Our Stolen Future (OSF)による解説
内分泌かく乱物質による成人の疾病の
エピジェネティク・インヘリテンス

Cancer Research 66: 5624-5632 掲載論文を
Our Stolen Future (OSF) が解説したものです

情報源:Our Stolen Future New Science, September 2006
Epigenetic inheritance of adult diseases caused by endocrine disrupting compound
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/epigenetics/2006/2006-0915anwayetal.html

オリジナル論文:
1. Anway MD, C Leathers, and MK Skinner. 2006. Endocrine disruptor Vinclozolin induced epigenetic transgenerational adult onset disease. Endocrinology, in press.
http://endo.endojournals.org/cgi/content/abstract/en.2006-0640v1

2. Chang HS, MD Anway, SS Rekow and MK Skinner. 2006. Transgenerational epigenetic imprinting of the male germline by endocrine disrupter exposure during gonadal sex determination. Endocrinology, in press.
http://endo.endojournals.org/cgi/content/abstract/en.2006-0987v1

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年9月19日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/06_09_osf_epigenetic_inheritance.html


 大人にになって病気にすぐ罹ることや老化が早いのは発達期の初期に化学物質に暴露すること・・・それは我々自身が受けた子宮内での暴露だけでなく、数世代以前の暴露・・・と関係があるかもしれない。

 この驚くべき結果は2005年6月に発表された研究で初めて報告されたが、その中でアンウェイらはラットを用いた研究を通じて発達期の暴露は、暴露を受けた子だけでなく少なくとも引き続く3世代の子孫の精子の数を減少させることがあることを発見した。人間で言えば、あなたの曾祖母が子宮にいたときに曾々祖母が受けた暴露があなたの精子の数に有害影響を与えるということを意味する。

 最も注目すべきことは、その影響が突然変異や DNA 配列の変化によって伝えられるのではないということである。そうではなくて、メチル化パターンの変更の結果−遺伝子を制御する DNA に付随する分子の変化−であるように見える。

エピジェネティク・インヘリテンス
とは何か?

 ジェネティク・インへリテンス(genetic inheritance/遺伝的継承)では、特性はひとつの世代から次の世代に遺伝子中の DNA 配列を通じて継承される。DNA 配列が異なると特性も異なる。

 エピジェネティク・インヘリテンス(epigenetic inheritance/後生的継承)は、DNA 配列を変えることなくひとつの世代から次の世代に特性が継承される。後生的継承の知られているメカニズムには DNA の周りの分子構造の変化があり、遺伝子が同じでも異なる作用をする。例えば、遺伝子はホルモン信号に応答してスイッチを入り切りする。遺伝子の周りの分子構造の変化はそのような作用を阻害する。これは発達プロセスを変え、病気への耐性などを変更する。
 アンウェイらの研究結果は、突然変異によって得られたものではなくエピジェネティク・インヘリテンスを通じて得られた後生的な特性の継承を示したために、毒物学者や進化論的毒物学者を驚かせた。

 今回、同じ実験室から、成熟後の慢性的疾病が同様な方法で世代を越えて継承されることができることを示す新たな二つの研究が発表された。アンウェイらによる第一のものは、発達中の重要な期間に暴露するとオスの乳がん、前立腺及び腎臓疾病、及び精巣障害を含む腫瘍が引き続く世代で増加することを報告している。チャンらによる第ニのものは、分子状態が暴露によって変更される一連の遺伝子を特定し、その変更は後生的に継承されることを示している。彼らはまた、影響を受けた遺伝子は、アルツハイマー病を含むいくつかの人間の疾病と関連しているということを報告している。

 全体として、実験した動物の85%が何らかの病気になった。暴露した動物の多くは各世代において複数の障害を持っていた。前立腺、腎臓、乳房、精巣への影響は世代間で似ていた。実際、子宮中で直接的に暴露した動物はしばしば、引き続く世代よりも影響が少なかった。

 これらの研究は、成ラットの病気の起源となりえる他の仕組みを明らかにしたという点で重要である。もし環境中に存在する濃度でこの研究結果が確認できれば、現在行われている疫学に対する厳しい挑戦を提起することになる。

どのように作用するのか?

