レイチェルニュース #751
2002年9月5日
最新のホルモン科学 第2回
ピーター・モンターギュ
#751 - The Latest Hormone Science -- Part 2, September 05, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5554

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2002年9月14日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_751.html


 このシリーズでは、主流派の科学者たちは、化学物質のあるものは生物のホルモン(内分泌システム)をかく乱するので健康に問題を引き起こすということについて、どれほど深刻にとらえているかを検証している。レイチェル#750に示すように、ニューヨークタイムズは深刻ではないとしている。

 ホルモンは、は虫類、両生類、魚類、鳥類、ほ乳類など全ての脊椎動物において、血液とともに非常に微量で体内を循環している天然の化学物質である[1]。全ての脊椎動物においてホルモンは、成長、発達、学習、行動などをコントロールする体のシステムに対し、化学的な伝達物質として、また、入り切りするスイッチとして作用する。
 全ての動物は、受精して命が生まれると直ちにホルモン作用を開始する。ホルモンは出生する、あるいは孵化する前から成長と発達に関与し、生涯にわたって行動に影響を与え続ける。
 ホルモンは、熊はいつ冬眠するか、鮭はいつ生まれ故郷の川に戻るか、女性の生理がいつ始まるか、等を決定する。ホルモンは、神経系、生殖系、免疫系に深く関与する。天然のホルモンはまた、女性の乳ガンなど幾つかのがんの発生に関係している。乳ガンは女性が生涯にわたって暴露するエストロゲン(女性ホルモン)に関係していると広く信じられている。

 問題は、ホルモンの様な働きをする人工の化学物質が天然のホルモンの作用をかく乱することにより、がんや糖尿病のような自己免疫障害などの病気を増大させることがあるのか?、あるいは、成長、発達、行動、知能、学習、免疫などを阻害することがあるのか?、である。
 3年前の1999年、国立科学アカデミーはこの問題について研究し、その結果は”イエス”であるという結論であった。

 国立科学アカデミーの1999年の報告書から、幾つか下記に引用しよう。

 ”ホルモン活性物質(Hormonally Active Agents)に暴露した人間、野生生物、実験動物の間で、生殖系障害や発達障害が観察される。 ”[2,pg.3]

 ”動物実験による研究の結果、メトキシクロル(殺虫剤)TCDD(ダイオキシン)、オクチルフェノールやビスフェノールAなどに胎児期に暴露すると、精子の数が減ることが分かった。”[2,pg.131]

 ”まとめると、動物及び人間を対象とした研究から、PCBへの胎児期の暴露が神経系の発達を阻害することが分かった。 ”[2,pg.175] [PCBは40年間、モンサントにより環境中に放出された非常に有毒で残留性のある人工化学物質であり、現在、世界中で、食品、水、土壌中に見いだされる]

 ”ミシガン母子集団調査において、1984年、フェイン等は242人の出生児の体のサイズと胎内日数(妊娠期間)を調べた結果、母親魚を多く食べていると、臍帯血(へその血液)中のPCB濃度が高くなり、出生児の体重は少なく、胎内日数は短く、頭部径が小さいことを見出した。
 この調査集団の4歳児もPCBに曝露した程度に従って、体重が少ないことが観察された(ヤコブソン等、1990)。臍帯血のPCB濃度が5.0ng/mL(ナノグラム/ミリリットル)以上であった子ども達は、曝露の最も少ない子ども達に比べて体重が平均1.8kg少なかった。
 これらの子ども達を11歳まで追跡調査した結果、母親がPCBに曝露していると神経系の発達に影響があることが分かった。”[2,pg.125]

 ”TCDD(ダイオキシン)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)、PCBs などの芳香族ハロゲン化合物(HAHs)が免疫反応に影響を与え、またそれらは免疫系のすべての機能(先天性免疫と抵抗力、細胞性免疫体液性免疫)にも影響を与えるということは、よく知られていることである。”[2,pg.178]

 ”HAAs(ホルモン活性作用)の人間への影響に関する研究は未だ限られたものであるが、動物実験や野生生物による研究結果では、HAAs は人間の免疫機能に影響を与える可能性を示している 。”[2,pg.194]

 このような背景を念頭に、連邦政府の”国立環境健康科学研究所 National Institute of Environmental Health Sciences”が刊行するジャーナル『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』に最近2年間、掲載された記事を検証することとする。このことにより、科学者達が、最近、産業化学物質がホルモン作用をかく乱することがあるという考え方を拒絶しているかどうか、あるいは無視しているかどうか、知ることができる。

 まず最初に私が過去24カ月の月刊ジャーナルEHPを全て読んだ後に最初に感じたことは、5年前に比べてはるかに多くの人間に関するデータがあるということである。多くの研究はやはり動物実験や野生生物に関するものであるが、最近の新事実は人間に関するものが顕著である。以下に事例をあげる。

