EHP2006年1月号 Correspondence
ビスフェノールAとリスク評価に関する
ポリッチとボンサール往復書簡


情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 1, January 2006
Correspondence
Bisphenol A and Risk Assessment and Author's Response
Letter: Politch JA
Response: vom Saal FS, and Hughes C
http://ehp.niehs.nih.gov/docs/2005/8388/letter.html#resp

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年1月2日
ポリッチの手紙ボンサールとヒューズの返答

ビスフェノールAとリスク評価
ポリッチの手紙

 最近の記事(訳注)で、ボンサールとヒューズ(2005)は、”ビスフェノールA(BPA)は女性の疾病に関連しているという最近の疫学的証拠”を含んで広範な新たな論文が有効となったので、BPAに関する新たなリスク評価が必要であると提案した。とりわけ、ボンサールとヒューズが疾病にBPAが関連する証拠として引用した唯一の研究は、タケウチら(2004)による調査であり、それを彼らは、女性の卵巣疾病がBPAの血液レベルに関連していると報告するケース・コントロール調査として記述している。

訳注:Environmental Health Perspectives Online 13 April 2005 掲載論文
Commentary - An Extensive New Literature Concerning Low-Dose Effects of Bisphenol A Shows the Need for a New Risk Assessment / Frederick S. vom Saal1 and Claude Hughes
 OSFによる解説を 「ビスフェノールAの低用量での影響に関する広範な論文が新たなリスク評価の必要性を示す」 として当研究会が日本語訳。

 ボンサールとヒューズ(2005)は、タケウチ調査(タケウチら. 2004)を不正確に記述した。それはケース・コントロール調査ではなく、BPAが卵巣疾病に明確に関連していることを実証していない。

 タケウチら(2004)は、73名の女性について、ある一時点における血清中のBPA、ホルモン濃度、及び臨床的状態に関して評価した小さな断面的な説明的調査を実施した。女性らは臨床的に正常(肥満又は非肥満のどちらか)、又は高プロラクチン血症 (hyperprolactinemia)、視床下部性無月経(hypothalamic amenorrhea)、又は多嚢胞性卵巣症候群(polycystic ovary syndrome (PCOS))(これらも肥満又は非肥満のどちらか)と分類された。この調査における6つのグループのそれぞれは、多くても19対象(非肥満正常グループ及び少なくとも6対象(PCOS肥満対象)を含んでいた。著者らは、血清BPAはPCOS(肥満及び非肥満の両方)及び肥満の正常女性は、正常で肥満ではない女性より高かったと報告した。また、血清BPAと様々なアンドロゲン(雄性ホルモン)との間に著しく明確な関連性があった。タケウチら(2004)は、血清BPAとアンドロゲンの間に強い関連があると結論付け、この関連に多くの可能性ある説明が存在すると言及した。

 タケウチら(2004)は、彼らの調査が仮説生成的調査(hypothesis-generating study)であり、因果関係についての結論を引き出すことは企てなかったと適切に認めている。

 ボンサールとヒューズ(2005)は、ケース・コントロール調査としてそれを引用することにより、このレベルの低い疫学的証拠の重要性を誇張した。ケース・コントロール調査とは、ケース・グループ(関心ある疾病を持つ)を、疾病の前に起きた曝露に関して、コントロール・グループ(関心ある疾病を持たない)と比較する、もっと厳格な疫学的調査である。タケウチら(2004)は、むしろ、ある一時点において曝露と疾病の両方が評価される断面的な調査を実施した。ある一時点において曝露と結果の両方が評価される時には、曝露が臨床的状態より先にあったのか、又は臨床的状態が各人の曝露レベルに影響を与えたのかを決定することはできない。断面的調査は仮説をテストすることはできず、せいぜい、それは単に相関性を検証したに過ぎない。さらに断面的調査は曝露と疾病の間の真の関連を覆い隠すかもしれない混乱要因のために管理することができない(Hennekens and Buring 1987)。

 ボンサールとヒューズ(2005)は、タケウチら(2004)による論文の意図した主要な焦点を見落としたが、それは血清BPAとアンドレゲン・レベルとの間に関連があるということである。この関連の正確な本質は今回は分からず、タケウチら(2004)は、BPAはアンドロゲンの生成を刺激するかも知れず、あるいはもっとありそうなこととしてアンドロゲンはBPAの代謝を抑圧するかもしれないと思索的に述べている。従って、高められたアンドロゲンに関連した(例えばPCOS又は肥満)臨床的状態を持った女性は、高められたアンドロゲンの結果として高められたBPAレベルを持ったかもしれない。タケウチらの断面的調査は、事象の経過の解明には役に立たず、従ってこれらの女性で調査されたどのような変数の間の因果関係をも取り扱うことはできない。

