EHN 2007年7月30日による論文解説
初期発育段階でビスフェノールAが誘発する
DNA低メチル化は
母体への栄養補助により抑制される


情報源:Environmental Health News, July 30, 2007
Maternal nutrient supplementation counteracts
bisphenol A-induced DNA hypomethylation in early development
Dolinoy, DC, D Huang and RL Jirtle. 2007.
http://www.environmentalhealthnews.org/newscience/2007/2007-0730dolinoyetal.html
Orijinal:Proceedings of the National Academy of Sciences, in press

訳:野口知美 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2007年8月10日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehn/ehn_070730_BPA_induced_DNA.html


米国の食料品店の棚に並ぶ缶詰商品の50%以上がBPAを主材料とする樹脂で内張りされている。この写真の缶詰はまだ検査されていない。BPAを使用した内張りかどうかを外観検査によって確認することはできない。

 全米科学アカデミー紀要に掲載された新しい結果では、胎内でのビスフェノールA暴露によりマウスの遺伝子行動が変化した結果、遺伝学的に同一の動物が異なった発育をすることが確認された。この新たな研究結果の焦点は、「保護分子」を除去するBPAの能力である。「保護分子」は通常、遺伝子が不適切なタイミングまたは不適切な組織で活性化されるのを防ぐものである。

 デューク大学Randy Jirtle博士研究室の研究チームはまた、大豆に含まれるフィトエストロゲンであるゲニステインを妊娠中の母親の食事に補助することによって、BPAのこの効果を抑制することができると報告している。

 この研究により、健康にとってのエピジェネティクス (訳注1)の決定的な重要性に関する科学文献がさらに増加した。遺伝は遺伝的危険性(リスク)の極めて重要な一部ではあるが、ひとたび遺伝子が受け継がれれば、遺伝子行動を変える要因が影響をもつようになり、それはabthatが受け継がれて病気発症の危険性が高まるのと同じくらい有害になり得る。このような要因は、まとめて「エピジェネティクス」と呼ばれており、受け継がれた遺伝子の発現(活性化)のタイミングを制御するものである。汚染、食事、経験を含む環境要因が遺伝子発現の後世的制御を変化させる可能性のあることは、研究により今や明らかにされている。

 こうした結果は、BPAの悪影響を栄養補助食品によって回避し得ること示唆しているように見えるかもしれないが、この結論が誤りである理由の要点を2つ、以下に述べる。

  • ゲニステインは、BPAによる上記の影響を阻止するかもしれないが、ゲニステイン自体が発育過程での暴露後の悪影響に関連している。内分泌かく乱に関する専門家であるフレデリック・ボンサール博士によれば、「BPAの影響をゲニステインで相殺しようとすることは、メタンフェタミンも一緒に摂取するのならバルビツレートを摂取してもよいと勧めるようなものであろう。このような処方を支持しようとする医師がいるとはとても想像できない」
  • ビスフェノールAは、多数の遺伝経路を通じて機能している。ゲニステインが、他のメカニズムを媒介としたBPAの影響を相殺するのに効果的であるということを示唆する証拠はない。
何を行ったか?
 1回目の実験で、DolinoyらはBPAで汚染された餌をメスのマウスに交配の2週間前から妊娠期間および授乳期までずっと毎日与え続けた。1日の摂取量は約10mg/kg体重/日と推定される。この数字は、ソト(Soto)らやボンサールらなどによる研究に比べると高いが、米国環境保護局が現在の安全量(50μg/kg/day)を設定するために安全係数を1000として用いた用量(50 mg/kg/day)の5分の1である。

 彼らは子のマウスの毛色を調べ、アグーチ遺伝子の9部位および別の準安定エピアレルであるCabpIAPにおけるDNAメチル化を測定した。

 2回目の実験で、Dolinoyらは上記の手続き-- BPAで汚染された餌をメスの妊娠前から授乳期までずっと与え続けること--を繰り返したが、今回はDNAメチル化を増加させることで知られるゲニステインや葉酸などの栄養素を餌に追加した。