** イタリアのセベソにおける1976年の化学工場事故の現場近くに住んでいてダイオキシンに曝露した女性達は、現在、まだ比較的若い(平均年齢40.8歳)にもかかわらず、乳がんにかかるケースが通常よりも多い。アメリカ環境保護局(EPA)内の科学者達も、1992年以来、ダイオキシンを”環境ホルモン”と称している。(RACHEL'S #269、及び [EHP Vol. 110, No. 7 (July 2002), pgs. 625-628.]参照

** 除草剤としてよく知られている2,4-Dを散布する森林農薬散布人達は、血中の男性ホルモンの濃度が変化している。 [EHP Vol. 109, No. 5 [May 2001], pgs. 495-500.] 従って、2,4-Dはホルモン作用をかく乱することが知られている産業化学物質のリストに加えられることになった。
 2,4-Dは、芝生の除草剤としてタンポポやメヒシバを枯らすために他の除草剤よりも多く使われている。
 この除草剤は多く商品名で売られており、例えば私が個人的にお気に入りのホルモトックス(Hormotox)なども含まれる。また、デミス(Demise)、ウィード-B-ゴーン( Weed-B-Gone)、ウィードワン(Weedone)、ローンキープ(Lawn-Keep)、レイドウィードキラー(Raid Weed Killer)、プラントガード(Plantgard)、デッドウィード(Ded-Weed)など、多くの商品名がある。

 初期の研究では芝生に2,4-Dを使用している家庭の飼い犬は、通常より2倍多く、がんで死ぬということが報告されている。(ACHEL'S #250.参照)

** 最近の調査では、芝生に2,4-Dをまいた後は、屋内で2,4-Dに子どもが曝露する量は10倍に増えるということが報告されている。飼い犬と人間の靴が、子どもの住む屋内に2,4-Dを持ち込む主な媒体であるとしている。 [EHP Vol. 109, No. 11 (November 2001), pgs. 1185-1191.]

** 廃棄物焼却場や金属精錬所の近くで育った100人の青年達を調査した結果、田舎の非汚染地域に住むコントロールグループの青年達に比べて、性的成熟が遅いことが分かった。
 ベルギーのフランドル地方の中程度に汚染された田舎に住む青年達の血中のPCB濃度とダイオキシン様のポリ塩化芳香族炭化水素(PCAHs)の濃度は比較的低い値を示していた。このような低い濃度であっても、少年少女達の性成熟は遅れているとこの調査研究は結論付けている。
 1997年、フランドル地方政府は、焼却場近くではその他のフランドル地域に比べて医療支援を必要とする胎児の比率が高いと報告している。

 著者は、「環境中のPCAHs に曝露することで内分泌系にかく乱が起こり、これにより性的成熟と長期的な生殖障害の原因となっている」と結論付けている。[EHP Vol. 110, No. 8 (August 2002), pgs. 771-776.]

** セラーキ(helarche)と呼ばれる乳房早熟は、8歳以下の少女が他の性的成熟の兆候なないのに、乳房だけが発達するというものである。プエルトリコにおけるセラーキの発症例が、他のどこの国よりも多く報告されている。
 この問題については長年、研究されてきたが成果はあまりない。現在、セラーキのプエルトリコの少女41人と、セラーキではない少女35人のについての研究が行われ、セラーキの少女のうち68%の少女の血中に高レベルの何種類かのフタル酸化合物が含まれていたことが分かった。セラーキでない少女については1人だけ、測定可能なレベルの1種類のフタル酸化合物が検出された。
 セラーキグループから検出されたフタル酸化合物類は女性ホルモン作用と反男性ホルモン作用(男性ホルモンの働きを阻害する作用)を持つことで知られている。
 男も女も人間は血中に男性ホルモンと女性ホルモンを混ぜ合わせて持っており、そのバランスが重要である。[EHP Vol. 108, No. 9 (September 2000), pgs. 895-900.]

 フタル酸類は、建築材、食品容器、食品包装、おもちゃ、その他子供用品、医療器材、園芸用ホース、靴、靴底、車体下塗り、電線やケーブル、カーペット裏地、カーペットタイル、ビニールタイル、プールライニング材、人工皮革、防水シート、ノートのカバー、道具の握り、皿洗い機カゴ、ノミ取り首輪、防虫剤、皮膚軟化薬、ヘアースプレー、マニュキア、香水、その他多くの日用品に使われている産業化学物質である。

 2000年10月、EHPで報告された研究で、7種類のフタル酸化合物の代謝物が成人の尿中から検出され、フタル酸化合物への曝露は、それまで考えられていたより高濃度で広い範囲に渡っていると結論付けている。最も高濃度(1〜16ppm)で検出されたフタル酸化合物は、MEP、MBP、及びMBzPとして知られている化合物であり、これらは妊娠適齢の女性から最も高濃度で検出された。
 MBPとMBzPはすでに動物に対し生殖及び発達を阻害する有害物質として認知されていた。[EHP Vol, 108, No. 10 (October 2000), pgs. 979-982.]

