EHN 2008年10月30日論文解説
ビスフェノールAに関する
FDAの決定案には重大な欠陥がある

解説:ジョン・ピーターソン・マイヤーズ

情報源:Environmental Health News, Oct 30, 2008
FDA draft decision on BPA deeply flawed
Synopsis by John Peterson Myers
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/newscience/fda-decision-on-bpa-deeply-flawed/

Original: Environ Health Perspect. 2009 Mar;117(3):309-15. doi: 10.1289/ehp.0800173. Epub 2008 Oct 22.
Why public health agencies cannot depend on good laboratory practices as a criterion for selecting data: the case of bisphenol A.
Myers, JP, FS vom Saal, BT Akingbemi, K Arizono, S Belcher, T Colborn, I Chahoud, DA Crain, F Farabollini, LGuillette, Jr., T Hassold, S Ho, PA Hunt, T Iguchi, S Jobling, J Kanno, H Laufer, M Marcus, JA McLachlan, A Nadal, J Oehlmann, N Olea, P Palanza, S Parmigiani, BS Rubin, G Schoenfelder, Carlos Sonnenschein, AM Soto, CE Talsness, JA Taylor, LN Vandenberg, JG Vandenbergh, S Vogel, CS Watson, WV Welshons, and RT Zoeller
http://www.ehponline.org/docs/2008/0800173/abstract.html

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会
掲載日:2008年11月1日
このページへのリンク:
"http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_081030_BPA_FDA.html


 36人の科学者(訳注1)はピアレビューした論評(commentaryの中)で、米食品医薬品局(FDA)のビスフェノールA(BPA)の使用に関する決定案はデータの選定に容認できない基準を使用し、致命的に欠陥のある論文に強く依存していると結論付けた。

原注:この要約はエンバイロンメンタル・ヘルス・パースペクティブ(EHP)に発表された論評の著者の一人(Myers)によって書かれている。

 米食品医薬品局(FDA)と欧州の対応する組織である欧州食品安全機関(EFSA)双方は、ビスフェノールAのレビューにおいて、このプラスチック・モノマーは安全であるとする産業側から資金の出ている二つの研究を特別扱いしている。

 このアプローチの理論的根拠をレビューした36人のBPA専門家らは、これらの研究の選択は産業側から資金の出ている研究を優遇する欠陥ある基準に基づいており、米国立健康研究所(NIH)や他の国の対応する組織による数百の研究の評価を低くしていると結論付けた。FDAとEFSAによって採用された研究は、”概念的及び方法論的に著しい欠陥”があり、最も適切で鋭敏な最先端の分析手法を切り捨てている。

 科学者らはまた、FDAが金科玉条とするその論文の詳細な分析を発表し、規制のための評価には役に立たない致命的な誤りを含んでいることを明らかにした。

 2008年のはじめにRTI インターナショナルのロシェル・ティルと他の12人の著者らによって著されたこの論文は、2008年4月にピアレビュー誌”Toxicological Sciences(毒性科学)”に発表された。サンプル数が多く、”優良試験所基準Good Laboratory Practices (GLP) ”に準拠しているという理由で、サンプル数が少なくGLPに従っていないとする他の研究よりもその研究にFDAは重きを置いた。FDAは特に、胎児発達中に暴露した後、思春期又は乳せん発達のタイミングにおける前立腺の発達への影響はないとするティルらの結論に注目した。これらの研究結果は、前立腺の発達への影響及びその他の影響を報告している他の科学者らによってなされた複数の研究と矛盾する。FDAは、他の研究結果には複数の再現があるにもかかわらず、ティルらの研究の方が信頼性があると結論付けた。

  1. ティルらによって報告された参照マウスの前立腺の平均サイズは、同一家系のマウスを使用した他の全ての研究で報告されたものより75%近く大きかった。このことは、彼らの解剖が不適切に行われたか、あるいはマウスが病気であったかのどちらかであること示している。このことは、どちらの場合の欠陥でも、ティルらは他の研究によって胎児期のビスフェノールAへの暴露によって引き起こされることが報告されている前立腺重量の概略35%の増加を見つけることができないということを意味する。したがって、前立腺影響が確かであるかどうかを判断するためには、ティルらの研究は使用することはできない。

  2. ティルらは、彼らの陽性コントロール(訳注2)に影響を引き起こすために高容量のエストラジオール(訳注3)を必要とした。このことは、彼らのマウスは意外なことにエストロゲンに感受性がなく、したがってビスフェノールAの低用量影響のテストのためには適切なモデルではないことを意味する。

