レイチェル・ニュース #752
2002年9月19日
最新のホルモン科学 第3回
ピーター・モンターギュ
#752 - The Latest Hormone Science -- Part 3, September 19, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5562

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2002年9月28日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_752.html


 このシリーズでは、多くの科学者達が環境に放出された産業化学物質が野生生物や人間のホルモンをかく乱し、広範な悪影響を引き起こしているということを信じているかどうかを問うている。ニューヨークタイムズ紙は8月に、多くの科学者は信じていないと述べた。(参照:レイチェルニュース#750, #751)
 これに対し我々は、国立健康研究所の月刊誌である『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』の最近24カ月分を検証して、この問いに答えようとしている。

 前回のレイチェルニュース #751 で我々は、ホルモンかく乱化学物質が人間の病気に関係しているとする7つの研究について紹介した。今回も、人間に関する研究と動物(野生動物と実験室の動物)に関する研究について紹介する。

**母乳を通じてPCB及びダイオキシンに曝露したオランダの健康な就学前児童に関する研究によれば、少なくとも出生後42カ月までは、免疫系細胞の数が減少し、中耳炎、咳、胸部鬱血が増大していることが分かった。
 以前から、餌を通じて実験動物にPCBとダイオキシンを曝露させると、免疫系が損傷することが分かっていた。(参照:レイチェルニュース #414)

 (ダイオキシンは、焼却炉等、塩素が高温下で炭素と結合するような多くの産業用プロセスでの副産物として生成される猛毒な化学物質である。PCBは1929年から1976年までモンサント社が製造し続けたダイオキシン様の産業化学物質であり、現在、地球上の至る所で見出される。(参照:レイチェルニュース #237)

 これより前に実施されたイヌイット族の子ども達に関する調査でも、母乳を通じてホルモンかく乱塩素系化学物質に曝露した子ども達の中に、中耳炎が多いことが分かっていた。
 イヌイット族は地球の最北部に住んでおり、そこは産業社会から最も離れた所であるが、寒い気候により大気中から”蒸留”された、多くの有機塩素系化学物質が絶え間なく流れ着いてくる。(”蒸留プロセス”については『失われし未来』の中で雄弁に語られている。参照:レイチェルニュース #486 及び http://www.ourstolenfuture.org

 オランダの研究報告書の著者は、そこで判明した事実に対する適切な対応は、ホルモンかく乱化学物質の環境への排出を削減することであり、決して母乳養育止めることではないと指摘している。(EHP Vol. 108, No. 12 (December 2000), pgs. 1203-1207)

**29人の男性に関するマサチューセッツ州での小規模な研究にとよれば、血中のPCBとDDEの濃度が高いと精子の数が減少し、精子の運動能力が落ち、精子の形状が変形する。(DDEは農薬DDTが分解してできる副産物である。)この小規模な研究に基づき、より規模の大きな研究が開始された。(EHP Vol. 110, No. 3 (March, 2002), pgs. 229-233)

 1992年、すでに発表されている62の研究についての分析報告が刊行されたが、それによれば、今日のアメリカ人男性の精子の数は祖父の時代の男性に比べてわずか半分であることがわかった。
 1997年、同じ62の研究について、異なる統計的手法を用いて再分析が行われたが、同じ結果が得られた。すなわち、1938年から1990年の間に、アメリカ及びヨーロッパ/オーストラリアの男性は平均で精子の数が50%減少していたが、非西欧人男性にはこのような顕著な減少は見られなかった。アメリカでは地域差はあるが、平均減少率は全国で50%であった。

 さらに第3の分析が発表されたが、これには47の英語の研究論文が追加され、時代も1934年から1996年の間とわずかに拡張された。基本的な分析結果は変わらなかった。すなわちアメリカとヨーロッパ/オーストラリアの男性の精子数は50%減少したが、非西欧系男性にはそのようなことは見られなかった。(EHP Vol. 108, No. 10 (October 2000), pgs. 961-966. )

