レイチェルニュース #750
2002年8月22日
最新のホルモン科学 第1回
ピーター・モンターギュ
#750 - The Latest Hormone Science -- Part 1, August 22, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5552

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2002年8月31日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_750.html


 先週、私の最もお気に入りの団体の一つである、”科学と環境健康ネットワーク Science and Environmental Health Network (SEHN) http://www.sehn.org” がニューヨークタイムズ紙によってこっぴどく批判された。同紙は、SEHNが科学界の主流から遠く外れた考えを持っていると非難した。すなわち、SEHNは、通常の産業界の科学者や政府の担当官に比べて、”環境中の化学物質が人間の内分泌系を撹乱しており、幅広く悪影響を及ぼしている”という学説に重点を置き過ぎている−というものである (NY TIMES Aug. 19, pg. C5) 。

 SEHNの会長である私としては、この非難を重大なものとして受け止めている。環境中の産業化学物質がホルモン系を撹乱することがあり、そのことが人間に対し幅広い悪影響を与えるという見方について、SEHNは支持している。この考え方は科学界で一般的に受け入れられていないのであろうか?

 SEHNの立場は、科学担当である内科医テッド・シェトラーによってよく述べられている。シェトラーはSEHNに参加する前に、何人かの共著者とともに、『危機の世代−生殖と環境 GENERATIONS AT RISK:REPRODUCTIVE HEALTH AND THE ENVIRONMENT(MIT Press, 1999) 』という本を出版した。この230頁の本は、産業化学物質のあるもの(例えば、鉛、水銀、カドミウム、ヒ素、マンガン、塩素系溶剤、農薬のあるもの、PCB類、ダイオキシン類など)は、それらに暴露した人間や生物に対して、苦痛に満ちた疾病を引き起こす可能性があるというデータを紹介している[1]。

 2000年にはシェトラーとSEHNのボードメンバーであり内科医でもあるデービッド・ワリンガ等が、『子どもの発達に脅威を与える化学物質 IN HARM'S WAY: TOXIC THREATS TO CHILD DEVELOPMENT』という小冊子を出版した。
 この本は、「神経系発達障害が増えており、化学物質への暴露こそが、これらの障害に対する重要で、防ぐことのできる要因である」と結論づけている[2, pg. 117; 及び RACHEL'S #712] 。この結論は事実によって証明されるのであろうか? もちろんである。
 一つの有害物質、鉛については100年間にわたる研究の結果がこのことを裏付けている。(特に、鉛やその他、約75種の環境中の化学物質のホルモンかく乱特性について、最近出版された3冊の本に記述されている[3]。)

 ”ほとんどの産業界の科学者や政府の担当官”は、テッド・シェトラーとSEHNの考えに反対なのであろうか? 我々もニューヨークタイムズも、”ほとんどの科学者と担当官”がホルモンかく乱物質について、どのように考えているのかが分かる信頼性のある情報を持ち合わせていない。
 ニューヨークタイムズはたいした根拠もなく、単にそのような結論を作り上げただけなのであろう。(残念ながら、ニューヨークタイムズが産業化学物質の健康に与える危険性について見下した記事を書いたのは、今回が初めてではない。例えばRACHEL'S #346と#486参照)

 それにしても、SEHNに対する非難にはある意味で新鮮さがあったので、私は化学物質がホルモンをかく乱することがあるという考えに関する最新の科学情報を調べてみることにした。
 そこで私は、しばしば環境化学物質が野生動物や人間に与える影響に関する記事を掲載する重厚な科学誌を先ず選択した。それから私はその月刊誌の過去24ヶ分の化学物質と健康に関する研究論文の全てを1週間かけて読み、へとへとになった。
 私が選んだ科学誌は『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』である。この科学誌は連邦政府の”国立環境健康科学研究所 National Institute of Environmental Health Sciences”の刊行物である。
 EHPの編集委員は主に学会の科学者達であるが、しかし、ダウケミカル社、シェーリングプラウ製薬会社、化学産業毒物研究所(Chemical Industry Institute of Toxicology (CIIT))、等からの代表も含まれている。CIITはアメリカ化学産業界の研究部門であることはご存じであろう。

 もちろん私はホルモンかく乱作用について素人というわけではない。私は、1991年以来環境ホルモンかく乱物質について色々と報告してきた(RACHEL'S #263参照)。しかし私は自分が知り得たことについて整理をしてこなかったといわざるを得ない。
 そこで私はホルモンかく乱物質に関するEHPの最近の報告について、とりまとめてみようと思う。しかしその前にこの問題の背景についてふれておこう。