 研究者らは、胎児の性が決まろうとする直前の発達初期の非常に特定の時に妊娠したラットを暴露させた。この時に、DNA メチル化が一時的に取り除かれ、その後メスと比較してオスには特定な仕方で再開された。非常に決定的なことに、最終的には次世代で精子や卵子になる細胞(原始胚細胞)が脱メチル化及び再メチル化することである。この時点の暴露は原始胚細胞で永久的なメチル化変更を起こすように見え、そのことはその変化が次世代に伝わることを意味する。
 ほとんどの疫学は、大人の暴露が大人の病気、例えば乳がんに及ぼす役割に焦点をあてる。胎児の暴露が大人の健康、例えば精巣がんにどの様に影響を与えるかを検証した研究の数は少ない。そして子宮中で DES に暴露した女性の娘の健康の検証、例えば生理不順の調査を実施した研究の数は非常に少ない。
 環境汚染物質への暴露の結果として、アンウェイらによって報告されたこのような世代を越えた影響を探求した人はいない。

 この研究の重要な限界は、影響を引き出すためにほとんどの人々が環境中で遭遇しそうではない相対的に高いレベルの内分泌かく乱作用をもつ殺菌剤ビンクロゾリンを使用したということである。従って、後生的変化を通じて多世代継承が生じ得るが、そのことはこれらの影響がヒトにどのように観察されるかを示すものではない。

何をしたか?

 最初の研究では、アンウェイらは抗男性ホルモン作用を持つ抗殺菌剤ビンクロゾリンを胎芽の生殖腺発達期の感受性の高い時期に妊娠ラットに注射し、引き続く4世代の成ラットの病気の発生を検証した。

 実験で、6匹の妊娠ラット(F0 世代)が受胎後8〜14日間、 100 mg/kg/day のビンクロゾリンの注射を毎日受けた。母ラットと第一世代のみがこの抗男性ホルモン物質に直接的に暴露した。

 以前の研究と同様に、研究者らは生殖腺発達に変化が起きるこの期間を選択した。原始胚細胞と呼ばれる最終的にラットの精子になる細胞は胎芽の位置に移動した。移動している時に、DNA メチル化を取り除く化学的変換が生じた。メチル化パターンは胎芽の生殖腺の性が遺伝子信号を通じて決定された時に再開した。

 この殺菌剤が世代ををわたって健康と老化にどのように影響を及ぼすかを決定するために、子孫を 4 代にわたって繁殖させた。F1 世代として知られる注射を受けたラットから生まれたオスの成熟ラットは他の注射を受けた母親から生まれたメスの成熟ラットとかけ合せて孫である F2 世代を得た。その後、F2 世代のオスと F2 世代のメスから F3 世代を得、F3 世代のオスと F3 世代のメスから F4世 代を得た。

 近親交配やファミリー・クロスは行われなかった。殺菌剤を含まない同様な溶液を注射されたコントロール群のラットの子孫も同じ方法で繁殖させた。

 次に、研究者らは成長したビンクロゾリン及びコントロール群のラットにおける疾病とその他の異常を特定し、世代の中でタイプと頻度を比較した。これを行うために、F1, F2, F3, 及び F4 世代のオス及びメスの成ラットが 6〜14 月齢で集められた。動物と多くの組織が、腫瘍、異常な細胞、免疫系の問題(炎症、感染症)、及び早期老化(異常な毛色、運動性退化、体重減少)について検証された。血液分析は赤血球と白血球の細胞数、代謝物、及びをテストステロンを含む。

 アンウェイらはまた、F2 ビンクロゾリンのオスを同じ血統(野生種)の非コントロールのメスのラットとかけ合わせた。同様に、F2 ビンクロゾリンのメスを野生種の非コントロールのオス ラットとかけ合わせた。これらの異系交配の実験は影響がオス系列又はメス系列で継承されるかどうかを決定するためである。

 第二の研究で、チャンらは、F1 から F3 までのビンクロゾリン及びコントロールの多世代の精子から抽出した DNA 中のメチル化パターンを比較した。アンウェイらと同様に、暴露が行われたのは第一世代(妊娠したメス F0)だけであった。引き続く世代は暴露系のオスと暴露系のメスを近親交配を避けながらかけ合わせて得た。彼らはまた、異なる組織中の変更されたメチル化パターンをもった遺伝子の発現(訳注:一般的には遺伝情報に基づいてタンパク質が合成されることを指す)のレベルを検証した。

何がわかったか?

