EHN 2007年8月10日による論文解説
チャペルヒル ビスフェノールA専門家委員会合意声明
メカニズム、動物での影響及び
現状の暴露レベルでのヒトの健康への潜在的な影響の統合


情報源:Environmental Health News, August 10, 2007
Chapel Hill Bisphenol A Expert Panel Consensus Statement:
Integration of mechanisms, effects in animals and potential impact to human health at current exposure levels
http://www.environmentalhealthnews.org/newscience/2007/2007-0803chapelhillconsensus.html

Orijinal: vom Saal, FS, SM Belcher, LJ Guillette, R Hauser, JP Myers,
GS Prins, WV Welshons, JJ Heindel et al. 2007
Reproductive Toxicology, in press [PDF]

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会
掲載日:2007年9月3日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_070811_BPA_Chapel_Hill.html


 ビスフェノールAに関する38人の世界の指導的専門家が広範に使用されているプラスチックへの暴露が及ぼす有害な健康影響について政治家に警告した。2007年8月に発表された合意声明は、2006年11月ノースカロライナ州チャペルヒルで開催された米国立環境健康科学研究所(National Institute of Environmental Health Sciences)後援のワークショップから生まれた。

 彼らは人々のBPA平均レベルは実験室で動物に危害を引き起こすレベルより高いと結論付けた。そして彼らは人々の血清中の平均レベルは、EPAが安全であると見なしている暴露レベルより(参照用量)より高いと仮定するすることによってのみ今日の人々の暴露を説明することができるとした。

これらのポリカーボネート
ボトルとカップはBPAから
作られている。測定可能な
量が、特に熱せられたり
暖められると容器内液体に
溶け出すであろう。

 この推定は、人々が摂取するBPAのほとんどが急速に代謝し排出されるという所見に基づいている。それはまた、人と動物のBPAの代謝はおおよそ同じであると仮定している。あるデータは人はBPAを動物より早く代謝することを示唆している。もしそうなら、人の日々の暴露はもっと高いに違いない。

 EPAの参照用量は1980年代になされた測定に基づいており、したがって過去10年間に数多く報告されている低用量での動物へのBPA影響の観察結果を反映していない。参照用量がこの文書の結論を用いて再計算されるなら、実質的には食品や飲料に接触する全ての用途を含んで、BPAの多くの商業的な使用は最早可能ではなくなるであろう。

彼らは何をしたか?

 BPA専門家会議は2006年11月の下旬に行われた。この会議の6か月以上前から、専門家の5つの委員会は、発表されている700の研究のすべてをカバーするBPAの文献の様々な側面をレビューしながら広範な作業文書を作成した。これらの文書は会議における討議のベースとなった。会議の間、これらの作業文書はその分野で活動する専門家の間で討議され、データの概要が会議後半の討議のために作成された。

 委員会は各作業グループから4つの専門知識グループに再編成され、それぞれのグループは作業グループがフォーカスした領域を超えて、実際に基礎研究から応用分野に及ぶ(translational)BPAに関する科学的発見について、科学的信頼性のレベルを評価した。

 これらの評価は同意声明に統合されたが、それは科学的信頼性に関して3つのレベルに分類している。
 ・我々は次のことを確信している。
 ・我々は次のことを信じているが、確認が必要である。
 ・不確実であり将来の研究の必要性を示唆する領域である。

 ワークショップの数ヶ月後に、この合意声明とBPAの科学的文献の異なる側面に目を向けた主要な5つの検討結果が取りまとめられ、ピアレビュー・ジャーナル ”生殖毒物学(Reproductive Toxicology)”に発表するために提出された。

何が分ったのか?

 合意声明における結論の中で、検討結果を次のように分類している。

■我々は次のことを確信している。

  • ”人のBPA暴露は広がっている”。
  • ”一般的に報告されている人の体内のBPA循環レベルは、動物実験における急性暴露から外挿した循環レベルを超えていた”。これは重要な発見である。BPAは、人がすでに体内に持っているよりレベルより低いレベルで、動物に有害影響を引き起こす。
  • ”多くの実験で有害影響を引き起こした体重当たり25マイクログラムのBPA用量を投与された母親の胎児のBAPレベルは、ヒト胎児の血中で観察される非抱合(unconjugated)BPAレベルの範囲に十分に入っている”。
  • ”実験動物及び野生生物においてBPAは、遺伝子の”エピジェネティック・プログラミング”を変更し、後に発現して持続する影響をもたらす。特に実験動物のオス親及び/またはメス親の低用量BPAへの暴露は、前立腺、乳房、睾丸、乳腺、体のサイズ、脳の構造と現象、そし行動に組織的変化をもたらす”。
  • ”成獣の暴露研究から、発達中の暴露の結果を予測することはできない”。
  • ”受容体信号に関連する細胞膜によって媒介される行動は、低用量BPA現象の多くが根底にある。(1ピコモル又は0.23pptという低用量での影響が報告されている)”。

■我々は次のことを信じているが、確認が必要である。

  • ”異なるライフ・ステージでのBPAへの暴露は、生殖系がんの病因と進行に異なる影響を与え、器官形成に感受性の高い期間の暴露は、前立腺や乳腺のようなある組織でのがんに罹りやすくなるかもしれない”。
  • ”生命の初期段階における環境中と同等の用量のBPAへの暴露は、ヒトにおける持続する有害影響をもたらすかもしれない”。
  • ”免疫系の機能は成長後のBPA暴露により変更を受けることがありえる”。
■次のことは不確実であり将来の研究の必要性を示唆する領域である。

