EHP 2006年9月号 フォーラム
前立腺がんと発達初期のBPA暴露−ラットでの研究

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 9, September 2006
Forum / Chemical Exposures
Prostate Cancer and Early BPA Exposure
http://www.ehponline.org/docs/2006/114-9/forum.html#pros

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年9月3日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/06_08_ehp_Prostate_Cancer_BPA.html


 動物モデルでは、エストロゲンは前立腺の発がん現象を促進することができ、ヒトの前立腺がんについてもある役割を演じているのではないかと長らく疑われている。科学者らは、ビスフェノールA(BPA)のモノマーを含んで、エストロゲン様化合物への胎児期の暴露が最近の前立腺がん発生の増大に関係があるかもしれないという仮説を立てている。
 今回、シカゴのイリノイ大学泌尿器部門のガイル・プリンス及びシンシナチ大学環境健康部門のシュクメイ・ホらはラットの研究で、発達中のラットの低用量BPAへの暴露と、後々の前立腺がんとの間に直接的な関係があることを示す初めての証拠を示した(訳注1:Our Stolen Future (OSF)による解説)。

 BPAは当初はエストロゲン・タイプの薬品としての使用のために合成された。またBPAはポリカーボネート・プラスチックやエポキシ・レジンの製造時に分子の架橋結合化合物として用いられている(訳注:ポリカーボネート樹脂の製造と性質について)。それは食品や飲料の容器、及び歯の詰め物から溶出するが、現在、歯の詰め物は主要な暴露源であるとは考えられていない。今日、このホルモン的に活性な化学物質は環境中に広く存在し、アメリカや他の産業国において約90%の人々の血清中に検出可能なレベルで存在するとプリンスは推定している。プリンによれば、胎盤及び胎児の組織中で測定されるBPA濃度は母親の血清中のレベルより5倍高く、女の胎児に比べて男の胎児の方がレベルが高い。

 BPAは、先進工業国では約50年間使用されている。ある研究者らはポリカーボネート製の食品・飲料容器からのモノマーBPAの広範な摂取が最近の前立腺がんの発生の増大を部分的に説明すると提案している。アメリカがん協会によれば、発生は1975年以来上昇している。1987年の前立腺に特化した抗原テストの導入により、この疾病診断能力が新たに強化されたので、1992年までに罹患率(incidence)は10万人当たり240症例(年齢調整)に上昇した。この追い上げ期間の後、罹患率は3年間下降したが、その後、現在に至るまで再び上昇している。

 『がん研究(Cancer Research)』2006年6月1日号に掲載された研究で、生まれたばかりのラットのグループに高用量及び低用量のエストラジオール(訳注:エストラジオール)又は環境中の濃度と同等用量のBPAが与えられた。この研究結果は、遺伝子のオン・オフ切り替えに関与するDNAのメチル・グループの変化を示すことによって、潜在的な長期影響のための分子基盤を提供した。例えば、通常、発達中に細胞成長を刺激するひとつの主要な前立腺遺伝子は、BPA又は高いエストラジオールに暴露したオスのラットの前立腺の中でオンに切り替わったままであった−とプリンスは述べている。そのような後天的な変更は遺伝子に生涯の影響を残し、おそらく成長してからその動物は病気にかかりやすくなるかもしれない。

 しかし、このラットの実験結果からヒトへの影響を推定することについては注意深くなくてはならない。ヒトには類似の研究プログラムをどのように実施したらよいか? 研究者らはそのようなプログラムは実際には不可能であると考えている。それは、発達初期のBPAへの暴露の結果としての前立腺がんの発症を示すためには一般的に50年あるいはそれ以上の時を要するからである。

 実際、南カリフォルニア大学医学部教授レベッカ・ソコルはラットの研究からヒトの影響を推定することには注意を促している。しかし、彼女はDNAを著しく損傷する強い発がん性物質とは異なり、BPAは第一世代から次の世代に受け渡すかもしれない微妙な変化を引き起こすように見えると述べている。彼女は、うわべは遺伝子コードそのものは変更せずに遺伝子を変更するために何かが起きているかどうかを尋ねている。

 プリンスは次のように述べている。”我々の証拠は動物モデルで、ある遺伝子がDNAのメチル・グループを追加又は除去することで変更されていることを示しており、そのことは、たんぱく質に転写及び翻訳されるべきこれらの遺伝子の能力を変える。これらの影響は最近、精子細胞で示されたように世代を越えて受け継がれるかもしれない。” しかし彼女は、その分析は将来の研究を待っていると付け加えた。

 ジュリアン・ジョセフソン(Julian Josephson)


訳注1


化学物質問題市民研究会
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