 ビンクロゾリン実験ラットの85%が 4 世代にわたって存続した疾病と組織の異常を生じた。オスとメスの両方が影響を受け、多くのラットがひとつより多くの問題を持っていた。主要な疾病は腫瘍、前立腺及び腎臓疾患、精巣異常及び免疫系障害であった。

 全体的に、暴露したラットはコントロール群のラットに比べて疾病又は異常の発生が高かった。

ビンクロゾリン処理系のラット(赤)はコントロール群(青)より発症率が高い
Adapted from Anway et al.
 F1-F4 世代の成ラットの12〜33%の乳房、肺、及び皮膚に腫瘍が生じた。それらの半分以下は悪性腫瘍であった。一方、コントロール群は全ての世代において腫瘍は発生しなかった。

 前立腺障害については全ての世代で全てのビンクロゾリンのオスのラットの約半分がその影響を受けた。オスの45〜55%が病変のある又はしなびた又は炎症を起こした組織を持っていたが、これはコントロール群のオスに見られるものの2倍以上であった。

 オス及びメスの双方は血中で増加する廃物を通じて、時々、検出される腎臓障害を生じた。オスの50%及びメスの30%までが悪化した組織を持っていた。以前の研究と同じように、オスはコントロール群と比較して全ての世代で精子形成細胞のアポトーシス(細胞消滅)の増大、精子欠陥、精子数の減少が見られた。今回の研究ではビンクロゾリンのオスの13〜38%がこの影響を受けた。
暴露ラットの世代毎の疾病発症率
Adapted from Anway et al.

 疾病の状態のいくつかのタイプで、第一世代 F1 は後の世代より発症率が低かった。

 アンウェイらによれば、いくつかの観察された相違は更なる調査が必要である。
 例えば、中耳と呼吸器の感染症及びその他の炎症はビンクロゾリンのラットの12〜33%に見られたが、コントロール群には見られなかった。その他の説明のついていないこととして、ビンクロゾリンの月齢6〜14月ラットの免疫系の異常及びコレストロールの増加がある。

 彼らはまた、暴露ラットに早期老化の兆候を観察した。グルーミングや動きの減少、皮膚異常の増大、及び周期的な体重の減少のような特性が全てのF1−F4世代の半分に見られたが、これらの特性はコントロール群のラットでは18ヶ月後になるまでは見られなかった。病気のラットも同じ特性を示していたので、更なる研究が老化と病気を区別するために必要である。

 メチル化の比較では、メチル化の相違を見る初期スクリーニングで研究対象として25の候補遺伝子を特定した。更なる分析で15の遺伝子がコントロールに比べてビンクロゾリン系で明確に過度なメチル化を起こすことが示された。  F1 及び F2 世代で、彼らは過度にメチル化する遺伝子の発現変化をテストし、コントロール群に対する暴露群の胎児の精巣における遺伝子発現を検証した。いくつかの遺伝子は発現が減少し、その他は増大した。

Table adapted from Chang et al.;
references available in Chang et al.
 ひとつの注目すべきことは脳で活性な遺伝子 NCAMI である。そこで彼らは F3 暴露と F3 コントロールにおける NCAMI の活性を比較し、NCAMI の発現は F3 暴露群においては 10 倍抑制されたことを見いだした。
 このようにして彼らは、F0 におけるビンクロゾリン暴露が引き続く世代の精子のメチル化パターンの変更と F3 ラットの脳での発現の減少をもたらすことを確認し、胚種の後生的変更は組織の遺伝子発現の相違をもたらすという彼らの仮説と一致することを示した。

 チャンらは、変更されたメチル化パターンをもった遺伝子とヒトの疾病との可能性ある関連に関し以前の文献を検証した。それらの多くは、アルツハイマー病、精神分裂病、及び不妊を含む疾病と関連していた。”興味深いことに、これらの遺伝子の全ては疾病及び又は遺伝子に対する後生的な要素を持っていることが示された。”

何を意味するか?

 アンウェイらによれば、彼らの新たな研究は、”環境化合物であり内分泌かく乱物質であるビンクロゾリンの子宮内での暴露は多世代にわたって疾病状態を引き起こす能力を持っている”ことを示すものである。

 もし、疾病のエピジェネティク・インヘリテンスのメカニズムが彼らは環境に存在するレベルで作用することを発見したと明言すれば、彼らの発見は疫学及び毒物学における重大な盲点を明らかにすることになる。

 この研究で二つのことが特に重要である。第一に、成人の慢性疾病は胎児の発達期に起きた汚染によることがあり得るということは、成人の疾病の胎児期起源に関する多くの研究の出現と一致する。(

 このパターンと一致する動物データはたくさんあるにも関わらず、上述したように、このような因果関係のメカニズムをテストするために設計された疫学研究はほとんどない。アンウェイらの仕事は、胎児期起源に結び付けられている大人の疾病の範囲を深めるが、それはこの文献の理論的拡張である。チャンらが、変更されたメチル化がヒトの疾病に関連する遺伝子において、胎児と成ラットの両方の組織において変更された遺伝子発現を予測することを示したことは、全体像に機械論的詳細を加える重要な証拠の一片である。