 1991年、十数カ国から出席した二十数名の科学者達は、後にウィングスプレッド声明として知られる合意文書を発行した(RACHEL'S #263参照)。そこでは次のように述べている。

 「我々は次のように確信している。・・・人間が作り出し環境に放出された非常に多種類の化学物質は、いくつかの天然物質も含めて、動物や人間のホルモン系をかく乱する恐れがある。それらの中には、残留性や生体蓄積性のある有機ハロゲン化合物、例えばいくつかの農薬類(殺菌剤、除草剤、殺虫剤)、産業化学物質、いくつかの金属類がある。」

 「・・・多くの野生生物の生息数はすでにこれらの物質に影響を受けている。その影響としては、鳥類や魚類の甲状腺異常、鳥類、魚類、貝類そしてほ乳類の出生率の低下、鳥類、魚類、亀などの孵化率の減少、鳥類、魚類、亀などの先天性奇形の増加、鳥類、魚類、ほ乳類の代謝異常(エネルギー使用、組織生成、排泄、等の異常)、鳥類の異常行動、魚類、鳥類、ほ乳類のオスのメス化、魚類、鳥類のメスのオス化、鳥類、ほ乳類の免疫系の機能不全などがある。」

 「・・・影響の形は生物種によって、また化学物質の種類によって異なる。しかし次の4点に絞ることができる。
(1)化学物質は、胚芽期、胎児期、周産期(すなわち人間でいえば出生間近、妊娠28週から生後1週間)の各段階での影響は、成人に対する影響と全く異なる。
(2)影響は暴露した両親より、むしろその子孫に、多くの場合、現れる。
(3)組織形成期の暴露のタイミングは、将来の特性を決定する上で重大な影響を与える。
(4)胚芽期(受胎から妊娠2ヶ月の終わりまで)で重大な暴露があったとしても、その影響は組織が成熟するまでは顕著には現れない。・・・」

 「実験室での研究が、自然界で観察される性発達の異常を追認し、野生生物の間で観察されることを、生物学的に説明している。」

 「人間もまたこのような化学物質の特性の影響を受けてきた。合成治療薬、DES(ジエチルスチルベストロール)には女性ホルモンの働きがある。DESを服用した母から生まれた娘には、明らかな細胞腺がんの発生、様々な生殖器系異常、異常妊娠、免疫系の変化が増大している。
 胎内で暴露した男児及び女児には生殖系の先天的異常と生殖能力の減少が見られる。
 胎内でDES暴露した人間に見られる影響は、汚染された野生生物や実験動物に見られる現象とよく似ている。このことは、野生生物が曝されている環境の危険性は、人間にとっても同じ危険性であるということを示している。」
 ウィングスプレッド声明はさらに続くが、これらがその要点である。

 ウィングスプレッド声明の主要なメッセージである産業化学物質がホルモン作用を錯乱し、動物や人間に悪影響を与えるといことは1991年に初めて明らかにされたというわけではない。
 1950年代に研究者達は殺虫剤DDTにより雄鶏の精巣が小さくなり、明らかに正常な男性ホルモンの働きが阻害されることを示した[4] 。
 1970年代の初めに、研究者達は農薬に対する職業上の被爆により作業者の生殖能力が減少したり破壊されるという恐ろしい事実を見いだした[EHP Vol. 108, No. 9 (September, 2000), pgs. 803-813.] 。
 1980年、”環境エストロゲン”という言葉が、女性ホルモンであるエストロゲンのように振る舞う環境中の産業化学物質を表現する言葉として導入された[5]。

 1991年のウィングスプレッド声明は、当時は世界的にはまだ認知されていなかった主に野生生物、しかし人間にも影響を与える内分泌かく乱化学物質の危険性について光を当てた。
 翌年、最初のウィングスプレッド会議を主催したテオ・コルボーンは、ウィングスプレッドの成果を裏付ける科学的根拠を一冊の本にして出版した[6]。
 その後、これらの事実は科学界に広く伝わり、世界中で数千の科学者達が野生生物、実験動物、そして人間に対し同様な影響を探し求めることとなった。

 1995年、テオ・コルボーン、J.Pマイヤーズ、ダイアン・ダマノスキは、ホルモンに関する科学論文を神秘小説仕立てにした『奪われし未来 OUR STOLEN FUTURE』を刊行し、多くの読者を得た。
 『奪われし未来』は環境問題に関わる人々に衝撃を与え、多くのメディアがこの新たな問題に注目した。
 ウェブサイト http://www.ourstolenfuture.org は現在でも最新のかく乱物質に関する研究を知る上で最良の場所である。
 『奪われし未来』は科学的にしっかりしており、誰にでも読みやすいものであったので、化学産業界は大いに逆上し、その事実を否定し、反撃に出た。彼らはコルボーン、マイヤーズ、ダマノスキの評判を落とすためにPR攻撃犬を雇い、ニューヨークタイムズの化学記者ジーナ・コラタとともに牙をむき出して猛烈に吠え始めた(RACHEL'S #486参照)。