** 63人の空軍女性兵士のジェット燃料(JP-8)と溶剤への曝露に関する研究では、最も曝露した女性達は、尿中の4つの生殖ホルモンの濃度が最も低かった。これらのホルモンを調べた理由は、これらが妊娠の成否に関わるからである。
 従って、ジェット燃料や溶剤類の成分は人間の女性のホルモンをかく乱することが分かった。[EHP Vol. 110, No. 8 (August, 2002), pgs. 805-811.]

** 2つの新しい研究で、モンサント社の除草剤ラウンドアップはホルモンかく乱物質であり、人間の先天性欠損症に関係することが示された。

 ミネソタ州で穀物に農薬を散布しているいくつかの農家の家族に関し、農薬への高い曝露により、子どもに欠損症が見られるかどうかの調査研究が行われた。それによれば、2種類の農薬、−殺菌剤と除草剤ラウンドアップ−が統計的に先天性欠損症の増加と密接に関係していることが分かった。ラウンドアップは神経発達障害(注意力欠陥症)において3倍の増加と関係している。[EHP Supplement 3, Vol. 110 (June 2002), pgs. 441-449.]

 最近の試験管での研究で、ラウンドアップは、マウスの細胞がホルモンを作り出す能力を非常に弱めるということを示した。ラウンドアップは、StAR(steroidogenic acute regulatory protein)と呼ばれる基本タンパク質の働きを阻害する。StARタンパク質は男性のテストステロン(精子の製造等の男性らしさをコントロールする)の製造のキーであるが、腎臓ホルモン(脳の発達にとって本質的)、炭水化物代謝(体重の増減に関係)、免疫機能系にも重要に関わっている。
 著者は、StARタンパク質の阻害は多くの環境汚染物質の有毒な影響がその根底にあると指摘している。 [EHP Vol. 108, No. 8 (August 2000), pgs. 769-776.]

 セントルイスの巨大化学会社であり、PCBと同様、ラウンドアップの製造者であるモンサント社は、現在、遺伝子組み換え穀物のリーダーでもある。モンサント社は、”ラウンドアップ・レディ”と称するトウモロコシ、大豆と綿の種子を販売しており、いずれ小麦と芝の種子も出てくる予定である。
 これらの種子は、ラウンドアップ耐性を持たせるよう改良されているので、ラウンドアップは雑草は枯らすが、”ラウンドアップレディ”穀物は枯らさない。
 モンサント社の”ラウンドアップ・レディ”種子を合法化するために、アメリカ環境保護局(EPA)はラウンドアップの穀物中の許容残留を従来の3倍とせざるをえなかった。
 数年間、ラウンドアップはモンサント社の中で最も利益を上げた製品であったが、遺伝子組み換え技術は同社の製品をさらに多く販売することに寄与している。(RACHEL'S #637, #639, #660, #686, #726)

 例えば、アメリカ中西部の大豆栽培農家に関する1999年の調査研究で、ラウンドアップ・レディ大豆を栽培する農家は、従来の農家より1エーカー当たり2〜5倍の除草剤を使用しており、化学除草剤の使用を削減しようとしている”統合小麦管理”システムを採用している農家よりも10倍、除草剤を使用していることが分かった.[3,pg.2] 。

 化学物質のさらなる危険性は、恐らく、今後市場に投入される遺伝子組み換え技術の新しい製品によってもたらされるであろう。ニューヨークタイムズによれば、スコット社がモンサント社と提携してラウンドアップ・レディ芝の開発を行っている[4] 。子ども達と妊娠中のご婦人はご注意を!

(続く)

[1] H. Maurice Goodman, BASIC MEDICAL ENDOCRINOLOGY [Second Edition] (New York: Raven Press, 1994).

[2] Ernst Knobil and others, HORMONALLY ACTIVE AGENTS IN THE ENVIRONMENT (Washington, D.C.: National Academy Press, July 1999). ISBN 0-309-06419-8.

[3] Charles Benbrook, "Evidence of the Magnitude and Consequences of the Roundup Ready Soybean Yield Drag from University-Based Varietal Trials in 1998," AgBioTech InfoNet Technical Paper #1, July 13, 1999. Available at http://www.biotech-info.net/RR_yield_drag_98.pdf.

[4] David Barboza, "Suburban Genetics: Scientists Searching for a Perfect Lawn," NEW YORK TIMES July 9, 2000, pg. A1.



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