 彼らの仕事で第二に重要なことは、疾病状態を引き起こす汚染が後生的メカニズムを通じて多世代に継承され得るということが、毒物学、疫学、そして進化生物学に対する、もっと深いやっかいな挑戦を示していることである。もしヒトに環境的にあり得る暴露レベルで作用することが確認されれば、毒物学及び疫学研究の実施のし方、及び公衆健康基準の確立の仕方を劇的に変えることが求められるであろう。

 昨年の彼らの出版まで、そのような可能性の唯一のヒントは、動物及びヒトにおいて子宮中で F0 から F1 に引き渡された DES によって F2 が有害影響を受けたことを示す上述の DES に関する仕事からのものであった。DES は F1 にメチル化パターンの変更をもたらすことが知られていたにもかかわらず、分子レベルにおける機械論的詳細は F2 の影響を説明するために提供されていない。
 二つの仮説があり得る。(1) F2 は F1 の原始胚細胞(DES暴露の時にはすでに形成されている)が受けた暴露を通じて直接的に影響を受ける;又は(2) 直接的な DES 暴露によって F1 のホルモンが変化し、その後 F2 に有害影響を与える。アンウェイら及びチャンらによって示された F3 及び F4 に関する影響はありそうな説明を省略している。

 この二つの新しい論文は彼らの以前の論文を確認し、その発見をひとつの有害影響(精子数の減少)からおとなになって発症するある範囲の疾病にまで拡張している。さらにメチル化と遺伝子の発現についての詳細を追加し、影響を受けた遺伝子のあるものはラットで観察された変化に関連性のあるヒトの疾病にすでに結び付けられていたことを明らかにした。

 アンウェイらは彼らの発見に対し次のような追加的な見解を提案している。

 比較として、観察された疾病状態の頻度はヒトの集団で見られるものと似ている。前立腺障害は 50歳以上の男性の 50%に起きているが、今回の研究では 51%に観察された。ヒトの前立腺障害の進展は、今回の研究で観察されたように前立腺炎をもたらす上皮及び腺の初期の退化が関与する。ヒトの特定の集団における腎臓障害の発症率は、今回の研究で観察された30%と同じくらいである。異常な腎臓形態は、血液尿素窒素(BUN)と クレアチニン(訳注:脊椎動物の筋肉・尿・血液中に含まれる白色結晶)レベルの変化に対応して、ヒトの集団で見られるように観察された。精巣の異常はヒトの男性では約10〜15%発生するが、今回の研究では30%の発生が観察された。形態的変化と精子形成細胞の欠陥はヒトについての報告と同様である。乳がんについての腫瘍率はヒトでは約15%であるが、男性では1%以下である。対照的に、F1〜F4 ビンクロゾリン世代のオスのラットは約10%の発生率であった。ヒトの腫瘍のように、観察されたラットの腫瘍は転移の少ない上皮細胞起源である。全体として、今回の研究で観察された異常についての発症頻度及び因果関係とヒトに関する研究で見いだされたものとの間にいくつかの類似が見いだされた。ラットで得られた観察とヒトの疾病を比較できるよう将来の研究が求められている。

 彼らの発見はビンクロゾリンに特有のものであろうか? そのようには見えない。アンウェイらは以前に、農薬メトキシクロールが後生的に継承される精子数の減少の変化を引き起こすことを示していたので、基本的なメカニズムはビンクロゾリンに特有なものではない。
 ビンクロゾリンは抗男性ホルモン作用を持つとして知られる多くの化合物のひとつである。これら両方の内分泌かく乱物質は遺伝子発現を変更する。ビンクロゾリンのげっ歯類への知られている影響は、フタル酸エステル類のあるもののような他の抗男性ホルモン化合物のそれと似ている。多くの内分泌かく乱物質、例えばビスフェノールA、は DNA メチル化の変化を通じて遺伝子の発現を変更することができる。従って、ビンクロゾリンだけに特有であると結論付ける理由はない。これを広範な内分泌かく乱物質でテストすることが重要である。

主要な疑問

  • ヒトが大人になって発症する健康影響で胎児の環境からもたらされるものはどれか?
  • 環境暴露によって引き起こされるヒトの疾病はひとつの世代から次の世代に後生的メカニズムによって継承されるのか?
  • 他の内分泌かく乱物質もまた、特にビンクロゾリンよりもっと低い環境中に存在するレベルで遺伝子発現が起きるビスフェノールAのような化合物にエピジェネティク・インヘリテンスを及ぼすのか?
  • 環境中にあるレベルの内分泌かく乱物質は疾病を多世代に伝えるか?



化学物質問題市民研究会
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