  3. ティルらの分析手法は、時代遅れのものであり、現在の科学的アプローチを用いた研究に基づき他の科学者らが報告している影響のほとんどを検出することができない。
 この論評はまた、米国立健康研究所(NIH)が資金提供した研究を除外するためにGLP基準の準拠を理由とすることがなぜ不適切なのかということについての問題に広く目を向けている。GLP基準は、化学物質暴露の影響に関し連邦機関へ報告する契約研究所によってなされた多くの不正確な実施結果に対処するために1970年代に開発されたものである。それらは、記録の維持と実験動物の適切な管理を確実にするために設計されているが、科学的な研究結果についての信頼性や有効性を確実にするためのものではない。このことは、GLP準拠のティルらの論文の中に見出された欠陥だけでなく、BPAの低用量影響はないと報告している産業側科学者らによって発表された他の3編の非常に批判されているGLP論文によっても実証されている。

 この論評は、NIH資金提供の研究は、厳格なレビューを受けているために産業側資金提供のGLP研究よりも信頼性と有効性のある科学的研究結果を生み出すように見える。

 第一に、主要な科学者はその研究に能力があることを示さねばならず、NIHの研究成果に匹敵する最高水準の実験手法、分析手法、実験環境を採用しなくてはならない。提案の認可のためのピアレビューのプロセスは非常に厳格でなくてはならない。

 第二に、研究成果は、その研究の全ての面を検証する独立の専門家により詳細に評価されるピアレビュー誌に発表されている。FDAによって拒絶されたNIH資金提供による研究の多くは、サイエンス誌(Science)、ネーチャー誌(Nature)、米科学アカデミー紀要を含む世界で最も著名で権威あるピアレビュー誌などに発表された。

 第三に、NIH資金提供による研究の成果は、その成果を再現するために独立した取り組みにより常に挑戦を受けている。実際、他の学界専門家がティルらが再現できなかったと主張する研究結果を再現している。

 論評の結論は:

 ”公衆健康に関する決定は適切な手順と最も感度の高い分析手法を用いた研究に基づくべきである。その研究がGLPであるかどうかによってデータを含めたり除外したりする基準に基づくべきではない。単にGLPに合致するだけでは科学的信頼性と有効性を保証するためには不十分である。

参照:

  • Tyl RW, Myers C, Marr M, Sloan CS, Castillo N, Veselica MM, et al. 2008a. Two-Generation Reproductive Toxicity Study of Dietary Bisphenol A (BPA) in CD-1R (Swiss) Mice. Toxicol Sci 104: 362 - 384.

その他の欠陥あるGLP研究:
  • Ashby J, Tinwell H, Haseman J. 1999. Lack of effects for low dose levels of bisphenol A (BPA) and diethylstilbestrol (DES) on the prostate gland of CF1 mice exposed in utero. Reg Tox Pharm 30:156-166.
  • Cagen SZ, Waechter JM, Dimond SS, Breslin WJ, Butala JH, Jekat FW, et al. 1999. Normal reproductive organ development in CF-1 mice following prenatal exposure to Bisphenol A. Tox Sci 11:15-29.
  • Tyl RW, Myers CB, Marr MC, Thomas BF, Keimowitz AR, Brine DR, et al. 2002. Three-generation reproductive toxicity study of dietary bisphenol A in CD Sprague-Dawley rats. Toxicol Sci 68(1):121-146.
欠陥の議論:
  • NTP. 2001. Final Report of the Endocrine Disruptors Low Dose Peer Review Panel. In: Endocrine Disruptors Low Dose Peer Review. Raleigh, NC. Available: http://ntp.niehs.nih.gov/go/14446 [accessed 6 October 2008].
  • CERHR. 2007. NTP-CERHR expert panel report on the reproductive and developmental toxicity of bisphenol A (November 26, 2007). Center for the Evaluation of Risks to Human Reproduction, National Toxicology Program, National Institutes of Health. Available: http://cerhr.niehs.nih.gov/chemicals/bisphenol/BPAFinalEPVF112607.pdf [accessed 28 July 2008].

訳注1
著者の中には二人の日本人研究者が含まれている。
・井口泰泉氏 (岡崎国立共同研究機構)
・菅野 純氏(国立医薬品食品衛生研究所)

訳注2:陽性コントロール
 既に解析ができていてその解析結果の確定しているものを解析し,同様の解析結果が得られことを確認する
 陰性コンとロース:何も検出されるはずのない対象を解析して,何も検出されないという結果を確認する

訳注3:エストラジオール
 エストロゲンの中で最も強い生理活性を持つ女性ホルモンの一種
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訳注4:関連記事




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