EHN 2008年9月16日論文解説
ビスフェノールAはヒトの糖尿病と心臓疾患に関係がある
動物テストからヒトへの害を裏付ける初めての主要な研究と研究者らは言う
解説:マーラ・コーン

情報源:Environmental Health News, September 16, 2008
Bisphenol A linked to diabetes, heart disease in humans
First major study in humans supports evidence of harm from animal tests, researchers say.
By Marla Cone
Editor in Chief Environmental Health News
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/news/bisphenol-a
-linked-to-diabetes-heart-disease-in-humans


Original: The Journal of the American Medical Association (JAMA) , September 16, 2008
Association of Urinary Bisphenol A Concentration
With Medical Disorders and Laboratory Abnormalities in Adults
Iain A. Lang, PhD; Tamara S. Galloway, PhD; Alan Scarlett, PhD; William E. Henley, PhD; Michael Depledge, PhD, DSc; Robert B. Wallace, MD; David Melzer, MB, PhD
http://jama.ama-assn.org/cgi/content/full/300/11/1303

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会
掲載日:2008年9月18日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_080916_BPA.html


 本日発表された新たな科学的研究によれば、食品及び飲料のプラスチック容器中の化学物質に高いレベルで暴露している人々は心臓血管系疾患と糖尿病に罹りやすいようである。

 ヒトにおけるビスフェノールAの初めての大規模なこの研究は、この化合物が一連の疾病とその他の健康問題の一因であるかもしれないとする動物テストからの証拠に加わるものである。

 毎年世界中で200万トン使用されるBPAは、世界で最も大量に使用される化学物質のひとつであり、アメリカの90%以上の人々の体内に見出される。

 そのわずかの量が、硬くて透明なプラスチックであるポリカーボネートでできた容器、及び食品や飲料の缶のエポキシライニングから漏れ出す。

 米医学会誌(JAMA)に発表されたイギリス科学者チームによる研究によれば、テストした1,455人の米成人は、尿中のBPAが高ければ、心臓血管系疾患と糖尿病に罹る率が高くなる。彼らはまた、ヒトの異常な肝臓酵素とBPAとの間の関係を発見し、この化学物質がどのように肝臓機能を変えるかを示唆した。

 BPAは、今日使用されている中で最も議論のある化学物質のひとつである。

 約200の実験室での研究が、BPAに暴露した動物の、インスリンと肝臓の変化や生殖系と脳へのダメージを含む、様々な影響をこれまでに報告している。しかし、その結果は激しい議論となっている。それは、そのほとんどがプラスチック産業又は化学産業から資金援助を受けた動物実験のいくつかが、BPAは安全であると示唆しているためである。その議論は、実験げっ歯類にどのように暴露させたか、及びその結果はヒトにあてはめることができるかどうかに焦点をあてている。

 ワシントン州立大学分子バイオ科学部教授パトリシア・ハントは、結果には”驚嘆させられた”と述べた。

 ”これは動かぬ証拠である”と、彼女自身の研究が欠陥のある卵とその他の生殖系の影響を低レベルBPAに暴露させたマウスから発見したハントは述べた。”この化学物質は実際、我々の生活の中にあってはならないということを示すデータがますます増えているが、今回、我々はヒトによるデータを得た”。

産業界は疑念を向ける

 しかし、プラスチック産業の代表は、ヒトのテストは人々が暴露したその時のスナップ写真であり、何が彼らの疾病を引き起こしたか決定することはできないので、この研究結果は決定的ではないと述べた。

 ”本質的な研究設計が理由で、全体的にこの新たな研究は、BPAがどのような疾患をもたらすということも裏付けることはできない”とプラスチックと化学産業の団体であるアメリカ化学協議会(American Chemistry Council)ポリカーボネート/BPAグローバル・グループ・ディレクターのステファン・ヘントゲスは述べた。”この種の研究は、因果関係を展開することは本質的にできない”。

