタゴンはそのような劣悪なビーチング方式の解体が行われる悪名高い船舶解体現場のひとつですが、年間600隻近く解体される廃船の多くが日本が建造し、運用した船であると言われています。

▼便宜置籍船
 国土交通省によれば、現在就航している日本支配の外航舶約2,000隻のうち、日本籍船はわずか80隻未満であり、残りはリベリア、パナマ、バハマなどの国が税制上の理由で船籍となる便宜置籍船です。この便宜置籍船システムが船舶解体に関する責任を、技術力、法整備、人材、資金などが十分でない便宜置籍船国に押し付け、実質的な船主と船主国の責任を回避することに利用されています。

3. 条約成立までの経緯
 南アジアの船舶解体の惨状については、10年以上前から国際的環境NGOであるバーゼル・アクション・ネットワーク(BAN)やグリーンピース(GP)、国際人権連盟(FIDH) YPSA(バングラデシュNGO)などが、船舶解体の問題はバーゼル条約の下で国際ルールを確立すること求めました。しかしバーゼル条約会議や国際労働機関ILO)、NGOsが船舶解体問題解決に大きな影響力を及ぼすことを恐れた海運業界は、国際海事機関(IMO)主導で海運業界に有利な国際条約を作ることを目指し、日本、ノルウェー、ギリシャなどの海運国政府が中心となり、条約作りに着手しました。

 2005年12月にジュネーブで開催された条約作りのためのILO、IMO、バーゼル条約の事務局会議に、GPやFIDHなどが起草した「船舶解体問題に対する早急な世界的解決のための共同宣言」が配布されました。この共同宣言には当研究会も賛同署名しました。その後、BAN、GP、FIDHなどが「船舶解体に関するNGOプラットフォーム」を結成し、作成中のIMO条約草案を厳しく批判する報告書や声明を発表しました。

4. シップリサイクル条約採択と問題点
 5月のIMO香港会議で採択されたシップリサイクル条約には様々な問題がありますが、NGOsが指摘する主要な問題は次のような点です。
  • 危険なビーチング方式の解体を禁止していない。
  • アスベスト、PCB、残油、爆発性ガスなど危険で有害な物質を船舶解体国に輸出する前に除去/浄化することを求めていない。
  • 汚染者負担及び拡大生産者責任の原則に基づき、船主側が支払うべき船舶リサイクルのコストが内部化されておらず、解体事業者、最貧の労働者、及び環境の犠牲の上に賦課されている。
  • 船主及び船主国がコストを負担する義務的な基金メカニズムがない。
  • 国際的な独立機関による船舶と解体施設の監査がない。
  • 船舶リサイクルに関わる責任を便宜置籍船の船主とその主権国に押し付け、実質的な船主と船主国はその責任を回避している。
5. 香港会議におけるNGOのスピーチ
 5月のIMO香港会議の条約採択に向けて、NGOプラットフォームは本4月27日にその問題点を指摘する「新たな IMO 船舶解体条約に対する懸念表明」を発表し、世界中で賛同署名を募り、30か国から100団体以上の賛同を得ました。日本からも当研究会を含んで10団体/個人が賛同しました。
 会議でシップリサイクル条約は採択されましたが、最終日に、NGOプラットフォームのメンバーであるバングラデシュ環境法律家協会のリザワナ・ハッサンさんが感動的なスピーチをしました。

(c)NGO Platform on Shipbreaking
  • 今週の初めにIMOに向けて発表された"NGOsの懸念表明"に署名した開発、人権、環境の分野で活動する世界の100以上の市民社会の組織を代表してお話する。
  • 私たちは10年以上前に初めて世界に対し、南アジアの海岸で行われている悲惨な、しかし海運業界は全く無視していた船舶解体問題を明らかにした。
  • 海運業界権力は、バーゼル条約会議と国際労働機関(ILO)が船舶解体の国際的ルールを決める主導権を発揮することを阻止しただけでなく、長らく確立された環境的及び社会的原則を無視する条約を作ろうと動いた。
  • 環境的不正義と人権及び環境の搾取を防ぐために真の変化を要求した時に、与えられたものは、有害物質の目録、解体計画、多少のガイドラインだけの条約であった。それは、悲惨な現状に緑のゴム印を押して正当性を与えるものである。
  • 世界が助けを求めてSOSを発信しているのに、IMOは救命浮き輪ではなく、役に立たない紙(条約)を投げ与えた。
  • 新たに「オフ・ザ・ビーチ(海岸から離れろ)」キャンペーンを展開している。
  • 私たちの夢は、関心を持つ全ての人々の熱心な活動、決断、そして政治的勇気を持てば、必ず実現する。
 条約作りに中心的な役割を果たした日本政府(国土交通省)は、本年3月に「シップリサイクルシステム構築に向けたビジョン(案)」をわずか13日間のパブリックコメントにかけました。条約案をベースとしたNGOsに批判されている内容であり、当研究会は厳しい意見を提出しました。当会の下記ウェブページをご覧ください。
 http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/iken/2009/090508_shiprecycle_reply.html
 (安間 武)



化学物質問題市民研究会
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