 ウィングスプレッド声明から11年経った現在、このような考え方は、EHPを刊行する科学者達から冷笑され、不評を買い、あるいは単純に無視されているのであろうか? 科学界は”内分泌かく乱物質”を乗り越えたのであろうか? あるいは、この問題は未だに深刻なものとして取り扱われているのであろうか?
 これらの疑問に答えるために、EHPの幾つかの記事を紹介しよう。

 「内分泌かく乱化学物質は、今日知られている最も複雑な環境健康への脅威の一つである。エストロゲンやテストストロンのような天然ホルモンの作用を模して、これらの化学物質は体内の内分泌システムに作用し、生殖系や発育上の異常やがんなど有害な影響をもたらす」[EHP Vol. 109, No. 9 (September 2001), pg. A420.]。

 「発達途上の組織はホルモン作用の変化に対し敏感である。初期胚芽の段階では、人間の男性及び女性の性腺は形態的には同一である。性差は、15週から16週の胎児発達期におけるホルモンの影響によって生じる。従ってこの非常に敏感な時期にホルモン機能に変化があると、重大な結果を引き起こすことになる。
 正常な発達と発育、そして生殖機能のためには、エストロゲンとアンドロゲン(男性ホルモン)のバランスが重要である。
 もちろん発達段階でのバランスが特に重要であるが、生涯においても女性及び男性としてのそれぞれの正常な特徴を維持する上でも重要である。

 多数の環境中の化学物質が、正常なステロイド性ホルモンを模して作用する。胎児は特に繊細であるが、それは組織が発達する時期であるからである。
 もし、エストロゲンとアンドロゲンの正常なバランスが崩れると、その結果は、男性の女性化、女性の男性化、生殖器の先天的異常、生殖能力の減少、そして、おそらく性的嗜好をも含んだ正常な女性または男性の個人的な性徴に変化をもたらすであろう」[7] 。

(続く)

[1] Ted Schettler, Gina Solomon, Maria Valenti, and Annette Huddle, GENERATIONS AT RISK: REPRODUCTIVE HEALTH AND THE ENVIRONMENT (Cambridge, Mass.: MIT Press, 1999). ISBN 0-262-19413-9.

[2] Ted Schettler, Jill Stein, Fay Reich, Maria Valenti, and David Wallinga, IN HARM'S WAY: TOXIC THREATS TO CHILD DEVELOPMENT (Cambridge, Mass.: Greater Boston Physicians for Social Responsibility [GBPSR], May 2000). Available on the web at http://www.igc.org/psr/ihwrept/ihwcomplete.pdf or as a paper copy from GBPSR in Cambridge, Mass.; telephone 617-497-7440.

[3] See, for example, Lawrence H. Keith, editor, ENVIRONMENTAL ENDOCRINE DISRUPTORS: A HANDBOOK OF PROPERTY DATA (New York: Wiley, 1997; ISBN 0471191264). See also M. Metzler, editor, ENDOCRINE DISRUPTORS; THE HANDBOOK OF ENVIRONMENTAL CHEMISTRY VOL. 3 (New York: Springer-Verlag, 2002; ISBN 3540422803); and Louis Guillette, Jr. and D. Andrew Crain, ENVIROMENTAL ENDOCRINE DISRUPTERS; AN EVOLUTIONARY PERSPECTIVE (New York: Taylor & Francis, 2000; ISBN 1560325712).

[4] H. Burlington and V.F. Lindeman, "Effect of DDT on testes and secondary sex characteristics of white leghorn cockerels," PROCEEDINGS OF THE SOCIETY FOR EXPERIMENTAL BIOLOGY AND MEDICINE Vol. 74 (1950), pgs. 48-51.

[5] Sheldon Krimsky, "An Epistemological Inquiry into the Endocrine Disruptor Thesis," ANNALS OF THE NEW YORK ACADEMY OF SCIENCES Vol. 948 (Dec., 2001), pgs. 130-142.

[6] Theo Colborn and Coralie Clement, editors, CHEMICALLY-INDUCED ALTERATIONS IN SEXUAL AND FUNCTIONAL DEVELOPMENT: THE WILDLIFE/HUMAN CONNECTION [Advances in Modern Environmental Toxicology Vol. XXI] (Princeton, N.J.: Princeton Scientific Publishing Co., 1992).

[7] EHP Vol. 110 Supplement 1 (February, 2002), pgs. 27



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