 ”我々の見解は、科学はビスフェノールAから作られる製品の安全性を支え続けている”とヘントゲスは付け加えた。”我々は科学的証拠の重みが移るとは考えていない”。

 この新たな発見は、本日午前中に米食品医薬品局(FDA)の科学委員会の会議で議論される。先月、FDAは、BPAは食品と飲料容器で安全であるとドラフト評価(訳注1)の中で結論付けた。FDAのこの結果は産業界から資金提供された二つの動物研究に基づいている。

 この新たな研究のデータは、多くの化合物を数千人の人々についてテストした米疾病管理防止センター(CDC)によって集められたものである。

 疫学者らはこの研究は、大きな任意に選定された集団をテストしたものなので、強力であると述べた。ロチェスター大学医学歯学部門環境医学及び産科/婦人科教授であり疫学者であるシャナ・スワンはCDCのデータベースを”gold standard(最も信頼できる標準)”であると呼んだ。

 ”これらの結果が動物データと一致するという事実は、これらの結果を強化し、示唆に富むヒト健康影響の証拠を提供するものである”とスワンは述べた。”もし、これらのデータが確認されれば、それらは非常に著しい影響をこれらの疾病を持つ集団に与えたことになる”。

 国家毒性計画(NTP)の副部長ジョーン・ブッチャーは、この新たな研究は”データのギャップを埋めるための第一歩である”と述べた。今春、国立健康研究所(National Institutes of Health)の一部門である彼の機関(NTP)は、長い継続したレビューの後に、BPAが子どもの脳と生殖系に”いくらかのリスク”があると結論付けたが、一方、成人へのリスクは無視できる又はないとした(訳注2)。

 ”これはパズルの一片であり、もっともっと多くの他の片がまだある”とブッチャーは述べた。”この論文に関してはまだ結論が出ていない。”世界中の他の場所にある比較可能なデータベースを見つけることは、これらの結果を再現することを試みるために非常に価値がある”。

強固な関連性

 食事、遺伝子、及び、その他の要素は、誰が心臓血管疾患、糖尿病、その他の疾病にかかるかを決定するのに重要であるが、多くの科学者らは環境的要因もまた、重要な役割を演じていると信じている。

 BPAは、実験動物で正常なホルモンをかく乱するエストロゲン様化学物質である。ホルモンはヒトの体の広範な機能をコントロールし、それらを変更することは病気や生殖系及び神経系のダメージを引き起こすきっかけとなるかも知れない。

 心臓疾患との関連はほとんどの科学者にとって驚きであった。BPAに暴露させた実験動物で心臓血管系疾患をテストした人はいなかった。しかし、先月に報告された研究が、低レベルのBPAがアディポネクチン(Adiponectin) と呼ばれ、人々を心臓発作や心臓疾患から守るホルモンを抑圧するということを報告した。

 研究者らは、 1,455人を、高暴露から低暴露まで4つのグループに分けた。この研究によれば、最も低いBPAレベルの人々と比べると、最も高いレベルの人々の4分の1は、心臓血管系疾患又はタイプU糖尿病が2倍程多いようであった。彼らはまた、変更された肝臓酵素を持っているようであった。関節炎、甲状腺疾患、脳卒中、及び呼吸器系疾患を含むいくつかの他の疾病との関係は見出されなかった。

 ”関連性は全て非常に強固であるように見える”とこの研究の主著者で、英エクスター大学ペニンシュラ医学校の疫学教授であるデービッド・メルザーは述べた。エクスター大学、プリマウス大学、アイオア公衆健康大学からの科学者がこの研究に参加した。

 米化学協議会のヘントゲスは、新たな結果に疑いを投げかけるひとつの要素は、人々は非常に低いレベルのBPAに暴露しており、それは24時間以内に排出するが、”一夜で心臓疾患と糖尿病にはならない”と述べた。これらの病気は、かなりの長期間を経で発病する”。

 しかし、研究の著者らは、長年の継続的な暴露のためであろうと述べた。”もし我々の結果が確認されれば、我々はこの疾病と肝臓の変化は長期的な、おそらく数年間のBPA暴露の結果であり、例えば、かつてある時に缶詰の食品をたくさん食べたというような短期間の暴露ではない”とメルザーと彼の同僚は書いた。