何が分かったか?
 BPAへの暴露によって、子におけるそれぞれの毛色タイプの割合が変化した(下のグラフを参照せよ)。BPAに暴露されていないマウスの一腹子に比べて、黄色のマウスがよく見られたが、茶色(擬似野ネズミ色)のマウスはより少なかった。

Graph and photo adapted from Dolinoy et al.
 右の写真では、マウスが左(黄色)から右(擬似野ネズミ色)に並べられ、アグーチの準安定エピアレルにおけるメチル化レベルの変化(左が低く、右が高い)によって引き起こされた毛色変化の幅が示されている。その上のグラフでは、BPA暴露動物と対照動物における毛色タイプの分布が比較されており、この分布の変化は統計学的に非常に有意である(p=0.007)。

 BPA暴露により、アグーチ遺伝子の9部位でメチル化細胞の割合が31%減少した。メチル化の割合は、対照群で39%、BPA暴露群で27%であった(p=0.004)。他の統計的手法を用いることによって、毛色へのBPAの影響の大部分はBPAのメチル化への影響が媒介となっていることを明らかにすることができた。

 マウスのさまざまな組織型(脳、腎臓、肝臓、尾)からメチル化パターンを比較すると、1匹の体内におけるメチル化の変動はほとんどないことが分かった。マウス同士の間の方が、はるかに大きいメチル化変動があった。これはすなわち、メチル化パターンが胚発育段階の初期に確立された可能性が高いことを意味している。

 さらに、別の遺伝子のCabpIAPにおけるメチル化パターンを調べると、BPA暴露動物は対照動物に比べてメチル化速度が低いことが分かった。このことから、BPAはマウスの多数の遺伝子においてメチル化の減少をもたらす可能性があると結論づけられている。

 最初の実験を繰り返して餌をBPAで汚染するだけでなく、メチル化を増加させることで知られる栄養素を加えると、BPAの効果は除去された。対照動物と実験動物の毛色の分布が同じであるばかりでなく、メチル化パターンも同程度であった。

何を意味するか?
 Dolinoyらは、BPAが胎生期初期にメチル化パターンを変えることや、その効果がマウスの外観を変えるのに十分であることをはっきりと確かめている。繁殖成績や一腹子数、子の健康への悪影響の記録はなかったけれども、彼らの方法を考慮すると、動物実験で観察されるBPAの効果の多くを彼らが発見する可能性は低かった。BPAの効果とは、重度の染色体異常、前癌性前立腺病変、乳癌などであり、低用量のBPAへの胎児暴露に対する懸念を引き起こしてきた。

 彼らの使用した用量は約10 mg/kg/日であるが、これは通常のヒト暴露レベルを大幅に下回ると考えられている。大部分のヒトにおいてBPAが生物学的に活性化される量を産生するのに必要な暴露量は1-2ナノグラム/ミリリットルであるという新しい計算を確認・拡大適用することができれば、上記の想定が正しくないことが証明されるかもしれない。すなわち、Vandenbergらは、この範囲内の血中濃度を生じさせるのに必要な1日当たりのヒト暴露量は少なくとも500 μg/kg/日(Dolinoyの用量の20分の1)であり、いくつかのデータが示すようにヒトはげっ歯類よりも速くBPAを代謝するのであれば、この量は著しく高くなるかもしれないと推定している。

 メチル化を促進する栄養素が豊富な食事は、BPAによる健康への潜在的な影響を回避するための予防戦略を提供するのであろうか?上に述べたように、その可能性は低い。BPAは多数の遺伝的メカニズムによって機能しているため、メチル化を促進する栄養素により全てが相殺される可能性は極めて低いのである。さらに、過剰なメチル化によって、悪影響がもたらされる可能性がある。


訳注1 (参考資料)


化学物質問題市民研究会
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