Our Stolen Future (OSF)による解説
胎児期のビスフェノールA暴露は
ウィスター系ラットの乳腺に前腫瘍病変引き起こす

Environ Health Perspect doi:10.1289/ehp.9282 掲載論文を
Our Stolen Future (OSF) が解説したものです

情報源:Our Stolen Future New Science, September 2006
Prenatal Bisphenol A Exposure Induces Preneoplastic Lesions in the Mammary Gland in Wistar Rats
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/oncompounds/bisphenola/2006/2006-0915durandoetal.html

オリジナル論文:EHP-in-Press Research, 29 August 2006
Prenatal Bisphenol A Exposure Induces Preneoplastic Lesions in the Mammary Gland in Wistar Rats
http://www.ehponline.org/docs/2006/9282/abstract.html
Milena Durando1, Laura Kass1, Julio Piva1, Carlos Sonnenschein2, Ana M Soto2, Enrique H Luque1, Monica Munoz-de-Toro1
1Laboratorio de Endocrinologia y Tumores Hormonodependientes, School of Biochemistry and Biological Sciences, Universidad Nacional del Litoral, Santa Fe, Argentina;
2Department of Anatomy and Cellular Biology, Tufts University School of Medicine, 136 Harrison Ave, Boston, MA 02111
Full Report(pdf)
http://www.ehponline.org/members/2006/9282/9282.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年9月27日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/06_09_osf_prenatal_BPA_exposure.html


 ビスフェノールA(BPA)への胎児期の暴露は、メスのラットの乳房細胞に長期にわたり継続する病変を引き起こし、成熟期にそれらの組織をエストロゲンに対して感受性を高め、成ラットになってからがんに罹りやすくする。

 この発見は、長期的な乳腺病変は子宮中でのBPA暴露によって引き起こされることがあることを示す既存の証拠に加えられるものである。これらの新たな結果は、乳腺の発達において腫瘍のリスクを増大させる変更が起きるだけでなく、子宮内でのBPAへの低用量暴露が既知の発がん性物質に対する乳腺の脆弱性を高めることによって乳がんの発症を増加させるという新しい展開を示している。

 この研究は、最近数十年間の乳がんの発症率の増加とビスフェノールA(BPA)のような化学物質への暴露の増大との関連性についての支持を強化するものである。

 これまでの研究が、多くの日用品中に存在するビスフェノールA(BPA)への胎内での暴露が、乳房及び前立腺に長期間持続する影響をもたらす生物化学的、細胞的、及び組織的変化を引き起こすということを発見している。この化学物質は人の唾液、血液、尿、妊婦と胎児の血液、出生時の胎盤中で検出されている。米疾病管理予防センター(CDC)のデータによれば、アメリカ人の95%でBPAが検出されている。

 デュランドらによって用いられたBPAの用量は環境中での濃度に対応する1日当たり25μg/kg(25ppb)が選ばれた。

■何をしたか?

概要:
 第一の実験で、デュランドらは、子宮中でのBPA暴露がラットの成熟の速さと乳房組織の発達に与える影響を検証した。
 第ニの実験で、彼らは子宮中でのBPA暴露が成ラットになってからの既知の発がん性物質への暴露とどのように関係があるかをテストした。

詳細:
 BPAを投与するために、デュランドらは、胎児の内部組織が発達し始める妊娠8日目(D8)に妊娠ラットに微小ポンプを埋め込んだ。ポンプにより実験動物に1日に体重1kg当たり25μg のBPA を投与する溶液が 0.25 μl/hour、14日間(D8-D23)送り込まれた。コントロール群もポンプを埋め込まれたが、搬送媒体ジメチルスルホキシド((DMSO)だけが送り込まれた。ひと腹の仔ラットが23日目に生まれ、その後21日で離乳した。

 第一の実験において、生まれたメスのラットは、子宮中でのBPA暴露が乳腺組織の発達に影響を与えているかどうかを検証するために成熟期前(30日齢)、成熟期後(50日)、成熟(110日及び180日)の時点で解剖された。
 第ニの実験で、BPAへの胎児期の暴露が成ラットになってから、発がん性物質である N-ニトロソ-N-メチル尿素(N-Nitroso-N-Methylurea (NMU))に対する乳房組織の感受性を高めるかどうかを検証した。

 若いメスのウィルスター成ラットが一度 50 mg/kg の NMU を投与されると、悪性の乳腫瘍になることがかなり確実である。第二の実験を行うに当たり、デュランドらは最初に 25 mg/kg NMU の投与では、それ自身で腫瘍を引き起こすことはないと決めた。ラットは、25 mg/体重kg (この量はそれ自身ではがんを引き起こさない用量であることがすでに示されていた)又はがんを引き起こす量として知られている 50 mg/体重kg の投与を受けた。この後者の用量はポジティブ・コントロールとして使用された。

 研究者らはラットが成熟した後、2週間毎に腫瘍について検証した。110日及び180日で解剖されたメスの組織は2週間毎の触診では検出できなかった腫瘍について分析された。メスのラットの解剖で得られた乳腺組織は、多くの腫瘍に関連する細胞異常について分析された。乳腺を構成するストローマ(stroma)細胞構造及び実質(parenchyma)細胞構造の両方のサンプルが、異常な細胞死、細胞増殖(細胞過形成)ストローマル細胞核濃度、マスト細胞の数、及びストローマ組織中で成長する上皮細胞について検証された。

■何が分ったか?