行動を求める

 この英国チームは、この研究結果に再現性があるかみるために、既に他のヒト集団のデータを分析している。

 ”この種の調査研究は何度も非常にうまくいっているが、時にはうまくいかない場合もあるので、それを再現することは非常に重要である”とメイザーはインタビューで述べた。

 この新たな研究は成人の暴露レベルと疾病について関係付けているが、それは暴露のタイミングが人々の健康にとって重要かどうかの疑問を提起している。動物では、多くの研究が、成人ではない胎児期の暴露が後の人生で健康問題をもたらすことを報告している。

 科学者らは現在、出生前又は小児期の暴露が成人してからの糖尿病や肥満、又は他の健康問題をもたらすかどうかを調べるために、他のヒト集団をもっと長期間、調査している。

 ”これらの結果の重要性を示す多くのフォローアップ調査研究が疑いなく出てくるであろう”スワンは述べた。

 BPAの影響を研究しているミズーリ・コロンビ大学の生殖系科学者フレデリック・ボンサールは、米医学会誌(JAMA)の論説に、”この新たな発見が、アメリカの規制当局が人と環境への暴露を制限するために積極的な措置を取るよう強く促すことになるべきである”と書いた。

 この発見は、米環境保護局によって設定されている安全性に関する現状のガイドラインに疑問を抱かせる。

 この新たな研究で、科学者らは、最も暴露レベルの高い人々のBPA測定値は平均、1日当たり50マイクログラムであった。最も暴露レベルが低い人々は1日当たり10マイクログラムであった。

 缶やポリカーボネート・ボトルから人々が消費する食品や飲料の量は大きな差があるかも知れない。18歳から23歳の間の人々は最も高いBPAレベルであり、60歳から74歳の年寄りグループは最も低かった。黒人は他のどの人種グループよりも高かった。

 糖尿病又は心臓疾患のない人々は、1日当たり20マイクログラムのBPAに暴露していると推定されるが、一方、糖尿病及び心臓疾患のある人々は平均28〜35マイクログラムである。

 動物データに基づいて、EPAは、平均的な成人はこのレベルの100倍、すなわち1日当たり約3,200マイクログラムのBPAを摂取しても安全であると述べている。

リスクを最小にする

 ワシントン州立大学のハントは、この新たなデータはFDA及びEPAに彼らの立場を変えさせるのに十分なデータであると述べた。

 ”我々は、もう待つことはできない。人間というのは調べることに手際を要するが、どれだけやれば納得するのか?”とハントは述べた。彼女の研究は、妊娠したマウスが低レベルのBPAに暴露した時に、その仔らはダメージを受けた卵を産んだことを示した。ハントは、もしこの化学物質がヒトの卵にもまたダメージを与えるなら、流産か遺伝的障害をもたらすであろう。

 しかし、米化学協議会のヘントゲスは、BPAと疾病の間の関係は肥満のような多くの要素によって混乱させられている誤った肯定(フォールス・ポジティブ)であり、そのことを著者らは報告書の中で認めていると述べた。””

 ”何が本当に糖尿病又は心臓疾患を起こしているのかを整理すると、多くのことがある”と彼は述べた。

 多くの製造者と消費者は、産業によって約50年間使用されているこの化学物質を含むほ乳ビンやスポーツ用ボトルを既に処分している。少なくとも10の州が子ども製品からBPAを禁止する法律を検討しているが、採択されたものはまだない。

 ”これらの結果から、FDA又は他のどのような機関も自信をもってBPAは安全である結論を出すことは科学的に妥当ではない”とスワンは述べた。”自分自身及び子ども達の健康へのリスクを最小にしたいと望む消費者は、不確実性がたとえあってもBPAを含む製品を避けたいと望むであろう”。

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編集者注
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 環境健康科学(Environmental Health Sciences)のCEOであり、主席科学者のピート・マイヤーズは、米医学会誌(JAMA)でBPA研究についての論説の共同著者である。彼はこの記事には関係がない。



訳注1
FDAのBPA 評価レポート
訳注2
NTPのBPA 評価レポート


化学物質問題市民研究会
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