WHO Tobacco Free Initiative 2001年1月
スイスのタバコ政策に
影響を与えることに成功した
タバコ産業界

情報源:WHO Tobacco Free Initiative Homepage
The Tobacco Industry's Successful Efforts
to Control Tobacco Policy Making in Switzerland
http://www.who.int/tobacco/media/en/InquirySwiss.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2001年2月21日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/tobacco/kaigai/01/01_02_inquiry_swiss.html

 スイスでは一時、タバコの喫煙率が下がったのに最近、再び上昇しています。その裏には、スイスのタバコ政策を業界に有利にするよう仕掛けたタバコ産業界の数々の陰謀があります。これはその事実を暴き出した全文128ページにわたる報告書ですが、ここでは、報告書の概要(エグゼクティブ・サマリー)と目次を紹介します。

スイスのタバコ政策に影響を与えることに成功したタバコ業界
エグゼクティブ・サマリー
医学博士 チュン−ヨル・リ、哲学博士 スタントン・グランツ
カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部
健康政策研究所 小児科学青年医学科
2001年1月


 スイスにおいては15歳以上の人々によるタバコの消費量は1970年代の初頭にピークに達し年間1人当たり3,700本となったが、1994年には年間1人当たり2,800本にまで減少した。しかし喫煙者の比率は1980年の37%から1992年の31%へと減少したが、その後再び増加して1997年には33%となった。若年層に対するタバコ防止の努力がなされていたにもかかわらず、特に若い女性、未成年及び青年男子の喫煙が増加してきた。

 スイスでは、10,000人以上の人々がタバコが原因で毎年死亡している。タバコはスイスの年間の死亡原因の第6位であり、また防ぐことの出来る死亡原因の第1位となっている。タバコによる死亡者数は不法な麻薬による死亡者数の20倍以上である。

 スイスのタバコ消費税は西ヨーロッパでは最も低い。
 タバコ製品、市場開拓及び販売に関する規制は弱く、タバコ産業界に対してほとんど効果的な影響を与えていない。
 公共の場所や職場において非喫煙者を受動喫煙による有毒な化学物質から保護するための効果的な措置はほとんど取られていない。

 1989年にフィリップ・モリス・インターナショナルによって実施されたタバコ及び喫煙についての人々の経験と意見に関する10カ国調査によれば、スイスの国民は受動喫煙の健康への悪影響についてはよく知っているが、レストランや職場での喫煙に対する政府の規制に賛成する人は少数であった。

 スイス厚生省によって1996年から1999年に進められた最初の広範な「タバコ防止5カ年計画」は、資金の欠如、タバコ防止団体間の調整と協調の欠如、実施計画の調整とマネージメントの欠如など、多くの問題があった。またタバコ産業界の存在を見くびっていた。
 最近のアメリカ及び世界保健機関(WHO)とタバコ産業界との戦いの現実を踏まえて、スイスの2001年〜2005年までのタバコ防止5カ年計画案では、タバコ防止に対する主要な障害はタバコ産業界であるということを明確にしている。

 1999年に行われたブリティッシュ・アメリカン・タバコ社(BAT)とブルス・ロスマン社との合併までは、スイスにおける主要な単独タバコ会社はフィリップ・モリス社(PM)だけであり、市場の50%を占め、さらにマルボロだけで25%を占めていた。合併後は、タバコ市場はPMとBATの2社に支配されており、それぞれのタバコ販売シェアは45%〜50%である。

 アメリカと同様、スイスでも1960年代にはタバコ産業界の研究所(例えばFTR/フィリップ・モリス)の科学者達は、社内においては喫煙による健康への危険な影響を認め、それについての議論を行っていた。当時、科学者はタバコから発がん性成分を除去して喫煙による発がんの危険性を減らす方法を真剣に探し求めていた。
 研究者達の個人的な意見とは反対に、スイスにおけるタバコ産業界の公式な態度は喫煙が健康に害があるかどうかはまだ議論が進行中であるというものであった。
 タバコ産業界側に立っているがそのことを隠している科学者達が注意深く選定され、彼等により、メディアを通じて、あるいは科学的な会合を通じて、“議論”を浸透させていった。産業界は、産業界側の“コンサルタント”や“参考人”には直接金を支払ったり、あるいは彼らの研究に資金を提供することにより、その関係を維持した。