 プラスチック軟化剤としてよく使われるDEHP(ジ-2エチルヘキシルフタル酸)は男性ホルモン(アンドロゲン)の作用を阻害し、雄ラットのペニス、睾丸、前立腺、輸精管の成長を妨げる。(プラスチック軟化剤とは、ビニルや塩ビなどの硬いプラスチックに添加して軟化する化学物質である。)さらにDEHPは雄ラットのペニス奇形を起こし、雌ラットへの興味を失わせる。著者らは、この研究で使用された用量よりもっと低濃度でも、DEHPは睾丸のサイズを小さくするとして「これらの結果、DEHPの1日当たりの許容量は、体重1キログラム当たり3マイクログラムである」と結論付けている。著者らはアメリカ人のDEHPに対する典型的な曝露量は4〜30マイクログラムであるとしている。従ってアメリカでの典型的な曝露量は、安全と見なせるレベルを遙かに超えていることになる。
 著者等はまた、DEHPが同様な作用のある他の化学物質と結合すると相乗的効果を生じると指摘している。(EHP Vol. 109, No. 3 (March 2001), pgs. 229-237.)

**ディーゼル車の排気ガスは炭化水素と金属からなる複雑な混合体である。若いラットにディーゼル排気ガスを曝露させると血中のあるホルモン濃度が減少し、精子の数が減少することが分かった。90匹の雌ラット(妊娠中が72、非妊娠中が18)にディーゼル排気ガスを13日間(妊娠7日目から20日目まで)曝露する研究が行われた。その結果、子孫の睾丸、卵巣、胸腺(ほ乳類の免疫系にとって重要な腺)の発達が遅れ、阻害されたと著者等は述べ、さらに「この研究により、妊娠中にディーゼル排気ガスを吸入すると、母ラットの胎内に蓄積されたテストストロン(男性ホルモン)を通じて、胎児は雄化することが分かった」と述べた。著者等はディーゼル排気ガスによる影響がその後、どのように発現するのかはかからないとしている。(EHP Vol. 109, No. 2 [February 2001], pgs. 111-119. )
 喘息や糖尿病などの免疫障害は、産業化された先進国では急速に増えている。

**尿道下裂はペニスの発育不良であり、アメリカでは出生男児125人に1人の割合で発生している。尿道下裂では、ペニスの開口部が先端ではなく下部にあり、時には陰嚢よりも下にある。さらに極端な場合には新生児が男児か女児か見分けがつかないほどである。外科的手術で矯正することができるが、その原因は不明である。

 1995年に、いくつかの環境中の化学物質が反アンドロゲン作用として振る舞う[1]、すなわち、男性ホルモンの通常の機能をかく乱するという重要な発見があり、研究者達はこの反アンドロゲン物質が尿道下裂を引き起こす原因になっているのではないかと疑った。

 現在4つの農薬、あるいはその分解物質が反アンドロゲン物質として知られている。DDE(DDTの分解物質)、ビンクロゾリン(Vinclozolin)、プロシミドン( Procymidone)及びリヌロン( Linuron)である。また広くプラスチック用品や介護用品に使われている2つのフタル酸、DDB(ジブチルフタル酸)とDEHP(ジ-2エチルヘキシルフタル酸)も反アンドロゲン物質である。更にダイオキシンとPCBもも反アンドロゲンの特性を持つ。これら8つの物質は全て、動物実験では尿道下裂を引き起こすことが示されている。

 尿道下裂や他の生殖器異常はコロンビア川のミンクやカワウソ、及び、黒熊や北極熊の中に見いだされるということが最近、報告された。この中で黒熊を除くと、異常のある全ての動物の体内から高濃度の有機塩素系化学物質が検出された。(EHP Vol. 109, No. 11 (November 2001), pgs. 1175-1183.)

