Our Stolen Future (OSF)による解説
ラットでの実験
エストラジオール及びビスフェノールAへの発達期の暴露
成長後に遺伝子 PDE4D4 のメチル化を妨げ
前立腺がんにかかりやすくなる

Cancer Research 66: 5624-5632 掲載論文を
Our Stolen Future (OSF) が解説したものです

情報源:Our Stolen Future New Science, June 2006
Developmental Exposure to Estradiol and Bisphenol A
Increases Susceptibility to Prostate Carcinogenesis and
Epigenetically Regulates Phosphodiesterase Type 4 Variant 4.
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/oncompounds/bisphenola/2006/2006-0601hoetal.html

オリジナル論文: Cancer Research 66: 5624-5632
Shuk-Mei Ho1, Wan-Yee Tang1, Jessica Belmonte de Frausto2 and Gail S. Prins2
1 Department of Environmental Health, University of Cincinnati, Cincinnati, Ohio
2 Department of Urology, University of Illinois at Chicago, Chicago, Illinois

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年6月7日
このページへのリンク
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/06_06_osf_Prostate_BPA.html


 このラットを用いてのラボ研究調査は、前立腺がんの発生と、二つのの女性ホルモン様化学物質、天然のヒト女性ホルモンであるエストラジオール、及びプラスチックやエポキシレジンの中で広く使用されている人工化合物であるビスフェノールA(BPA)への発達期の暴露との間に直接的な関連があるという証拠を初めて示した。

 BPAのような女性ホルモン様物質に子宮中で暴露すると、遺伝子の作用が変更され、後に前立腺がんになるかもしれないということを示唆している。

 この実験で用いられたBPAの用量は、多くの人々が経験する暴露範囲内で選定された。
 前立腺がんは過去数十年間に、男性に一様に増大しており、ビスフェノールAのような女性ホルモン様物質への暴露の増加と一致している。

 科学者らは暴露したラットが成長するにつれて、暴露しなかったラットに比べて前立腺に前がん症状病変のひとつであり、ヒトにおいても前立腺の前がん病変であるとみなされている、前立腺の前がん病変(PIN)ができやすいということを見つけた。研究者らはまた、酵素ホスホジエステラーゼ 4 は暴露したラットが年を経るにつれて増えるが、暴露していないラットではそうならないことを発見した。この酵素は、細胞内情報伝達物質で細胞の成長と分裂を制御する”環状 AMP”を分解する。

 他の科学者らは以前にこの酵素、ホスホジエステラーゼ 4 は、正常の前立腺細胞中に比べて、がん様の前立腺細胞中に高いということを指摘していた。ラットが正常に成長すると、この酵素を生成する遺伝子 PDE4D4 はメチル化され、この酵素を生成することができなくなる。

 ホーらは暴露したラットではその遺伝子は比較的メチル化されないまま残り、したがってホスホジエステラーゼを生成し続ける。科学者らはPINの発生は、BPA及び女性ホルモンへの暴露によって引き起こされたメチル化のパターンの変更の結果かもしれないと信じている。ホスホジエステラーゼが正常より多いと環状 AMP が少なくなり、異常な細胞が増大、分裂し、PIN を形成する。

■何をしたか?

 ホーらはオスの新生ラットを異なる処理で暴露させ、成長すると高濃度のエストラジオール(天然のヒト女性ホルモン)を投与してその反応を観察した。オスが成長すると、体内化学の変化のために一般的により多くの女性ホルモンに暴露する。実験した全てのラットは大人になってこれらのホルモン補給を受けた。主要な比較は発達の初期に異なる処理をされたラットの比較である。4つの用量処理(首の皮下注射。出生各1、3、5日後、1日1回):
  • ひとつのグループ(コントロール):コーンオイルだけを投与
  • 二つのエストラジオール(女性ホルモン)投与:
    高用量グループ(HD-E)25 μg/pup(2,500 μg/kg 体重)
    低用量グループ(LD-E) 0.001 μg/pup(0.1 μg/kg 体重)
  • 低用量BPA投与グループ(LD-BPA) 0.1 μg/pup (10 μg/kg 体重)
  • 低用量BPA投与(LD-BPA)は10ppbに等しく、他の低用量実験の範囲内にあり、一般的に人々から検出されるレベルに相当するので、選ばれた。

 生後90日の成長後から、上記グループのラットは二つに分けられた。半分はエストラジオール(女性ホルモン)とテストステロン(男性ホルモン)のインプラントを埋め込まれた。他の半分は空のインプラントを埋め込まれた。テストステロン(男性ホルモン)は、女性ホルモンの増加がラットのテストステロンのレベルに負の影響を与え、この補給なしには前立腺の異常をもたらすためである。
 インプラントは16週間、埋め込まれた。ラットは28週(出生後200日)で処置された。
 これらのラットに加えて、各投与グループの5〜7匹が出生後10日及び90日後にDNAのメチル化分析をするために処置された。
 ホーらは処置したラットの前立腺に異常の兆候がないかどうかを検証した。

何がわかったか?