概要:
 コントロール群(BPAなし、NMUなし)には腫瘍はできなかった。BPA だけで処理されたラットには腫瘍ができなかった(しかし、がんのリスクの増大と矛盾しない乳腺組織の変化が見られた)。低用量 NMU 及び BPA なしのラットには腫瘍はできなかった。
 腫瘍ができたラットは、(1)高用量 NMU で処理されたラットと(2) 子宮内でBPA 処理及び生後50日(PND 50)で低用量 NMU 処理されたラットだけであった(BPA と高用量 NMU はテストされなかった)。

詳細:

1. BPA処理とコントロールの比較、NMUのない場合

 彼らは、コントロール群のラットを比較して出生前にBPAに暴露したラットにおけるいくつかの相違を発見した。暴露したメスは成熟が早く(出生後34日対コントロール群の39日)、NMU処理なしでも乳房組織の成長と発達がコントロールに比べて変化した。これらの組織変化は、成熟後にのみ観察された。その変化はがんリスクの増大と一貫していた。

 例えば、成長率の増大は50日齢のラットにおける乳腺のストローマ(stroma)細胞構造及び実質(parenchyma)細胞構造の両方で観察された。遅い細胞の計画死(アポトーシ)の低速化、及び細胞増殖の増加が見られた。乳腺の発達もまた胎児期の暴露によって影響を受けた。

 BPA処理を受けた成ラット(生後110日及び180日)の乳腺における顕著な相違には、過形成導管の高い割合(前がん状態)、間質核(stromal nuclei)密度の増加、及び影響を受けた導管を取り巻くマスト細胞の密度の増加が含まれた。マスト細胞は腫瘍の開始と進展に関連する多機能免疫細胞であり、導管周辺のマスト細胞の密度増加はがんを促進すると考えられている。

 さらに、ストローマ(stroma)細胞は上皮層の周囲に成長して乳腺脂肪組織中の通常の脂肪細胞を置き換える。

2. NMU の影響、BPA のない場合

 生後50日に25 mg/kg の NMU で処理されたラットは、その後も腫瘍ができなかったが、過形成病変が進展した。
 生後50日に50 mg/kg の NMU で処理されたラットは、年をとって(生後180日)前がん状態の導管(precancerous ducts)の数が増加したが、若い成ラット(生後110日)ではそのようなことは起きなかった。

3. BPA と NMU

 子宮中で BPA に暴露した後、生後50日に25 mg/kgの NMU を投与されたラットの過形成導管は、NMU だけに暴露されたラット場合(15.7 ±1.2)に比べて2倍の頻度(35% ±3.7)であった。BPA 及び高 NMU の場合の過形成導管の頻度の割合は高 NMU だけの投与を受けたラットの頻度よりも大きかった。子宮中で BPA に暴露し生後50日で25 mg/kg NMU 投与を受けたた7匹のメスのうち2匹は生後180日で悪性がんになった。25 mg/kg NMU だけを処理された10匹のラットのどれにも腫瘍はできなかった。高 NMU だけを投与された10匹のうち7匹が悪性がんになった。

何を意味するか?

 これらの結果は、BPA のようなエストロゲン様化合物への出生前暴露は、出生後おとなになってから乳がんのリスクが増大するという証拠を支持するものである。

 二つの発見が特にこの仮説に関連がある。(1) BPA暴露の後に観察された組織の発育と発達における変化、及び (2) BPA暴露の影響として発がん性物質への感受性−である。

(1) これらの実験で、環境中のレベルに相当するBPAへの早期の暴露は発達中の乳房細胞と組織に前がん状態を増加させた。組織の変化は、エストロゲン作用が自然に増大するラットの成熟時までに、明らかに存在した。

 細胞増殖の増大と細胞死(アポトーシ)の減少という結果は、初期発達期のBPA暴露がラットの乳腺にエストロゲンへの感受性を高め、成熟期に始まってその後も継続する不規則な組織の成長というがんの特性をもたらした。デュランドらによれば、”成ラットに観察された過形成導管の発生の増加と間質細胞核(stromal nuclear)の濃度は、成熟期頃の早期に起きる cellular turnover deregulation の結果かもしれない。”

(2) 子宮内でのBPA暴露は既知の発がん性物質 NMUへの感受性を高め、過形成病変の発生頻度を高め、通常では悪性腫瘍を引き起こさなかった NMU 暴露レベルで乳がんを引き起こす結果となった。この発がん現象の二つのメカニズムは多くの動物実験で示されている。

 この発見は過去数十年間の人の乳がんの発症率の増大が BPA のような環境エストロゲンへの暴露の増大と関係しているという仮説のための手助けとなる証拠を提供する。

 彼らはまた、発達期の暴露を組み入れることをしない疫学的研究に異議を唱えている。人の乳がんリスクの疫学研究のほとんどは、例えばよく知られたロング・アイランドでの乳がん研究のように、がんと診断されてから後に測定される暴露だけに目を向けてきた。これらの研究は動物実験で繰り返し示される生物学的メカニズムを無視するので、人の乳がんの原因を特定するために信用できない。


訳注:(関連資料)
EHP オンライン2006年8月29日/胎児期のビスフェノールA暴露はウィスター系ラットの乳腺に前腫瘍病変を引き起こす(論文の概要の紹介) (当研究会訳)



化学物質問題市民研究会
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