ピコ通信/第79号
![]()
目次 |
第5回かなりや塾参加レポート
医療労働現場のグルタルアルデヒドでCSに 3月8日〜9日、化学物質過敏症患者の会主催による第5回かなりや塾があり、当会からも参加しましたので報告します。 今回は、那須に転地して化学物質過敏症(CS)がかなり回復した患者さんを訪ねて話をうかがいました。 ◆内視鏡消毒のグルタルアルデヒドで発症 Yさん(50代女性)は元看護師さんで、8年前にCSを発症、その後退職を余儀なくされました。 Yさんは東京都内の総合病院で内視鏡室に勤務していて、内視鏡の消毒に使うグルタルアルデヒドという毒性の強い薬剤に暴露し、発症しました。最初の症状は発赤、発疹、痒み。続いて、咳き込み、頭痛、声のかすれ、眼痛。受診の結果は「中毒疹」でした。 勤務先が病院だったにもかかわらず、管理者や職場の理解が得られず、配置転換には応じてもらえませんでした。内視鏡室で仕事を続けた結果、冷や汗、悪寒、動悸、不眠、視覚障害、全身の倦怠感、記憶力低下など、体調は悪化の一途をたどり、ついに休職を決意。北里大学病院で検査・診察の結果、MCS(多種化学物質過敏症)と同一の病態である「中枢神経機能障害」と診断されました。 Yさんは、「病気も苦しかったけれど、職場で誰にも理解してもらえなかったのが一番つらかった」と言います。今でも時々耳にすることですが、精神科に行くようにと言われる有様だったといいます。
Yさんはその後、スポーツジムに毎日通い、エアロビクスやサウナ、風呂などで終日汗を流す暮らしを続けます。症状は少しおさまってはきたものの、東京の汚れた空気を吸っていては十分な回復は望めないと、夫の定年を待って田舎への転居を決意します。 空気のきれいな所をあちこち探し回った結果、栃木県那須郡塩原町の休耕田に決め、発症から4年後の2001年、家を建て転居しました(写真)。 家は木造建築にこだわっている地元の大工さんにお願いし、那須地方の昔ながらの建て方で建ててもらいました。大工さんには、無垢の木材をできるだけ使い、石油系化学材料は極力使わないことを頼みました。昔はシックハウスなど起きなかったのだから、昔に戻って建ててもらえばいいのではないかという発想からです。 また、シックハウス症候群について解説した新聞の切り抜きやシックハウスを特集した建築雑誌などを渡し、CSについて勉強してもらいました。建築雑誌は大工さんにとって大変参考になったようで、外壁防腐剤の変更、フローリングのワックスがけをやめるなどの変更をしました。細かい部材選びには注文をつけず、すべて大工さん任せにしました。 建坪は約130平米。給湯はプロパン、暖房は石油ストーブがだめなので薪ストーブと囲炉裏にしました。外観は山小屋風の純木造。使用部材は、外壁−杉、内壁−さわら、天井−杉、床はひのき。骨組みの一部に外材を使っていますが、ほかはすべて地元の木材です。キッチンのシンクと食器棚は、業務用厨房施設を扱う地元の業者にオールステンレス製を特注しました。それ以外の設備は、ユニットバスをはじめ市販品です。 入居直後、ユニットバスが少し臭いましたが、それ以外は気になる所はありませんでした。大工さんが注文をきちんと聞いてくれて、その通りに作ってくれたからだと思うとYさんは言っています。 ◆労災申請したが認められず Yさんは、98年にグルタルアルデヒドとホルムアルデヒドによる業務上の疾病だとして労災申請しましたが、認められませんでした。その理由は「グルタルアルデヒドおよびホルムアルデヒドはいずれも水溶性物質であり、人体に蓄積するものではないので、24〜48時間以内で体外に排出される。(中略)したがって、有害物質の代謝性から判断する限り、当該化学物質を疾病の原因と考えることはできない」というものでした。 グルタルアルデヒドもホルムアルデヒドも、人体にとって有害ではないかのような記述です。この処分が出た99年より2年前の97年に、既にシックハウス症候群の原因物質としてホルムアルデヒドのガイドライン値が設定されていたことを考えると、不当な理由です。再審査を請求中ですが、未だに結論が出ていません。 グルタルアルデヒドは、ホルムアルデヒドと同じアルデヒド類の仲間で、ホルムアルデヒドと同様の有害性が知られています。病院の内視鏡機器、手術・歯科医療機器の消毒剤として主に使われています。新聞報道(毎日新聞03年1月5日付)によると、グルタルアルデヒドを扱う医療従事者の6割以上が、目や鼻の痛みや頭痛などシックハウス症候群と似た症状を訴えていることが、日本消化器内視鏡技師会(会員約1万人)のアンケートで分かったということです。 ◆ようやくグルタルアルデヒドが規制 これまで、Yさんらの訴えや被害事例にもかかわらず、グルタルアルデヒドについて何ら規制措置は取られてきませんでした。昨年10月のCS患者団体、支援団体等による厚生労働省との交渉の際、規制等の対策を求めたところ、「平成15年から16年にかけて、医療労働現場での使用実態について調査を実施。その結果を踏まえて、学識経験者に意見をいただき、それを受けて現在内部で検討中で、できるだけ早く対策を示したい」との回答でした(本紙74号参照)。 そして、2月24日、厚生労働省労働基準局長から「医療機関におけるグルタルアルデヒドによる労働者の健康障害防止について」の通達が都道府県労働局長あてに出されました。その内容は、 「医療機関において内視鏡等の医療器具等の殺菌消毒剤として広く使用されているグルタルアルデヒドは、皮膚、気道等に対する刺激性等を有する物質であり、実際に医療機関でこれを取り扱う労働者に皮膚炎等の健康障害が発生している。 このため、厚生労働省では、医療機関におけるグルタルアルデヒドの取扱いの実態等を調査するとともに、グルタルアルデヒドによる健康障害防止対策について専門家による検討を行ってきたところである。 今般、その結果を踏まえ、「医療機関におけるグルタルアルデヒドによる労働者の健康障害防止対策」を取りまとめ、医療関係団体に対し要請を行ったので、各局においても医療機関に対し本対策の周知徹底を図られたい」として、以下のような対策を求めています。 ・濃度の測定 ・濃度が0.05ppmを超える場合は、防毒マスクの着用などの暴露防止策および有効な措置(殺菌消毒剤の変更、密閉型の自動洗浄機の導入、換気装置など)を取ること等。 今後、対策がきちんと取られるかどうか、通達で有害性が低いとして代替品として上げられているフタラール製剤(オルト−フタルアルデヒドを0.55%含む)の安全性についてもウォッチしていかなくてはなりません。 ◆化学物質を避けていきいき暮らす Yさんは、今は地域にも溶け込んで、夫の理解のもと、いきいきと暮らしています。スーパーやデパートには短時間しかいられない、タバコの煙はだめなどの制約はありますが、近隣に多い温泉プールに通い(塩素殺菌のない所を選んで)、自分でつくった採れたて野菜の料理を楽しむという生活をしています。「完治ということはないかもしれないけれど、今日は楽だと思ったら、明日もその状態を続けられるように自分で努力する。本物を使えばいいことも分かった」と話します。 Yさんの明るい態度に接して、CSの患者さんのつらさばかりが強調されるけれど、前向きに取り組むことで回復していく可能性を実感し勇気づけられました。 今年の寒さがこたえたので、来冬には家の防寒対策を立てようと夫婦で話し合っているそうです。(安間 節子) |