 1980年代末までにタバコ産業界は、ヨーロッパにおいてはタバコが生存に対する主要な脅威であるとして、社会的に受け入れられなくなっていることを認識した。この認識により、タバコ産業界は受動喫煙問題をつぶすための広範な戦略を展開することとなった。
 “丁重と寛容”(Courtesy and tolerance)のイメージ広告や経済性についての議論によって、世論と政策決定者の注意を健康問題からそらせようとした。戦略はしばしば、フィリップ・モリス関連各社やニューヨークのフィリップ・モリス・インターナショナル・ヘッドクオータの幹部と相談しながら決められた。タバコ会社は世間での信用が低いことをよく知っているので、ジャーナリストを呼んで情報を流す時にも、新聞記事にはタバコ会社の名前を出さないようにさせた。

 スイス厚生省による『スイスにおける喫煙と死亡率』やアメリカ環境保護局(EPA)による受動喫煙による呼吸器系への影響に関する報告書などの公式文書や、スイスの科学者達が“呼吸器と介護医療についてのアメリカン・ジャーナル”誌に寄稿した『スイスにおける受動喫煙と呼吸器系症候群』の記事等はタバコ産業界側によって大規模な攻撃にさらされた。タバコ産業界は業界側の意見を代弁する“コンサルタント”や政治家を雇い入れている。
 スイスにおいて最も活動している産業界のコンサルタントは、スイス市民でありドイツのアウスブルグ大学教授であるピーター・アテスランダーである。彼はタバコ産業界のために白書を書き、世界中で行われている会議の内容を報告した。アテスランダーはスイスに拠点を置く“健康研究ワーキング・グループ(AGEF)”のただ一人の実質的なメンバーであり、この団体は、タバコ産業界とつながりがあるということを公表せずに彼の著作物を刊行している。

 レストランやホテルでの喫煙規制に対抗するために、タバコ産業界は接客業の国際的な協会であるHoReCaとの連携を密にした。当時のHoReCaの事務局長はザビエル・フレイ博士であり、彼はまたスイス・カフェ・レストラン協会(SCRA)の会長でもあった。接客業協会はタバコ産業界側の人材と資金をふんだんに使い、タバコ産業界側の立場を接客業界のニュースレターに繰り返し掲載したが、HoReCaやSCRAのメンバーには彼らの組織がタバコ産業界と密接に繋がっているということは知らせなかった。

 レストランや職場での喫煙規制措置に先手を打つタバコ産業界側の戦略としてアメリカで最初に展開された“設備供与作戦(accommodation program)”はスイスにおいても実施された。そこで使われたロゴがアメリカで使われたものと同じであるという事実は、タバコ産業界が全世界において同一の戦略/戦術を採用しているということを物語っている。

 受動喫煙の問題を一般論としての屋内空気汚染の問題や建物の換気の問題にすり替える手法は、受動喫煙の問題をうすめるためにタバコ産業界が世界中で展開している主要な戦略である。タバコ産業界と強いつながりのある室内空調会社であるアメリカのアトランティック社(ACVA)、(後に会社名をヘルシー・ビルディング・インターナショナル(HBI)と改名)、はデータを収集してタバコ産業界に提供し、タバコ産業界はそれらのデータを大量に使って受動喫煙が屋内空気汚染源として重要なものではではない宣伝した。HBIの従業員がスイスに派遣されてスイスのオフィス・ビルのデータを収集し、そのデータはHoReCaのニュースレターの中で“設備供与作戦(accommodation program)”をサポートし、喫煙規制に反対するために使用された。HBI社はアメリカでは信用されていない会社である。