 さらに、多くの最近の調査が血清BPAの測定に有用ないくつかのELISAキット〔タケウチら(2004)によって使用された分析的手法〕がBPA濃度を過大に見積り、そのような手法で生成された結果の妥当性に異議をはさみつつ、少なからぬ cross-reactivity を示すことが報告されている(Fukata and Mori 2004; Fukata et al. 2003; Kawaguchi et al. 2003)。さらに、BPAは代謝され急速に除去されることが良く知られており(Volkel et al. 2002)、従って、血清レベルは直近の日のBPA曝露の片鱗を示すだけである。急性曝露(ある一時点における血清BPA)を発症までに数年かかる慢性的疾病と関係付けることは意味がない。BPAへの慢性曝露は実証されるべきであり、仮定されるべきではない。

 タケウチら(2004)の調査は、適切に管理された分析調査でさらに検証することができた仮説であることを示唆している。それはBPAの血中レベルと女性の臨床的疾病との間の関連を実証する最近の疫学的証拠として描写されるべきではない。

 著者はワシントンDCのワインバーグ・グループのコンサルタントである。
(訳注:ワインバーグ・グループ:企業のためのコンサル会社。http://www.weinberggroup.com/

Joseph A. Politch
Department of Obstetrics and Gynecology
Boston University School of Medicine
Boston, Massachusetts
E-mail: politch@bu.edu


References

Fukata H, Mori C. 2004. Considerations in quantifying endocrine disrupting chemicals especially those in human samples. Japan Society of Endocrine Disrupters Research Newsletter 6:3.

Fukata H, Teraoka M, Takada H, Todaka E, Mori C. 2003. Measurement of bisphenol A by HPLC and ELISA in serum and urine [Abstract]. In: Proceedings of the 6th Annual Meeting of Japan Society of Endocrine Disrupters Research, 2-3 December 2003, Sendai, Miyagi, Japan. Tsukuba, Ibaragi, Japan:Japan Society of Endocrine Disrupters Research, B-1-2.

Kawaguchi M, Ito R, Funakoshi Y, Nakata H, Yoshimura M, Inoue K, Nakazawa H. 2003. Estimation of analytical methods for measurement of BPA in human samples [Abstract]. In: Proceedings of the 6th Annual Meeting of Japan Society of Endocrine Disrupters Research, 2-3 December 2003, Sendai, Miyagi, Japan. Tsukuba, Ibaragi, Japan:Japan Society of Endocrine Disrupters Research, PA-28.

Hennekens CH, Buring JE. 1987. Epidemiology in Medicine. Boston:Little, Brown and Company.

Takeuchi T, Tustsumi O, Ikezuki Y, Takai Y, Taketani Y. 2004. Positive relationship between androgen and the endocrine disruptor, bisphenol A, in normal women and women with ovarian dysfunction. Endocr J 51:165-169.

Volkel W, Colnot T, Csanady GA, Filser JG, Dekant W. 2002. Metabolism and kinetics of bisphenol A in humans at low doses following oral administration. Chem Res Toxicol 15:1281-1287.

vom Saal FS, Hughes C. 2005. An extensive new literature concerning low-dose effects of bisphenol A shows the need for a new risk assessment. Environ Health Perspect 113: 926-933; doi:10.1289/ehp.7713 [Online 13 April 2005]


ビスフェノールA
ボンサールとヒューズの返答

 動物実験におけるビスフェノールA(BPA)の低用量影響を報告する広範な新たな論文について述べている我々の評論(ボンサールとヒューズ 2005)は、グレイら(2004)によるリスク・アナリシスのためのハーバード・センター(HCRA)からの、”BPAの低用量影響の証拠の重みは非常に弱い”と結論付けた報告書に対応して書かれたものであった。そのHCRA報告書は、アメリカ・プラスチック協議会から金が出されており、検証することのできたもっと多くの調査の中から選択的にわずか19の検証だけが行われた。我々の評論で我々は、ヒトの曝露範囲でのBPA用量が用いられた動物実験での調査に関する新たな広範な論文の包括的な検証が、書かれてから2年半後に発表されたHCRA報告(グレイら、2004)が達した結論と正反対の結論を導いたということを示した。

 現時点では、BPAの血中レベルと女性の疾病との間の関連を示す二つの疫学的調査が発表されている。手紙の中でポリッチは、血中のBPAと日本人女性の多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)との間の関連を述べているタケウチら(2004)によるひとつの調査だけに注意を向けている。最近発表された論文で、スギウラ−オガサワラら(2005)(訳注)はBPAの血中レベルと日本人女性の再発性流産との間の関連を報告した。

訳注Exposure to bisphenol A is associated with recurrent miscarriage / Oxford Jarna lHuman Reproduction Advance Access published online on June 9, 2005
 OSFによる解説を 「ビスフェノールAへの暴露は習慣流産に関連がある/スギウラ−オガサワラら(OSF による解説) 」 として当研究会が日本語訳。

