レイチェル・ニュース #753
2002年10月3日 最新のホルモン科学 第4回
(生命のメッセージをかく乱する)

ピーター・モンターギュ
#753 - The Latest Hormone Science -- Part 4,
Disrupting Life's Messages, October 03, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5565

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2002年10月12日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_753.html


 このシリーズで、我々は、国立健康研究所の月刊誌である『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』の過去2年間の記事を検証してきた。
 我々の目的は、多くの科学者達が環境に放出された産業化学物質が野生生物や人間のホルモンをかく乱し、広範な悪影響を引き起こしているということを信じているかどうかを調べることにあった。その結果は明白であった。
 多くの雑誌、機関誌等に発表されるホルモンかく乱化学物質についての最新情報をフォローするためには、ウェブサイト http://www.ourstolenfuture.org を定期的にチェックすることをお勧めする。

 さて、ホルモンかく乱化学物質に関するこれらの情報が意味するところは何であろうか? このことについてコメントしていただくのに最もふさわしい人は、動物学者であり、ホルモンかく乱化学物質を国際的な環境問題の最大の課題に押し上げた本、『奪われし未来 OUR STOLEN FUTURE』の(テオ・コルボーン、ダイアン・ダマノスキとの)共著者である J.P マイヤーズ博士であろう。
 下記のエッセイは、国連環境計画(UNEP)が発行する環境の持続性についてのジャーナル『我々の地球 OUR PLANET』2002年2月号に掲載されたものである。 http://www.ourplanet.com を参照いただきたい。
 尚、脚注は我々が付け加えた。


生命のメッセージをかく乱する
ジョーン・パターソン・マイヤーズ

 環境汚染が健康に与える影響についての科学的な理解に関する一大変化がまさに起きている。それらが解明されるにつれ、人間の幸せを脅かす環境汚染についての理解が劇的に変化し、化学物質についての規制を根本的に変えようとする要求が高まっている。
 この一大変化は、自然界及び実験室から作り出される多くの化学物質が、人間を含む動物や植物の生物学的発達を指令する自然の”化学的メッセージング・システム”をかく乱するという事実が科学的に発見されたことによって引き起こされた。

 事実上、すべての生物学的発達は、遺伝子からの情報を伝える各種”化学的メッセージング・システム”によってコントロールされている。ホルモン、神経伝達物質及び成長促進物質(生育因子)は、これらメッセージング・システムの中でとりわけ重要な要素である。遺伝子情報を正しく伝えることは正常な発達にとって本質的なことである。これにより、赤ん坊が男女どちらになるのか、指は何本になるのか、脳は知的能力を十分持つことができるのか、免疫系は疾病に対応できるのか、等、ほとんど全てのことが決まる。

 科学は現在、広範な化学物質がこのような遺伝子ベースのメッセージを、遺伝子そのものは傷つけずに、かく乱することができるということを立証している。”内分泌かく乱物質”として知られるようになったホルモン伝達をかく乱する物質について、多くの注目が集まっている。

 もとをたどれば、この分野の研究は1930年代にまでさかのぼるが、ヨーロッパ、日本及び北米の各国政府からの基金による多額の投資により、過去10年間に急速に高まった。新たな発見はほとんど毎週発表されている。これらの報告には豊富で詳細な情報があり、生物学的な仕組みを解明し、時にははっとさせられるような暗示もある。

 例えば、2001年7月にアメリカ疾病管理センターは、母親体内のDDT汚染と未熟児出産との強い関連性について報告した。[1]  報告書の著者は、1960年代以来保存されている生物学的サンプルを用いて、アメリカではDDT使用の最盛期中に早産の異常発生があったということ、そして、この残留性汚染物質により当時のアメリカでは出生児の15%が死亡していたということを報告した。

 1990年代の初頭以来刊行された内分泌かく乱物質に関する数千の研究報告から、いくつかの重要な普遍的な傾向がわかってきた。

 第1に、ホルモン作用を有する物質の汚染は地球規模でいたるところでみられるということである。
 誰も汚染から免れることはできないし、子宮の中もまた然りである。特にこのことは生態学的食物連鎖の上位に位置する生物にあてはまる。汚染食物の摂取により生体蓄積を通じて汚染はさらに濃縮されるからである。
 汚染は地球規模で広がっているが、それは汚染物質が大気と水により伝播されるからである。
 化粧品やプラスチックなど多くの日用品に含まれるホルモン作用を有する物質も地球規模の環境汚染の原因となっている。

経験的確認
 第2に、暴露の影響が、10年前に健康に影響すると考えられていたよりはるかに低いレベルで観察されるということである。
 科学者たちは、ヒ素、ダイオキシン、ビスフェノールA(ポリカーボネートプラスチックの基礎成分)をppbのレベルで測定している。このレベルの測定は、20年前には測定器の精度が対応できなかったために不可能であり、最近の検証と経験的な確認が行われるまでは、このような低レベルでの影響については激しい議論が行われていた。

 第3に、事実上全ての”化学的メッセージング・システム”は無防備であり、ほとんどのかく乱情報をそのまま伝達してしまうということである。
 この領域における研究は数十年間にわたってエストロゲン(女性ホルモンの特性を持つ発情ホルモン)のかく乱について行われていた。しかし研究領域が他のホルモンにも拡大されてくると、ひとつあるいはそれ以上のかく乱汚染物質が、甲状腺システム(脳の発達に決定的に作用)、レチノイド(retinoid)システム(発達の非常に基本的なコントロールに関与)、及び糖質グルココルチコイド(代謝及び腫瘍の抑制に重要)など、注意深く研究された対象からことごとく検出された。
 2001年の夏、新たな発見がこの傾向を決定的なものにした。すなわち、マメ科の植物と窒素固定の役割を果たすバクテリアとの生態的共生は、汚染物質によるかく乱に対して無防備であるという報告である。[2]
 植物とバクテリアとの間の化学的コミュニケ-ションを媒体とするこの共生は、地球上の窒素サイクルにおいて重要な役割を果たしている。