 タバコ業界は国際航空機搭乗員協会(IFAA)の世界大会に基金を出すことで機内での喫煙政策に影響を与えようとした。協会の会長と密接なつながりを持つことで影響力を行使したが、このようなやり方は組織に影響を与える場合のタバコ産業界の常套手段である。アメリカや他の国々に倣って、スイス航空も最終的には機内禁煙を導入した時には、スイスの“喫煙者クラブ”や、タバコ産業界の前広報担当が会長であり資金提供者でもある“タバコの友クラブ”が新聞記事で激しく批判した。

 スイス・タバコ製造者協会は、新聞社への手紙作戦及び法規制当局及び国有鉄道首脳へのロビー活動により、鉄道車両内での喫煙政策決定に影響を与えることに成功した。

 タバコと酒の広告禁止に関し、予備投票では広告禁止が支持されたのに1979年と1993年の国民投票では否決されたがこれは、タバコ産業界と広告代理店や印刷業界との強力な提携による賜物であった。タバコ産業界は、反広告禁止キャンペーンを行うための資金を提供し、タバコ産業界の広報担当と法律会社によってよく練り上げて作られ反広告禁止の屁理屈を国際タバコ情報センター(INFOTAB)を通じて提供することで、表には姿を見せずに裏で暗躍することに成功した。タバコ産業界とその盟友は、雇用や税収への影響、広告禁止に反対する自由など、経済と政治に絡む屁理屈を並べ立てた。

 政党幹部との定期的な会合や議会におけるタバコ政策審議会の説明などを通じて、当局や政治家との密接な関係が維持されている。このタバコ政策審議会において、たばこ産業は政策情報をいち早くキャッチし、また政策決定を有利に導くことが出来る。

 スイスはいくつかの革新的な国民の健康促進プログラムがあるが、このプログラムの推進者たちはタバコ産業界が持つ隠然たる力を理解しているので、タバコ産業界に直接立ち向かう人は少ない。



目 次

エグゼクティブ・サマリー
目次
第1章 序文
・問題は何か
・なぜスイスのタバコ産業界の文書を分析するのか
・スイスの政治構造と健康関連措置の責任者
・スイスのタバコ関連データ
・タバコと喫煙に関する規制
・スイスの喫煙者及び非喫煙者の喫煙問題についての感想(他の欧州諸国及び米国との比較)
・タバコ消費量を減らすためのスイス連邦政府の諸計画
・スイスにおける代表的なタバコ会社、その組織、たばこ産業界内部での権力構造

第2章 方法論
第3章 スイスにおける初期の喫煙と健康に関する議論
第4章 タバコ産業界の主催した会議とワークショップ
第5章 喫煙と受動喫煙の問題に関する議論
・受動喫煙と非喫煙者の権利
・“国民の健康”推進者による広報活動
・スイスの“喫煙と死亡率”パンフレット
・たばこ産業のコンサルタントとしてのアテスランダー氏
・受動喫煙の呼吸器系への影響についての米EPA報告書
・ヨーロッパにおける喫煙に対する社会の許容
・サパルディア研究
第6章 タバコ産業界と接客業界:HORECA
・スイスにおけるACVA/HBI
第7章 機内喫煙、国際航空機搭乗員協会とスイス航空
・スイス喫煙者団体
・列車内での喫煙
第8章 職場での喫煙
第9章 広告
・1979年のタバコ及び酒の広告禁止国民投票
・ヨーロッパにおけるタバコ産業界と広告業界の提携
・1993年のタバコ及び酒の広告禁止国民投票
第10章 課税
・課税、その変遷と他のヨーロッパ諸国との比較
・A.Hollyによる研究
第11章 結論と勧告
・Zusammenfassung
・Resume
・参照
・補遺1 略語
・補遺2 報告書中に現れるタバコ産業側の人間のリスト

(訳:安間 武)

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