 ポリッチは、タケウチら(2004)による調査だけに目を向け、そのような調査は”因果関係を語ることはできず、”適切に管理された”ヒトの調査が必要であると示唆することによって、我々の検証の中心的論点から注意をそらそうと努めている。我々は、環境健康展望(EHP)の読者らは、これらは、研究室の実験で求められるような管理は決して実現ることができない全ての疫学的調査に向けられる批判であるということを十分に理解すると確信する。さらに、評論者の中心的専門性(生理心理学 biopsychology)がどこか他所にある時には、科学的研究の一分野(疫学)のピアレビューされた発表の方法論的詳細を議論する時に常にリスクが存在する。
 最も重要なことは、タケウチら(2004)による女性の血中で報告されたBPAのレベルに関する彼の批判に基づけば、ポリッチは、実質上同等な平均及び/又は中央値を報告している世界の異なる地域で実施された研究から得られたヒトの血液、尿、及び組織の中のBPAのレベルについての広範な論文について知らないように見えるということである。例えば、疾病管理予防センターの最近の調査で、カラファットら(2005)は、彼らが分析したヒトの尿サンプルの95%中に、他の研究(例えばションフェルダー、2002;タンとモード、2003)におけるヒトの血中で報告されたのと同じ範囲でBPAを検出した。この発表された論文の全てはミズーリ大学内分泌かく乱物質ウェブサイトで入手できる文書にリストされている(内分泌かく乱物質グループ、2005)。

 ポリッチが述べたことで我々が強く支持するひとつの見解は、発達中の胎児及び新生児は内分泌かく乱物質に最も脆弱であるという広範な証拠に基づけば、発達曝露を成人の疾病に関連付けるヒトの調査もまた求められるという提案である。我々は、計画中の国家子ども計画(National Children's Study)がこの問題に目を向け、どの曝露がヒトの健康に影響を及ぼしそして及ぼさないかを特性化することに着手することを期待する。完了するのに数十年かかるそのような調査が存在しない現在、我々は化学物質による潜在的なハザードに関する決定を行うために動物による調査に頼ることになる。

 疫学的証拠が、BPAが及ぼすヒトへの潜在的ハザードに関する ”我々の懸念にさらに加えられる” という我々のコメントは、我々はこの調査又はもうひとつ他の調査の ”重要性を誇張する” とする批判を正当化することは到底できないということを意味する。BPAのヒトへの潜在的ハザードについての我々の懸念は、限られた疫学的調査が、BPAの低用量が広い範囲の結果に有害影響を及ぼすことを示す125以上の動物実験から得られた発見をフォローし、基本的にそれら支持するという事実によって正当化されている。我々はまた、我々の記事(ボンサールとヒューズ、2005)の中で、動物実験でBPAの有意な影響を示す調査の100%は政府機関の資金によるものであり、化学会社の資金による調査の100%はBPAの同じ低用量が有意な影響を及ぼさないと結論付けていることを指摘した。ポリッチによる批判に関連して非常に重要なことは、血中のBPAが女性の疾病に関連するとする二つの疫学的調査が、ヒトの血中で検出されるBPAレベルの範囲及びそれ以下における用量での動物によるBPAハザード調査から得られる発見と一貫性があるということである。

 著者らは、競争的金銭利害関係はないことを宣言する。

Frederick S. vom Saal
Division of Biological Sciences
University of Missouri
Columbia, Missouri
E-mail: vomsaalf@missouri.edu

Claude Hughes
Department of Biology
East Carolina University
Greenville, North Carolina


References

Calafat AM, Kuklenyik Z, Reidy JA, Caudill SP, Ekong J, Needham LL. 2005. Urinary concentrations of bisphenol A and 4-nonyl phenol in a human reference population. Environ Health Perspect 113:391-395.

Endocrine Disruptors Group. 2005. Bisphenol A References. Columbia, MO:Curators of the University of Missouri. Available: http://endocrinedisruptors.missouri.edu/vomsaal/vomsaal.html [accessed 30 November 2005].

Gray GM, Cohen JT, Cunha G, Hughes C, McConnell EE, Rhomberg L, et al. 2004. Weight of the evidence evaluation of low-dose reproductive and developmental effects of bisphenol A. Human Ecol Risk Assess 10:875-921.

Schonfelder G, Wittfoht W, Hopp H, Talsness CE, Paul M, Chahoud I. 2002. Parent bisphenol A accumulation in human maternal-fetal-placental unit. Environ Health Perspect 110:A703-A707.

Sugiura-Ogasawara M, Ozaki Y, Sonta S, Makino T, Suzumori K. 2005. Exposure to bisphenol A is associated with recurrent miscarriage. Hum Reprod 20: 2325-2329.

Takeuchi T, Tsutsumi O, Ikezuki Y, Takai Y, Taketani Y. 2004. Positive relationship between androgen and the endocrine disruptor, bisphenol A, in normal women and women with ovarian dysfunction. Endocr J 51:165-169.

Tan BLL, Mohd MA. 2003. Analysis of selected pesticides and alkylphenols in human cord blood by gas chromatograph-mass spectrometer. Talanta 61:385-391.

vom Saal FS, Hughes C. 2005. An extensive new literature concerning low-dose effects of bisphenol A shows the need for a new risk assessment. Environ Health Perspect 113: 926-933.



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