  • ”食物連鎖を通じてのBPAの増幅が、特に微生物分解又は光分解の欠如のために無酸素又は低酸素条件下で起きるかどうかを確かめる必要がある”。
  • ”ヒトのBPAの1日摂取量を推定する試みがなされてきたが、これらの推定は多くの仮定を必要とする。ヒトのBPAへの既知の暴露経路だけでは、ヒトの組織や体液中で測定されるBPAレベルを十分に説明しているようには見えない”。
  • ”血清やその他の体液中のBPAレベルは、BPA摂取は説明できる量よりはるかに高いか、あるいはBPAは妊娠のようなある条件では生物蓄積するか、あるいはその両方であることを示唆している”。
  • ”特に発達中の感受性の高い期間におけるBPA暴露の健康に関する影響についての疫学的研究が必要である。これらの研究は実験動物による知見から得られた仮説に基づくべきである”。
  • ”エピジェネティクス(訳注1)は、BPAやその他の汚染物質の世代を越える影響及び発達影響に介在する潜在的なメカニズムとして検証されるべきである”。
何を意味するか?

 この合意声明は、ビスフェノールAに関する世界の指導的研究者によって、発表されている全ての文献をレビューして、書かれたものである。彼らの判断は、現在の人の平均的レベルである1〜2ナノグラム/mlは動物に危害を引き起こすのに必要なレベルより高い。彼らは合意声明中で規制に関する勧告はしていないが、その言外の意味合いは明白である。EPAによって使用されている現在の”安全用量”レベルは、このEPA参照用量が設定された19980年代中頃以降に蓄積している研究結果を反映して、もっと低くするべきである。現在の参照用量より25〜250倍低いレベルで有害影響を示す研究や、0.23pptまでの低用量で大きな影響を示す試験管内での細胞研究に基づけば、ポリカーボネート製の食品・飲料用容器、又はエポキシ樹脂ライニング缶でのBPAの使用は、新たな参照用量に矛盾しないということはほとんどありそうにない。

 この知見はビスフェノールAの規制基準をはるかに超えるということを示唆している。BPAに完全に対応するためには、現在の基準は、BPAのような内分泌かく乱物質には適用できない仮定を用いて構築されているということを認識しなくてはならない。ホルモン的暴露の影響は濃度が異なればその影響も異なり、場合によっては反対の結果をもたらすことがあるので、ホルモン及びホルモンかく乱物質を用いた高用量実験では低用量での結果を予測することはできない。この特性を持つ用量−反応曲線は非単調曲線と呼ばれる。数十年間の規制テストはこの可能性について目を向けていなかった。したがって多くの基準は公衆の健康を十分に守ることはできない。BPAを注意深く見ることへの産業側の反対が激しいことは驚くべきことではない。

 BPAの研究に実際に関わっている科学者らによって作成されたこの合意声明は、8月8日に発表された CERHR assessment の結論(ドラフト)(訳注2)と際立って対照的である。CERHR 委員会はBPAに関与していないという理由で選定された科学者らからなっている。CERHR 委員会は、”子宮内でのBPAの暴露は神経系及び行動への影響を引き起こすという懸念”を提起したが、これはBPAは安全ではないと結論付ける初めての政府の評価である。しかしそれは、BPAが早熟を引き起こす、出生障害又は先天性奇形を引き起こす、又は前立腺に影響を与えるという”最小の懸念”を述べただけである。

 その結論に至るために、同委員会はアナ・ソト(Ana Soto)やフレデリック・ボンサールの研究室での全ての研究など、広範なおびただしい数の研究を無視している。これらの研究は、Nature, the Proceedings of the National Academy of Sciences, Endocrinology 及び Environmental Health Perspectives など広範なピアレビュー・ジャーナルに発表されている。CERHR 委員会はまた、ピアレビュー・ジャーナルに発表されていないシェリー・タイル(Shelly Tyl)によって指導された産業側から資金の出ている研究に重きを置いている。政府資金の研究の90%以上が低用量でのBPAの有害影響を報告しているにもかかわらず、産業側から資金を得ている研究でそのような報告をしているものはない。

 CERHR の評価から研究を除外するために用いられた基準は、口以外の暴露ルートを使用した研究を認めないことを含んでいた。これは既知の人へのBPA暴露は口からであり、その多くは速やかに排出されるという事実に基づいていた。ソトの研究室から出された多くのコメントの中で指摘されているように、大人には当てはまるかもしれないが、”胎児は口で物を食べない”。CERHR の評価によれば、BPAが妊娠した女性(メス)に到達する仕方は、胎児の発達への影響を研究するためには不適切であるという。しかし、どんな方法であろうと、一旦妊娠した親の血清にBPAが存在すれば、胎盤を通過して胎児に入り込む。

 国家毒性計画(NTP)の新任副長官、ジョン・ブッチャー博士は公衆に対する発表の場で、NTPの最終決定は、そのどちらからも入手可能ではない新たな科学的研究結果(例えば Newbold et al. 2007)に加えて、CERHR 報告とチャペルヒル合意声明の両方を統合するであろうと繰り返した。彼らの決定もまたピアレビューにかけられるであろう。


Resources:

コピーライト:Environmental Health Sciences. Articles may be used for educational and other not-for-profit purposes with credit to Environmental Health Sciences.

訳注1: エピジェネティクス
訳注2: 関連資料


化学物質問題市民研究会
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