  1. 成長してからエストラジオールに暴露されなかったラットについて、高用量エストラジオール(HD-E)への発達期暴露は前立腺重量を減少させたが、LD-E 及び LD-BP のどちらも前立腺のサイズ/重量に影響を与えなかった。これは、このラットの家系で以前に行った研究と首尾一貫していた。
  2. 成長してからエストラジオールを投与されたラットについて、発達期に投与されたグループの各ラットの前立腺重量は、成長してからエストラジオールを投与されなかったラットに比べて相対的なパターンを変えなかったが、コントロールに比べて、 HD-E は減少し、 LD-E と LD-BPA は差がなかった。
  3. これは最も重要な比較であるが、LD-BPA に暴露されて、成長してからホルモン投与を受けたラットは、PINの症例が、コントロールでは40%であるものが100%に増加した。ほとんどが高級PINであった。ホーらによれば、BPA暴露によって引き起こされるPINの厳しさは HD-E によるものと同等である。発達期に LD-E、 HD-E 及び LD-BPA に暴露したラットは全てPINの拡散が著しく増大した(下図)。HD-E だけが成長してからのホルモン投与なしにPINが増大した。


 成長してからホルモン投与を受けた LD-BPA のグループは、成長してからホルモン投与を受けた又は受けなかったいずれのコントロール・グループよりも、そして成長してから投与を受けなかった LD-BPA のグループよりも、PINのスコアーが高い。
 左側のグループは成長してからの投与を受けておらず、右側のグループは投与を受けている。
* p< 0.05 成長後投与なしのコントロールと比較
** p< 0.05 成長後投与ありのコントロールと比較
Φ p < 0.05 成長後投与なしBPA と比較

出典:Ho et al. 2006


 ラットの前立腺組織の上皮細胞拡散の変化を調べたときに、コントロールのラット及びほとんどの投与ラットでは、次の例外を除いて変化は少ない。例外:高級PINを観察した部分では、HD-E ラット(成長後の投与あり及びなし)、及び発達中BPA投与で成長後投与ありのラットは細胞拡散が高い。
 アポトーシス(遺伝子的にプログラムされた細胞死)の分布を見ると、同様なパターンがあった(右図)。
 黒と赤クロスハッチは組織学的に正常な部分におけるアポトーシスの相対的な数を示している。これらは全ての投与グループで低い。
 それと対照的に、赤縞は高級PINのある部分でのアポトーシスの相対的な数を示している。アポトーシス率は、成長後の投与に関係なく HD-E は高く、また成長後にホルモン補給したBPAラットも高い。

出典:Ho et al. 2006


 ホーらは一連の遺伝子のメチル化パターンを調べ、ラットが成長してから処理グループ間の相違を比較した。彼らは女性ホルモン及びビスフェノールAによる処理はメチル化パターンをその多くは永久的に変化させ、その相違は出生後10日で現れた。

 彼らはそれから、特にひとつの遺伝子、PDE4D4 に焦点を当てたが、この遺伝子は、酵素ホスホジエステラーゼ 4 の生成を制御する遺伝子である。この酵素は、細胞の成長と分裂を制御する情報伝達分子である環状 AMP を分解する。

 彼らは、正常なラットが成長すると PDE4D4 遺伝子の特定の部位が非常にメチル化されて、酵素ホスホジエステラーゼ 4 の生成が減少することを発見した。

 生まれて直ぐにLD-E、HD-E 及び LD-BPA に暴露したラットは全てこのようなパターンをとらなかった。これらのラットでは、PDE4D4 遺伝子の同じ部位のメチル化が比較的少なかった。ホーらは、予測されたメチル化のこれらの相違として、コントロール・ラットが成長するとホスホジエステラーゼのレベルが降下することを示した。それとは対照的に、女性ホルモンとBPAに暴露したラットでは、酵素ホスホジエステラーゼ 4 のレベルは成長するとともに増大し続けた。

何を意味するか?

 この論文は前立腺がんの可能性ある原因に対し二つの重要な洞察を与える。第一は、成長初期のビスフェノールA及びエストラジオール(女性ホルモン)への暴露と、一般的にヒトの前立腺がんの前兆であるとみなされている前立腺の異常である高級PINの生成との間に関連があるということである。この実験で用いられたBPAの用量は一般的な人々が暴露している範囲内で選ばれた。

 第二は、PIN生成を引き起こすかも知れない潜在的な分子メカニズム、すなわち、女性ホルモンとBPAへの発達期の暴露は、通常はラットが成長すると起きる遺伝子 PDE4D4 のメチル化を妨げることを明らかにした。ホーらは、暴露したラットにおけるメチル化の減少が細胞情報伝達に有害影響を及ぼし、その結果、正常の組織をがんの状態にするということを提案した。

 遺伝子 PDE4D4 発現の変化は、前立腺病変が検出されるよりもはるかに前の発達初期に明らかになっており、ホスホジエステラーゼのレベルを測定することで個々の前立腺がんのリスクを特定することができるという可能性を提起している。

 この研究調査は、内分泌かく乱性汚染物質への発達期の暴露は成長後に悪影響を及ぼすことがあるという証拠の重みをさらに追加するものである。



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る