**製紙工場では過去10年間に非塩素系の漂白技術が採用されて(特にアメリカ国外で)塩素系化学物質の排出は減少しているが、それでも製紙工場の下流の魚にはしばしば異常が見られる。血中のホルモン濃度の減少、成熟の遅れ、小さい性腺、雌雄特性の混乱などであり、例えば、雄の特性である細長い尻ひれが雌にあるという例である。

 この研究では、”自然下における実験”を行うことができたという利点があった。ある製紙工場がある期間操業を休止した後、操業を再開した。研究者はその製紙工場の直ぐ下流で、工場の休止期間中と、操業開始後のウナギの稚魚の性比率を調査比較した。工場が操業中の性比率は雄が42%(通常は50%)と明らかな歪みが観察されたが、工場が休止中は正常な比率に回復した。(EHP Vol. 110, No. 8 (August 2002), pgs. 739-742)

**アメリカ北西部の鮭の生息数がこの10年間で減少しており、ある地点ではすでに絶滅し、また、ある所では絶滅危惧種として登録されている。雌の鮭についての調査がコロンビア川のハンフォード・リーチで行われたが、実に84%の雌に、通常は雄だけに見られる遺伝的マーカーが見られた。このような性的異常現象が長期にわたると次世代の雌の数が減少し、最終的には種の絶滅につながる。
 研究者等はコロンビア川の大量の鮭になぜこのような性的異常現象が起こるのかわからないとしている。彼らはいくつかの農薬、アトラジン(atrazine)、カルボフラン(carbofuran)、リンデン(lindane)、メチルパラチオン(methyl parathion)及び ディルドリン(dieldrin)等がニジマスに対しエストロゲン(女性ホルモン)のような作用をし、これらの農薬は通常この種の問題を引き起こす濃度より遙かに低いレベルではあるが、コロンビア川に存在すると指摘している。この謎は解けないままである。( EHP Vol. 109, No. 1 (January 2001), pgs. 67-69.)

**雄のオタマジャクシに低濃度でジブチルフタル酸(DBP)を曝露させると、約7%の雄に卵巣ができることがわかり、塩ビパイプに広く使用されているDBPはホルモン攪乱物質であるということを示す、これまでの研究を裏付けることとなった。著者等は、DBPは雄の動物の睾丸の発達を妨げる”危険な環境ホルモン”であると結論付けている。(EHP Vol. 108, No. 12 (December 2000), pgs. 1189-1193.)

 **ニューハンプシャー州で行われた調査で、食用カエル(ウシカエル)と青カエルの奇形の発生が16調査地点中13地点で認められた。奇形カエルと正常カエルのホルモン濃度を調べた結果、正常カエルは奇形カエルに比べて血中の男性ホルモン(アンドロゲン)濃度が3倍多かった。また正常カエルは脳で作られる性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピピン、GnHP)が3倍多かった。
 この調査研究は、ホルモンかく乱化学物質が、カエルに奇形を起こし世界中の至る所でのカエルの生息数を減少させる原因の一つかもしれないとしている。( EHP Vol. 108, No. 11 (November 2000), pgs. 1085-1090)

 このような過去2年間分の科学誌の簡単な検証から、環境中に排出された産業化学物質が野生生物と人間のホルモン作用をかく乱することがあり、広範な悪影響を引き起こしているということは疑いのない事実のように見える。
 さらに科学者の多くがこの事実に同意しているということは明らかであろう。それは、彼等がもっと儲かる分野の研究ではなく、これらの問題に全力を投入して研究しているという事実が示している。
 残念ながら、これらの問題点の全容は、まだ解明されていない。その理由は次回のレイチェルニュース #753 で明白となる。

(続く)

[1] W.R. Kelce and others, "Persistent DDT metabolite p-p'-DDE is a potent androgen receptor antagonist," NATURE Vol. 375, No. 6532 (1995), pgs. 581-585.



化学物質問題市民研究会
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