残留性生体蓄積物質は
毒物学的リスクの立証がなくても
使用を排除すべきである

 第4に、健康への影響に関する懸念が従来の毒物学の関心領域を越えて、劇的に拡大しているということである。
 実験室での研究では、疑いの余地なく、病気への抵抗力、認識能力、受胎能力に対する低レベルでの暴露による影響を実証している。

 これらの事実について、日頃、経済的発展と公正に努力している人々、組織、官庁部局は深く思いをいたすべきである。
 例えば、汚染のバックグランド・レベルが子どもの病気への抵抗力を弱めることがあるということは明らかである。この分野の研究がさらに進めば、多くの死や病気は避けることができたかも知れないということで、汚染によるに犠牲に関する再評価を余儀なくされることになるかもしれない。

 同様に、神経系に作用する汚染物質への暴露が拡大し、例えば、発展途上国の農業地域では農薬を過度に使用しているために、コミュニティ全体の人々が脳の認識能力に障害を受けるというようなことがありうる。
 情報が経済的に重要なこの世界においては、汚染による苦しみは経済的に余裕のない人々に永久に押し付けられることとなる。

考え方の変化
 このような新たに出現した傾向により、毒物学者たちは、化学物質管理について根本的な変化を促がす方向に考え方を変えてきた。これらの中で最も重要なことは、毒物学者たちが、人間の健康に関わることが何なのかということについて考えるようになったことである。

 従来の毒物学では、細胞死、突然変異、がん、遺伝毒などの損傷に注目していた。”メッセージかく乱”は、これらのことも引き起こすが、その影響は非常に異なったものである。しかしその特性は同じく重要である。
 従来の毒物学に対する最大の挑戦である”メッセージかく乱”はからだの(細胞の)圧倒的な防御機能によって防がれ、それ自身では作用しない。しかし、非常に低レベルの暴露でも発達過程を乗っ取り、からだあるいは細胞自身のコントロール機能に何かを付け加えたり、何かを差し引いたりすることによって作用する。
 微妙にあるいは露骨に発達の経路を変えることにより、”メッセージかく乱”は犠牲者の将来を変えてしまう。その差異は、IQ値をわずかに上げ下げするというように小さなものかもしれないし、また、免疫系を完全に機能不全にするというように大きなものかもしれない。

 従来の毒物学では、少数の人々に対する高レベルの暴露について注目していた。しかし、この新しいアプローチでは、多くの人々が広い範囲で受ける低レベルの暴露(そのレベルは従来はバックグランドとの相殺、あるいは無関係という思い込みで無視されてきた)を顧慮することが求められている。

 これらの新たな科学的事実により、基本的な化学物質規制を変更するよう求める圧力が高まった。
 我々は無防備であった。我々が化学物質を作り出す能力は、それらの影響についての我々の理解をはるかに超えるものであった。

 従来のリスク評価手法では、化学物質の生産を商業ベースに乗せ、汚染を拡大することを許してきた。リスク評価の協力者たちは、異常が生じた後に初めて、それらを定義する作業を行い、防護規制に着手してきた。しかも、内分泌かく乱物質の影響に関する研究ににおけるツールは驚くほど精度が悪く、また実際に影響があるにも関わらず、強い偏見をもって否定的結果が出された。

 その解決はまだ十分ではないが、新しい製品と同様に既存の商品に対しても厳しい要求を求める”予防措置(precautionary measures)”によって解決が得られる。スウェーデン化学物質委員会が認定したように、いくつかの特性には失格基準(knock-out criteria)を設けるべきである。[3]
 例えば、生体蓄積性のある化学物質は、例え、その毒物学的リスクが立証されていなくても使用させないようにするということである。
 内分泌かく乱物質は消費者向け製品から取り除かれるべきである。そしてそれらの環境への放出をやめるべきである。
 さらに一般的には、現行の制度では、製品が市場から回収されるためには、潜在的に有害な生態学的影響を実験室での研究で立証することが求められている。その制度を変えて、疑うに足る正当な理由がある製品が市場に出回る前に、安全を確保できる制度に変えるべきである。
 このようにすることにより、有害な化学物質が我々のもとに舞い戻ることがないようにすることができる。


* John Peterson Myers, co-author of OUR STOLEN FUTURE (hard cover: Dutton, 1996; ISBN 0525939822; paperback: Plume, 1997; ISBN 0452274141), is Senior Advisor to the United Nations Foundation and Senior Fellow, Commonweal.

[1] M.P. Longnecker, M.A. Klebanoff, H. Zhou, J.W. Brock, "Association between maternal serum concentration of the DDT metabolite DDE and preterm and small-for-gestational-age babies at birth, " THE LANCET Vol. 358 (2001), pgs. 110-114.

[2] J.E. Fox, M. Starcevic, K.Y. Kow, M.E. Burow and J.A. McLachlan, "Nitrogen fixation: Endocrine disrupters and flavonoid signalling," NATURE Vol. 413 (2001), pgs. 128-129.

[3] Swedish chemicals policy recommendations were reported in Lotta Fredholm, "Chemical Testing: Sweden to Get Tough on Lingering Compounds," SCIENCE Vol. 290, No. 5497 (Dec. 1, 2000), pgs. 1663-1666.


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