米国立環境健康科学研究所ジャーナル
EHP 2009年11月号 Correspondencet
電磁界と予防原則

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 117, Number 11, November 2009
Correspondence
Electromagnetic Fields and the Precautionary Principle
Michael Kundi Institute of Environmental Health Medical University of Vienna Vienna, Austria
Lennart Hardell Department of Oncology Orebro University Hospital Orebro, Sweden
Cindy Sage Sage Associates Santa Barbara, California
Eugene Sobel Friends Research Institute Los Angeles, California

http://ehp.niehs.nih.gov/docs/2009/0901111/letter.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2010年1月7日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/emf/ehp_09_Nov_Precautionary_Principle_EMF.html

訳注
 この記事は Environmental Health Perspectives Volume 117, Number 9, September 2009 に掲載された携帯電話産業側団体のMike Dolan 及び Jack Rowleyの電磁界暴露による健康被害は確立されておらず、予防原則を適用すべきではないとする下記の論説に反論する Kundi M, Hardell L, Sage C, Sobel E らのコメントである。
Environmental Health Perspectives Volume 117, Number 9, September 2009
Commentarys
The Precautionary Principle in the Context of Mobile Phone and Base Station Radiofrequency Exposures Mike Dolan1 and Jack Rowley2
1Mobile Operators Association, London, UK; 2GSM Association, London, United Kingdom
http://ehp.niehs.nih.gov/docs/2009/0900727/abstract.html


 ガリレオ以来、科学における議論は論理的な根拠と事実を述べた参照によって裏付けられるものであり、”権威”への参照により裏付けられるものではない。したがって、論文は二つの目的を果たす又は果たすべきである。すなわち、他の人により以前に述べられた見解を正当に評価すること、及び事実についての記述に言及することである。

 携帯電話産業の従業員である Dolan と Rowley (2009) による論説は、権威によって述べられた見解の要点の寄せ集めのひとつの事例である。権威筋の発表を並べたものなどで科学的な論文を置き換えることはできない。この論説は次のように述べているということが出来る。”国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)(1998)によって勧告されたレベル以下のマイクロ波への暴露が有害であるとする説得力のある証拠はない。したがって有害性はなく、ゆえに予防原則の適用は必要ない”。

 実際に、予防原則は根拠に基づかない公衆の恐れ、又はゼロリスクを目的することに対応するものとして意図されているのではなく、リスクの存在又はその程度について科学的な不確実性がある場合のリスク管理戦略として意図されている。Dolan とRowley (2009) は、彼らの主観的な根拠は公衆の根拠のない恐れとなんら異なることがなく、”有害性がないという根拠のない再確認”をしているということに明らかに気が付いていない。

 原則として、公衆の健康政策についてのガイダンスを作成する場合には、倫理的な配慮、価値判断、及び合意が重要な役割を果たす。これは、”事実を述べる文章だけから政策提案を・・・引き出すことは不可能”であるからである(Popper 1945)。”十分な証拠”(又は”説得力のある証拠”)、又は”有害影響”というような主観的な言葉の使用は避けることが出来ない。
 世界保健機関(WHO 2000)に言及して、Dolan と Rowley (2009) は次のように述べている。”対応する政府への助言は科学に基づくガイドラインを採用すべきであり、追加的な任意の安全要素を導入することにより信頼を損ねてはならない”。”科学に基づくガイドライン”という表現は、文字通りにとれば、明らかに矛盾がある。公衆健康ガイドラインは完全なリスク評価に基づくべきものであるにもかかわらず、ガイドラインを引き出すために適用されるべき評価そのものもその根拠も科学的ではない。安全余裕を定義することが出来る科学的な証拠はなく、証拠が依存すべき価値ある証拠を置き換えることが出来る科学的証拠はない。
 安全要素は常に、−少なくともある程度−恣意的(任意)である。例えば、我々は、集団の中における有害物質への過敏な人々の分布についての証拠は、ほとんどの場合、持っていない。したがって我々は、個人間の相違を考慮するために任意の要素を適用する。重要なことは、そして電磁界(EMF)の分野で常に無視されることは、主張及びガイドラインの成果の中の何処に価値判断と任意の決定が入っているのか明確に述べることである。

 EMFの国際標準(ICNIRP 1998; IEEE 2006)は低周波電磁界での神経又は筋肉細胞の励起及び高周波電磁界での体温の上昇のような暴露による即座の影響に基づいているが、それはこれらの急性影響に由来するガイドラインのレベルよりはるかに低いレベルにおいても他の影響がないからではなく、委員会がこれらの他の影響はガイドラインの成果の基礎とすることはまだ出来ないからという合意に至ったからである。
 例えば、国際がん研究機関(IARC 2002)は電力周波数電磁界を人への発がん性の可能性があると分類している。この場合、評価の主観性は完全に透明である。IARC のこの基本的なルールは、増大する小児白血病のリスクに対するバイアスや相反する評価はないにもかかわらず、委員会が疫学的証拠により因果関係を示す解釈が出来るかどうかと問題にしたときに侵害された。増大する小児白血病のリスクの証拠があるという暴露レベルは国際基準よりはるかに低いが、この標準を設定している委員会は電力周波数電磁界のガイドライン・レベルのベースとしてこの証拠を使用しなかった。確かにこの決定について多くの議論がある。しかし、どれも科学的ではない。我々は、ガイドラインは科学的記述だけから引き出すことは出来ないということは認めるので、このことは非難として言うわけではない。

 もし、Dolan と Rowley がこの国際基準に完全に満足しており、産業側は予防に対する言及によって煩わされたくないということを明示的に述べれば、もっと適切であろう。

 この書簡は、著者らの組織のピアレビュー及び管理レビュー・ポリシーにしたがってレビューされている。ここで述べられている見解は著者らのものであり、必ずしも彼らの雇用者の意見及び/またはポリシーを反映するものではない。

 C.S. は Sage Associates の所有者であり、EMF問題に関するコンサルタント業務を提供する環境計画会社である。他の著者らは競合する利益相反は存在しないことを宣言する。


参照

Dolan M, Rowley J. 2009. The precautionary principle in the context of mobile phone and base station radiofrequency exposures. Environ Health Perspect 117:1329?1332; doi:10.1289/ehp.0900727 [Online 18 May 2009].

IARC (International Agency for Research in Cancer). 2002. Non-Ionizing Radiation, Part 1: Static and Extremely Low-Frequency (ELF) Electric and Magnetic Fields. IARC Monogr Eval Carcinog Risk Hum 80:1?429.

ICNIRP (International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection). 1998. Guidelines for limiting exposure to time-varying electric, magnetic, and electromagnetic fields (up to 300 GHz). Health Phys 74(4):494?522.

IEEE. 2006. IEEE Standard for Safety Levels with Respect to Human Exposure to Radio Frequency Electromagnetic Fields, 3 kHz to 300 GHz. IEEE Std C95.1-2005. New York:IEEE.

Popper KR. 1945. The Open Society and its Enemies, Volume 2: The High Tide of Prophecy: Hegel, Marx, and the Aftermath. London:Routledge.

WHO (World Health Organization). 2000. Electromagnetic Fields and Public Health: Mobile Telephones and Their Base Stations. Fact Sheet No. 193. Available: http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs193/en/ [accessed 2 June 2009].


訳注:関連記事
EHP 2010年1月号 Correspondence/予防原則:携帯電話及び基地局からの無線周波数暴露



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る